2007年11月12日

ナンパを始めて失ったもの

ナンパを通して、得たものも多いが、失ったものも多い。

失ったもので最大の痛手は、激しい感情の動きです。
最初の頃の記事を読んでいて、ひしひしと感じました。

このブログが始まった2004年の夏、もう三年前ですが、
その頃、私は本気で死んでもいい、と覚悟していました。

続いて2006年の春は、セカンドインパクトで気が狂って、
それまでのナンパ観がふっとび、革命状態が起こりました。

当時の、グワーッという感情は、すげえ高揚感だった。

ところが、今は何だよ!落ち着き払って、安定しまくりで、
ナンパはわかっただの、偉そうなことばかりぬかしやがって!


でも・・・、でもね・・・、

もう声かけたり、GETすることに対して、何も感じず、
抵抗感もなければ、情熱もなく、面白いとも思わん。
(すでに冒険ではなくなってしまった・・・。)

もっと、もっと、動揺したいんですわ!

気持ちが上下し、ボロボロになりたい!

不安と緊張の中、ジワジワ前進したい!

それが、生きてることなんじゃなかったっけ?

違ったっけ?そうだよね?ね?ね?ね?


皮肉なものです。女性に対して動揺しないように、
かなり努力して慣らしていったのに、今度は逆に、
思いっきり動揺したい!と心底願っているとは・・・。

人間て、つくづく、ゼイタクやねー。


(と、余裕かまして、渋茶を一杯!)

posted by 家元 at 12:46| Comment(4) | カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2007年11月22日

不適切な表現のため謹慎します

急遽、『恥の文化、ニッポン!』の記事を削除しました。

理由は、下ネタだったからです。すでに読まれた方は、
「えー!あの程度で下ネタ?」と思うかもしれませんが、
このブログには、下ネタは一切出さないと決めています。
(今回は、後から気づいたため、すぐに削除しました。)

これは去年決めていた、黄金の鉄則だったのです。

ナンパがテーマだと、気を抜けば、全部下ネタに
なりがちです。だからこそ、ここはあえて避けます。

わずか、毛一本でさえも出しません。

なにが、ギリギリモザイクだっつーの!


そもそも他の方が、性的なブログばっか書いていると
思うので、その他大勢と同じことをしてもしょうがない。
できれば、このブログだけは違ったものにしたいです。

だいたい、「ナンパ」関連で検索する方というのは、
あまり、うまくいっていなくて、このままでいいのか?
他の人はどうしてるのか?自分はダメなのか?
なんて気持ちで、迷っている方が多いでしょう。

できることなら、そんな人達がホッと一息つける、
癒し系のブログを目指したい。そう決めたことを
つい先日、思い出したところです。忘れてました。

しかし最後に、念には念をいれて、
これだけは、一言いわせてください。


 本当は、下ネタ大好きで~す!


(後日談:この時はナンパでも、下ネタを封印中だった)
posted by 家元 at 15:54| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2007年11月24日

日本近代史におけるナンパの位置

「恥の文化、ニッポン」の記事を削除したかわりに、
もっと高尚な記事を更新したいと思いたちました。

わが国ニッポンについて、おふとんに寝そべって、
その歴史を、古い本を参考に考察してみたところ、
スゴイ国だということがわかり、驚いています。

政治や歴史にまったく興味がなかったので、
すでに常識なのかもしれませんが、以下、
日本の、ここ50年の歴史概略となります。

ナンパを見直すキッカケとなれば幸いです。





日本はその昔、太平洋戦争で負け、
無条件降伏して、全てを失いました。

しかし、焼け野原になったその五年後、
日本政府は、ある目標を設定します。

それは「繊維生産で世界一」になることです。
そして、1950年代に十年間かけて、見事、
繊維生産で世界一になることができました。

次に、さらに自信をつけた日本は、その当時、
不可能としか思えない目標を設定しました。

それが、「鉄鋼生産で世界一」になることでした。
ところが驚くべきことに、1960年代に、これまた
十年間かけて達成してしまいます。やるねぇー!

ここまで来たら、もうイケイケですわ。次の目標は、
「自動車生産で世界一」になることです。今回は
少々手こずって、11年間かかってしまいましたが、
1970年代を通して、またもや見事に達成です。

そして最後!これはまだ我々にも記憶があります、
「エレトロニクスとコンピュータの分野での世界一」
です。1980年代は日本の大躍進の時代でして、
これも十年間かけて、なんとか達成したわけです。


こうして振り返ると、この日本て国は凄いパワー。
歴史上、こんなにイケイケだった国は、他にない!

その昔、日露戦争では、アジア諸国の中で初めて、
西洋の強国に勝ったり、それでバカに勢いづいて、
勝てっこない戦争にまで突っ込んでしまいボロ負け。

しかし全てを失ってから、資源も全くない国なのに、
約十年おきに、繊維生産に、鉄鋼生産、続いて、
自動車生産、エレトロニクス分野と世界一になり、
なんなんだろう?この結果を出すパワーというのは?

なお上記の歴史は、アメリカのモティベーター、
ジグジグラーが聴衆に、目標設定の大事さを
伝えるために出した例なので、正確な史実とは、
少しズレるかもしれないことを、お断りいたします。





まぁ何にしろ、日本は、いったん決めると極端ですね。

江戸時代なんて鎖国して、ひきこもり国家だったのに、
その後、強烈に外向的な国に変わってしまいました。
しかし、もちろん、次の疑問が浮かび上がってきます。

では、世界No1を達成し続けた後は、どうなったのか?
つまり、90年代は?そして21世紀に入ってからは?

そう、ご承知の通り、90年代はバブルが弾け、一気に
テンションが下がり、「失われた10年」と呼ばれました。
その後、21世紀に入ってからも、なんだか混乱気味・・。

しかし、ここは単純に、90年代をこれまでの価値観が
通用しなくなった、「破壊の十年」とするならば、続いて、
21世紀(2001年~2010年)までを「創造の十年」
と呼びたい。今現在、新たな価値観が生まれています。


90年代に破壊されたのは、やはり共同体でしょう。
みんなと共通の価値観というものが大幅に壊れて、
それぞれがバラバラの「個人」になってしまいました。

確かに、もう皆で力を合わせ、同じ目標に向かって、
何も考えずに、ただ突っ走ることはないでしょう。

しかし21世紀は、バラバラになってしまった個人が、
それぞれの世界観を、創りあげていく時代だと思う。

ちょうど2001年に、安価なブロードバンドが始まり、
いまやネットが当たり前、個人が勝手に、自分の
意見を述べられるようになりました。こうして私の
駄文をあなたが読んでるなど、考えられなかった。

また2001年には、アメリカで911テロがありました。
あの事件によって、いかにマスコミや政府が情報を
操作しているのかが分かり、信用を失くしました。

すでにマスコミは、以前と比べ、弱体化しています。
これから淘汰されていく、日本のテレビ局なんかは、
視聴者のクレームにビクビクして、どうしようもない。
要するに、見ている我々の方が力を持ってしまった。

では、個人のパワーがどんどん増す今、
一体、どうすればいいのでしょうか?


それは、決して、個性を伸ばすことではないと思います。

個性なんか意識したとたん、嘘くさくなり、疲れます。
ほっといても、自然にたち上がってくるのが個性です。

だから個性なんてものは捨てて、なによりも大切なのは、
共感する能力だと思います。それぞれが違う人間であり、
画一化せず、好き勝手に、生きるようになってきています。

当然、ノウハウだけで自動的に対処しきれず、毎回毎回、
頭を空にして、目の前の相手と向き合わなくてはいけない。

つまり、そういった共感能力こそが、今の多様な時代を
幸せに生きていくための、スキルではないのでしょうか?

いろんな人と共感さえできれば、様々な情報も入ってきて、
恋愛や仕事に関わらず、自分の世界も広がっていきます。

そして、多種多様な人と共感する力を、最も育むのが、

もちろん、あなたのやっている、ナンパです!

ビバ!21世紀!

posted by 家元 at 09:58| Comment(1) | カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2007年11月30日

100の決意よりも、1つの覚悟!

来年より、タダナンパの新シリーズを始めます。

そこで今年いっぱいは、これまでのナンパを総括し、
説明が足りなかった部分を、補っていく予定です。

現在は、過去の記事を順次、読みかえしており、
ブログに関わらず、過去の個人的なノートさえも
全部読んでおります。(これが、けっこうな量!)

その過去ノートの中で、非常に、せっぱつまった文を
発見しました。まだ私が地蔵だった、初期の頃です。

以下、自分に向けた、「覚悟」の文章となります。
まだ地蔵の方も、これを読んで自殺してください。





声をかけるは、一時の恥。

声をかけぬは、一生の恥。

ついに私は、死を覚悟した。

ナンパで死ぬことにしたのだ。


まるで声をかける行為は、鉄道自殺のようだ。

声をかける前は、鉄道自殺の光景が目に浮かぶ。

飛び散る肉片、おびただしい血、レールがこすれる音。

列車が、肉体を車輪に引っかけたまま、不自然に止まる。

そして、周囲の人達の叫び、ざわめき、阿鼻叫喚の絵図。

なんとまぁ、生理的にゾッとする、嫌な、嫌な、光景・・・。


その全てが予感されうる状況で、私は汚らしく、
ジットリと汗ばんで硬直し、立ちつくしている。

ホームの端で、走り来る電車に飛び込むことを、躊躇している。

緊張が高まる中、警音を鳴らし、列車の走る音が近づいてくる。

そしてついに、息がつまりそうな極限の、視界がせばまれる地点で、
覚悟を決め、自殺を断行する。絶望の中、宙へと身体を放り投げる。

自分で背中をドン!と押すのだ!思いきって!


その瞬間、地平がひっくりかえって、空が見える。

意外にも、死ねなかった。目の前の幻想が消え、
静寂の中、ただ生きている実感だけに包まれる。

本気で、犬死にするつもりだったのに・・・。





カッと視界が、未来が見開かれるには、
それだけの無残な死への覚悟が必要だ。

たかが、声をかけるだけのことに何だ?
と、人は笑うだろう。理解できないだろう。

他人からみれば、どうでもいいところに、悩みはあるものだ。
ほんっとに、ささいなことだが、当人にとっては、ズッシリと、
毒まみれの岩を腹にのせたまま、寝込んでいるようなもの。

見知らぬ女の人に、声がかけられない。どう頑張っても、
どうしても身動きとれず、足もすくむ。脳がスカスカになる。

かきむしられるような疎外感。消えたい。感覚自体が消えてしまえばいい。
なんで存在するのかと、つらくてピイピイ泣きたい。目をつぶって、ピイピイと・・。


この苦しみを解体するのは、おそらく覚悟か、麻酔しかない。

眠ったり、酒で酔ったり、夢中にさせる何かにしがみつくなど、
とにかく意識を鈍くさせて、なんとかやりすごすのが麻酔である。

しかし覚悟は、麻酔とは対極に位置する。酩酊感はない。

覚悟とは、決意して行動さえすれば、物事良くなるだろと、
ただ希望的にやるようなものではない。そんな余裕もない。

期待(気体)はない。完全なる真空なのだ。

気体など存在する隙間など、まったくない。


覚悟には、何かゾッとするような、

どこか悲惨な、においがつきまとう。

まさに、鉄道自殺の瞬間なのである。





声をかけるには、死ぬしかない。

あきらめて、手放して、死のうと決めた。

たいした人生じゃなかったじゃないか。

ただ慰めのガラクタを、溜め込んだだけだ。

しがみついていたものは、すでに色あせてる。

もはや人生は終わった。死ぬ時が来たのだ。


怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!

逃げれば逃げるほど、恐怖は増す。

隠れれば隠れるほど、何も見えなくなる。

しかし、直面さえすれば、全ての迷妄は消える。


そして実際に、死に飛び込めば、

死なないことに気づくだろう。

さぁ、ホームから飛び出せ!

むごたらしく、死ね!

posted by 家元 at 13:01| Comment(4) | カテゴリ無し | 更新情報をチェックする