2009年08月03日

ナンパで社会起業!

いろいろありまして、ま〜たまた、ごぶさたしてしまいました。

先月に起こったショックなことで、しばらくナンパどころじゃなく、
緊張を伴う、試練の時期を迎えてましたが、ようやく解決して、
ホッと一息ついています。まさに急激な、精神的変化でした。

そのおかげで、やるべきことが見えたというか、峠を越えたというか、
ついにナンパこそが、自分の使命という最終結論に到ったんです。

もうよそ見はせず、ナンパだけを日々、研究していこうと思います。

でも、そんなに気合いは入れません。走らずに、歩いていきます。

やはり大事なのはリラックスですな。けっして頑張っちゃいけない。


最近、つくづく感じているのが、リラックスの大切さなんです。

我々は、子供の時分から、親から「あれしちゃいけない」だとか、
先生や友人、周囲から、「あーしろ、こーしろ」だとか、緊張する
ことばかりを教えられてきてる。周囲に合わせようと、自分の理想
に自分を強いたりして、いつの間にか、固く縮こまってしまってます。

すっかり自動的に緊張するようになってる。何でもない時にでも!


そして、リラックスできないからこそ、病気になる人も非常に多い。

いまや二人に一人がガンになるそうです。そしてガンになる人は、
真面目な人が多く、要するに、頑張り屋で、ガンコな人というわけ。

緊張ばかりして、ストレスで血液が毒され、免疫が落ちてしまう。

もっと、いい加減になって、本音を大事にすればいいものを・・・。





私は、この社会全体が、もっとラクに暮らせて、心身ともに、
健康な人がもっと増えてほしいと心より願います。そのため、
自分にも、何か出来ることがないか?と、探していましたが、
やはり結局は、ナンパが最大の手段になると確信しました。

つまり、病気にならないための方法がナンパで、ストレスから
解放されて、毎日が楽しくなり、生きる手応えも感じれるしで、
男が元気になれば女も元気になるし、いい循環が生まれる。

社会のために、自分にしか出来ないことって何かと考えると、
そういった「幸せになるためのナンパ」が、一番適してますね。


なので、普通のナンパ常識というものは、どうでもいいですが、
独自路線で表現し続けて、男女ともにラクになっていただき、
面白くて、喜びに満ちた人を増やしていきたいと思います。

どうしても、ただナンパのテクを紹介することにより生活する
なんてのは物足りなくて、社会全体が活性化する源になる!
などと大きく考えないと、気持ちよくないんですわ。誰しも、
いつ死ぬかわからんわけですし、少しでも良くしたいです。

いわゆる、目指すとこは、社会起業ですわな。

今は、そんな感じで、瞳、キラキラしてまっすー。

posted by fmtbank at 16:01| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

ナンパは愛だ!

なんだか唐突ですが、名誉欲なるものを、捨てることにしました。

正直、ナンパにおいて、伝説を作ろうとしていましたが、もうやめます。

つまり、ユニークな存在になろうとしていましたが、それは、終わりです。

独自性だとか、個性なんていらない。ほっとけば、勝手に出るから。


それよりも大事なのは、「愛」です。キャッ、恥ずかしい。

軽々しくも、ベタに言ってしまった・・・。でも、でも、でも、

恥ずかしくとも、言うしかない。「ナンパは愛だ」と!

それが最終結論でした。





どうも「ナンパは愛だ」なんていうと、とたんに陳腐になります。

なんせ、あらゆる宗教も「愛だ」と主張してたり、どんな物事も、
スポーツや趣味だとかに、「〜は愛だ」のスローガンをつければ、
何とかなりますし、最も安易で、それがどうした?という話です。

しかしながら、いくら陳腐でも、「愛」という言葉を使わざるを
えないでしょう。一番説明しやすいし、定義づけも簡単です。


愛とは、一言でいえば、エゴがない状態です。エゴとは「自分」
という感覚で、「オレが、オレが、」と自分のことしか考えない、
自分勝手な人は、愛がないと言われるように、話は簡単です。

逆に、愛がある、愛の人というのは、おおらかで受容性があって、
他人のことを、自分のことのように感じとれる敏感さと強さがあり、
心もオープン状態で、リラックスしていて、ゆえに、喜ばせ上手!

これは、理性でコントロールするようなものではなく、余裕があって、
たっぷりエネルギーに満ちているからこそ、他のことにも気がまわる。

周囲と調和しているので、自分も他人も、気持ちいい状態です。

ナンパは本来、そんな感じに、ラクで喜びに満ちて出来るはず。

しかし現実では、イライラしたり、落胆したり、辛い人も多い。

なぜ、そんな不愉快なことになってしまうのでしょうか?


もちろん、それはエゴが原因です。自分という感覚が邪魔して、
思うように動けない。やたらと傷つく。それ以前に、傷つかない
ようガードして緊張し、気をまわしすぎて疲れはててしまいます。

何も失うものはないのに、エゴは、勝手にプライドというものを、
自分で作り出し、それが傷つけられないように、守ろうとする。

ほぼ無意識に、自分で作り出して、自分で守ろうとする。

いわゆる、これは一人相撲ですね。何も生み出さない。


ナンパが苦痛に満ちたものになるのは、この無駄のせい。

プライド、つまりエゴを捨ててしまえば、傷つくものもなく、
己を守ろうとする気苦労もなく、非常にラクチンなのに・・・。

自分の心の中に、何もなければ、矛盾で分断せず、
エネルギーも統一し、ただ思ったように行動できる。

だからナンパは、漢字で「何無派」というわけです。

言葉を変えれば、それが愛の状態といえます。





とはいっても、完全に四六時中、エゴから自由になることは、
悟りを開いた人でも難しいでしょう。ましてや、我々のような、
内気で面倒くさがりの普通の男では、絶対にムリでしょうね。

なので、あまり欲を出さずに、ごくたまに自分が消えた状態、
「愛の状態」に入れれば良しとしましょう。時々だからこそ、
そのエクスタシーは素晴らしさが増すわけだし、感激できる。

声をかけ続けている時や、最高の相手に出会った時など、
ナンパで感動の渦に巻き込まれ、時には、涙まで流せます。

いわば突然訪れる、クライマックスの瞬間というやつですね。


では、それ以外のほとんどの時間は、どうしたらいいのか?

どうすれば、日々の普通の時間を、楽しめるのでしょうか?


その答えも、「ナンパは愛だ」という言葉で、解決できます。

次回は、一切の恐れが消えゆくアプローチの紹介です。

この調子で、どんどん神々しい方向に進んでいくよ!

posted by fmtbank at 14:28| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年08月09日

ナンパで傷つくことが愛なの?

「ナンパは辛い」、それが実際に始めた者の、大方の意見となるだろう。

その理由を一言でいえば、とにかく思い通りにいかない、それにつきる。

状況をコントロールしたい、相手をコントロールしたい、という思いは、
必ず裏切られる。そう思う通りにいかない。相手はこちらを無視するし、
逃げようとするし、軽く扱ってくるし、はたまた、いい反応をみせたのに、
連絡はつかないし、急に気が変わってドタキャンするし、やらせないし。

ありゃりゃ・・・という、期待を裏切る結果が、山のように積まれていく。

それで、女性不信にまで陥る人もいるのだが、ちょっと待ってほしい。

もし不快を感じるならば、考え方が間違えているだけかもしれない。





ナンパすると、相手は生き物なので、思い通りにならないことが多い。

状況も相手も、コントロールできず、ストレスを感じて、落ち込んだり、
イライラするかもしれないが、何いってんだ、コントロールできないから、
面白いんだ。自分の思い通りにいかないからこそ、価値があるんだ。

そう思えたとたん、それに気づいた瞬間、ストレスからは無縁になる。

内気な人や、劣等感のある人、几帳面な人というのは、自分自身が
日常を、全部コントロールしたいと考えているけれど、ナンパでは全く
そんな狭い理性のたわごとは通じない。ならば最初から、あきらめる。


むしろコントロールしようとしない、ただ急流に身を投じるだけでいい。
ただ流れに任せて、泳いでいく感覚。どうぞどうぞと、力を抜ききる。

普段あまりしてこなかった、状況に、お任せするコツを学ぼうとする。

そして、普段しないからこそ、心のストレッチのように、痛気持ちいい。

結果、血行がよくなるというか、心の通りがよくなり、コミュニケーション
だって、パイプに詰まりがなくなるように、スムーズになっていくわけだ。


いわば、ハンドルを手放す訓練であり、それは未知への跳躍だから、
理性は怖がるけれど、これをやることにより、エネルギーに満ちてくる。

ハンドルを手放すということは、自分を守ろうとするのをやめることで、
そのために使ってたエネルギーが使えるようになり、同時に、心が開く
ことで、外側からエネルギーも、ドッと流入してくる。だから疲れない。

たとえば可愛い子に声かけて、緊張していたら、自分を守るために、
パワーを使ってて疲れるだけだが、オープン状態だったら、その子が
無視していても、「いやー、本当に可愛いなー。」と、見ているだけで、
嬉しくなってしまう。要するに、相手の反応など関係なく、元気になる。

自分を守ろうとしてないし、その子からもエネルギーをいただけてしまう。

だからこそ、「開き直り」さえ起これば、それは、「愛の状態」なんだな。





これまで散々、「結果を求めない」と主張してきたが、要するに、
エネルギー効率を高めるためには、無欲こそが最強ということだ。

そして、愛の状態というのが、その自分を守ろうとしていない状態、
統一されて、やけに素直で、ノビノビした精神状態である。もちろん、
もっと愛が深くなると、理性なんか吹っ飛んで、最高に幸せになる。

しかし、なかなか深い愛情は起こらないし、そう頻繁に起こってたら、
日常生活も営まれない。そんな稀なる快感など忘れ、愛の状態に
どんなレベルであろうが、近づこうというアプローチをとることが大切。

そして、その愛に近づくという意味は、エゴを少なくすると同じ意味だ。


エゴが少なくなればなる程、愛が増えていくと考える。そうなってくると、
相手に無視されたり、冷たい反応をもらって傷つくことが、宝となる。

その時、何が傷つくかというと、エゴでしかない。ひどく軽く扱われたり、
まったく男として認められずに凹むのも、すべてエゴが打撃を受けてる。

つまり、エゴが弱っている。すると我々は、なんとかエゴを回復させようと
相手を非難して自分が悪くないと正当化しようとしたり、もう無理矢理、
ポジティブに考えようとしたりするが、それらの思考は、実は、不要だ。

エゴは弱まれば、弱まるほど、愛が増えていく。ならば、エゴはそのまま、
さらに攻撃に晒されるようにして、もっと破壊してもらえばいい。さんざん
声かけまくって相手にされなかったり、「うぜえ!」と、罵られればいい。

ダメだったら、さらにダメなほうがいいと、頭から飛び込んでいくんだ。


そうして傷つくまくっていくと、途端に元気になる転換が起こる。なんと、
「キモイ!」と罵られたとたん、思わず笑ってしまったりする。もう平気。
正確には、エゴを犠牲にしようと決意したとたん、平気になったのだ。

つまり、エゴを生贄に捧げようとすれする程、愛が増えていく。愛とは、
受容性のことでもあるし、とにかく、エゴを破壊すれば、愛は起こる。

そうなると、どれだけエゴを破壊しようかと、わざと手ごわそうな相手に
向かっていったり、ギャルの集団に「何、このおっさん?」とバカにされ、
いじられるためだけに飛び込んでいったり、無敵状態になってしまう。

こちとら、もともと、自己重要感を相手に高めてもらおうとしてないし、
独立した自由な男でしかない。相手の反応なんぞに、依存しねえ。
さぁ、好きなように料理してごらん。なんたってエゴという自我の殻は、
自分で壊すことはできない。他人からしか、壊してもらえないのだから。

そこで、相手がこちらの弱点を突くような、傷つけるような対応ができ、
見事、こちらをメタメタにできれば万々歳!またさらに、愛に近づけて、
パワーが流入してくるはずだ。できるだけ、自分を守らないようにする。

すると、あら不思議!こちらに覚悟があると、ヒドイことなど言われない。


それどころか、正直いって、こちらが開き直っていて、愛の状態なので、
好感まで持たれることになる。エネルギーの量が、相手より多いからだ。
人間は無意識に、相手のエネルギーを感じとれて、自分より自由な人
には叶わないと思ってしまう。闘うつもりもない相手とは、敵対もしない。

そうして、開き直りのマジックは達成される。我々、ルックスがまったく武器に
ならない者は、こうした愛のエネルギーでナンパするべきだ。それは非常に
躍動的で瑞々しい。むしろルックスだけでナンパ出来てしまうイケメン達は、
かわいそう。この開き直り、愛の状態を起こさなくても、小手先でうまくいく。

なので、なぜかうまくいっても、面白くない。エゴを強めて女の悪口を言うだけ。
しかも、ルックスが劣化したら、もう終わり。バカバカしくて、ナンパできなくなる。

結局は人生、平等にできている。自分は自分で、幸福になればいいだけだ。





これをお読みのあなた、ルックスが武器にならなくて、おめでとうございます!

なんせ、ナンパを通じ、エゴをなくし、人の痛みもわかり、人間性も深くなる。

そして成功した時も、喜びは倍増どころじゃない。数百億倍といってもいい。

気が優しくて、内気で地味な男こそが、ナンパに向くというのはこのことです。


私は、このブログやナンパ教材など、この5年間の活動のすべてを、

そういった、ごくナチュラルな人達に捧げます。ナンパは最高っす!

posted by fmtbank at 16:45| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年08月12日

ナンパは独りでやるからこそ

昨日、何度もナンパに挫折している方から、

「どんなにムゲにされても、平然と続けるには?」

というご質問をいただきました。そこで、あらためて、
地蔵を脱出する方法を、総括的にお伝えします。


まず一番いいのは、ナンパ仲間とやることでしょう。

誰かいるともう、全然違う。恐怖感がなくなります。
それに上手な人に教えてもらえれば、肌で学べる。

しかし、この当ブログでは、あくまで独りでやるのを
主とする人に向けて、メッセージを届けてきました。

なぜなら、完ソロこそが、最高のナンパだからです。





やはり、群れないとナンパできないのは、カッコ悪い。

つねにナンパ仲間と一緒にいるわけでもないですし、
だいたい、いい出会いというのは、日常で一人の時こそ、
さりげなく起こります。いいアイデアが、何でもない時、
フッと浮かぶように、最高の女も、油断してる時です。

つまりインスピレーションと同じで、まるで、どこからか、
与えられたギフトのような、素晴らしい瞬間なんです。

いいアイデアが浮かんだらメモるように、いい出会いは、
声をかけないと何も残らないし、発展していきません。

なので基本的には、一人で動けるようにしておきたい。

ナンパ仲間が見つからないから、を理由にはしない。


そして、なぜ一人がいいか、という強烈なメリットは、
「孤独感」でして、孤独だからこそ、恋に落ちれます。

孤独であればある程、いい出会いは感動をもたらす。

孤独だと、感受性が高まり、少し優しくされただけで、
ものすごく嬉しかったりする。快感が増大するんです。

それがナンパ仲間とやると寂しくないので、冗談いって、
悪ノリで出来るので、それが楽しいわけですが、どうも、
マジな感じになりにくい。感受性は、深まりにくいです。

それに当然、イイ影響だけでなく、悪い影響も受けるし、
自分のペースで出来ないし、常には、主役になれない。

最初は良くても、だんだん嫌になることもあるでしょう。


ナンパが得意な人というのは、教え好きな人も多くて、
自分のやり方こそ正しいと思いがちです。オシャレにし、
ルックスを磨くことで成功率を上げてきた人は、例えば、
こちらの服装をダメ出ししてきたり、なんともいえない感じ。

それは、その通りかもしれないし、無意味かもしれない。

ルックスなんか、ジャージでデブでも、ナンパは成功するし、
やはり、いえるのは、それぞれのキャラがあるので、当然、
絶対なんてものはなく、自分で工夫するしかありません。

要は、自己プロデュースが大事で、他人は他人です。

それをふまえて、地蔵脱出の方法を述べてみます。

三つのアプローチです。では、明日に続きマース!

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2009年08月13日

地蔵を脱出する3つのアプローチ

先日、「ナンパを平然と続けるには、どうすればいいか?」
という、ストレートなご質問をいただきました。これまでに、
さんざん書いていることなので、最近もらえない質問です。

ですので、かえって新鮮でした。そこで久々に、地蔵を
脱出するためのアプローチを、シンプルにお伝えします。

「心」「技」「体」の、三つの方向からのアプローチです。

以下、簡単に、まとめてみました。





1、「体」からアプローチする地蔵脱出

まず「ナンパを平然と続けるには、どうすればいいか?」
といった質問に対する答えは、たくさん声かければいい、
というオーソドックスな答え、習うより慣れろ、となります。

女性をマウスでクリックするように、気軽に声かけていく。

これは相当、雑な声かけですよ。たとえば、ただ挨拶し、
「あ、間違えました」と人間違いのフリをすれば、3秒!

私は今でも、声をかけようか迷う時は、声かけてから、
顔を見て判断してます。いちいち横目で物色したり、
そっちの方が面倒だから、後ろからでも声かけちゃって、
こちらに顔を向けてもらえばいい。3秒ですむんだから。

これだと、短時間で100人以上、声かけれたりします。


そして結果も何も求めず、たんなる作業としてやれば、
いつかは、いいカードを引けてしまう。完全に自動的な
「オートマ」という、声のかけ方です。初心者だけでなく、
ナンパの準備体操として、ちょっとやるのもお勧めです。

人間は怠けたくなった時でも、どんなに小さかろうが、
作業を始めたら、脳は、勝手に興奮し始めるんです。

流れや勢いができたら、自分がやってるのではなく、
もう勝手に、「流れ」自体が、声をかけてくれます。

自分が消えて、流されるままに量稽古となります。

すると、日常でイイ女を見かけた時でも、スッと、
無意識的に、体が勝手に声をかけてたりする。

パイロットは休んでていい、全自動操縦ですね。


2、「心」からアプローチする地蔵脱出

たくさん声かければ慣れることは、わかっちゃいるけど、
なかなか出来ません。特に、始めたばかりや、ブランク
が空いてしまってる時は、数人声かけるのがやっとです。

なんとか量稽古しようとしても、途中で凹み、ネガティブな
感情で苦しみ、挫折するという方は、「心」から入ります。

それに自分は、可愛い子しか声かけない、という方や、
たくさん声かけて慣れた方も、今度は相手を選びます。

ちゃんと一回一回の声かけを大事にしていくわけですね。

量稽古の場合は、自分に考えるヒマを与えませんから、
プレッシャーはないのですが、選んで声かけると、やはり、
考えてしまい緊張するでしょう。そこで、自分の感情を
コントロールするために、意図的に工夫していきます。

それには二つの方向性があり、プラスかマイナスです。


まずプラスの場合は、小さなことに喜び、全てをプラスに
捉えていきます。いわゆる、ポジティブ思考で、どんどん、
自分自身を肯定する。都合いいほうに考えていきます。

注意点としては、今の自分はダメだけど、続けていけば、
必ず成功するなどと、現時点の自分を否定しないこと!

プラス思考というのは、まず現状を肯定することから始め、
それが未来につながるものです。なので、小さなことこそ、
しっかりと肯定し、ささいなことで満足するようにもっていく。

声かけれただけでも成功、反応あれば大成功!と考えたり、
次の子こそは、きっとうまくいくと希望を持ったり、そもそも、
ナンパしようと思ってるだけでも、俺は凄い!とホメたりする。

自信がつくためなら、何でもするわけです。暗示を入れて、
脳を騙そうとしたり、うまくいったことを想像したりもします。

これはもう、自己啓発の定番ですから、わかるでしょう?


しかし一方、プラス思考の方向で、どうも結果が出ず、
気持ちよくならない場合は、マイナスの方向がお勧め。

これが前回お伝えしました、自己破壊のアプローチです。

いかにして自分を破壊するか、ダメならもっとダメになる、
とばかりに、傷つきそうな相手を選んで、飛び込んでいく。

つまり、超イイ女や、気が強そうな相手、集団、そして、
初心者の方なら、声かけること自体が恐ろしいゆえに、
すべてが傷つく対象となるでしょう。覚悟するだけです。

すると、マイナスにマイナスを掛けるとプラスになるように、
開き直って、どうにでもなれ!と、自信に満ちてきます。

狭い自分の枠を破壊し、超越してしまうわけですね。

まぁ、いずれにしても、プラスにしろ、マイナスにしろ、
自分の感情を処理して、平然となるための方法で、
くじけないための考え方なら、何だっていいんです。


3、「技」からアプローチする地蔵脱出

最後は「技」、テクニックによって、地蔵を脱出します。
これは量稽古でもなく、「心」を利用するものでもない。

特に、ナンパ慣れした後の地蔵というのは、声かけが
怖いというよりも、面倒くせえ、その気がおきないという、
むしろ感情がゼロの状態です。従って、「心」を利用して、
地蔵を脱出するアプローチが、もはや使えないわけです。

そして、「体」から入る量稽古も、いまさら面倒だと思う。

なので、あえて「声かけの方法」について、こだわります。


一番、初心者向きなのは、キッカケを見つけた時だけ、
声かけます。たとえば、道に迷っている人を見つけたり、
自転車のチェーンが外れてる人がいたら、声をかける。

そういった自然なキッカケを求めて、さまよい歩くんです。

相手が可愛いだとかは関係ない、男でもいいでしょう。
とにかく、他人に自然な形で、話しかける練習をします。

なにかキッカケがないと声かけないため、声かけ数は、
少なくなりますが、そんなことは気にしないこと。また、
ナンパ慣れしてきたら、自らキッカケを作り出します。

わざとぶつかったり、自分で物を落としたり、はたまた、
小道具を使って笑わせてみたり、試行錯誤してみる。
すると、この「技」を開発すること自体が楽しくなります。

どうすれば自然に声をかけることができるか、その技術、
テクニック自体を磨くことを主とすると、試したくなって、
地蔵を脱出できる。これはナンパ慣れした人向きです。

「ナンパ飽きた」なんていってるのは、同じことばっかして、
工夫をやめてしまったからです。常にマイナーチェンジし、
時には、得意技を全部捨てて、1から作り直すのもいい。


とことん、自分の「頭」を働かせるわけです。そこに面白さを
見出し、飽きてたナンパに、さらに奥深さを発見するのです。

これは、あまり初心者向きではありません。まずは「体」が、
すぐ動けるよう訓練し、その際に動揺してしまう「感情」を
処理するコツをつかんで、冷静になれてからの話ですね。

「頭」を使うのは、一番最後でしょう。なぜなら、技によっては、
タイミングが悪かったり、感情面で余裕なければ効きません。

よくナンパに有効な台詞がどうだどかいってますが、そんなもの、
基本ができてなけりゃ、効果あったかどうかさえ、わからんのです。

冷静にフィードバックして、使いこなしていけるのは、慣れた後です。

それなのに、初心者の人に限って、テクニックに走りたがります。
もっといい方法はないか?もっといい場所は?などと探してて、
それらは全て、結局のところ、逃避にすぎません。そんなの後!

ある程度、実地訓練してから初めて、思考を働かせましょう。

ですから初めは、たんに普通のキッカケを探すだけで充分です。


ちなみに私自身も、先月ちょっとブランクがあいてしまったため、
久しぶりに地蔵になりました。声かける気がまったく起きません。

そこで、ただ街を歩きました。すると、地図を風に飛ばされてる、
パッとしない女の人がいました。そこで、「取ってきましょうか?」
と聞くと、「もういいです。」と答えて終了。これが第一声目です。

会話する気も起きないし、今日はダメだな、と思って、そのまま、
パソコンを見に、量販店に行きました。しばらくブラついていると、
レジで商品をまけさせてる女性がいました。甘えた声出している。

なんか珍しいなー、と思って眺めてました。見事、まけさせてて、
素晴らしい笑顔です。ふと、どうやって交渉したのか聞きたくなり、
彼女の会計を待ちました。会計をすませ、彼女が歩いたところへ、
「凄いなー。こういうとこでも、まけてくれるんですか?」と質問です。

それだけで、その後10分くらい、テクニックをレクチャーされました。

彼女がいうには、ただ笑顔で「お願いします」と、お辞儀を連発して、
店員さんが黙ってしまったら、こちらもニコニコして黙ってるだけで、
余計なことを言わないことがコツらしい。私は、心から感心しました。

まぁ、その女性は、遠くから眺めてたより、話してみると神経質そうで、
イマイチだったのですが、そんなの関係ない。彼女から素晴らしい
コミュニケーション方法を聞いた私は、体がムズムズしてきました。

それからは、もうご想像のとおり、片っ端から声かけては、笑顔で
「お願いします」攻撃です。わざと間を作ったりして、あー、こりゃ、
ラクだわ。こういったシンプルさを忘れていたと、夢中になりました。


このように、「技」から地蔵脱出するのは、自然に沸き起こる、
最も疲れない手段かもしれません。いつでも誰にでも声かける!
それこそがナンパだ!なんていって、強がってた頃もありましたが、
やはり人間、波もありますし、そんなに無理しなくていいと思います。

ナンパ自体は、決してラクではない分野なんだから、そんな中で、
どんだけ手を抜いて、ラクにできるか工夫するのも醍醐味ですね。

ぜひとも、最終的には、自然体の気持ちよさを追求してください。

どうせ無理したって、結局のところ、続かないんですから。





以上、地蔵を脱出するアプローチの「心・技・体」を、それぞれ、
分けてお伝えしましたが、実際は、三つとも総合して使います。

「心」が動揺してしまったら、プラスに捉えるか、覚悟するかして、
キッカケを見つけたり、いいアイデアが浮かんだら「技」を使って、
試しますし、実際に声かける時は、パッと「体」でいく感じです。

なお、ひたすら地蔵している方は、声かけれないことを絶対に、
気にしてはいけません。ただ散歩するだけでもいいんですよ!

歩くことは体にいいのに、そこを「俺はダメだ、声かけれない」
などと自己嫌悪しながら歩いたら、かえって具合悪くなります。

別に、声かけれなくていいじゃないですか!可愛い子見ながら
街を歩くだけでも健康的ですよ。絶対に、自分を責めないこと!


結局、定年退職したり、60歳を越えると、足が弱らないように、
散歩します。それと変わらなくてもいい。ゆったり生きましょうよ。

人生長いんだから。そして100%死ぬんだから、焦らなくていい。

そして、ナンパも自分には向かない、と思ったら、やめる勇気も、
必要だと思います。ナンパに執着しすぎると、人生ムダにします。

ナンパなんて、何でもないことなんですから、しなくてもいいんです。

もっとラクになってほしい、という思いもこめて、お伝えしました。

それでは、よいお盆を!

posted by fmtbank at 15:45| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年08月16日

恐ろしい「純愛ナンパ」シリーズ再開!

この「タダでナンパする!」のブログやメルマガの活動で、お伝えしたかったことは、
実は、四段階あります。まず一つ目が、「内気な男の地蔵脱出」に関してで、まぁ、
これでもか、これでもかと、しつこく書いてきました。最近も、久しぶりに書きました。

続いて二段階目は、「図々しくなること」で、女性をGETすることですが、とにかく、
男というものは、放っておくと、いい人になってしまうので、もっと大胆かつ自分勝手
を目指して、意図的に振舞うべきです。「ナンパは愛だ」なんて書いたり、相手の話を
聴くことが大事だと主張してきましたが、これはあくまでも、「彼女」探しに関してです。

本来、GETするだけなら、相手の話なんか聞かなくていいし、押せ押せだけでいい。
ナンパというものは本来、図々しいもので、その図々しさを貫くことが秘訣でしょう。

しかし、男というのは優しいというか、保守的というのか、なかなか大胆になれない。
(現実は、女のほうが性に対して積極的というか貧欲で、男のほうが逃げ腰です!)

なので、声かけの次にポジ(好意を伝える)、オシ(誘う)、ネガ(失礼なことをいう)、
そしてタッチ(体にふれる)といった図々しさに、少しずつ慣らしていくという話でした。

こういったGETに関するテーマは、ネット上に氾濫していますし、わざわざ私が主張
しなくてもよかったため、あまりブログでは取り上げていません。地蔵脱出に関しては、
これでもかと述べましたが、GETに関する情報は、ナンパ教材などで、有料にしました。


さらに引き続き、三段階目は、「運命の人」いわゆる、「愛」を取り上げていきます。
ナンパで最高の相手と出会うには、どうしたらいいのか?という、誠実的なテーマ。

なんたって簡単にナンパについてくる時点で、彼女候補にはなりづらい。たとえば、
複数の女性をキープして悦に入っている人もいますが、おそらく、その女性たちも、
同様に、他に男がいます。自分のやってることは、相手もやってるんですね。当然、
それがラクでいいという人は構いませんが、なかなかメールが返ってこないだとかで、
イラついたり、自分をもっと好きになれと願うのは、やはり残念な結果が待ってます。

そういったぬるい方向ではなく、完全にピタッと一致するような激しい愛情、そして、
お互いが100%の関係となるような信頼を求めるのが、この三段階目の内容です。

そうなってくると、普通のナンパと、だいぶ趣が違ってきます。なるべく軽い女性は、
排除したいし、成功率なんかよりも結局、素晴らしい一人と出会えればいいので、
本当に、自分に合った相手を探すことに重点を置き、他の要素を切り捨てます。

これは、まさしく「純愛路線」のナンパで、これまであまり語られてきませんでした。





この「純愛路線」というのは、一見おとなしく真面目で、キレイ事になりそうですが、
とんでもない!大勢をGETするよりも危険で、狂気じみています。感情的になるし、
ボロボロに傷つくことも推奨し、全てを賭けてしまう、不安定で恐ろしい方向です。

よく男女の関係でいわれる言葉に、「惚れたら負けよ」なんてのがありますが、自分
が好きになってしまうと不安定になり、大失態をしでかしたり、相手に振り回されたり、
などのマイナス面が出てくることをいうのでしょう。そういうわけで男は、一人に対して
全てを賭けるのではなく、一度に複数の女性にアプローチし、気持ちを散らします。

ナンパなんて特にそうで、大勢声かけるから、出会いはたくさんあると安心できるし、
何名もの女性をキープすれば、一人一人への執着も薄まり、安定していられます。
これは本当にそうで、自信もついてナンパの腕も上がるし、モテてると思い込めます。

しかしながら、だんだん満足できない人達も出てくる。皮肉なことに、感情を抑えて、
冷静になろうと習慣づけていくうちに、恋に落ちれなくなったりします。そうなると、まぁー、
女性と遊んでもつまんない。お金と時間のムダなんじゃないかと、迷いまで生まれます。

恋してないから、自分の全てが巻き込まれていないため、脳内麻薬が出ないんですね。


そういうわけで、ナンパの対処術が身につきすぎて退化してしまった方へ、どうすれば、
また女性に対して、純粋な気持ちを取り戻すことができるか?その答えを提示します。

これは、初心者の方に対しても同様にお伝えすべきことです。なぜなら、当然ながら、
女慣れしていない方は、恋に落ちやすいでしょうし、また、最初っから遊ぶ相手でなく、
彼女や結婚相手を見つけたいという人もいるからです。必ずしも、GETしまくり、女性に
慣れておこうというプロセスは経なくてもいいんじゃないかと、最近は思っていますね。

ただ初心者の方は、基本的に、「図々しさ」を貫くことを念頭において、また一方で、
「ナンパは愛だ」という、受容的なメッセージも受け止めてください。両方、必要です。

本能のまま、好き勝手にやろうとしても、思い通りにならないことは必ず出てくるため、
ここでも考え方を柔軟に、エゴが傷つくことこそ、パワーの源にしてしまえば無敵です。





なお前回に、「自己破壊」で声をかける、ということをお伝えしましたが、正直いって、
この方法は出来ない方が多いかもしれません。これまでに、スポーツや仕事などで、
開き直って覚悟したら、うまくいった経験がないと、なかなか大変でしょう。いきなり、
ナンパでこれをやって転換が起こるのか、開き直れるかどうか、個人差があります。

エゴをぶっ壊すために、前に飛び出すというのは、ネガティブな人や自信ない人に、
すごい共感され、人気があるんです。しかし、これまでに絶賛している人に限って、
結局、ご本人は、それをやれてない、というケースをたくさん見てきました。なので、
少しやってダメなら、結局は、自己否定を強めるだけなので、やめたほうがいい。

むしろキッカケを作りながら、少しずつ声かけて慣らしていく、小さな一歩こそを、
プラスに捉えて進んでいってください。必ずしも大勢声かけなくても、大丈夫です。

そして万が一、心の中に怒りが沸いてきたなら、それを利用して、加速しましょう。
前回、マイナスの心を利用する方向で、つい抜け落ちてたのが、この「怒り」でした。


あと恋に落ちて、自分が破壊されたという感動的な経験がない方も、ナンパでは、
最初は苦しむかもしれません。なんせ自分の殻から出たことがないわけですから、
すごい恐怖に襲われるでしょうね。とにかく、恋や愛というのは、怖いものなんです。

愛が起こるというのは、エゴの死ですから、死ぬことは誰だって怖いし、潜在意識も、
「自分を安全に守る」というのを第一目的に働いていますから、できるだけ避けようと、
勝手に保守的に働いてしまいます。ずっと抑圧していた愛が起こってしまうと、もはや、
自分の中が大幅に、ダイナミックに変化してしまうため、どうなってしまうかわからない。

なので潜在意識は、素晴らしい相手こそを避けようとします。意外に見落とされがち
なのが、ナンパ慣れした人でさえ、無意識で逃げてしまうということ!これは私自身も
自分の中に見出しましたし、何名かのナンパ師にも見受けられました。どうでもいい、
動揺しない相手なら何でもないのに、最高の相手は、なぜか連絡先聞くのも忘れる。

無意識に、恋に落ちる可能性のある相手を避けて、どうでもいい相手とつきあいます。

とにかく、恋愛というのは、おっかないものです。しかし、勇気を出して前進すれば、
それはそれはもう、言葉にできない程の、素晴らしい絶頂感と、穏やかな幸福感が
得られるはずです。今までの経験が、ふっ飛んじゃうような、そういう経験ですね。

私はそれを求めて、新たな冒険に出かけたわけですが、はたして、その結果は?


というわけで、話を戻して、ふたたび「純愛ナンパ」について、展開していきます。

まずは中断していましたが、私の15年以上前の恋愛話の続きを述べましょう。

これは本筋に対して、前フリとなりますので、もうしばらく、おつきあいください。

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2009年08月20日

すべての恐れが消え去るとき

恋に落ちるというのが、ここまで凄まじいとは思わなかった。

多くの人が恋焦がれ、同時に、恋を恐れるのも、もっともだ。

私は、ぶっとんでいた。あまりのトキメキに涙があふれ、
腰が抜けて、自分という感覚が消えて、快感を通り越し、
苦しさまで感じていた。嵐に飲み込まれたような激情だ。

もう自分ではどうしようもない、コントロール不能の快楽・・・。

これは、15年以上も前の、原点となった話の続きである。





その当時は、他人とコミュニケーションするのが怖かった。

大学に入る前に、一年間宅浪していたため、他人と話さず、
完全に自分の殻に閉じこもるクセがついてしまっていたので、
入学してからも、友達が一人もできず、心を閉ざしきっていた。

しかも、落合信彦の「狼たちへの伝言」に影響を受けており、
ブタは死ね!飢えた狼として生きろ!と、自分を奮い立たせ、
楽しそうにしている大学生に対して、「お前ら、死ね!」という、
他人否定の姿勢になってしまっていた。エゴが強大化してた。


だが、そんなガチガチに閉じた心の扉を、ある時、ノックする者が
現われた。サークルのマドンナの女の子である。私は、ただただ、
彼女の姿が見たいがために、一言でも話せればいいがために、
軽蔑する連中しかいない部室に、イヤだけど、足を運んでいた。

でも、やはり、他人とコミュニケーションできないわけだから、
結局、前期の授業が終わっても、彼女と仲良くなれなかった。

そして前期で、バカしかいない最悪の大学をやめることにして、
(エゴというのは、自分が正しく、他人が悪いと責める習性だ)
どうせ最後なのだから、彼女をデートに誘ってみた。ダメでも、
もう会うことないし、後悔しないよう、フラれようと思ったのだ。

ところが、これがもう、意外なことに、OKをもらってしまう・・・。


私は、嬉しさよりも、心の底から怖くなった。デートの時に、
一体何を話したらいいのか?想定外の展開にビビリまくり、
話す台詞を台本化し、デートの現場も、何度も下見した。

ギリギリで、自分からスッポかそうとまで思ったくらい、緊張が
MAXまで高まり、彼女が現われた時には、どうなることか?と、
もう不安で不安でしょうがなかったのだが、遊園地デートという
こともあり、そんなに会話も困らず、楽しく終わることができた。

というか、ボロが出るのが怖くて、遊園地から出たら、とっとと、
自分は用事があるからと嘘を言って、すぐに解散してしまった。

なんせ、次のデートの約束まで出来たし、かえってその日に
話す事がなかったりして気まずくなり、全てがパーになるのが、
怖かったのだ。この楽しい思い出を、一人で味わいたかった。


そんなわけで、早めに帰り、眠りについたのだが、その翌日、
私は、完全に頭がおかしくなっていた。目に映るもの全てに
愛情を感じるし、涙を流して、腰が抜け、体中がとけまくった。

今まで、ずっと閉じていた心の扉が、一気に開いた拍子に、
その勢いで、なんか変な扉まで、開いてしまったようだった。

後で知ったのだが、これは一時的な「至高体験」ともいえる、
自我がふっとんで、悟りともえいる経験だったのかもしれない。

しかし、その時は、そんな余裕も全くなく、なんだか分からず、
ただ時間の感覚が消え、永遠の中に漂い、今を感じていた。


その精神的爆発は、不思議なことに、彼女と2回目のデートを
迎える頃には、スーッと静まっていき、落ち着きが戻っていた。

ずっと多量の脳内麻薬でイッちゃってたし、前回のデートでは、
準備をトコトンしたというのに、二回目のデートでは、ほとんど、
何の準備もなく、迎えることになってしまっていた。ところが!

彼女とのデートに対し、まったく恐れもなくなっていたのである。

まるで人が変わってしまったようだった・・・。これが、自分か?





その二度目のデートは、また違う遊園地で、楽しかった。

本当に、何の恐れや緊張もなくなっており、ただ楽しいだけ。

しかも、遊園地を出た後は、私の部屋にまで誘ってしまった。

普通なら、ボロアパートなんて、連れてくることなど出来ない、
と思うはずなのに、なぜか平気で、普通に連れてきてしまう。

自然体というか、なんというか、我ながら、堂々としていた。


まだ日が落ちてない時間帯だったし、彼女も警戒せずに、
すんなり、ついてくる。今思えば、私が「愛」の状態なので、
彼女も感化され、同じく「愛」の状態に入っていたのだろう。

しかも、アパートに連れてきただけでなく、アパートの屋根に
よじ昇り、彼女と屋根の上に、二人で並んで、座って話した。

前回は、あれほど話題をどうしようか?と心配していたのに、
今回は、まったく恐れもなく、ただリラックスしていた。彼女の
名前で「あいうえお作文」したり、話題は、何だってよかった。

さらに、お互い黙ったまま、ボーッと、ただ座っていた。それが、
不自然でもなく、ふわっと環境と溶け込んでいるような感じで、
実にのどかで、ポカポカと暖かい中、爽やかな風も吹いていた。


そんないいムードでも、彼女にキスもせず、体にも触れなかった。

結局、その当時、バリバリの童貞だった私には、そういった性的
な展開は頭に浮かばず、彼女を女神様扱いしていたのもあって、
夜になったら、すぐにサヨナラした。丁重に見送っただけである。

それだけでも、ひたすら満足だったし、彼女も楽しかったようだ。

当然、またデートしたかったのだが、彼女は8月に入ったので、
実家に帰ってしまった。また9月に入る前に、戻ってくるらしい。

また会う日が楽しみだと、私は、余裕ぶっこいていたのだが、
まさか、ここから、天国から地獄へ落ちていくことになるとは、
思ってもいなかった。長い長い夏休みが待っていたのである。

そして最後は、身の毛もよだつ、あいつが登場する・・・。


(つづく)
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2009年08月24日

嫉妬の炎に焼き尽くされる日々

生まれてきてよかったと思った。今までの人生のピークである。

まさか仲良くなれるとは夢にも思わなかった、憧れの彼女との
二回目のデートを終えて、私は、最高の気分にひたっていた。

最初に起こった、激しい天にも昇る気持ちから、今度はもっと
穏やかな、清涼感のあるトキメキに変わり、落ち着いてきている。

それでも体中をジンジンと感動が駆け巡り、目に映るもの全て、
境界線が溶けていき、耳に聞こえるもの全てが、心地よかった。


夏休みに入り、愛しき彼女が実家に帰ってしまった今、私には、
何もやることもなく、ほとんど外出する必要もない。正味な話、
ただ自分の部屋でじっとしてるだけで、彼女のことを想うだけで、
最高の快楽なので、TVや本だとかの娯楽も必要なかったのだ。

ただ、その時、唯一、いつも聴いていた曲がある。歌詞の内容が、
まさしく自分の気持ちを代弁しているようで、凄く気に入っていた。

ただ部屋に引きこもって、自分の呼吸だけが生きている証だ、
とかいった、センチメンタルな、究極のひきこもりソングである。

 ⇒ 「かすかなしるし」<YOU YUBEへのリンク>

(この曲、UAもカバーしたが、いとうせいこうのを聴いていた)


しかし、そんな陶酔していられたのも、短い間だけだった。

またたくまに、恋につきものの、やつが登場したのだ・・・。





純粋な愛の状態というのは、かくも壊れやすく、そう続かない。

私は、苦しくて、眠れない夜を重ねるようになった。夏休みで、
彼女が戻ってくるのが一ヶ月も先という、単純な寂しさ以上に、
彼女を失うのではないかという不安に、次から次へと襲われた。


まず基本的に、彼女には、地元の恋人がいた。彼は浪人生で、
勉強に忙しいし、ほとんど会うことはなかったので、これは自然に
別れるかもしれないとは思っていたが、やはり地元に帰れば会う。

ちょうど今頃、彼と会ってるんじゃなかと思うと、もう気が気でなく、
不安でどうしようもなかった。要するに、嫉妬という感情の登場だ。

それまで、まったくといっていい程、嫉妬なんて感じなかったのだが、
それは彼女が自分のモノになる、なんて夢にも思わず、ひたすら、
感動していたからだ。自分のモノにしようという、発想がなかった。

ところが、ひょっとしたら彼女とつきあうことが出来るんじゃないか?
という期待が生まれ、それと同時に、ダメなんじゃないかという恐れ
が生まれた。さらに夏休みで会えない苦しさも伴って、増大化だ・・。


私は、嫉妬と恐れで、苦しくて苦しくてたまらず、非常に動揺した。

そこで、とった行動は、彼女に手紙を書くことだった。その当時は、
まだ携帯やメールが普及してなかったので、そのまま直筆でもって、
これでもか、これでもかと、手紙を書いた。情熱的なラブレターだ。

レターセットを買いだめし、毎日、彼女に対する想いを書いていた。

ただし毎日出すと引かれると思い、なんとかセーブして、3日ごとに
手紙を投函していた。彼女からも何通か返事は来た。そのたびに、
嬉しくてしょうがなくて、毎日、ポストをチェックするのも楽しみだった。
(やはりメールだと気軽になるので、ここまで感動できなかっただろう)


私は、手紙を書くことに命を燃やしていた。それしかやることはなく、
彼女を失うかもしれない恐れから逃れるために、ひたすら、何かに
打ち込んでいないと、内側を吐き出さないと、気が狂いそうだった。

でも手紙だけだと、精神的な燃焼しかできないため、暇さえあれば、
河原を「うおー!!」と絶叫しながら、力尽きるまで、猛ダッシュした。

体をクッタクタにしないと、疲れ果てないと、まったく眠れないのだ。

それでも、体力ないはずの体から、今まで感じたことのないエネルギー
が、ドンドン湧き上がってきて、ランナーズハイにまでなってしまった。





そんな、走って、手紙書いての日々を繰り返し、8月も末になった。

冷房のないボロアパートで、汗まみれ、涙まみれで生きてるうちに、
ひと夏が終わろうとしていた。恐れと愛の感情のシーソーゲームを
独りで抱えて、なんとか乗り切っているうちに、彼女が帰ってきた。

また、あの夢にまでみた彼女と会える!文通は、もう終わりだ!

この彼女との再会の日を、どれだけ想い描き、待ったことか!


ちなみに彼女は、一人暮らしではなく、親戚のおばちゃん家に、
居候していた。私は、もうデートの日程を組むのも待ちきれず、
彼女が実家から戻ってきた日に、10分でいいから会いたい!

そう伝えて、彼女が居候する最寄の駅で、待ち合わせをした。

ところがここで、想像だにしなかった、異常事態が発生する。

そう、今度こそ、あの恐ろしい、あいつが現れたのだ・・・。

posted by fmtbank at 17:06| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

猟奇的な男に彼女を奪われる!

夏休みの間、彼女と会えなかった私は、非常に苦しんだ。

なんせ彼女には、地元に彼氏がいる。今頃、その彼と会い、
再燃してるんじゃないか?もう私とは、会う気なくすのでは?
などと心配で心配で、嫉妬と不安で、どうしようもなかった。

また私には友達もいないし、何もやることがなかったため、毎日、
彼女のことを考え、身を焦がした。とりあえず、何かしていないと、
頭がおかしくなりそうだったので、熱いラブレターを書きまくった。

ラブレターに自分の想いをしたためることにより、精神を発散し、
体力的には、夜な夜な、河原などで全力疾走して、発散させた。

そうして、何とかバランスをとり、一ヶ月の間、やりすごしたのだ。


いよいよ彼女が実家から戻ってくる日となり、私は待ちきれず、
帰ったその日に、10分でも会いたいと、彼女を駅に呼び出す。

彼女は一人暮らしではなく、親戚のおばちゃん家に居候中であり、
すでに、かなり夜もふけて遅い時間だったというのに、都合つけて、
わざわざ駅まで、やってきてくれるそうだ。私は、大いに喜んだ。

しかし、会うのに、こんなに焦る必要もなかったのだが・・・。





一ヶ月ぶりに、恋焦がれてどうしようもなかった彼女と会える!

彼女の最寄の駅に、早めに着いた私は、まず鏡の前で何度も、
鼻毛チェックしたり、床屋行きたてのヘアスタイルをなおしたり、
身だしなみを確認した。なんせ、もうすぐ彼女が現われるのだ。

そして、その輝かしい時は、スローモーションのように訪れた。

もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないとの不安の中、
彼女は、和みの笑みを浮かべて、物陰からフワッと出現した。

アイヤー、なんて可愛いんだろう!記憶の中よりも可愛い!


とにかく感無量である。この時を、ずっとずっと待っていたのだ。

まぁ積もる話もあるのでと、そのまま路肩に二人並んで座って、
しばらく、とりとめもない話。彼女は笑顔!なんて幸せなんだ!

前もって、面白いところないかなとロケハンしていたので、
「秘密の場所へ行こう。」と言うと、彼女は「どこよー?」
と興味深々。ふと、このままホテルに誘ってもいいのでは?

珍しく、そんな思いもよぎる程、彼女はノリノリになっていた。

意外にも、強烈なラブレター攻撃が、効果的だったようだ。

私は、嫌われてなかったと、ホッと安堵のため息をついて、

気をぬいた。と、ちょうど、その時である・・・。


数メートル先から、凄まじい怒号が響いた。

「@ぽえjgrhsとfmんhbg!」(聞き取り不能)

私は、驚きのあまり、目を見開いた。

ものすごい肥満の男が、突進してきたのだ。

彼は、病的に太っており、髪はボサボサ、顔は紫色で、
すごい不潔感を漂わせ、ケミカルウォッシュのジーパンに
Tシャツをたくしこむような姿で、だらしなく異様だった。


そんな男が、目を血走らせて、こちらに向かってくる。

そして何のことか分からないまま、彼女の腕をつかみ、
絶叫したまま、彼女を連れていってしまったのだ・・・。

アッという間に、巨漢が彼女を奪い去っていった。

それも明らかに、精神異常者とわかる男だった。

なんだ、これは?これは現実か?





私は、腰を抜かしていた。

助けることもできず、

何も言えないまま・・・。


我に返った私は、そのまま、

110番するしかなかった。


(つづく)
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2009年08月29日

恋する男は気持ち悪い?

私は腰を抜かしてしまった。本当に、ビックリしてしまった。

やっと一ヶ月ぶりに大好きな彼女と再会したはいいものの、
突然現われた、不健康な、巨漢の男に連れ去られたのだ。

怒号を発してダッシュしてきた男は、どう見ても正気ではなく、
脂肪ではちきれそうなケミカルウォッシュのジーパンに、シャツを
たくしこんだ姿で、目は血走り、錯乱していて、異常者にみえた。

私は動転して、すぐに110番しようかとも思ったが、よく考えたら、
もしそんな危険性があるなら、とっくに彼女が連れ去られることを
阻止しようと、体当たりとかしている。では、なぜ止めなかったのか?


それは、明らかに彼女が、その男に従っている姿を認めたからだ。

拒否して逃げようと思えばできたのに、その巨漢男が絶叫した後は、
顔を真っ赤にしてうつむき、手を引かれるままついていってしまった。

私が驚いたのは、二人が何の関係か分からず、あまりに意外な
想定外の取り合わせから、頭がショートしてしまったからである。

「な、何が起こったのか・・・。これは現実なのか・・・。」

あっけにとられて、そのまま呆然と、その場に立ち尽くす。





私は一人残された駅の外で、しばらくウロウロしながら思索した。

やはり、110番する必要はない。明らかに、二人は知り合いだ。

てことは、あの男は何者だ?なぜに彼女は、奴に従うのだ?


も、もしかしたら、あの男が、彼女の恋人なのか・・・。

いや、それはないだろう。美女と野獣どころじゃない。

あれじゃあ、美女とフリークスだ。異なりすぎる・・・。

もしかしたら、肉親かもしれない。兄か?兄なのか?


とにかく、思いっきり美化している大好きな彼女が、

あそこまで異常な感じの男と縁があるのが不可解。

私は、なかなか現実を認めることができなかった。

そうして、しばらくしてから、彼女の家に電話し、

すべての答えがわかった。





彼女は一人暮らしではなく、親戚のオバちゃん家に居候してて、
そのオバちゃん夫婦には、一人息子がいて、一緒に住んでいた。

つまるところ、あの男は、彼女の親戚だったのだ。そして、なぜに、
あんなに尋常じゃない人物に思えたというと、精神薄弱かなにか、
少し知能が遅れていて、何の仕事も出来ない状態だったからだ。

毎日、何もせず、ブラブラしているだけだそうだが、心は純粋らしく、
彼女を妹のように思っていて、自分が守ると思い込んでいるらしい。

なので、一瞬、彼女が私といるところを見かけた時、彼女がナンパ
か何かされてると思い込み、我を忘れて、激昂してしまったようだ。

そして、後から同じ大学の友達と説明を受けた後は、ひどく反省して、
泣きながら、「家に招待するよ。泊まっていって〜!」と懇願したのだ。

すでに終電がいってしまっていたのだが、彼の部屋に一緒に寝るのが、
とてもストレスに感じた私は、断ってしまった。朝までコンビニで過ごして、
後で、泊めてもらえばよかったと後悔はしたが、まぁ行かなくてよかった。


やはり彼は、見た目が可愛い彼女に対して、密かに恋心を抱いていた。

じゃなきゃ、あそこまで過剰反応は起こさない。それにしても、あんな男と、
一つ同じ屋根の下に住んでいて、彼女は、本当に大丈夫なのだろうか?

案の定、今回の件で、彼女はすぐ引っ越すことを決意し、アッという間に、
一人暮らしを始めた。それで一安心と思いきや、彼女が家からいなくなり、
心にポッカリ穴が開いた彼は、毎日電話をかけてきて、ひどい有様だった。

留守電のメモリをフルに使って、泣きながら、「寂しい。寂しい。」と嘆いた。

そんなことすればする程、嫌われ、疎まれるというのに、何してんだろう?


しかし、この精神薄弱の彼を、けっしてバカにすることはできない。

そう、精神薄弱になるのは、今度は、私の番だったのだ・・・。


(つづく)
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