2009年10月08日

女性恐怖症になってしまった

ずいぶん間があいてしまいましたが、またまた更新再開します。

気づいたら、ここ1ヶ月以上も、遠い過去の話だけで引っ張り、
全然、『純愛ナンパ』の本編に入っていませんでした。自分でも、
書いてるうちに飽きてしまい、助走の段階でへばった感じですね。

本当は、ほんの数回で終わらせるつもりだったのに、思い入れが
強かったのでしょう。いつの間にか、入り込んでしまっていました。

現在は、毎日のように新たな気づきがあるため、もう過去の話は、
そんなに気持ち入れて書く気になれません。ですから、ごく簡単に、
続きの概略を述べたいと思います。私の20才の頃の恋愛話です。

まずは、これまでのあらすじから、その末路まで一気に述べます。





一年間、受験勉強のために宅浪し、他人と話してなかったので、
私は、せっかく大学に入っても、対人恐怖症となり、最低でした。

そして授業には出ず、「入った大学が悪い!」と、責任転嫁して、
部屋で仮面浪人していました。しかし受験勉強に役立つために
通っていた、サークルのマドンナにほれてしまい、恋に落ちます。

絶対ダメだと思ってデートに誘うとOKをもらい、何回かデートでき、
あまりの嬉しさと、これまでに抑圧していた愛情が爆発して、狂気
じみた多幸感に包まれ、それは、まるで悟りの一瞥のようでした。

長い間ずっと孤独でいたからこその、あまりに反動的な激情・・・。

現実感がないほどの幸せに貫かれ、涙をボロボロ流す毎日・・・。


もう受験勉強なんて投げうって、全てのパワーを彼女に注ぎます。

夏休みで会えない時は、情熱的なラブレターを書きまくり、彼女の
心も揺さぶられたようで、ついに、高級ホテルのスウィートにまで
ついてきて、ファーストキス、最後は、初体験までいくところでした。

ところが、これが緊張しすぎて大失敗し、彼女は帰ってしまい、
私は、あまりのショックから、そのまま傷心旅行に出かけました。

男というのは、女で自信を失くした時は、なんとか他の分野で、
自信を取り戻そうとします。それが、無謀な無銭旅行でした。

そういうの元から出来るアウトドアな人なら、なんてことなくても、
私は、極度のインドア人間です。普段なら、絶対できませんが、
初体験失敗のショックで自暴自棄になってたからこその話です。

そうして、人生初めての野宿やヒッチハイク、店への食物要求、
道行く人への小銭要求と、これまでにしようとも思わなかった、
図々しいことをやり遂げたことにより、私は自信を取り戻します。


そこで、初体験失敗した彼女を、再度、デートに誘いました。

ダメもとだったのですが、快くOKをもらい、今度こそ初体験を
成功させる!と心に固く誓い、鼻息荒く、デートに向かいます。

今度は動物園に行き、無銭旅行の話をして盛り上がった後で、
ラブホテルに誘いましたが、彼女は断ります。それでも押して、
粘ったのですが、結局、ダメでした。後味悪く、終了となります・・。





この後から、彼女はデートに応じてくれなくなり、私は焦りました。

とにかく押せばいいんだと思い、バラの花束などプレゼントを贈り、
以前、評判がよかったラブレターも、また出しました。ところがもう、
押せば押すほど、以前とは違う、そっけない態度をとられてしまう。

どうしたらいいんだろう?と分からないまま、とにかく、押すだけです。

最後は、彼女が帰って来る最寄駅で、待ち伏せまでして、なんとか、
理由をつけて、一人暮らしを始めた、彼女の部屋に上がりこみます。

上がってしまえば、こっちのもの!とばかりに、彼女の体にふれて、
押し倒そうとしたのですが、これがもう、最悪の結果となりました。

すさまじい抵抗にあい、私は、女性恐怖症になったのです・・・。


マジギレした彼女は、鬼のような形相で抵抗し、これまでずっと、
ニコニコして可愛らしかった子とは別人と化しました。凄い怖え!

「イヤよイヤよも好きのうち」なんて言葉は吹っ飛び、足払いだとか、
爪を立てて首をしめてきたりなど、本気モードの抵抗です。私自身、
心底ビビリ、これまた、どうしたらいいのかわからず、ただ粘るだけ・・。

結局、彼女は抵抗するのではなく、いきなり大の字に横たわって、
「好きにしろ!」とばかりに、鋭い目で、こちらを睨みつけています。

ま、まさか、こんなムードのない状況で、出来るわけがない・・・。

ずっとパニクってた私も、やっと冷静になり、判断がつきました。


これで終わりだ!とりかえしのつかないことをしてしまった・・・。


あとは、そのまま後じさりして、負け犬は、去るのみでした。

彼女に対する美化、幻想も、すべて砕け散ってしまいました。

そして、もう二度と恋愛などしないと、部屋に引きこもります。

これが、「第一次ひきこもり期」のキッカケです。南無~・・・。

posted by 家元 at 18:39| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

第一次ひきこもり期の脱出方法


やはり、大失恋した時というのは、人間、やる気をなくします。

今回も、学生時代に好きだった彼女との、失恋話の続きです。





私は全てを失った気持ちになり絶望し、部屋に引きこもりました。

大学は、辞めるつもりだったので授業には全く出てなく、次の年に、
新たな大学を受けなおすために、仮面浪人していた受験勉強も、
彼女に恋してしまったため、全て投げ出してしまった状態でした。

そして、そんな全てを賭けていた彼女に対し、ムリヤリ押し倒して、
やろうとしたところ、鬼のような抵抗にあい、ショックで落ち込んで、
その罪悪感と後悔と、彼女の豹変ぶりに幻滅し、絶望しました・・。


もう絶対、彼女と仲良くなれないだろうし、そもそも、こんな怖い、
凶暴な女性を好きだったのかと、今までの想いも消えてしまった。

完全なる失恋です。恋心まで死んでしまい、もう手元には何も
残されていませんでした。彼女も、そして、将来への展望も・・・。

こうなったら、一切の気力もなく、引きこもる以外にありません。


他人と触れあう気が起きず、外出するのは一番近いコンビニと、
一番近い中華料理屋ぐらいで、食欲も激減し、やせ細りました。

何をするでもなく、ただ寝そべっているだけで、もはや廃人です。
とにかく、他人とコミュニケーションをとりたくなく、自閉しました。

ある時、中華料理屋のオヤジが珍しく話しかけてきた時なんか、
完全無視して、それから気まずくなり、行けなくなったほどです。


そうして、しばらく寝込んだ後、少しずつパワーを取り戻してきて、
今度は、救いを求めて、本に向かいました。ハートブレイクによる、
虚しさから救われるために、本を読んで、読んで、読みまくります。

主に、哲学書から心理学、宗教書まで、聞いたことのある本は、
片っ端から読んでいきました。そのため、私の行動範囲も、また、
近所の図書館まで広がり、さらに電車に乗って、大きな本屋へ、
足を運べるようになり、とことん、読書に耽る日々を過ごしました。

もはや、朝も夜も関係なく、無我夢中で読み続け、大興奮です。

というのも、悩んでいたことへの答えが、全部書いてあったから!





なぜ失恋してしまったんだろう?どうすれば、うまくいったのだろうか?

そもそも、あの恋に落ちた時の、脳みそが吹っ飛ぶような快感は何?

そして、その絶大な幸福感が、どうして、消えていってしまったのか?


冷静になるにつれ、それらの疑問が、常に脳裏に浮かびましたが、
そういったもの全てに、いにしえの書物たちが答えてくれたのです。

それは、インド思想でした。西洋の哲学は、あまりに理屈っぽくて、
途中で挫折しましたが、インドは違います。直接的な口語も多く、
非常にわかりやすかった。特に、ハートをわしづかみにされたのが、
「思考を超越すること」こそが、メインとなっていたところでしょうか。

西洋は、思考にこだわりすぎていて、結局、考えて、考えぬいても、
彼女とうまくいかなった私にはピンとこなかった。むしろ考えまくり、
普段から人間関係に対して、疲れまくっていたわけで、そうなると、
思考なんぞは、人間を幸せにしないという論理の方に惹かれます。

なんせ、クリシュナムリティなどは、思考自体がポジティブだろうが、
時間の領域にあるため制限されており、その裏には、悲しみがあり、
思考そのものが、結局は「恐怖そのもの」などと繰り返し主張します。

プラス思考になろう、だとか、勇気を出して行動しようとかもいわない。

ひたすら思考を取り上げて否定していくんですよ。これまで知らない、
聞いたこともない論理で、それはそれは夢中になりました。インドには、
マハリシだとか、他にも大勢の覚者がいて、それぞれが微妙に違って、
キャラがあり、時には、否定しあってて、面白くてたまらんかったですね。


それで気づけばアッという間、失恋してから、すでに一年たっていました。

その前は、受験勉強で一年間、宅浪していましたし、恋をして、ちょっと
外に出たかと思えば失恋し、再び、部屋にこもる生活に戻った感じです。

しかし今回は、無意味な受験勉強、ただの機械的な暗記ではなくて、
本当に知りたいことを、ひたすら追い求めるための一年間でしたから、
まったく違うものでした。これまでの古い価値観が死に、失恋で空っぽ
になったスペースに、新しい価値観がドッと押し寄せた、有意義なもの。

むしろ、これまで身につけてきた汚れを落として、目覚めるための過程。

新たなものが入るためには、古きものは壊されなくてはいけないのです。

そして、痛々しい失恋こそが、その再構築のキッカケとなり、もう最高!

確かに、灰色の青春でしたが、今では、心底よかったと思っています。





こうして、ショックな事というのは、新たに生まれ変わる機会となります。

もし彼女とうまくいってたら、こんなに躍起になって、胡散臭そうな書物を
読みまくることなどなかったでしょう。フワフワと生きてるだけで、何ひとつ、
変わらなかったと思います。というか、遅かれ早かれ、必ず破綻したに
違いないし、精神的な破壊は、早ければ早いほど、よかったと思います。

そもそも、あんな対人恐怖症の状態で、その先、うまくいくわけがないです。

あの苦しみを継続させる位なら、一度、徹底して、ぶっ壊した方がいい。
そして、ちゃんと社会に機能する、新たな自分を構築しなおしたかった。

そのために、失恋のショックと、読書のリハビリ生活が必要だったのです。


壊れて空になったからこそ、私は再起することができました。本当ならば、
少しずつ解放していく方がいいのでしょうが、私の場合、ずいぶん荒療治
だったような気がします。だからこそ、立ち上がるまでに一年を要しました。

そうです、私は、ようやく、対人恐怖症から立ち直ったのです。

そのキッカケは、ただ本を読みまくることだけではありません。

ちゃんとした大きなキッカケが、感動的なギフトがありました。

それは、まさかの、思ってもみなかった、大恋愛でした。


私は引きこもって一年後、再び恋に落ちたのです。

それも、一年前に失恋した、同じ相手に・・・。

posted by 家元 at 16:59| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

怖れる男には愛などない

部屋に引きこもり、読書三昧の日々をすごしてから一年後、
いいかげん、精神世界の本を読みまくるのも疲れてきた頃、
ついに孤独な生活から脱出するための、ギフトがありました。

ちょうど図書館に本を返しに行ったところ、一年前に失恋した、
彼女にバッタリ出くわしたのです。あまりに唐突で驚いたものの、
かえって構えずにすみ、短時間だけど、普通に世間話できました。

彼女は日に焼けて、前より魅力的に見えました。以前のことは、
気にしている素振りもなく、快活で、なんとも可愛らしい感じです。

私は別れた後も、とても懐かしくて、その日は機嫌よく寝ました。


そして、翌朝、目を覚ました時、あからさまな異変に気づきます。

一言でいえば、モノクロだった人生がハイビジョンになった感じ!

天井が輝き、窓を開けると、木々が鮮やかに見え、すべての
森羅万象が「私」でした。心がグニャーと溶けて、素晴らしい、
快楽と安堵を感じます。私は、「ただいま」と、つぶやきました。

そうです、私は再び、あの「愛」の状態に、はまりこんだのです。

すでに一年がたち、あきらめかけて、期待していない時に!





今回の恋に落ちた状態には、以前のような、脳がぶっとぶ激しさ、
気が狂ったような感覚はありませんでした。すでに二回目なので
慣れたせいもあるでしょうが、もっと穏やかで、澄み切っていました。

前回が「赤」だとしたら、今回は「青」の感情です。とはいっても、
スコーンと脳が開き、心も全開となり、全身が多幸感でいっぱい。

やった!夢が叶ったと喜びました。なにしろ、何度も思ったのが、
一年前の恋愛を最初から、やりなおしたいという後悔でしたし、
人の心理のことなど何もわからず暴走したことを反省してました。

ひどいことをしたという罪悪感にも苦しんだし、何よりも、せっかく、
生まれた「愛」の状態を、自らの手で殺したことが、悔やまれます。

私は一年前、それはそれは、手痛いミスをしでかしていたのです。


最初、恋に落ちた時点では、活き活きとした愛の状態だったのが、
嫉妬や所有欲が出てくるにつれ、それは不純なものと堕ちました。

まさか自分の彼女になるわけがない、と所有しようとしなかった時は、
愛は凄まじい量、内側から沸きあがっていたのに、それを失うことが
怖くなり、なんとかして維持させたい、連続性を持たせて、安全に
したい、などと考えたが最後、転げ落ちるように、愛は死んでいった。

つまり、思考の介入により、今この瞬間にある素晴らしい状態を、
たんなる記憶にして断片化し、「今ここ」に生きれなくなったのです。

思考が主役になった時点で、愛情は面白いように消えていきます。

愛してると思っても、それは、たんなる記憶です。断片化してるので、
必ず矛盾が生まれ、憎しみやストレスの連鎖となり、エゴを強化する。

その結果、何も見えなくなり、自分勝手な行動に出てしまうわけです。


もう初体験を失敗してからなんか、いかにして童貞を捨てるかという、
自分の都合しか考えなくなり、愛もへったくれもなくなり、その流れで、
全てが裏目となるような、虚しくて、ヒドイ結末が待ち受けていました。

どんなにプレゼント攻撃をしようが、ラブレター出そうが、ほめようが、
彼女は引いていきましたが、そりゃそうです。こちらのそういった行動、
その全てに、彼女を失うかもしれないという恐れがあったのですから。

こちらが何しようが、愛からの行動じゃないので、基本的には不快・・。

男側の恐怖が混じったアプローチというのは、どうにも心地よくない。
間接的に、相手に恐れという感情を差し出しているようなものだから。


彼女側に、それらを包容するような愛があるならば、その気があれば、
そういった脅えた男の心も包みこめるのでしょうが、ありませんでした。

いや、少しはあったのでしょうが、しつこくアプローチを続けるうちに、
彼女の中の愛情も、こちら側の恐怖によって消費されるというか、
奪われていったわけです。恐れている男は、与えることはできず、
意識的にも無意識的にも、相手から奪うことしかできません。

恐れている=エネルギー不足、愛を欲しがる、愛の欠如です。

恐れている人を相手にすると、最初はいいけど、次第に疲れて、
ウンザリしてきます。なんせエネルギーを奪われるわけですから!





例えば、この恐怖混じりのアプローチが、愛を殺すという感じは、
『噂のアゲメンに恋をした!』というジェシカアルバの映画の中で、
超モテモテの主役の男が、彼女を失いたくないと思ったとたんに、
猛烈アプローチをするシーンが示しています。急に、お寒くなる。

それまで順調だったのに、恐れたとたん、薄気味悪がられます。

この映画は、主役の男とSEXすると、運命の人と出会えるという
噂があがり、次から次へと女性が、その男とSEXしたがる内容で、
逆ナンパの参考になるかと思い、観ただけですが、超面白かった。

女向けの軟弱なラブコメかと思いきや、男のためのバカ映画です。
しかも、ただSEXするだけの空しさも描き、愛の大切さも描いてる。


私も、次の音声メルマガでは、愛がどんだけ大切で、しかも有効か、
描ききりたいと思っています。愛はテクニックを越え、吹き飛ばします。

そもそも、愛なくして、すべての行為は必ず、ひからびていくでしょう。

あぁ、地味な新興宗教のパンフレットみたいな内容になってきた・・・。

posted by 家元 at 16:45| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

愛さえあれば、もうこっちのもの!

さて、ナンパとは関係ない、学生時代の恋愛話を、長々と
続けてきましたが、今回で、この退屈話も終了となります。

かなり長引かしましたが、ハッキリいって、単純な話でした。

ある一人の女の子に凄まじく惚れて、ひたすらガンガンに
押すことにより嫌われ、失恋します。そして一年間こもり、
読書しまくって、愛についての真理をインストールしました。

そして、あらためて、一年前の女の子に再び、恋に落ちる。


自分でも意外でしたが、爆発は勝手に起こったのです。

これは、まさしく、私へのギフトであり、卒業試験でした。

では、どうやって、この最終試験を解いたのでしょうか?

以下が、その答えです。





恋に落ちたとたん、心のわだかまりは消え去り、
傷つき、孤独だったハートは、一気に癒された。

胸のあたりのつかえがとれて、体の奥底から熱い、
気持ちよすぎる溶岩のようなエネルギーの流れが、
怒涛のごとく、とめどなく、あふれてきたのである。

私は喜んだ。天にも昇る気持ちになった。なんと、
もう二度と起こらないと思っていた、あの「愛」が、
生きている中で最大級の快感が、復活したのだ!

しかし、愛情に満ちたのはいいが、ここからどうするか?

去年のように、彼女に猛烈アタックをすればいいのか?

それとも、今回は、もっと冷静に、口説いていくのか?


先のことはわからないまま、まず私は、彼女に謝罪と
感謝の手紙を書き、心より詫びた。そして、呼び出し、
「また好きになったよ。」と、策もなく、素直に伝えた。

彼女はすでに、新しい彼ができ、同棲まで始めていて、
つきあえない、とかなんとか言ったが、もう関係なかった。

私は、彼女がどう思うとかいうよりも、再び、自分の中に
恋心という感情が生まれたことが、嬉しかったのである。

だからもう、彼女と会っているだけで、楽しくて嬉しくて、
どうしようもない状態。そして、その感情は彼女に移る。

彼女を眺めているだけで大喜びし、はしゃぐ姿を見て、
彼女も気を許して、「友達としてなら、遊んでもいいよ。」
となり、何回かデートをした。もう遊園地など、わざわざ、
お金がかかるところには行かなかった。ご近所ばかりだ。

すでにデートなんて、どこでもいいと、わかっていたのだ。

お互いが、安らげたり、楽しめるなら、他に何もいらない。


ただし、私は、彼女に指一本ふれなかった。去年の過ちを
繰り返すつもりもなく、自分自身のトラウマを解消するため、
彼女に部屋までついてきてもらい、和やかに会話しただけ。

「ほら、ね、もうムリヤリしようとしないだろ?」「本当だ!」

彼女に安心してもらい、とにかく、信頼を得たことによって、
私は、去年の過ちの傷が、完全に癒えていくのを実感した。

さらに、彼女が彼氏と同棲している部屋まで、わざわざ、
迎えにいって、挨拶までしたりした。これは挑戦だった。
もちろん、挑戦といっても、その彼氏と闘うのではない。

大好きな彼女の彼氏を見て、嫉妬や所有欲などが、
発動して苦しむかどうかを、確かめたかったのである。


正直いって、彼氏の顔は見たくなかった。それが原因で、
嫉妬に苦しみ、再び、愛情を殺してしまうかもしれない。

しかし、恋心は大事にしようとせずに、捨て身にならないと、
かえって愛情は死んでしまうらしい。そして、その通りだった。

不安だったが、私の中に燃えさかる恋心は、彼氏を見ても、
まったく何の影響も、もたらさなかった。よっしゃ、本物だ!

私は滅多なことでは動じない、深い愛の存在を実感した。

それならば、愛がある、今のうちに、やってしまおう!

いっただきま~す!





私は、彼女を追い求めることはなかった。むしろ背を向け、
彼女以外の人生の他のことに、初めて取り組み始めた。

まず実家に帰り、両親に、授業に出てないことを告白して、
大学で学ぶことは何もない。辞めるけど、払うつもりだった、
残りの授業料の半分でもいいから、私に投資してほしい。
海外に行って、そこから肌で何かを勉強したいと伝えた。

そうして、アメリカ、中国、インドと、活動的に見てまわった。


さらに大学は中退したくせに、どうしても出たかったゼミに、
教授に頼み込んで出席した。本来、ゼミは、ある程度の
単位をとらなくちゃ出れないし、1つのゼミしか出れない。

そこを、教授達に頼みこんで、3つものゼミに出席した。
教授達は怒るどころか、その動機の強さに喜んだのだ。

私は、本の影響で、すっかり真理の探究者となっていた。

学生達には、好き勝手していたので、なんだこいつ?と、
ひんしゅくも買ったが、そんなことは、どうでもよかった。

なぜなら私の中には、激しい「愛」があったからである。


「愛」と呼ばれる、あのたまらないエネルギーは、内側から、
とどまることなく流れてきて、精神を、ひたすら充実させる。

私は、その愛情を、彼女だけに向けて一直線に流さず、
生活全般へ、四方八方に流したのだった。なぜならば、
あくまで彼女は、その愛情を引き出すキッカケ、触媒に
すぎないと、書物によって、すでにわかっていたのである。

恋をするとイキイキする人はいるが、ちょっとダメになると、
とたんに落ち込みまくるとしたら、その人は勘違いしてる。

好きになった相手の、一挙一動に影響を受けるため、
その感情の源が、外部にあると思い込んでいるのだ。


恋した時に、自分の中に沸き起こるあの感情というのは、
もともと自分の中にあったもので、それをたんに、一人の
好きになった人によって、引き出されただけで、本当は、
相手は、あまり関係ない。産婆さんみたいなものである。

ただの象徴、シンボルとして捉えれば、その沸き起こった、
恋心を他の物事にも、どんどん反映させて使えるのだ。

愛というエネルギーの二次、三次利用は可能である。

だから、愛さえあれば、片想いでも、かまやしない。

愛がある時は、素直になれるし、面白いように、
今まで出来なかったことにも、取り組めるだろう。

思考を介入させ、恐怖を生み出さなければ・・・。





そうして私は、発想を転換し、高らかに笑いながら、
人生を謳歌することへシフトして、今までおざなりに
していた物事(二年分)を、一気に片付けたのだった。

結局、上記の彼女とは、男と女の関係になることもなく、
いつの間にか疎遠になっていったが、すべてOKである。


え?好きな相手をGETすることこそが、勝ち組だって?

いいや、人を好きになれたこと自体が、勝ちなんだよ。

なんせ途方もないエネルギーが、与えられるのだから!


人を好きになることこそが、最高の自己啓発です。

ナンパで苦しむ人、ナンパが飽きてしまった人、

全ての悩める人に、この言葉をおくります。


以上。
posted by 家元 at 15:58| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年10月22日

天の岩戸の物語

この二ヶ月間、ナンパから外れた地味な話を続けてきましたが、
それでもまだ脱落せずに、読み続けている方は素晴らしいです。

必ずや、これまでに聞いたことがないような、新しく、摩訶不思議な、
ナンパの世界へと、お連れいたします。ゆっくり進んでいきますので、
どうぞご期待ください。今までは、あくまでも前フリの前フリですから。

なお、これからのテーマは脱出です。いわゆる、OUT系のナンパ
となりますが、その前にちょっと小休止で、追記をつけ加えます。


前回までは、第一次引きこもり期を脱出するまでのプロセスを、
長々と書いてきました。よくありがちな話でしたが、これに似た、
古い日本神話のエピソードがありますので、最後に紹介します。

以下、かの有名な『古事記』より、「天の岩戸の物語」です。

それは、どんなストーリーかといいますと・・・。





(あらすじは省略して、天の岩戸に引きこもるところから)


ショックなことがあり、アマテラスは天の岩戸に引きこもってしまいます。

アマテラスは太陽の神ですから、太陽を失った国は、闇につつまれて、
どうしようもない状態に陥ります。そこで神々たちは相談して、なんとか、
アマテラスを岩戸から、ひきずり出し、再び、明りを取り戻そうとしました。

そうして、岩戸の前で、みんなで宴会をして、芸能の女神でありまする、
アマノウズメが踊ります。彼女は日本最古の踊り子であり、全裸になり、
陰部をあけっぴろげに見せる。その様に、見ていた神々は、もう大笑い!

その笑い声を聞きつけた、引きこもりのアマテラスが、何事だろうか?と、
岩戸から顔をのぞかせると、他の神が、その前に、鏡を差し出しました。

すると、アマテラスは「誰だ?」と興味を持って、もっと鏡を覗こうとして、
さらに岩戸を開けます。その瞬間、力持ちの神である、タジカラオウが、
アマテラスの手をとって、外にひきずり出し、見事、世界には光が戻る。

あー、めでたし!めでたし!





とまぁ、以上、有名な神話のエピソードがありますが、お気づきの通り、
これは引きこもりが、自分の殻を脱出するための、まさに象徴ですね。

手順として、まずは相当、魅力的な女性(アマノウズメ)が登場して、
自分の狭い殻の外へと、興味をかきたてられます。そうして初めて、
心の扉を開いて、外の世界を覗こうとしますが、結局、見てるのは、
鏡で、つまり、自分の姿です。人間、一番興味あるのは、自分の事。

そこで、さらに見つめようと、心の扉を開くと、もう自分ではコントロール
できない状況によって、タジカラオウという、つまり、他人の力によって、
心の扉が全開になり、何がなんだか、わからないまま、光に包まれる。

これこそが、私に起きたことであり、誰にでも起こることといえましょう。

要は、引きこもりが、外部の広大な世界へと、引っ張り出される瞬間!


単純にいえば、必要なのは、恋に落ちる程の女性と出会うことです。

それさえ満たせばもう、その興味から、心を開かずにはいられない。

そして、恐る恐る、近づいていくと、その途端、コントロール不能の、

あの一気に、心が全開となってしまう何か、大きな解放が起こる。


ナンパは、そのためにある。それ以外は、ただの前菜にすぎない。

あなたの中の、太陽が目覚める時は、もう来ている。脱出せよ!


(了)
posted by 家元 at 14:23| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

生まれて初めて女性とつきあう!

人間は恋に落ちると、新たなパワーが生まれ、人が変わったようになる。

第一次ひきこもり期を脱出した私は、しばらくは、ひたすら行動的だった。

まるでウツの反動から、思いっきり「躁」に針を振りきったかのような極端さ。

ほとんど部屋にこもって読書し、せいぜい近所に出かけるだけの生活から、
一転して、アメリカ、中国、インドなどの海外を旅してまわり、大学も中退して、
そんな資格もないのに、教授に頼み込んで、ゼミに3つも出席したのである。

さらに、友人が一人もいなかったので、これまでの二年間の恋の話なども、
誰にも言ってなかったのが、初めて、好きだった彼女と同じサークルの男に、
思う存分ぶちまけて、その彼が、大学にきてからの初めての友人となった。

しかも、その友人の紹介みたいな感じで、ひょっこり、新しい女性と知り合い、
生まれて初めて、女の子とつきあうことにもなったのだ。あまりにもあっけなく、
全ては流れるように、ほとんど努力なしで、事は進んでいき、とにかく驚いた。


といっても、私は、その新たに知り合った女の子のことを、そんなに好きでは、
なかった。その当時、二回も恋に落ちた彼女のことを愛していたし、どうしても、
その彼女と比べてしまうと、見劣りするというか、どこにでもいるタイプというか、
心が動かなかった。とりあえず、「女性」を知っておきたかったということだろう。

そういうわけで、最初だけは、何回もデートしたが、その後は、会いたい時に、
会うだけの関係となった。いつ別れてもいいというか、そもそも、「つきあおう」
とも言わなかったし、気にもとめてなかった。この子を『どうでもいい子ちゃん』
と呼ぼう。それでも、どうでもいい子ちゃんとは、5年も続くことになったのだが・・。

なぜ、そんなに長いつきあいになったかというと、まず彼女は頭が弱いのか、
何も文句を言わず、いつもマイペースでニコニコしていた。こちらを責めたり、
文句をいうこともなく、一度もケンカをしなかったし、本当に、楽だったのだ。

なるべく一人の時間を増やしたいこちらにとって、都合のいい相手であり、
寂しくなった時、だいたい月に1回会えればいいか、というペースで充分で、
しまいには、3ヶ月に1回、半年に1回、1年に1回と、少なくなっていった。

これは私が、実家に帰ってしまったことが原因だが、遠距離となっても、
『どうでもいい子ちゃん』は会いにきた。そして私はというと、会いにいく、
と約束しても、寸前でドタキャンしたり、面倒くさくなってしまっていた。

実をいうと、彼女に構ってるどころではなく、私は終わっていたのだ。





どんな革命が起ころうと、残念ながら、月日がたつと、人は堕落していく。

ハートが開き、パワーに満ちて行動的になっていた時期は、いつの間にか、
消えていき、一年もすれば、またすっかり自閉的な傾向に戻ってしまった。

とっくに3つのゼミも、全て出なくなり、実家に戻った後も、自分のやりたい、
夢みたいなものに対して、一切努力もせずに、ただ腐っていくのみだった。

「思考を超越しなければならない」という、かつて読み漁ったインド思想も、
どこかにいってしまっていた。結局、考えてばかりの思考人間に戻っていた。

ついに、以前の恋で起きた精神的跳躍ともいえる体験は、ただの記憶となり、
その時に読みふけった大量の本も、ただの表面的なデータとして何も生まず、
空しさと自己嫌悪におおわれたまま、何をやっても、うまくいかなくなっていた。

そうして、絶望につぐ絶望から、ついには、袋小路に追い込まれてしまった。


私は第一次ひきこもりを脱出してから5年後、再び、ひきこもることになる。

もはや本なんか、いくら読んでもダメだった。そんなことでは脱出できない。

この第二次ひきこもり期は、前回よりも、もっともっとヘビーだったのだ・・・。

posted by 家元 at 17:29| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする