2010年01月03日

虎と何無派(ナンパ)師!

時はさかのぼること、17世紀は江戸時代、三代将軍「徳川家光」の頃である。

ある日、家光は朝鮮から虎を贈られた。それは日本に初めてきた虎だった。

これは珍しいとばかりに、宴がもうけられ、虎は大きな檻の中に入れられた。

そして家光は酔狂から、当代きっての剣術使い、柳生宗矩を、虎の檻の中へ
入るように命じる。剣術使いは断れず、恐る恐る檻の中へと足を踏み入れた。

警戒して、威嚇してくる虎に向かい、剣術使いは、一寸の隙も見せないように、
眼光するどく睨み続けた。するとその迫力に負けたのか、虎は視線をそらした。

そうして剣術使いは、緊張を保ったままジリジリと後じさりし、虎の檻から出た。


「さすが比類なき、剣の使い手よ!」と、家光将軍は大喜び、その勢いで、次に、
禅の坊主である、沢庵和尚にも、どうだ、そなたも檻に入ってみないかと促した。

すると沢庵和尚は、別に何のためらいもなく、何の準備もなく、手ぶらで虎の檻へ
入っていく。虎も最初は吠えていたが、和尚は近づき、まるで猫でも撫でるように、
虎の頭を撫でて、ついでに耳をさすると、虎は眼をほそめて、コロリと横になった。

最後に虎は、心地よさそうに寝入ってしまい、和尚は、ゆっくりと檻から出てきた。

他と対立するのではなく、他と合一するという、禅の極意を体現している!と、
家光将軍はおろか、とりまきの者すべてが、やんややんやの喝さいで感動し、
この時のエピソードからか、その場所を「虎の門」と呼ぶようになったそうである。

この話を、虎年に入った2010年、全国にいる何無派師への、年賀としたい。








ちなみに、今のエピソードのイメージ曲が、この 『Sleep Tight Tiger』だ。

緊張して引きつった虎に、「さぁ眠りなさい。」と囁いているような名曲である。

私も今年は、檻に閉じ込められ自由を失い、緊張している虎に向かうように、
出会う人、出会う人の緊張を解いていきたいと思っている。それはもちろん、
ナンパに限らず、このブログを読む人、『ナンパ覚醒プログラム』の購読者、
そして自分自身と、すべてに対して安心させ癒して、檻から脱出させたい。


他者からの評価を恐れて、檻に入れられ、あるがままの自分じゃダメだと、
思い込まされて、頑張ってしまっている虎は、全国にも、たくさんいるだろう。

しかも本来、すさまじいパワーをもっている虎は群れないで、発情期以外は、
単独行動である。しかし、今や虎も激減し、絶滅の危機に瀕しているらしい。

今年は虎年になったのだし、全国の虎にいいたい。目覚めるときがきた!と。

そして、闘うのではなく、調和した方が100倍ラクだということも!あけおめ!

posted by fmtbank at 16:09| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年01月18日

ナンパのニュータイプ宣言

ずいぶんと、ブログを、ご無沙汰してしまいました。

というのも、何か書き始めると、すぐに現在配信中の、
ナンパ覚醒ブログラム」の解説に含めてしまうため、
こちらのブログには、何も流れてこなくなったのです。

そもそも興奮で、もはやブログどころではなかった・・。

これほど制作する事に夢中になったのは数年ぶりで、
最高の日々でした。毎日がインスピレーションの洪水!

6年間もかかって、ようやく、完成形に辿り着きました。


しかし、そんな個人的な思惑なんぞを越えてしまい、
ナンパが、一つの大きなジャンルとして統合されて、
不動の体技として、勝手に確立していっております。

もう私個人の手には負えません。一切努力しなくとも、
すべてが決まってるかのように、それはそこにあります。

まるで時代の要請かと思うくらい、今の男性に必要です。

ナンパは『何無派』であり、大勢を癒すことになるでしょう。





なぜ本来、全然ナンパ向きではない私が、これ程まで、
ナンパに関わらなくてはいけなくなったのか、アホみたく、
薄々感づいてきております。結局は、そういう役割でした。

偉そうなので、この言葉は使いたくないですが、いわゆる、
ナンパにおける、『ニュータイプ』というやつです。今では、
この『ニュータイプ』の何無派師が、どんどん増えています。

その一端を、ささやかながら担う役目なんだと思い込んで、
というか、他の事をしたいという欲望をあきらめて、自分の
モチベーションを上げまくり、2010年を楽しむつもりです。

実際には、ナンパを投げ出したい、違う分野に進みたい、
という思いが強まったのが去年でしたが、もう仕方ないと、
あきらめたんです。出来ることは、全部やりきりろうと!

そういうわけで、本年もよろしくお願いします。もうすでに、
これまでの集大成としての、圧倒的なナンパ観が確立し、
迷いも一切ありません。あまりにもクリアで清々しいです。


これまで多くの記事をアップしてきましたが、今から思えば、
迷いだらけで、矛盾だらけの内容が多かった気がしますね。

でも迷うこと自体は大事だと思います。迷いが多ければ、
多いほどに、確信に至った時は、揺るぎなくなるわけです。

陰と陽、すべてはバランスをとろうとします。・・・なーんていう、
辛気くさいことは、これまでにしまして、次回より、さらにまた、
より辛気くさく(!)、ナンパの冒険を、おおくりいたします。

今までは、あまり自分の趣味に走らないように遠慮して、
なるべく抑えてきた表現もありましたが、これからは全開!

これまでの瞑想とナンパの実践から得た結論と、今までに
大量に読んできた東洋思想、観てきた映画や日本アニメ、
そういった情報の全てをミックスして、ぶちこんでいきます。


その内容に、ついてこれない方も、たくさん出てくるでしょう。

すでに従来考えられてきた、典型的な遊び人系、『旧タイプ』
のナンパ師の人は、このブログを読んでいません。実をいうと、
去年、私の過去話を延々と続けたのも、そういう人達を除外し、
ほぼ完全に、ニュータイプの読者だけを残す目的もありました。

精神的なエピソードというのは、内向的じゃないと読めませんし、
もはやニュータイプ以外は、こんなブログついていけないのです。

今後も、さらに鋭敏じゃないと理解できない内容になっていきます。

そういうわけで、ニュータイプの皆さん、今年も、よろしくです!

posted by fmtbank at 16:46| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

なぜニュータイプが増えたのか?

いつからだろう、人づきあいが苦手で、内向的なタイプ、
本来ナンパには不向きな男達がナンパするようになった。

そんな『ニュータイプ』が増えたのは、何が原因なのか?


かつてナンパというものは、軽いノリの遊び人がやったり、
ヤンキーが爆音轟かせるヤン車でやったり、体育会系の
ノリで、先輩が後輩にムリヤリやらせるようなのが多かった。

普通の学生がナンパするにしても、やはり外向的な性格で、
同じようなタイプの友人達とするのが一般的で、まずほとんど、
内気でシャイな男が一人でするというのは、ありえなかった。

ナンパというものは、主に、悪友や上下関係などの集団間で、
そのノウハウや経験談が、時にはバカ話に交えて、時には、
真面目に語られながら、お互いが成長していったのである。

それが、ナンパで結果を出していた者のメインストリームだ。


一方、モテずに悶々としている男達は、男子校によくある、
自意識過剰なノリで、ナンパに挑戦はしたものの撃沈した。

映画でいえば、『色即じぇねれいしょん』の雰囲気だろうか。
(ちなみに、この映画は退屈で、途中で寝てしまったが・・・。)

とにかく、1人でナンパするという勇気のある者は、極端に、
数百人をGETするツワモノだったり、カメラマン志望だったり、
それなりに「よっ!ナンパ師!」と呼ばれるようなタイプだった。

もちろん大勢の男が、週刊誌などのナンパ特集に刺激を受け、
一人で街に出たものの、ほとんどが地蔵となり挫折しただろう。

しかし、それは20世紀までの話である。今や時代は変わった。





まず21世紀に入り、インターネットが高速化され普及したため、
リアルなナンパの体験談やノウハウが、誰でも読めるようになり、
ナンパの方法以前に、自分でもやってみようと思う者が増えた。

それまでは軟派な友人や知人がいないと直接聞けないような、
生々しい体験談が、部屋から一歩も出ない引きこもりにさえも、
手に入れることができたのだ。しかもコミュニティサイトも生まれ、
「相方募集」などで気軽にナンパで合流し、できるようになった。

これらの動きは、人間が持つ、「皆がやっているなら俺も」という、
数を頼みにする安心感をもたらせ、ナンパする者を急増させる。

つまり、最初の一歩の勇気さえあれば、ナンパは体験できる!


しかも、2000年代前半までは、まだネット上でのナンパ情報は、
おとなしかったが、ブログというメディアの誕生とともに、一気に、
ナンパ日記をつける者を増やし、百花繚乱状態となっていった。

そうなると、たくさん結果を出している自慢ブログを目にすれば、
こんなに、おいしい目にあってる人がいるならば、自分にだって、
出来るんじゃないかと思ってみたり、ナンパをしたくなってしまう。

男と生まれたからには、ナンパをしてみたい。そんな需要に対し、
ナンパの講習会や、それに準じた「女性をGETする方法」などの、
情報商材というビジネスが次々に生まれていった。それとともに、
当然ながらナンパブログともども、意図的な操作も目立ってきた。
(商材を買ってもらうためや、ライバルとの競争心などが原因だ)

また、ナンパ方法というのは、人の数だけあるため、まったく逆の
アプローチを「これが極意だ!」と主張しあうことで、読者の方も、
どれが正しく、どれが本当か?と、混乱するようにもなっただろう。


ただし、これはネット文化の負の一面でしかなく、明るい面もある。

それが、内気でシャイな者でも、果敢にナンパしている姿などを、
ブログなどで知れて、同じように内向的な者が影響を受けたことだ。

普通に、ナンパしているという話を聞くなら、「最初は、凄い大変でさ、」
とかいった大雑把な話でしかないものが、文章に書くことにより、克明
に心理描写され、内向的なタイプの者が非常に共感しやすくなった。

ネットがなければ、こんなにもナンパの細かい部分など表現されない。

私も、誰に見せるのでもなく、原稿用紙に書くのだとしたら、ここまで、
もともと嫌いな文章を書き連ねることはなかっただろう。ネット特有の、
思いついたら、喋るようにそのまま書いちゃうという『ゆるさ』あっての、
これまでの長々とした更新だった。そして他の人のも、同様だと思う。


最近チェックしたら、面白かった『ニュータイプ』系のナンパブログは、
ことごとく終わってしまっていたが、まだまだ本来ナンパ向きではない、
内向的な者が挑戦しているブログは、たくさん生まれていることだろう。

そういった『ニュータイプ』系のブログでは、必ずしも結果を出していて、
楽しんでるというわけではない。必ずナンパの苦しみや、女性に対する
幻想という過剰さが浮き彫りにされている。しかし成功談が少ないのに、
なぜだろう、内気なタイプの者がナンパするよう、背中を押したりもする。

これもまた、自分より大変そうな人が頑張ってるなら、という刺激だろうか。





そんなわけで、2000年代後半、ナンパする者は、どんどん増えていった。

私がナンパ教材として、『ナンパCD』を発売したのは、6年前ではあるが、
いただくご報告から何から何まで、皆の感覚は変わってしまった気がする。

ご報告にはナンパ用語も、たくさん見受けられるし、いろいろ知っている。
たくさん情報も行き渡り、以前より、特別なものではなくなったのだろうか?

ちなみに、私が最初に作った『旧バージョンのCD』は、相当ヒドイもので、
あんなのを聴かされた日には、ナンパなんて上達しないという出来だった。
今さらだが、本当に申し訳なかった。当時、まだ何もわからなかったのだ。

その時は、最高のものが出来た!と天狗になっていたのが恥ずかしい・・・。


続いて二年後に再構成した、『新バージョンのCD』は、しっかり作ろうとし、
懸命に努力したのだが、今思えば、なんとも脇が甘くて、欠陥品であった。

『ニュータイプ』の心情に対し、シンクロ率が足りなかったとしかいえない。

今までご購入いただいた方々に、すっごく失礼なことを書いているのは、
重ね重ね承知だが、ハッキリいってCDの前半分は失敗。リコールしたい。

「今更ふざけるな!」というクレームも受けるし、本来なら現在、配信中の、
ナンパ覚醒プログラム』を修正ブログラムとして全員に送りたい位である。

しかし、無料にしようか迷った末、先月は無一文になっていたため不安で、
ついリピーターの方にも、少額ながら、お値段をつけて販売してしまった・・。

まぁ、ウィンドウズのOSも、バージョンアップにお金をとってるし、お許しを!


さて、つい流れで話が横道にそれて、『ナンパCD』は失敗作だったという、
絶対にいってはいけない本音まで漏らしてしまったが、言いっぱなしでは、
あまりにも無責任といえよう。なので、一番失敗だった点を伝えておきたい。

それは、最初にオートマの声のかけ方ではなく、マニュアルの声かけでこそ、
慣らすべきという点である。結局、オートマは、ハードルが高くて難しかった。
なので、マニュアルこそが声かけのメインストリームであると変更してほしい。

しかし、『ナンパCD』が失敗だった最大の要因は、ノウハウをいっぺんに、
送りつけてしまったことである。結局、ナンパを続けるには逆説的であるが、
あまり情報はいらない。それよりも、毎回新たな視点を一つ持つことが大事!

新たな視点を何個もひっさげて、ナンパに行ってごらんなさい。結局はね、
何一つ出来やしないんだから!人間、新しく意識できるのは一つだけで、
それを毎回、一つずつ加えていけば、どれだけナンパが楽しくなることか!

いつの間にかナンパにも慣れていき、どれだけナンパが長続きすることか!





結局、新たな視点を確かめる、試してみるという姿勢でナンパすれば、その
確認が出来ただけでも、ある意味、結果を出したことになる。そうするうちに、
本来の意味での成功体験も、間接的に生まれる。要するに、GETできる。

それは以前より分かっていたことだが、いっぺんに教材を送りつけたうえで、
さぁ地味で出来ることから一つずつ実践しようなんて、やはり矛盾している。

全部知ってしまうと、モチベーションは激減するもので、人間の動機づけは、
「次どうなる?次は何を実践しようか?」という好奇心だけである。要するに、
未知への小さな前進こそが、ナンパの道だし、未知こそが道をつくるんだ!


どうなるかわからない未来への恐怖や、理性のがんじがらめの抑制を超えて、
ナンパという領域で目覚めるには、好奇心こそが必要であり、それは絶対に、
努力や根性という、またたくまに反動を生んでしまい、力尽きるものではない。

ナイーブな者がナンパをするには、努力なんかよりも、好奇心が武器である。

それは、異性への好奇心にとどまらず、自分の生活がどう変わっていくのか?
自分の可能性を開ききったら、どのようになってしまうのか?という好奇心だ。

それを刺激すること、つまり、『ニュータイプ』のあなたを覚醒させるために、
このサイトは存在している。『旧タイプ』は、ほっておいても、うまくいくだろうし、
他に、無数の『旧タイプ』用のサイトが氾濫しているので、私の出る幕はない。


とにかく、今は男性全般を見ても、女性に奥手なコミュニケーション不全の、
『ニュータイプ』ばかりである。その圧倒的多数が活性化しないと、意味ない。

そして、そんな一見マイナスに思える『ニュータイプ』こそが時代に合っており、
未来を創っていく人達であることを、私は確信している。常に歴史はそうだった。
旧価値観では否定されるタイプこそが、次の時代の担い手と変貌してきたのだ。

それは引きこもりやニートに代表される、人づきあいや組織を苦手とする者だが、
もちろん、目覚めなければ、『ニュータイプ』など、箸にも棒にもかからないだろう。

そもそも、目覚めていないなら、『ニュータイプ』とさえいえず、何者でもないのだ。
たんなる、その素養を持った、まだまだ具現化されぬ可能性に満ちた種子である。

そして、その覆っている殻は、情けなくなるほど硬いかもしれないが、もう大丈夫!


いまや西暦は2010年となり、機は熟しきった。もはや少数のヒーローだけが、
時代の空気をリードするのではなく、それぞれが個々に目覚める時代である。

自分の可能性を開くことに、遠慮はいらない。さぁ、音なき爆発を体感せよ!

ノイズにとらわれるな!その背景の静寂に耳をすませ!それが何無派だ・・。

posted by fmtbank at 09:24| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする