2010年02月07日

すでに最終章に入った!

今現在、思うことは、ただ一つである。「やっと、ここまで来たか・・・。」

本当に迷いの多い、浮き沈みの激しい数年間だった。その心理状態も、
ブログに反映されていたと思う。歯切れの悪い部分も多々あっただろう。

しかし、先の見えない試行錯誤の時期は過ぎ、いまや機は熟したのだ。

ついにクリアな覚醒が起き、これまでの過去が完全に間違っていたとは、
いわないまでも、あまりに断片的だったということに気づいて、恥じ入った。

そうして間違いを正し、足りない部分を補完する必要が生まれ、結局は、
全てを統括するはめになってしまった。まず、これまでに販売してきた、
教材ナンパCDをリビルドし、『ナンパ覚醒プログラム』として刷新した。


そして今度は、このブログだ!いつの間にか、惰性の更新が続いてきた、
当ブログを再構築し直さなければいけない。お気づきの方もいるだろうが、
このブログの過去のものは、頻繁に削除しており、スリムになってきている。

しかし、もう過去のものを読み返すのも嫌になってしまった。あまりに未熟で、
見てらんない。しかし、大量削除もあれなので、それはそれで残しておこう。

そして未来に向けて、最終章としての記事群を、紡いでいけばいいだろう。

最終章では、これまで中途半端に終わっていたナンパ理論や何無派思想、
そして、厳重な緘口令を強いてきた体験談の数々も、述べていくつもりだ。

いまや、ジグゾーパズルの全てのピースは揃い、バラバラのまま手元にある。

私は、これらのピースを神話にからめて表現し、一つの大きな全体像にして
提示したい。たかがナンパを、東洋思想や西洋の神話、エヴァンゲリオン等、
多くの者の深層心理に潜む感覚とシンクロさせ、真理を体感をさせいと思う。


ところが、これがなかなか難しい。なんせ言葉にできない感覚を、言葉を使い、
表現しようとするのだから、さんざん悩んで、文章が進まなくなってしまった・・。

それでも、なんとか最後のけじめとして、全国にいるニュータイプと呼ばれる、
チルドレン達に、少しでも、いけるところまでギリギリの感覚を伝えてみたい。

なんか行き当たりばったりになりそうな気もするが、とりあえず、やってみよう。

ナンパ同様、とにかく先に行動すれば、結果なんぞ、後から追いつくのだから!





こうして、当ブログ、『タダでナンパする!』の最後の幕が下ろされた・・。

今後は、ナンパのゴールといわれてる、「魔術師」になるまでの話となる。

その最後のクライマックスは、私が「10:魔術師」になった途端、ある種の
『サードインパクト』というものが起こり、全てが消え去ることになるだろう。

はたして、私が求めてやまないサードインパクトが起こるかどうか、それは、
定かではない。正直、あまりに非常識で、ほとんど聞いたこともない境地で、
誰にもアドバイスは求められないし、自分で、道なき道を進むしかないのだ。

しかし、ほんのわずかの可能性は感じている。要は、根拠なき予感である。


もし、奇跡が起これば、全ては美しく消え去る。このブログの全ても一瞬で、
消えるだろう。その時は、あっちの世界へ逝ってしまったと、祝福してほしい。

あなたが、このブログを読もうとして、消滅していた時こそが、フィナーレだ。

出会いがあれば、別れもある。ナンパでさんざん身にしみてきただろうが、
だからこそ一瞬一瞬を大切にしようと思い、人間そのものを深く理解して、
死ぬ時は、いさぎよく死のうと、覚醒してきたことだろう。本当に、ありがとう!

そして、すべてのチルドレンに、おめでとう!(拍手)おめでとう~!(拍手)

(そんなTV版エヴァのような、尻切れトンボの終わり方だけは避けたい・・。)

posted by 家元 at 18:41| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年02月17日

内向的なナンパの時代

21世紀に入り、今までナンパをしなかったような、内気なタイプの人達が、
ナンパをするようになっている。この現象は、じきに完全に定着するだろう。

かつて20世紀には、作家の村上龍が自著『全ての男は消耗品である』で、
「ナンパをする男は文化を作れない」とまで断言し、ナンパは軽薄な男が
やるものというのが常識だったのだ。ところが、とうに時代は変わっている。

浮ついたバブルの時代は、浮ついたナンパが主となったが、今の日本は、
皆の共通としていた権威や価値観が、ぶっ壊れ、それぞれが自分という、
得体の知れない存在と向き合うことを要求された、内向的な時代である。

この会社に入ってれば安心とか、結婚は一生続くとか、そんな保証はなく、
何かにもたれて頭を眠らせて、一生を終えることが出来ず、自分の状態や、
現実を直感しながら、何が起こるかわからない今を生きなければならない。


そんな内向的な時代には、ひたむきに自己と向き合って、解放していく、
センシティブなナンパこそがメインとなるだろう。やたらとナンパノウハウ、
ナンパ情報などもネットで手に入るようになったが、それ以上に、とことん、
自分自身というものを知り、個性を解き放たなくては、何も起こりやしない。

他人が、「ナンパはこうした方がいい。」、「こうやったら成功する。」だとか、
頼んでもいないのに、あなたに教えてくる。それは当人にとっては事実だが、
残念ながら、その多くは、あなたには効かない。人間は、みな、違うからだ。

つまり、面倒くさいけれど、自分のスタイルは、自分で見つけるしかない。

自分で試行錯誤していく、その面倒くささこそが、ナンパの美点ともいえる。

もちろん、安易な道もある。それはイマジネーションの中だけの話だが・・・。





ナンパは面倒くさい事を、いかに面倒なくやるかという点に醍醐味があり、
また同時に、自分の長所も短所も関係なく、露わにされるのも美点である。

ナンパは、ごまかしが、きかない。あなたの内面は全て暴露されるだろう。

そこには、とてつもない恐ろしさがあり、と同時に、はてしない救いがある。

あなたの全てが要求されるがゆえに、必然的に、激しい覚醒が起こるのだ。


それは今の時代の要請でもあり、あなたの根源が求めている状態でもある。

目覚めの時は近づいているようだ。新たなナンパの世界が、ここに始まる!

posted by 家元 at 23:07| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年02月19日

時代の深層意識がナンパさせる

はるか昔から、この世には、陰と陽の法則というものがある。

昼がくれば夜が来る、男がいれば女がいる、といったふうに、
反対のものが交じり合って、世界を形成しているという真理。

これは個人に対してもいえることで、一見、気が強そうな人は、
内面に弱さをかかえている。やたら、えばる人の内面は貧しい。

反対に、外面的に謙虚で柔和な人が、内面に激しい強さを持ち、
驚くべき集中力を発揮したりする。すべては陰と陽のバランスだ。


そして、この陰陽の法則で、今の世の中を観てみると、シンプルに
その実像が見えてくるかもしれない。例えば、世界同時不況とかは、
たんに先進国が破綻して、途上国との差を平坦にしていく過程で、
何の問題もない。今まで極端に集中しすぎていただけだったのだ。

陰と陽はバランスをとろうとする。行きすぎた「陽」は、必ず破綻し、
「陰」へと戻っていく。それが自然であり、抵抗するだけ無駄である。

とまぁ、つけ焼刃の経済の話など置いておいて、ナンパの話に入ろう。

なぜ、ニュータイプと呼ばれる、新たなナンパ実践者が増えたのか?

それを時代の流れ、つまり集合意識というものから、見ていきたい。





まず、今の時代は、かつてない程に内向していると、前回は述べたが、
それは、はたして本当だろうか?確かに、自己啓発が最高潮に流行り、
ネットの発達で、部屋から一歩も出なくとも、生活できるようにもなった。

会社だとか、マスコミだとか、近所づきあいなど、共同体の力も弱体化し、
人間関係もライトになり、交友関係も最低限に抑えて、独りで生活できる。

そうして、ニートや引きこもりの増加など、一見、陰にこもる方向に進んで、
社会全体が内向している感じはする。しかし、だ。陰と陽の法則でいえば、
必ず、その反動の力が、水面下では流れている。つまり、外向のパワーだ。


実は、今の時代は、思いっきり狂ったように、外向していっているのでは?

外向というのは、外に向かって開いていく、オープンになるということであり、
ネットで世界中の個人とダイレクトにつながれるようになったし、海外旅行も
手軽になったし、今まで隠されてた情報も、どんどん日の目を見てきている。

そうして世界が開いてきたと同時に、個人も、もちろんオープンへ向かって、
流されていってる。人類の集合意識というものが、外向へと進んでいるのだ。

ウツ病が増えたり、引きこもりの増加は、その反動にすぎない。本当のところ、
我々は、他者と溶け合い、共感して一つになりたいと、望んでいるに違いない。

そして、そう強く望むためには、孤独を感じなくてはならず、そうなってくると、
必然的に反対のもの、陰への指向性が強調される。極端に「陰」だからこそ、
極端に「陽」へと向かって突進し、バランスをとりたくなって、ナンパを始める。

これが、まさに、ニュータイプのナンパ実践者が増えた、その時代背景だ。


現在、生まれてくる子供達には、不思議な能力が発現してきているという
レポートがあるが、どうやら、時代は激変していってる。何かが起こってる。

一見、人と人との壁が、昔より厚くなっているように見えるが、それは逆で、
共同体が壊れ、個人として断片化されたがゆえに、他者との合一を求めて、
その強まった想いがゆえに、傷つくのを恐れ、臆病になっているだけだろう。

時代の集合意識は、あきらかに、オープンへと、外向性へと突き進んでいる。

その時代の深層の流れに逆らうものは、精神に不調和を起こし、バランスを
崩して、ウツ病や停滞した気分の中にはまりこむ。これは、もう仕方がない。

もし、イヤならば、自分を開放すべきだ。それが覚醒し、進化することである。





自意識に縛られ、他人と比べていても、ただ苦しいだけ。心の壁は不要だ。

古くなった自意識を手放して、大きな時代の意識の変化と、シンクロしよう!

自意識が消え、シンクロ率が高まると、陰が陽となり、世界との合一が起こる。

それが一切の努力なしの生き方であり、すべてが勝手にうまくいく術なのだ。

何無派師とは、それをナンパでもって実現し、「今」を駆けていく達人である。

posted by 家元 at 16:26| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする