2010年03月01日

ナンパにおけるニュータイプの真髄

ニュータイプという言葉自体は、もともとアニメの「ガンダム」から来ている。

ガンダムによると、宇宙に適応進化した新人類の概念で、洞察力、認識能力
が拡大し、肉体的、精神的にあらゆる物事を理解することができる人物をいう。

要するに、心がオープンで敏感なために、直感力と洞察力に優れている人間だ。

例えば、ファーストガンダムのラストシーンでは、アムロが多くのキャラクターと、
意識の交感をする。いわゆるテレパシーで通じ合う。そうして心と心が交流して、
相互理解できるのが当たり前になれば、戦争もなくなるという理想もあるらしい。

そりゃそうだ、自分も他人も同じように感じとれれば、攻撃なんてできないもの・・。


ガンダム作者の結論だと、真のニュータイプとは、精神的な共感力を持って、
隣の人を大事にするために活かすことができる人間、といった隣人愛そのもの、
「ニュータイプ=戦争を必要としない人間」だそうだ。これは確かに、うなづける。

今の日本社会でも、競争だとか、戦うことから背をそむける人が急増している。

引きこもりや草食系だとか、他人と競争したり、戦うのが苦手な男性達が増え、
それが、たんに逃げるという負の形で目立っているとはいえ、これは明らかに、
人間の進化である。ニュータイプは、時代に沿った、ナチュラルな存在なのだ。

それを、「もっとしっかりしろ」とか、「男が弱くなった」とか、余計なお世話である。


また、すでに「個性」の時代も終わった。「個性」なんて、意識しなくても、それは、
ネットが発達したこともあり、人それぞれ違うのが当たり前、という前提となった。

かえって個性を出そうと意識しても、逆に、誰かのマネとなり、カッコ悪くなったり、
個性というのは、他者との違いということだから、自分と他人を区別させようとして、
自意識が強まり、他者の視線を気にしすぎるようになってしまい、不安定となる。

というわけで、これからは、「共感」こそが大事というニュータイプの時代なのだ。

全員違うわけだから、他者を理解することこそが、この世界をラクに生きる道で、
そのためには、ただ意識をどこに向け、何を選択するかという問題だけとなった。

この自由自在に共感する能力こそが、「シンクロ率」というワードで示されていく。





ところで、ガンダムは数多くのシリーズが出ていて、私もニュータイプの概念を、
把握しようとして全部観ようとしたのだが、ファーストガンダムが、とにかく退屈で、
すぐにギブアップしてしまった。なんせ30年前の物語だから、これは仕方がない。

ガンダムファンの方には申し訳ないけれど、エヴァンゲリオンの時代性に比べて、
あまりに古めかしく、モビルスーツというロボットが出てる時点で、萎えてしまった。
(その後のシリーズは面白いのかもしれないけど、どうしても、気が進まなかった)

個人的に、私は免許もないし、車だとかの乗り物にも興味がないため、ロボットを、
操作するシーンとか、全然入りこめなかった。しかし、エヴァンゲリオンは別である。

エヴァは、人造人間とされていて、別にロボットとそんなに変わらないように思える
かもしれないが、パイロットは体液の中につかるし、技術なんかよりも、シンクロ率
という、精神的なものを拠り所にしている。ゆえに精神を攻撃されるし、実に面白い。

ナンパがテクニックではなく、実際は、精神を拠り所にしているところが同じだし、
「ATフィールド」に「使徒」や「サードインパクト」など、これ程、ナンパに適した、
用語は他にない。我々は、「使徒」と融合し、「サードインパクト」で消えるのだ。

我々は、「生きたい」と同時に、「消えたい」という想いを持っている。エヴァには、
その死への欲望、タナトスが見え隠れし、それはナンパに非常に共通している。


私は、以前より、『ナンパ神話』と銘打って、できるだけナンパを神秘的なように
表現して、興奮できる世界観を作り上げようとしてきた。たんなるGET、即った、
などの「スト」の即物的な世界観では、モチベーションが上がらないからだった。

また、一般的に流行ってることと同じことはしない、というヘソまがりな性格もあり、
マニアックな古代の神話を研究したり、神道や禅、道教の本ばかり読みまくって、
なんとかナンパを、これまでにない『何無派』として、新生させたかったのである。

そして初期の段階から、エヴァンゲリオンこそが、ナンパの世界観に合っていると、
思ってはいたものの、やはりアニメだから、抵抗を感じる人が多いと遠慮していたし、
さらに新劇場版のヒットによって流行ってしまったので、今更、エヴァを取り入れても、
ミーハーすぎて、なんだか格好悪いと感じ、ずっと視野の外に置いてきたのだった。

しかし、最後ぐらい、自分の好きなことを、やり尽くしてやろうと開き直り、いよいよ、
カッコ悪くてもいいから、エヴァンゲリオンを用いて、ナンパを表現しようと決めた。

なんせ、最終章は『ナンヴァゲリオン』というタイトルにしてしまったし、なんてゴロ
が悪いんだろう、安易なんだろうと思いつつも、そんな自分を止めることは出来ず、
いまやナンパのことを、「ナンヴァ」と呼ぶ毎日である。さすがに、違和感なくなった。

すると、ついにナンパが、神話に彩られた不思議な世界として、実感でき始めたのだ。


正直いって、もっと早い段階で、ナンパにエヴァを取り入れておけばよかったと思う。

もう長い間、ナンパと神話をMIXして世界観を作ろうと、試行錯誤していたのだから・・。

そもそも神話というのは、口づてで、はるか昔から伝えられてきた物語のことであり、
エヴァも、たかが15年とはいえ、これ程、人々に語られてきたストーリーは他にない。

はまった各自が、何かしら述べたくなる、口伝したくなる、不思議な魅力に満ちて、
エヴァの主題歌の歌詞に、「神話」という言葉が出てくるように、このアニメ自体が、
まさに神話となってしまった。また神話というのは、多くの者が知っている物語とも
いえるし、皆で共有しているストーリーだからこそ、どこか深いところで共感できる。

なので、ナンパを神話として表現するならば、これはもう、エヴァ以外にないだろう。

しかし、エヴァを受け付けない人も、たくさんいる。多くの人に勧めてみたが、まず、
DVD第1巻でギブアップしてしまった人もいた。そういう人達を、エヴァがダメなら、
ニュータイプではない、と断罪することはできない。物語自体はシンプルなので、
たとえエヴァがダメな人にもわかるように、ナンパの世界を表現していくつもりだ。





なお最終的なニュータイプの条件についてだが、ガンダムに出てきたように、別に、
テレパシックな能力が強くなくてもよく、一言でいえば「欠けている」人だといえよう。

毎日が楽しく、充実している人ではなく、むしろ自分の内部の何かが欠けていて、
強い孤独感で、それゆえに、他者との交流、融合を求めるチルドレンのことをいう。

エヴァでも、パイロットは母親のいない、自分に自信のない、欠けた人間であるし、
欠けているからこそ、心に空間があり、そこを満たそうとして、シンクロ率も上がる。
(またエヴァ自体に、母親の魂が入っているため、胎内回帰の象徴でもあるのだが)

そもそも、ナンパとのシンクロ率が高い人というのは、間違いなく、どこか欠けている。

それゆえに、いつまでたっても満たされなかったり、ひどい時は、ダークサイドに陥り、
精神汚染でどうしようもなくなったりする。そういった暗い面とは逆に、明るい面では、
すさまじい至福の瞬間や、世界との一体感、自他同然の平穏な感覚などが存在する。

いうなれば、悲劇に満ちたセカンドインパクトと、全てが一つとなり、安堵の世界となる、
サードインパクトとの違いかもしれない。つまり、ナンパでは、両方、味わうことができる。


そして、このブログでは、ナンパにおいて、サードインパクトという融合が起こり、全てが
消えるところまで、展開していきたい。そのためには一筋縄ではいかないし、悩んだり、
迷ってきた過程こそを大事にしよう。なぜなら、迷いこそが、ニュータイプの武器だから。

おそらく、現在ナンパで迷っている人は、自分が幸せ者だとは、気づいてないことだろう。

だって、迷いがなければ、開き直りは起こらない。実は、迷いこそが、覚醒の源なんだ。

だからもう、積極的に迷え、少年よ!青年よ!中年よ!そして神話になれ!と歌いたい。


というわけで、全ての迷い人へ贈る、珠玉のナンパ神話、『最終章:ナンヴァゲリオン』、

その世界観に少しでもふれて、わずかだろうが、ラクになっていただけたら本望である。

posted by 家元 at 16:00| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

ナンパに自信は必要なのか?

ニュータイプのあなたは、オラオラ系のナンパをしたことありますか?

私は威圧的なナンパは出来ませんでした。少しは試してみましたが、
気持ちよくなかった。女性からの需要はあるはずなのに、無理でした。

たぶん自分自身が威圧的だったり、独断的な人は好かんからでしょう。
そもそも親だとか先生にも厳しくされたことがないし、強引な人物からは、
すぐ逃げました。これは好みの問題ですね。縦社会が好きな人もいる。

ちなみに理想の男性像は、一切強制されないのに慕ってしまう人です。

有名人でいうと、ムツゴロウさんや高田純次さんだったり、武道家も、
空手とか殴ったりするのは嫌で、ちっとも強そうじゃないのに、なぜか、
コロコロと倒してしまう、会気道系の達人に憧れます。ありゃ凄いっす。


そんなわけで私は、オラオラ系っていうのは、結局、できませんでした。

昔からヤンキーはモテるし、ナンパも、一通りマスターしたかったけど、
ギブアップしました。いいんです、代わりに自分の個性を発揮しました。

結局、最終的には、とんでもない方向に進んでしまいましたが、今回は、
もっと単純な、ナンパ初期でつまづいている方へのメッセージとなります。

あまりに基本的なことですが、確認してください。テーマは自信について。





今、生きている世界は、『陰』と『陽』の法則で出来ています。
それだけ知っておけば、だいぶ生きるのがラクになるはず。

たとえば、ナンパに自信は必要か?という問題があります。

そりゃ自信満々の方がいいに決まってる。堂々とした態度に、
ついていってもいいかもと、女性は思うでしょう。しかしながら、
もちろん、逆もある。謙虚じゃないとイヤだという女性もいる。

そして、そもそもナンパを始めるにあたり、何の経験もないと、
自信なんて持てない。かつて女性にモテた、愛された経験が
ない人ならば、絶対ムリ。いや、モテたことある人も、ナンパは、
かなり凹むというか、そんなの関係ないと、自信を失くしがち・・・。

そこで一生懸命に、「俺は凄い」と暗示を入れたり、根拠なき自信を
持とうと努力して、目標を持って頑張るという『陽』の方法があります。

しかし、これは反動を生みやすい。自信を持とうという『陽』の動きは、
必ず自信がないという『陰』へと戻ります。無理していればしてる程に!

要するに、自信を持とうとすると、自信がない現状の自分が強調され、
かえって、ひどいストレス状態となりやすい。たぶん、そんな人は多い。


そういう人には、逆のアプローチがお勧めで、それが自信なんていらん、
ダメならダメなほどいい、という開き直りです。自信ないくせにやるのが、
素晴らしい。いいよ、こうなったら、ボロボロになってやるよ、と覚悟する。

「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」「でも、やるんだよ」の精神ですね。

これがどれほど、パワーを生むのか、はかりしれないものがあります。

自分を偽ることに使われていたエネルギーは、全部自分のものとなり、
どんな拒否も跳ね返してしまう、あるがままの安定した精神状態になる。

そして、自信なんて概念自体が不要で、かえって邪魔だとわかります。

なぜなら、ほうっておいても、結果が出れば、いつの間にか、自信は
勝手についてくるからです。自信てのは、意識側より無意識側にあり、
たんに、ほうっておけばいい。あー、努力と時間を損したわ、となる。


じゃあ、自信をよりどころにせずナンパするには、どうするかというと、
基本的には、「お任せ」ですね。相手の反応にお任せし、世界全体の
運命みたいなものに、どうぞどうぞとお任せする。思いっきりラクする。

すると勝手に世界が、相手が、うまくいくように動いてくれる。そこに
自信という自意識はなく、他信というか、世界全体への信頼がある。

結局、自分なんていうものは、一つの幻想にすぎないわけだから、
自分が頑張って何かするなんて、おこがましいし、疲れるだけです。

トークだって、自分が話してるのではなく、相手が引き出してくれる。
全て相手次第となる。9割は相手任せ、1割だけ自分で選べばいい。

たんに状況自体が、我々の中身や個性を、引き出してくれるんです。

それを自ら努力して、邪魔して、制限を加えているのが、現状でした。





で、ここまで読んで、もうわかったと思いますが、自信を持ってやる方法も、
自分を捨てて、状況にお任せするのも、結局は、同じ意味に辿りつきます。

絶対うまくいくという自信でガンガンにやると、その集中力で自分は消える。
そして、なぜかうまくいく。その逆に、自信なんてないと、状況任せにすると、
なぜか自分の意志が反映され、意外な程うまくいき自信満々になってしまう。

要は、一つの面を、『陰』と『陽』で表現しただけであり、同じことなのです。

そして、もちろん個人の性格や好みによって、どっちが自分に合うのかは、
違ってきます。漢方薬と同じで、陰体質と陽体質で処方は違ってくるので、
ちゃんと自分の性格に合った方向性を選ばないと、逆効果になるでしょう。

しかし、おそらくネット上では、ナンパは自信だ!という『陽』体質向きの、
情報が多いと思いますので、その逆の、『陰』の人向けの情報も必要だと、
このブログは存在している次第です。なぜなら、多くの人が『陰』だから!


『陽』のナンパ師というのは、目立つんです。そして、エネルギーも『陽』で、
結果も多く出すため、自然と発言力が生まれる。そこで何も知らない『陰』
の人達が、そのままマネしようとして、とても痛々しいことになっていました。

これは例えるならば、充分、栄養は足りてるのに、「もっと肉とか食え!」と
言われ、腹にムリヤリ詰め込み、さらに肥満になって体調悪くなってる感じ。

そうじゃなくて、今でも食べ過ぎだから、もっと減らして、逆に小食にすると、
体も軽く、心も軽く、これまでにないような快調さを取り戻せるというわけです。
(自意識過剰の状態というのが、自我の肥大、つまり『肥満』を意味します)

ほとんどの男性は、そんなに胃袋は大きくないんです。数百人もGETする、
そんなキャパはない。そこそこ性欲のある、草食系にすぎない『陰』が多い。

だから、どうも『陽』のやり方がピンとこない、『陰』の人向けの情報も必要で、
このブログが、その一端を補完したというわけです。ラクになってくださいね。

posted by 家元 at 09:28| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年03月08日

15年遅れで、卒業論文を提出

今回は、大事な、大事な、お知らせがあります。

実は、私の理想の女性像が、『フリクリ』のハルハラ・ハル子から、
キムヨナ(ボンドガール限定)に変わりました。あの滑りは最高だ!

凄まじい体と意識のシンクロ率で、あまりにも柔らかい滑りっぷりが、
小悪魔な感じ。あんな感じで翻弄されたいぞと、強く思う次第です。

・・・って、そんな話は、どうでもいいか。

ヨナちゃんも、リンクから出たら、普通の子になっちゃうし、やっぱり、
二次元のハル子の方が、夢が壊れなくていいね。またBOXも出るし。

・・・なんていう話も、誰も聞いちゃいないわけで・・。


えーと、そうそう、最近のブログが観念的すぎて、わけがわかんない
というご意見をいただきました。好評なのは、一部のエヴァファンの
方だけです。でもしばらくは、この衒学的な路線でいこうと思います。

なんで、わかりにくいかというと、ナンパの具体的な話が全然なくて、
ひたすら観念だけで、新たな世界観を述べようとしていたからです。

それというのも、ナンパを完全引退する前に、卒業論文という形で、
最終結論を、まとめておきたかった。論文を意識しているがゆえに、
導入部分は背伸びして、社会的な位置づけや用語を提示します。


その後、フィールドワークとしての、路上による数々の試行錯誤を、
記録していく流れです。ただし、通常の論文調ではつまらないので、
あくまでストーリーとして、いうならば『神話』として、描いてゆきたい。

それが最終章『ナンヴァゲリオン』であり、ニュータイプの人を助け、
さらに、ナンパに無縁な人までが、手に汗にぎるものに仕上げたい。

そして何よりも、この章を、今は亡き、大学時代の恩師に捧げます。

申し訳ないけど、最後に、この場を借りて、私的なメッセージです。





先生、僕はすぐ中退してしまったというのに、気にかけていただき、
本当に、ありがとうございました。孤独で死にそうだった大学時代、
今思えば、唯一人、深いつながりを覚えたのは、先生だけでした。

しかし、極度に内気だった私は、先生と親しく交流するというよりも、
むしろ自ら遠ざかってしまい、大いなる不義理をしてしまいました。

そこで最後に、まったくの未提出だった、卒業論文を提出します。

僕の卒論は、ナンパについてです。とにかく、いろいろ試して、
最後は極限まで追い詰められましたが、最高に、面白かった。

この論文、というか、ストーリーを、先生は必ず気に入るだろうし、
楽しんでいただけたらと思います。本当に、おつかれさまでした!


(黙祷・・・。)

posted by 家元 at 22:48| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年03月20日

ノウハウものは飽きてしまった

ここ最近、なぜかブログを更新する気がなくなってました。

そして、なぜブログを書くのに気が重くなったか、ようやく、
わかりました。それは先日、亡くなった学生時代の恩師に、
卒業論文として提出する、なんて、気負ってしまったから!

ちゃんと真面目に書こうとすると、楽しくなくなり、書けない。

論文だとか、集大成だとか思うと、ちっとも内容で遊べない。

そうして更新しては削除するというのを、何度も繰り返した。

そもそも、恩師はナンパには関係ありません。間違えでした。





恩師の私に対する遺言は、「いいかげん、女を追うのはやめ、
真理を追え」でした。それは今でもその通りだとは思いますが、
基本的な姿勢として、やはり人間、真面目になっちゃいけない。
(仕事や修行だけでなく、女を追う中にも真理は隠されてるし)

真面目さというのは、基本的に「病」であり、人を幸せにしない。
ガンで死ぬ人が後をたたないのは、真面目さも原因の一端?

恩師は、学者でしたから、ずっと理論、理屈の世界で生きてきて、
立派な成果を出しましたが、ご本人は、最後にガンで苦しんで、
この世を去りました。健康的な生活を送り、まだ若かったのに・・。

真面目な人が病気になる。そんな話って、よく聞きませんか?

だったら、私は今後、もっともっとテキトーになろうと思います。


思えば、このブログも、いつの間にか、真面目になっていました。

私は、ナンパオタクですが、別に、ナンパ「評論」オタクじゃなく、
ナンパの「台詞」オタクです。毎日、無数のネタを持っていって、
実地で試すことに生きがいを感じていました。この方法は効率を
考えると、あまりよくない。一つの方法を磨いた方が結果は出る。

それなのに、ナンパは芸術だと、最後は、異常な方法の数々で、
ナンパすることになりましたが、これがアホで、面白いんですよ。

でも、理屈には合ってない。「ナンパはファッションを磨くべし」
という原則に挑戦したり、ひたすら無一文でナンパしてみたり、
実験と称して、逆張りばっかしてたんですから。(それも大量に)

その結果、ナンパ常識やノウハウは不要という結論に至ります。

みんな、好き勝手やんなよ。いっとくけど、正解なんてないよ!


一時は、そんな感じで、情報に左右されている人を助けようと、
奮闘しましたが、今では完全にその役目を終え、もう卒業です。

唯一、最後の力を振り絞って、『ナンパ覚醒プログラム』という、
教材を残したんで、悩める人は、そちらを参考にしてください。

ちなみに、『覚醒』という意味は、

 「迷いからさめて、自分の間違いに気が付くこと。」

ただ、それだけです。

ナンパに覚醒するというのは、別に、迷ってもいいんだ、とか、
ダメでもいいんだと分かり、じゃあ好きなようにやろうと思うこと。

まぁ何度もいってきましたけど、開き直るということが覚醒です。

とにかく、それを伝えたかった。目覚めなきゃ、どんな方法を
使おうが無意味で、まずはマトリックスから手を切ることです。


でも、このマトリックスというのは、その後も何度も現れます。

私も、また新たに目覚めました。これまでナンパを評論したり、
説教臭いことを書いてきましたが、それ自体が、退化でしたね。

別に、評論なんてちっとも好きじゃないし、私に向いていない。

「評論家」は恥ずかしい、「プレイヤー」じゃないと意味がない。

そもそも、ここ数年、誰かに「ナンパ」を語ったこともないし、今後、
人にナンパのことを話すこともありません。一生、墓に持っていく。





というわけで、このブログと音声メルマガだけが、唯一のナンパを
表現する場となります。実生活でナンパを語ることはないでしょう。

それに、私が好きなのはストーリーと、底抜けにアホなことだけです。

普通のノウハウだとか、もう当たり障りのない内容は、飽きちゃった。

無責任かもしれないけど、気が遠くなる程、さんざんやったんだもの。


で、これからは、真似しちゃいけない、変わったことも書いていきます。

だから、あなたも、今後は、このブログの主張を間に受けないように!

真面目そうな顔を装いつつ、本当かな?という内容になっていく。

そして、実際のナンパ音声を聴いてもらい、本当だ!と驚いたり、
あくまで、自らのインスピレーションの、キッカケとしてもらいたい。

各自が、それぞれの個性を伸ばしてスタイルを構築すべきですし、
たんに一般に共通するノウハウなんてものは、もう退屈でしょう。

なので今後は、これまで以上に、好き勝手にやらせてもらいます。


以上、ナンパのノウハウものからは、足を洗う宣言でした。

『ナンパ覚醒プログラム』を残したんで、後は、もう許して!

(なお『脱出プログラム』は、賛否両論を前提で制作します)

posted by 家元 at 16:50| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする