2010年07月02日

ナンヴァのお散歩

基本的に、ナンパは面倒くさい。本当にラクならば、ほとんどの男がやっているはず。
しかし現実的には、よほどの繁華街に出かけても、やっている者は、わずかである。

あなたも、わざわざナンパに出かけようとすると、面倒で、気が進まないかもしれない。

そこで発想を変えて、ナンパなんてどうでもよく、たんに運動のために、自分の肉体を
散歩に出かけさせると考えてほしい。人間は歳をとると、最終的に何をするかというと、
散歩である。よく老人や中高年の夫婦などが、ウォーキングしてる姿を見かけるように、
快適な生活をおくるための散歩というのは、とても大切だ。当然、我々にとっても同じ。

人間、足から弱っていって、そこから波及し、どんどん体が弱っていく。なので、健康の
ためにも、散歩は欠かせない。そして、やはり若くても歩かなければ、体は弱体化する・・。


今は部屋から一歩も出なくても生活できる便利な時代のため、どうしても歩くことが減り、
体力が落ちてしまいがち。思いつめるノイローゼの人が増えたのも、必然的だといえる。

そこで、もっと散歩の効用を知り、実践する必要があるのだが、若者が、何の目的もなく、
ただウォーキングしようとしても、そこに魅力を感じず、なかなか続かない。しかしながら、
その地味な散歩に、目に入った女性に声をかけるという行為が加わると、急に、退屈な
日常がスリリングな冒険へと様変わりするのだ。散歩はナンパであり、ナンパは散歩だ。

ナンパが面倒な人は、せめて散歩を。散歩が退屈な人は、そこにナンパをつけ加えよう!





何度もいうように、ナンパする者は、肉体を自分だと思ってはいけない。自分の肉体は、
ナンヴァという乗り物で、あなたは、エヴァのように、その中に乗り込んでいると考える。
そうすると、肉体から距離を保てるせいか、より視野が広がり、自由に行動できるのだ。

なおエヴァでも、主人公のシンジがエヴァに乗り込み、一番最初に何をしようとしたかと
いうと、「歩くこと」である。準備なしにいきなり歩こうとして、顔面からぶっ倒れていたが、
あなたなら、ナンヴァをもっと上手に操れると思う。ただ歩く位なら、余裕で出来るだろう。

ところが実際に、街を歩いてみると、たんに歩くだけのことが、意外にも、多くのストレスを
もたらし、疲れることに気づく。まず人が大勢いて邪魔になったり、ぶつかったりと、単純に、
物理的な不自由さで、人酔いしてしまう。さらに魅力的な女性を見かけると、緊張したりする。


特に、普通に散歩するならまだしも、声をかけようと意識したとたん、突然、恐れや面倒さ、
不安や自己嫌悪で、エネルギーを消耗してしまい、ナンヴァとのシンクロ率が落ちていく・・。

たとえば、何でもない道で、前からカップルが楽しそうに歩いてきた時、それを不自然に
意識してしまい、見ないようにしたり、または心の中で悪態ついたりしたことないだろうか?

そういったことが、ナンヴァとのシンクロ率が落ちている証拠であり、ただの散歩なのに、
こちらのことを意識さえしていない他人の事を、いちいち考えてしまい、疲れ果ててしまう。

独りのときでは、そうでもないのに、外出して他者を意識したとたん、不安定に陥るのだ。


ちなみに前二回で、ナンヴァとのシンクロ率を上げるための方法として、瞑想を取り上げた。

ナンヴァという肉体に、ゆったりと溶け合い、心身統一し落ち着くことで、無駄な思考は消え、
精神は安定する。しかし、これは誰にも邪魔されない、自分の部屋での話だ。まずは独りで、
シンクロ率を上げるのが一番易しいため、最初に取り組むべきことだが、ここで得た安定は、
実際、外に出て、散歩するだけでも失われてしまう。ナンヴァは緊張にさらされて、動揺する。

たかが幸せそうなカップルを見ただけで、自分の中の孤独は露わになる。独りで瞑想しても、
そんなに孤独は感じなかったというのに、他者の登場がトリガーとなって、たちまち、心の中、
それも、あまり直面したくないネガティブなものが、引っ張りだされる。特に、声をかけようとし、
意志に反して出来ない場合や、会話しても緊張で続かない場合など、弱味が次々と現われる。

ナンパの恐ろしさ、不快の原因はここにある。歩くのが体力的にキツイというよりも、むしろ、
精神的な弱みが暴露されていく辛さである。あなたは何も隠せない。全てが暴露されるのだ。


では、そんなシンクロ率が低下した状態を、どうやり過ごし、乗り越えたらいいのだろうか?

その答えを、これから導き出したい。まずは、ナンヴァを散歩に連れていくこと、いわゆる、
『ナンヴァ歩き』という、独特な歩行術を紹介する。ただの散歩ではなく、あくまでも特殊な
『ナンヴァ歩き』を用いることにより、あなたはナンパに疲れなくなるだろう!(次回へつづく)

posted by 家元 at 16:08| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年07月04日

声をかけようとしない、ただ許す!

あなたはナンパのノウハウ本を求めて、本屋に逃げ込んだことがないだろうか?

ナンパ関連の本など、たいして発売されないが、たまに新刊が出ていて、それを
見つけた時は嬉しいし、よく探せば、まだ見ぬナンパ本を発見するかもしれない。

そうして、棚から棚へと移動するうちに、「おっ!見つけた!」と、手にした本は、
『ナンバ歩き』と題された、全然ナンパとは関係ない、ウォーキングの本だった・・。


これはよくあることで、私も何度も『ナンバ』という文字に目を奪われ、間違えた。

紛らわしいが、『ナンバ』とは、「同じ側の手足が同時に出る歩き方」で、基本は、
体をねじらない、日本古来の歩行法である。今では、歩くとき、足と手は交互に、
ねじりながら動かしているが、かつての日本人は、手と足を揃えて動かしていた。

この歩行法だと、体をねじらないため負担も少なく、疲れ果てた時でも、しのげる、
という意味で、「難場(ナンバ)」と呼ばれ、武術やスポーツでも、応用されてきた。

しかし、慣れるまでに時間がかかるし、この歩き方で外を歩くと、変に目立つため、
別に『ナンパ歩き』を勧めるわけではない。私が勧めるのは『ナンヴァ歩き』である。

こちらの『ナンヴァ歩き』は、自分の肉体であるナンヴァを散歩に連れていくことだ。


あなたは、犬を散歩に連れていくかのように、気軽にナンヴァを散歩に連れていく。

すでに歩くことなど、無意識で出来るようになっているはずで、何も意識しなくとも、
ナンヴァは勝手に歩いてくれるだろう。他のことを考えていても、記憶を失くすほど、
酔っぱらっていても、気づいたら自分の家に着いていたりするように自動的である。

まさに犬の散歩中に、犬が勝手に歩いていくように、あなたの肉体は自律的に歩く。

ただし、それだけなら、ただの「歩き」であり、普通に人々がやっていることで、別に、
『ナンヴァ歩き』ではない。さらに、女性(ここでは、あえてメスと呼ぶ)に、近づいて、
声をかける動作を加えて、初めて『ナンヴァ歩き』になる。要するに、ナンパである。

じゃあ、わざわざ『ナンヴァ歩き』とかいっても、ただ声をかけるだけのことじゃないか、
これまでと何も変わらないじゃないか、と思うかもしれないが、一つだけ意識の変換
が必要になってくる。特に、声をかけるのがツライ人には、大いなる救いとなるものだ。

それが、自ら、声をかけようとしないことである。あなた自身が声をかけるのではない。

そうではなく、ナンヴァが声をかけるのを、ただ許せばいい。許可を与えるだけでいい。





ナンヴァは、純粋に動物であり、関心あることは、飲み食いと、子孫を残すことだけで、
ほうっておいても、喉が渇くし、お腹が減るし、メスを求める。シンプルでわかりやすい。

なので、適度にエサを与えて、散歩に連れていってやると、行き交うメスに興味を示す。
まさに犬と同じように、前からメスが来ると、遠くからでも気づくし、すぐに近づこうとする。
それが本性であり、完全に、野に放てば、そのままメス(女性)を押し倒すかもしれない。

そんな野生のナンヴァを抑圧して、なんとかコントロールするのが、我々の役目である。

犬を散歩させている時は、首輪につながったヒモを引っ張り、メスに行かないようにするが、
実をいうと、我々は、ナンヴァに対しても同様に、ヒモを引っ張ってSTOPをかけているのだ。

ぜひ自分の反応を思い出してほしい。ふと可愛い子を見かけた時、一瞬で心を奪われるが、
その直後、見ないようにしたり、避けたり、気づかないフリをしないだろうか?または、たんに
見るだけ見て、近づこうとしない。すでに異性をあきらめているオッサンになると、遠慮なく、
ジーッと眺めるが、たいていの男は、チラチラと見るだけで、それ以上のことは、まずしない。

ハッキリいって、これは不自然な反応だが、我々がナンヴァの抑圧に成功した結果でもあり、
そのおかげで犯罪者にもならないし、社会的な場でも和を崩さずに、生きてこれたのだった。


しかし、我々のナンヴァへの抑圧は、少々やりすぎだった。いや、少々どころか、あまりにも、
厳しく、ナンヴァを痛めつけてしまった。今では、すっかりナンヴァはいじけてしまい、弱った。

最初のうちは、可愛いメスを見かけ、喜んで近づこうとしたナンヴァだが、その度に、ヒモを
引っ張られ、首輪が首に食い込み、不快な思いをしてきた。そんなことを数多く、繰り返して、
ついには、可愛いメスを見かけても、もはや近づこうという気さえ、起こらなくなってしまった。

ヒモを引かなくても、どうせ無駄だと、動かなくなる。そうなるとヒモさえ必要ない。ナンヴァは、
メスを見ようともしなくなって、去勢されたようになる。この状態が「しつけ済み」なのだろうか?

我々は、すっかりナンヴァを「しつけ済み」にした。これは、自分の肉体への暴力ともいえる。

いつの間にか、ナンヴァは不活発となり、何をやるのも面倒に感じ、眠りこけているのだった。


そうしてナンヴァが不活発の状態なのに、今更、声をかけようとしても、ひどいストレスであり、
重い肉体を、根性で動かそうとしても、なかなか言うこときかないのも当然で、続かないだろう。

それよりも、そもそもナンヴァはメスに近づきたい、声をかけたい、という本性を思い出させて、
あなたは、ただそれを許せばいい。ナンヴァに優しく「いいよ」と許し、自由にしてあげればいい。

声をかけようと努力することはない。勝手にナンヴァが、次々と声をかけようとするので、ただ、
GOサインを出すだけで事足りる。あなたがやることは、ナンヴァが男連れにも声をかけようと
したり、警察官の前で、女子高生に声をかけようとした時に、止めてあげればいいだけなのだ。

その止める時も、犬につけた首輪のヒモを引くというより、立派な馬につけた手綱を引く感じで、
ナンヴァを犬に見立てるのではなく、馬やトラなど、もっと凄まじいパワーの生き物として見て、
尊重してあげるべきだ。そして、果敢にメスに向かっていくナンヴァを、応援してあげてほしい。


とにかく、あなた自身が声をかけるのではなく、ナンヴァが声をかけるのを許すことが大事で、
これは、ただの言葉遊びではない。この感覚が掴めたら、声をかけることのストレスはゼロで、
本当にネットサーフィンしている位の、気軽な感覚となる。ぜひとも、発想の転換をしてほしい。

ただし、そのためには、今までのしつけで、いじけて眠りこけているナンヴァを目覚めさせて、
しっかり覚醒させる必要がある。それが初期のプロトタイプからテストタイプへの覚醒である。

そして、その兆しというのは、ナンヴァのヴァッキ(勃起のこと)によって、はかられるだろう・・。

(立ちっぱなしのまま、次回に続くよ!)

posted by 家元 at 17:40| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

ヴァッキ(勃起)しなけりゃ無味乾燥!

ここのところ、ずっとナンヴァの操縦法について述べている。男というのは、自分の肉体に
非常に鈍感な人が多く、直感や本能を無視して、頭で考えてばかりで、不自由だからだ。

そんな肉体とのシンクロ率が低い状態で、さぁナンパしろ!声かけろ!といっても、もはや、
苦行にしかならないし、重い体を意志の力でムリヤリ動かしても、すぐに疲れて挫折する。

そこで、まずは瞑想でもって、自分のナンヴァと、ゆったり融合する方法を伝えた。時間は
短くても、電車の中や職場でも、ボーッとする練習を続けると、次第に心身が軽くなっていく。

そうなると、デートの際、どんなに時間にルーズなアバズレ(失礼)に、待たされても平気で、
イライラせず、自分の中に寛いでいられるようになる。さらに以前、「どうせなるなら大地蔵
で紹介した、雑踏の中、あえて目立つ場所で立って、そのまま瞑想状態に入るという修行も、
他人の視線に左右されず、自分のナンヴァの中に寛ぎ、精神を安定させる練習になるだろう。


しかし、これらの瞑想は、自分は動かず、じっとしている状態でのシンクロ率向上にすぎない。

実際は、体を動かしたとたん、シンクロ率は落ちやすく、運動音痴の者などは、自分の肉体を
思い通りに動かせず、ボロボロになる。ただし、我々の乗るナンヴァは、スポーツ仕様がメイン
ではなく、ナンパ仕様として駆動するので、運動音痴だろうが、そんなこと気にする必要ない。

ナンパする時、つまり、声をかけて、会話していく中で、シンクロ率が落ちなければいいだけで、
後は余興にすぎない。そういうわけで、ナンパに限っていうと、まず普通に歩ければ大丈夫だ。

ただし、この歩くというのも、できるだけリラックスして、力を抜いて、疲れないようにするといい。

あたかも日本古来の歩行術「ナンバ歩き」のように、無理なく自然に『ナンヴァ歩き』していこう。





我々のキーワードは、常に、「一番簡単なことを、一番簡単にやる」であり、努力なんぞしない。

ただ歩くにしても、どれだけ手を抜いて、どれだけラクに歩けるかに挑戦するが、その際のコツ
としては、重力に逆らわないということで、重みは下を意識すると、うまい具合に、力は抜ける。

変な緊張がなければ、消耗も少なく疲れない。長いこと歩きながら、メスを探すことが出来る。

もちろん、ただひたすら歩くのではなく、大地蔵のように、しばらく一か所に立ち止まったりして、
バランスを取りながら、声をかければいい。(ずっと同じ場所にいると、目立ってしまいがちだ。)


お勧めは、何か所かポイントを決めて、そこに碇を下ろして、少し声をかけたら、また移動する。
それを繰り返せば、変わる風景と共に、静と動の移り変わりを楽しめるだろう。ちなみに、この
一連の行為すべては、瞑想の延長であり、リラックスを基盤とするが、自宅で瞑想するような、
ひたすらリラックスというのではなく、緊張と緩和の繰り返しを体感する、エクササイズである。

これはヨガと同じで、ヨガでも、じっと瞑想するだけでなく、様々なポーズを使い、動きを入れる。

ヨガのポーズでは、体をねじり静止して、いったん筋肉を緊張させてから緩めることによって、
さらにリラックスを深めていく。同様にナンパでも、声をかける時は緊張するが、その直後に、
いい反応をもらったりしてホッとし、自然とリラックスが深まり、どんどん心が開放されていく。

心が開放されるということは、要するに、自分の肉体であるナンヴァと融合し、シンクロ率が
上がることを意味する。そうやって歩きながらメスに声をかけ、心身統一を高めていくことが、
ナンヴァ歩きであり、家に閉じ込めていたナンヴァを散歩に連れていき、元気にさせることだ。


そして、この緊張と緩和のエクササイズである『ナンヴァ歩き』には、一つだけ非常に大事な
ポイントがあり、それが前回お伝えした、自分自身が声をかけるのではなく、ただナンヴァが、
メスに近づこうとするのを許す、ということで、あなたは、ただ許可を与えればいいだけである。

ただし、もともとナンヴァは、メスに近づいて一体化しようとする本能を持っていたが、我々が、
長い間、理性という名のもとに、それを制止してきたため、すっかりいじけてしまい、動かない。

確かに、学校や会社などの目的を持った集団行動の中、ナンヴァがメスに近づことするのを
抑制するのは必要だった。本能のままナンヴァを泳がせると、気が散って作業の効率も落ち、
何よりも、周囲から総スカンを食らうだろう。そこで繰り返し繰り返し、ナンヴァを抑制してきた。

ところが、今度はその抑制が習慣となり、プライベートで実際に恋愛のチャンスが来た時にも、
自動的にナンヴァを抑圧してしまう。というよりも、すでに元からナンヴァは、メスに行こうとさえ
しなくなってしまった。これまでに散々、メスを求めて否定されてきたので、あきらめてるのだ。

そして素直に行動しなかったゆえ、未知になってるメスとの交流そのものを恐れるようになる・・。

そうなってくると、奇妙な形で捻じ曲げられたナンヴァの本能は、欲求不満という形で、素直さを
失くし、どこかネガティブな状態を持続させ、すぐ不機嫌になったり、ウツに入ったり、体調まで
崩してしまう。ナンヴァの性エネルギーというのは非常に莫大で、抑圧するとロクなことはない。


そこで我々は、自分のためにも、ナンヴァをこれまでの抑制から、解放しなくてはいけない。

しかし、そう焦る必要もない。これまで気の遠くなるような長い時間をかけて抑圧してきたため、
同じ位の時間がかかると思いきや、キッカケさえあれば、意外に短い時間で解放されていく。

なぜなら、メスに近づき一体化するというのは、ナンヴァの本能であり、それを生きる根本の
性エネルギーが担っているため、少し刺激を与えるだけでも、みるみる活性化していくのだ。

要は、それを邪魔する方が不自然で難しいのに、我々は理性を使って、頑張って止めてきた。

そろそろ、難しく頑張るのは辞めにしよう。もうこうなったら、とことん、ラクになろうではないか!





そんなわけでナンパというのは、萎縮したナンヴァという肉体の解放であり、自然への回帰だ。

そして、解放されてきた兆しの一つとして、ナンヴァのヴァッキ(勃起)という現象がある。これは
身落とされがちだが大事な要素で、特に「ナンパがつまらない」とボヤいている者に尋ねたい。

あなたは、ナンパの最中、ヴァッキ(勃起)しているだろうか?声かけ数や、連絡先を聞くとか、
そんな真面目くさった事はどうでもいい。もしナンパに出かけ、一度もヴァッキしてないのなら、
あなたは、EDである。(END OF ナンヴァゲリオンの略)あなたのナンヴァは、半ば死んでいる。

ちなみにナンヴァが解放されてくると、自然とナンパ中にヴァッキ(勃起)するようになるのだが、
そのヴァッキにも三種類ある。まず一つ目は、何の理由もなく、ヴァッキすることで、たとえば、
ただ単純に物理的に擦れてヴァッキしたり、朝ヴァッキ(朝立ち)のような男の生理的現象だ。

そして二つ目は、メスの体を見て視覚的に興奮し、ヴァッキすることで、若いほど、なりやすく、
中年のナンヴァでも、溜まってくるとヴァッキするし、特に夏はメスが薄着なので起こりやすい。


さて、上記の二つは、ナンパしようとしなくても起こるヴァッキであり、それよりも次の三つめこそ
が重要である。それが「声をかけたメスとの会話中にヴァッキすること」だ。要は話してるうちに、
なぜかヴァッキしたり、相手の表情や仕草に興奮したり、もしや、これはいけるのではないか?
と期待してヴァッキすることで、極めて健全なことである。いわゆるナンヴァの解放の証だろう。

たとえ短い会話だけで終わってしまっても、ナンヴァをヴァッキさせることは素晴らしいことで、
一日に何人声かけて、連絡先は何個とかいう記録に加え、何回ヴァッキしたかも記しておこう。

それはやりすぎとしても、とにかく、ヴァッキすることに対しての恥ずかしさや、気後れを失くし、
正々堂々とナンパ中にヴァッキしてほしい。なんなら会話中に「ヴァッキしちゃった。」と素直に
メスに報告を入れてもいいだろう。ヴァッキすればする程、心も開放的になっていくと考えよう。

ただし、この場合、ヴァッキしたら、すぐに出そうと考えてしまう者は、少々ツライかもしれない。


普段一人での自慰を繰り返してきた者は、ヴァッキしたままモヤモヤしている時間を嫌がるが、
それは、とんでもない話である。そのモヤモヤを、すぐに解消しようとせず、ヴァッキ状態を長く
楽しむことが大人の贅沢であり、その発情できる状態を、快感と捉えなおさなくてはいけない。

いったんヴァッキがONになっても、しばらくするとOFFになる。それを何度も繰り返し、次第に
モヤモヤが増大していき、鼻血まで垂れそうになる程、ヴァッキ状態を持続させることこそが、
本当の意味での「自立」といえよう。自分を慰める「自慰」とは、精神的な態度は正反対である。

ヴァッキしたら、すぐ出そうとする、その短絡的な考えが、我慢できないとレイプに及ぶような、
余裕のない狭い心を作ってしまう。我々は、もっとヴァッキ自体を、優雅に楽しむべきである。

ヴァッキしたまま声をかけて、健全な会話をしてるのに、ヴァッキしているという矛盾を楽しみ、
モヤモヤした性エネルギーの揺らぎの中、目の前のメスそのものを感じていく。すると、退屈で
しょうもない会話のやりとりが、次第に陶酔へと変わる。ナンパが飽きた、なんて言えなくなる。

我々は自宅でムラムラした時、いとも簡単に一人で解消してしまう。その前に、冷静になり、
まずは外出して、ナンヴァを散歩に連れていってあげよう。そして、どんな時、どんな相手に
ヴァッキするかを観察し、モヤモヤしたヴァッキ状態を楽しもう。下手すれば、そんなつもりは
なかったのに、夢精ならぬ、「歩精」に到るかもしれない。メスとの会話中に恍惚となるだろう。


こういった一連の素晴らしい経験は、気持ち的に小学生に戻ることを意味する。小学生でまだ、
ヴァッキする意味さえわからずに、モヤモヤしながら、そのまま過ごしていた時を思い出そう。

小学生は元気だ。解消されない方が好奇心も増し、根源的なパワーが出てくる。しかしながら、
最近の小学生は、こっそりエロサイトを閲覧してまわり、「どこいっても、順位ばっかやんけ。」
などと、アクセスランキングのサイトを転々としているのかもしれない。嘆かわしい限りである。

なお余談だが、メスの局部を「ヴァギナ」と呼び、これは「ヴァッキ(勃起)しない」という意味から
「ヴァッキ(勃起)ない(無い)」へ派生して、「ヴァッキナ(勃起無)」が訛り、「ヴァギナ」となった。

ここんとこ、テストに出るからな~。小学生は、要チェックだよ!

posted by 家元 at 15:13| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年07月08日

ここでちょっとネタバレです

七夕が終わりました。何個か願い事を、短冊に書きましたが、
その一つは、「もっとナンパする人が増えて、あっけらかんと、
明るい日本になりますように」としました。まぁ、当然ですよね。

じゃなきゃ、ここまで時間と情熱を注いで、わざわざブログや、
プログラム制作など続けていません。本当に、アッと言う間の
六年間でした。もうこれしかしてこなかったわけで、感慨深い。

ある意味、社会事業としてやってきました。なぜなら、ナンパを
する男が増えたら、必ず社会は流動性を生み、元気になります。


確かに、ナンパには犯罪めいてしまったり、暗い面もありますが、
お金の動きが活発になると、経済が良くなるように、男女の交流
が盛んになると、社会は健全になるんです。抑圧するとダメです。

なによりも今の女性達が、正直、可哀そうです。男達が求めずに、
身を持て余しています。ハッキリいって、女は大量に余っています。

だから晩婚化しているし、今生まれてくる子供の10人に1人は混血
だそうですし、ちゃんと求める外国人男性と、くっつくのかもしれない。
(基本的にハーフは可愛い子が多いし、この現象には賛成ですが)


まぁ社会的な難しいことはわかりませんが、とにかく、今いえるのは、
女が余っていて、『男不足』だということです。男は、たくさんいるけど、
恐れたり面倒くさがって、女に近づきません。だからナンパする人は、
実際に行動すると、すんなり成功する。たんに儒要と供給の問題です。

ゆえにナンパする人は、成功が続くだけで、自分が凄いと勘違いしたり、
または、こんなおいしい事は、出来るだけ独占したいため、他の男性が
ナンパしないように願うことさえありますが、それはもう無理な相談です。

おそらく社会の深層心理の方向性は、個人個人の交流が盛んになり、
溶け合おうとしているので、今後、ナンパする人は増えていくでしょう。


そんなわけで、私も時代の意識に先駆け、少数でもいいからナンパで
自己を解き放ってもらう、そのキッカケになろうと努めてきたわけです。

今振り返ってみると、自分が理想とした基準まで、ようやく達せたなと、
ホッとしています。まだまだやり残していますが、充分、報われました。

そこで、今年も折り返したこともあり、この上半期を振り返ってみます。





まず今年に入り、2010年とキリもいいので、全てを総括しようとして、
正月から『ナンパ覚醒プログラム』を開始しました。以前発売していた、
教材CDという一気に全てを届けるのではなく、毎日少しずつノウハウを
送り、モチベーションを継続してもらうスタイルに思い切って変えました。

これが面白いように、効いたのです。以前のCDの場合、一度に全てを
聴いた方から、「素晴らしい内容だ!」といったご感想をいただくことが
よくありました。それは嬉しかったんですが、結局、盛り上がるのは、
その時だけで、すぐに挫折する人が多くて、空しさを感じてきました・・。

そこで販売を終了して、いったん自分を原点に戻すために無一文にし、
気合いを入れてバージョンアップさせたのですが、最初は反応が鈍く、
不安になってましたが、半年たった今、ようやく成果を確信できました。


最終的に、この『ナンパ覚醒プログラム』をご購読された中で、見事に、
覚醒まで至った方の数値は60%です。といっても、その半分は、ただ
声かけがラクになり習慣にできた、とか、連絡先をたくさん聞けた、など、
基本的なことにすぎません。GETできた、というのは、30%だけですね。

ただ、そのGETというのも、その日にGETできた、という一番簡単な成功
の人が多くて、もちろん、さらに向上するには、自分のスタイルを見つけ、
育てていかないと無理です。ちなみに、その日にGETするのがラクなのは
ショッピングでの衝動買いと、後日考えて買うことを比べれば、わかります。

女性は気まぐれですから、と同時に受容力があるから、速攻の方が簡単。


なお、話を戻しますと、『ナンパ覚醒プログラム』で、結果的にナンパが向上
した人が60%だけという数値は、低いと思うかもしれません。しかしながら、
自己啓発本でも、実際に行動する人は、5%位しかいないと書いてましたし、
私としては、充分、満足しています。これ以上のラインを越えるのは難しい。

もう、しつこい位に作り直しましたし、これが執着しまくった結果の数値です。

基本的に、4分の1の人が確実な成果を出し、4分の1の人が、ほのかな
成果を出すことを目指していました。要するに、過半数さえ超えれば、もう
万々歳で、残りの半分の方は無理だろうと感じていました。でも、それでは
可哀そうですから、少しでも面白い内容にしようと、工夫を重ねたわけです。

それでも、おそらく、その残りの半分の、さらに半分の人、4分の1の方々は、
ご報告もなく、イマイチなものを買ってしまったと、後悔していることでしょうね。

ナンパと一緒で、どんなに頑張っても、全員を満足させるのは不可能です・・。


ナンパだって、どんな相手でも口説けるというのは幻想で、大まかに考えて、
最大限に魅力を開花させても、半数でしょう。まず4分の1に好感をもたれて、
4分の1は、こちらから好意を伝えることで、やっと好感をもたれ、残りの半分、
4分の1は、こちらに無関心で、さらに4分の1には、嫌われるという感じです。

要は、何がいいたいかというと、ナンパでダメだった場合は、相性が悪かった、
それだけのことで、また相性がいい人を探せばいいんです。とても簡単な話!

(これは古くは中国から伝わる、陰陽五行の法則といい、後日、お伝えします)





最後に、お詫びです。本来は、七夕より始める予定だった、『脱出プログラム』
の第二章『破』は、発売延期となりました。必ず発売しますが、音声の編集は、
あまりに時間がかかる作業でして、第三章の『急』とのリンクで手こずってます。

この『ナンパ脱出プログラム』というものは、もはや魔物としかいいようがなくて、
なかなか世間に出ません。相当な難産です。本音をいうと、あまり売りたくない。
『第一章:序』の販売ページを見ても、ほとんど売る気がないのが見え見えです。

なぜかというと、どこか特殊というか、はたして普通の人に満足していただけるか、
確証がない。というよりも、選ばれし人にしか届けたくないんです。人を選びます。

一見、運命の女性、オンリーワンを探してナンパするという、単純な内容ですが、
実は複雑というか、違う意味あいを多数含ませています。ナンパで常識とされる
価値観をひっくり返していく実験でもあり、もっというなら、あなたへの挑戦状です。

どうだ?真意を読み取れるか?まさか、額面通り、受け取っているんじゃないか?
というような挑発的な趣向が裏にはあります。いってみれば、不親切なんですね。

あえて伝えたいことを隠してるため、自分から積極的に読み取る姿勢を求めます。


すでに完成している『ナンパ覚醒プログラム』は、親切極まりない内容で、とにかく、
初心者の方がプロトタイプから、テストタイプへ進み、ナンパで結果を出せるように、
導くものです。やたら解説を長くして、何をすべきか等、わかりやすさを目指しました。

一方、『脱出プログラム』は、全てが逆です。解説もなければ、運命の人を探すとか
言ってるくせに、やたらグズグズしている過程が描かれているし、これは何のために
作られたのだろう?と頭をひねる方もいるでしょう。単純なノウハウものと、違います。

そこで、もう時間もたったし、少しネタバレさせていただきます。まずプログラムでは、
軽い女性を否定して、安っぽいGETなんかしない、と主張していますが、実はやたら、
GETするための台詞が出てきています。明確に成功例として取り上げずに、サラッと
流してますので、自分で気づかないとダメです。自分で発見し、ぜひ使ってください。

これは、さすがに、あの答えなきストーリーでは満足度は低いと思い、GETのための
台詞も、こっそり埋め込もうと考えた結果です。基本的に、この『脱出プログラム』は、
テストタイプの方のもので、試行錯誤中の人の精神状態に合わせて作っています。
ですので、迷っているプロセスを表現したかったし、新たな台詞集にもしたかった。

そして、次の『第二章:破』に進む前の試金石ですから、『第一章:序』の段階にて、
ご購読者の半数を落としたかったのもあります。ある意味、イニシエーションという、
儀式としての『序』です。『脱出プログラム』は、密教の口伝をイメージしています。

そんなわけで、学ぶためのツイスト(ひねり)を加えているために、多重構造です。

なんか、ややこしいなと思うかもしれませんが、それを面白がる人限定ですから、
しょうがない。そもそもナンパ自体に違和感を感じている人なんかが購読すると、
感動するかもしれません。とにかく、新たな視点を提示しまくろうと、工夫しました。


で、さらにネタバレすると、『第二章:破』から『第三章:急』まで、私、フミトバンクは、
イヤっていう程、破壊されまくっていきます。『破』に出てくるギャルなどは、ナンパ
テクニックなんて全く通用しない使徒ですし、その度に、技術を捨てていくわけです。

つまり、これまでのナンパテクニックがむしろ邪魔になり、捨てていく旅ともいえます。

そして最後は、完全にナンパ初心者同然になるんですが、結局は、その状態こそ、
最もイイ女と出会えるという、逆説的なオチに到ります。これこそを、伝えたかった。

いいですか、重要なので、もう1回いいますよ。ナンパど素人の状態になることが、
最もイイ女と仲良くなれるんです。ということはですよ、今これを読んでいる一度も
結果を出してない、あなたこそが、ナンパで最強にイイ女と、出会えるってことです!

それを実際に録音した、数年間のナンパ音声の結論として、逆説的に提示します。

これがどれ程、初心者の皆さんに勇気を与えるか、想像しただけでも楽しいです。





さて、上半期を振り返るつもりが、つい勢いで、今まで頑なに明かしてこなかった、
『脱出プログラム』のオチまで明かしてしまいましたが、もう、いい頃合いでしょう。

要は、『脱出プログラム』のラストは、『覚醒プログラム』の最初につながるという、
円を描いたものにしたかったわけです。そうしてナンパに悩む方を、救いたかった。

『覚醒プログラム』では、ナンパできない状態から、できる状態へと持っていくことで、
そして『脱出プログラム』では、できない状態こそが最強なんだよと、アッと驚く趣向
を使って全肯定し、救いたかったんです。両側から、力を与えるというシステムです。

たぶん、この両輪で救われる人は多いでしょうが、さらに上を目指したいという方にも、
密かに、伝えたいことがあります。それが番外編といってもいい、『第四章:?』です。

これに関しては秘密で、このブログでさえ一言も述べるつもりはありません。実際に、
販売するときも、すべてが『?』のままです。理由は、単純に、その方が面白いから!


しかしまぁ、そんなことよりも、早いとこ『第二章:破』を完成しろ、っていう話ですよね。

最近は、ブログも長々と書いてるうちに悪ノリしてきましたし、もっと真面目にやります。

でも本当はナンパなんて、理屈はいらないし、頭で考えるものでもなく、感じるもので、
こんなブログだとか意味ないんですよ。と、最後は一切を無に帰して、さようーならー!

posted by 家元 at 14:35| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年07月11日

今月のおすすめ映画

先月は忘れてましたが、毎月恒例の、おすすめ映画です。

今月は、ウディ・アレン監督、『それでも恋するバルセロナ』。

これを観て得られる感覚は二つあって、まずは、会ってすぐ、
SEXに誘ってしまうのはアリだな、という気持ちの後押しです。

私も、声かけてすぐホテルに誘うという実験を一時やりましたが、
もちろん、ついてくる人はいる。ゲットタイプにとっては常識です。

でも、この映画の主人公ぐらい、堂々と出来るのはカッコいい!


しかし、それだけでは、ありません。この映画の良さは、もう一つ、
女のパワーの凄まじさも描かれていて、とにかく、ペネロペ・クルス
がエキセントリックで、素晴らしい。(アカデミー助演女優賞をとった)

ナンパを始めたばかりの時ってのは、たくさんGETしまくるぞ、だとか、
可愛い彼女をつくるぞ、などと考えがちですが、実際は、成功しても、
予定通りにはいきません。早々と使徒(女)にとりこまれてしまいます。

最終的に、我々、男(ナンヴァ)は、女(シヴァ)には、絶対かなわない。

恋に落ちた後、仲が深まれば深まる程、精神的にメチャクチャになり、
相手に左右されるんです。それも、間違いなく、あなたの許容範囲を
越えるような事態になる。なぜなら恋愛というのは、死と再生だから。

その苦悩に比べたら、ナンパで口説く、フラれるなんてのは、ままごと
にしかなりません。とまぁ当たり前のことを書きましたが、いい映画です。

ぜひ、この夏は思いっきりはじけて、「クレイジーサマー」にしましょう!

posted by 家元 at 10:09| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

このブログのフラッシュアニメ化?

最近、このブログで述べている「ナンヴァの世界」を、フラッシュアニメで
描こうという企画を進めてましたが、事情あって、頓挫してしまいました。

ハッキリいって、文章で述べていくと長くなりがちで、理屈っぽくなるので、
本当は映像で明確に表現したほうが、わかりやすいし、ラクなんですけど、
またいつか、チャンスがあれば、アニメ化に再挑戦してみたいと思います。

特に、我々がナンパしようとして、声かけれなかったり、せっかく和めても、
ゴチャゴチャ考えて、自らつぶしてしまうという行為を、なぜしてしまうのか、
映像でみると一目瞭然です。『過剰ポテンシャル』の発生と、『マトリックス』
の搾取が原因なんですが、とりあえず今は、文章で、述べていきましょう。

人間は、考え方ひとつで、解放されたりします。ぜひ参考にしてください。





さて、ようやく一区切りついたので、いよいよ、次のセクションに入ります。

これまでは、自分の肉体を「ナンヴァ」という生きた乗り物として扱うことで、
よりナンパが簡単になると伝えてきました。続ける度に、ナンヴァは覚醒し、
野性を取り戻し、活性化してくるので、ぜひ、そのパワーを体感してほしい。

そのためには、多少の勇気と痛みは伴いますが、得るものの方が大きい!


最初、ナンヴァは、敵の攻撃から身を守るために、心理的な装甲をまとい、
ナンパする際のダメージを少なくしています。しかし、自分を守ろうとすると、
同時に、自由も失う。実は、心理的な装甲は、ナンヴァ本来の力を押さえる、
拘束具の役割も持っているのです。もう何重にも拘束具が科せられてます。

この拘束を解いていく過程こそが、「ナンパの成長」と呼ばれますが、結局は、
不自然なものを削ぎ落としていき、ナチュラルな自分を解放するだけのことで、
きわめてシンプルです。ところが、マトリックスが邪魔をするので、複雑になる。

てことで、次回より、マトリックスの世界を説明していきます。ラクになってちょ!

posted by 家元 at 16:31| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年07月22日

出家せよ!メーン!

ナンパすることは、出家することである。

まず単純問題として、家を出なくてはいけない。

そして、心理的には、さらに自分の殻の中から、

つまり、慣れ親しんでいるホームを飛び出して、

アウェィへと、足を踏み入れなくてはいけない。


そのためには、これまでかき集めてきた常識や、

すぐに逃げるクセという荷物を置いていかないと、

その重荷で、たちまち身動き、とれなくなるだろう。


これまでの生半可な過去など、すべて捨て去ろう。

世間からどう思われようが、知ったこっちゃないさ。

こちとら出家してんだ、覚悟が違うんだ。なめんな。


何無派師は、世間の常識を捨てたがゆえに、

異常にフットワークの軽い、出家者なのだ。

posted by 家元 at 08:31| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年07月24日

マトリックスによる搾取

我々は、マトリックス、いわば幻想の中に生きている。

別に、幻想だろうが構わない、と思うかもしれないが、
ナンパするにあたって、非常に効率が悪くなる要因、
それがマトリックスによる搾取なのだから見逃せない。

例えば、仕事を休職してまでナンパに挑戦した勇者がいた。

そして、一ヶ月目はガンガンに声をかけていたのだが、ふと、
駅に貼ってあった迷惑防止法と軽犯罪法の看板が目に入り、
ネットで調べると、ナンパしただけで軽犯罪法で捕まったという
記事をいくつか目にする。そして、声をかけるのが怖くなった・・。

知らない時は、平然と声かけていたのに、それまでのことが、
ウソのようにナンパできなくなってしまう。そして当人としては、
ナンパで捕まるなんて、交通事故の割合より低いとわかってる。

ところが、とらわれてしまって、考えすぎて、動けなくなったのだ。


これがマトリックスによる搾取である。本来、ささやかな小さい事、
少し気をつければ大丈夫な事なのに、過大に重要視してしまって、
身軽さをなくし、身動きとれなくなる。もはやナンパどころじゃない。

この時の人間の状態は、必ずエネルギーが頭に過剰にいっており、
しかも、閉じた状態で、グルグルと循環して、堂々巡りになっている。

この無意味な、何も生み出さないエネルギーを、過剰ポテンシャル
と呼ぶ。他にも、声かけることを過剰に意識してしまい、考えすぎて、
結局、行動できない人なども、過剰ポテンシャル状態に陥っている。

ちょっとイメージしてほしいのだが、人間を透明にして、頭のところに、
濃いエネルギーがグルグル回っているとする。そして、その人間は、
頭にばかりエネルギーがいってるため、全身は、エネルギー不足だ。
全身にバランスよく、エネルギーが行き届いてないため、滞っている。

しかも、頭にエネルギーが集中しているため、身体は頭部だけ重くて、
不安定な状態であり、すぐに動揺してしまう。要するに、人として弱い。


そんな時に、マトリックスは触手を伸ばし、その弱っている人の後頭部、
プラグに触手を差し込む。そして、頭に巡っている過剰ポテンシャルを
いただく。過剰ポテンシャルは、マトリックスにとってのエネルギー源だ。

そしてマトリックスにエネルギーを奪われた人間は、さらに弱体化する。

例えば、緊張してしまいプレッシャーで、いい成績を残せなかったという、
アスリートなどは、マトリックスによってエネルギーを奪われているから、
自分本来の実力を発揮できない。過剰ポテンシャル状態に陥ったのだ。

マトリックスというのは、ただのシステムである。しかし、あなたが、つい、
考えすぎてしまい、閉じた自分の脳の中で、堂々巡りになったが最後、
たちまち察知し、触手を伸ばす。過剰ポテンシャルに、すぐに反応する。

すると、あなたは自分がやりたいことを、スムーズに出来ない。気づくと、
何も行動してなかったり、本音とは反対のことをしたり、逃げていたりする。

あなたは、マトリックスに搾取され、邪魔されている。思い当たるだろうか?





マトリックスは巧妙である。別に、考えすぎたりしてなくとも、ふと気づくと、
まったく声をかけずに、理由をつけて家に帰っていたり、面倒くさくなって、
連絡しなかったりする。その時のあなたは、どこかボーッとしているだろう。

意識が明晰性を失くし、エネルギーが少なくて済む、セーフモードになり、
自分が本来やるべきことをしないまま、安易な逃避に走っていたりする。

そして、後から、ちゃんと、やっとけばよかったと後悔したりする。これも、
マトリックスの仕業だ。どうでもいいことに、あなたの気をそらせることで、
その隙にエネルギーを盗むわけだ。あなたは気づかずに搾取されている。

このマトリックスから自由にならない限り、あなたのナンパの前途は暗い。


何無派師と呼ばれる者は、マトリックスの罠をかわし、活き活きとしている。

魅力的な人は、のびやかで情熱的だ。または物腰が冷静で、やわらかい。

要するに、自分本来のエネルギーを保持している。一方で、緊張しすぎで、
固くなっていたり、真面目すぎたり、卑屈だったり、鈍感だったり、いかにも、
とらわれている状態の人も多い。自分では分からなくても、他人は分かる。

そうはいっても、ナンパを志す者は、必ずこのマトリックスに翻弄されまくる。

では、どうやって、マトリックスの触手から逃れるか、順次みていこうと思う。


(つづく)
posted by 家元 at 13:50| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年07月26日

頭で考えず、腹で生きる!

ちょっとエヴァンゲリオンのことを思い出してほしい。エヴァンゲリオンでは、
エヴァに動力エネルギーをおくるケーブルがあり、これが外れると、動力源
が断たれ、動けなくなる。それでは我々が操作するナンヴァの場合、どうか?

ナンヴァ(自分の肉体のこと)は、基本的に、ケーブルにつながれてはいない。

しかし、思い悩んだり、卑屈になってクヨクヨしたり、またはイライラしたりすると、
とたんにマトリックスのケーブルにつながれる。そして、エネルギーを奪われる。

つまり、エヴァとは逆である。ケーブルにつながっていると、どんどんパワーを
消耗し、自由に行動できないし、弱体化してしまうのだ。マトリックスおそるべし!


そして、このマトリックスの触手(ケーブル)は、ナンヴァの後頭部のプラグへと、
接続されるのだが、我々が前頭葉で、いくら自分を正当化しようとムキになったり、
ゴチャゴチャ屁理屈を考えようとも、まさに、その想いにとらわれている隙をついて、
マトリックスは後頭部、つまりバレないように後ろから、思念エネルギーを奪っていく。

この、とらわれた思念エネルギーを過剰ポテンシャルと呼び、人間の頭に生まれる、
マトリックスの御馳走である。結局、我々が、自分のために使うはずのエネルギーが、
無駄に奪われてしまい、ふと気づくと、自分の中のエネルギーは、残りわずかとなる。

そうして、さらに自信を失くし、自分の無力さを嘆いたりして、また過剰ポテンシャルを
生んでしまい、延々とマトリックスにエネルギーを奪われ続けるループに陥るわけだ。

最終的に、ウツになる危険性もある。そして、それを防ぐためには、頭にエネルギー
を集めすぎないようにするしかない。何かの考えにとらわれてしまうと、頭にばかり、
エネルギーが集まり、必然的に過剰ポテンシャルとなって、マトリックスに狙われる。


我々は、「頭」を狙われるのだ。一方、エヴァンゲリオンにおける、エヴァの動力源と
なるケーブルは、アンビリカルケーブルといって、へその緒(Umbilical cord)から来た
語である。つまり、動力源というものは、「腹」から供給されるもので、頭からではない。

ナンパ中には、考えなくていい。頭には、何もなければ、何もない方がいい。台詞を
決めておきたいなら、何も考えなくても自動的に口から出てくるよう、練習すべきだ。

考えたいのなら、自分の部屋でナンパ前、ナンパ後に、思う存分、考えればよくて、
路上では、ゴチャゴチャ考えて、内向している場合ではない。それは余計なことだ。





健康体とは、不調や痛みがどこにもなく、何もない状態で、それと同様、健康な頭は、
何もない。ゆえに今を感じることができ、当意即妙に反応できる。当然、マトリックスも、
頭に何もエネルギーがないのだから、手出しが出来ない。この状態こそが最強である。

そして、ナンヴァとのシンクロ率が高いということは、この何も考えていない状態をいう。

考えれば考える程、過剰ポテンシャルが生まれ、それに囚われてしまい、シンクロ率は
落ちていくだろう。自分の考えに閉じ込められたり、他人からどう思われるかに縛られ、
すっかり身動きとれなくなってしまう。マトリックスの触手につながれたまま、消耗する。

しかも、感情面でネガティブな反応をするように、マトリックは誘いかけもしてくるのだ。

けっしてマトリックスの挑発にのってはいけない。結局、損するのは自分なのだから!


例えば、ちょっとイヤなことがあって、イラッとする。しかし、ちょっとイヤなことって、
たくさんあるわけだし、イラッとすると、体は緊張し、血流悪くなるし、毒素も流れる。

またトラブルにもなりやすいわけで、自分にとっては、得なんてない。それなのに、
そう、けしかけられてしまうというのは、マトリックスの仕業というわけだ。あなたが、
怒ると、すかさず過剰ポテンシャル状態となり、それをマトリックスがいただくだけ。

ただ人間、怒っちゃいけないというわけではない。「腹が立つ」という言葉で表現される
怒りというのは、正当な理由があって健全だったりする。その怒りのパワーを利用し、
何かに挑戦したり、状況を打開することもできる。パワーを、自分のために使える。


ところが、「腹が立つ」というより、「頭にくる」という言葉で表現される怒りの場合は、
話が違ってくる。両者の違いがわかるだろうか?「頭にくる」は、カーッと血が昇り、
視野が狭くなっているニュアンスだ。つまり、過剰ポテンシャル状態の怒りである。

この時、怒りに身を任せると、ロクなことにならない。頭にきて、とった軽率な行動で、
あなたは直後に後悔し、グッタリするかもしれない。なぜか余裕を失くし、元気もない。

それはそうだ、気がつくと、マトリックスによる、エネルギー搾取が行われたのだから!

そういうわけで、いかにしてエネルギーが「頭に来ない」ようにするかが重要であり、
それに意識的になりさえすれば、ナンパは簡単で、これこそが何無派師たるゆえん。

posted by 家元 at 12:52| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年07月29日

マトリックスに人質をとられるな!

ナンパする際には、何も考えないのが最強で、最も自由に動ける。
(事前の戦略とは別で、あくまで最終的に行動するときの話だが)

何も考えないというのは、確かに難しい。なんせ「無心」とは、自分を
完全にオープンにしている状態であり、自己防衛の意識があったら、
外界を拒絶しているので、当然、オープンにはなれないわけだから。

もちろん何も考えないゼロの状態は、あくまで理想だし、常に、何も
考えないというのは不可能である。少しは考えてもいい。シンクロ率
が少し落ちるだけだ。それよりも、考えすぎて、囚われるのがマズイ。

マトリックスは、あなたを考えさせて、感情を動かそうと、挑発してくる。

挑発にのって、考えすぎてしまうと、過剰ポテンシャルを生み、それを
エサとしているマトリックスが触手を伸ばして、あなたから奪っていく・・。


どうすれば過剰ポテンシャルを生まないか?それを一言でいうならば、
「何事も重要に思わない」「何事にも価値をおかない」に尽きるだろう。

例えば、「ナンパがしてえ~!」と思いすぎて、逆にナンパ出来ない人は、
意外に多い。ナンパに重要度を置きすぎたがゆえに、過剰ポテンシャル
を生んでしまい、皮肉にも、マトリックスの奴隷となってしまっているのだ。

声かけこそが重要!とガチガチになっていたり、女は怖い!と、女性への
幻想が肥大化し、女がいないと不幸だとばかりに、重要性を高めることで、
逆に、行動がチグハグになってしまうなど、マトリックスに邪魔されている。

また、他人に見られるのを極度に嫌がると、そこに重要性を置きすぎると、
ナンパがストレスに満ちた苦しみとなる。過剰ポテンシャルの発生である。

人に見られてもいいやと開き直れば、たいして見られないのに、気にすると、
常に見られているように思い込んでしまう。脳が、そうやって幻想にはまる。





こうしてサラリと見ていくだけで、何かを重要と思ったとたん、我々は、急に
気軽に行動できなくなることが、よくわかる。マトリックスの餌食になるのだ。

何かを重要と思うのは、やめよう。重要と思うと、必ずや、マトリックスに攻撃
される。重要と思うと、それを守ろうとするので、壁を築く。そして、その閉じた
壁の中で、過剰ポテンシャルが育つ。マトリックスは、それを見つけるだけで、
そもそも重要と思わなければ、緊張も生まれないし、マトリックスにもバレない。

例えば、ギャング映画で、正義感の強い刑事が出てくるとしよう。命知らずで、
マフィアに対して容赦ない。賄賂もきかない。ところが、その刑事の妻や子供を
マフィアは狙う。人質にとり、刑事に要求する。そうして初めて、刑事は迷いつつ、
要求をのんだりする。妻と子を重要と思い、守ろうとしたため、唯一の弱点となる。


それと同じことが、我々の乗るナンヴァにも、当てはまる。何かを重要と思うなら、
あなたはマトリックスに弱味を握られたことになり、遅かれ早かれ、攻撃を受ける。

あなたが、自分の年齢を気にしていたら、必ずやオヤジ扱いされて、傷つくだろう。

しかし、年齢なんて気にしていなければ、全然平気だし、そもそもオヤジ扱いなど、
されることも、ほとんどなくなってしまう。重要と思わなければ、攻撃されないのだ。

それならば、あらかじめ攻撃されるかもしれない価値観は、捨て去ったほうがいい。

つまり、何無派師は、何事にも価値をおかないように、自分を調整する達人である。

posted by 家元 at 08:13| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする