2010年09月13日

さようなら、自意識過剰な夏!

少しずつ涼しくなってきました、いよいよナンパの季節です!

なんたって、この夏は、この100年で最も暑かったそうですし、
ちょっと出かけただけで汗でビショビショ、服もすぐに塩をふき、
暑さでグッタリし、ナンパどころの騒ぎじゃなかったことでしょう。

しかし、そんな暑さの中でもナンパに励む方は大勢いたようで、
ナンパ相談のメールも、今までで一番、大量にいただきました。

そんな、皆さんの情熱には心打たれましたが、やはり結果が出る、
出ないはハッキリ分かれてしまいます。その差は、一言でいうと、
『自意識過剰』というやつで、細かいテクニック以前の問題です。


『自意識過剰』だと、想いが重くなりすぎて、気軽に行動もできず、
女性の反応も正確に見れないで、自分の妄想を投影してしまう。

そうして同調もできないので好かれず、さらに自分を守ろうとして、
殻に閉じこもり、様々な言い訳でもって、壁を築き続けるわけです。

ほんと、自意識が過剰になると、ロクなことがありませんわ〜・・・。





このブログは最初から、ずーっと、この『自意識過剰』を扱って、
女をGETするよりも、まずは自分を捨てよ!というLOSTを掲げて、
その後も6年に渡り、表現は違えど、同じことを主張してきました。

基本的には、自信を持とうとするのではなく、自己など消していき、
あっけらかんとした無の状態になろうという、引き算のアプローチ。

そこで、ナンパする者を、『何無派師』と呼び、自己をゼロに戻して、
軽やかに行動し、相手と同調したり、キャラを自在に変えたりする、
要は、自己から自由になる者として、高尚な定義付けをしたのです。

ポイントは、自分を信じる『自信』ではなく、そんな自分も蹴飛ばして、
自意識そのものから自由になる、『自由』こそを、目指そうという話で、
まさに悟りの世界です。あえてナンパに人間の究極を持ちこみました。


たかがナンパごときで大げさと思うかもしれませんが、私は心の底から、
ナンパは世界を救う、と思い込んでいます。それは決してムーブメント
という形では起こりませんが、あくまで個人的な体験をトリガーとする、
精神的爆発に由来します。ナンパは明らかに、人を変容するのです。

ナンパを続けるうちに、自然体に戻り、そこから、今まで想像もしない、
新たな自分が覚醒し、あの名付けがたい不思議な跳躍が起こります。

この覚醒していく過程を、ファーストインパクトからセカンドインパクト、
そして最後のサードインパクトとして表現し、解説していくつもりです。

ここのところ幸せボケで、ブログ更新していませんでしたが、今後は、
短くても頻繁に更新していきたいので、ここで気持ち入れ替えまっす!

posted by fmtbank at 16:32| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年09月14日

自然界の法則には逆らわない

ナンパは、女と融合するだけの単純行為ですが、それを阻害するのが、
いわゆる自意識過剰であり、まず最初に取り組むべき問題となります。

自意識過剰では、本来簡単なナンパも、混迷化して、うまくいきません。

自意識過剰とは、自分が他人から、どういうふうに見られているか?と、
過剰に意識したり、自分が傷つかないように守ろうとムキになることで、
とにかく、自分というものが『過剰』なんです。自我が肥大してるんです。

自然界の掟として、過剰なものは滅ぼされます。例えば、特定の生物が、
やたら増えないように、その天敵がちゃんと食べて減らし、数を一定にして
バランスをとったり、気候に関しても、気圧が上がりすぎたら、その反動で
気圧を下げようとする働きが生まれます。自然界はバランスをとる仕組み。

で、人間が理性を介入させ、自然界のバランスを崩したため、公害だとか、
ある種の生物が絶滅したり、その結果、今度は自分の首をしめているのは、
よくご存じだと思います。人間は、自然に対して、余計なことをしすぎました。


同様に我々は、自分の体や本能に対しても、理性で余計な介入ばかりして、
バランスを崩しています。気がつけば、自然体じゃなくなっているし、本音も、
自分でわからなくなっています。自分で自分を攻撃し、弱体化している状態。

精神自体が、理性にとりつくマトリックスの奴隷となり、ガン化してるのです。
そんな不自然な状態を、自然に、元に戻すのが、ナンパの役目であります。

つまり、ナンパは、今流行の自然回帰、エコロジーに属します。(やったね!)

自然な状態に戻れば、ラクで朗らかになれて、勝手にうまくいくことでしょう。





これまで、数多くの悩み相談を受けてきましたが、実をいうと、人に聞くよりも、
自分で気づいた方が成長が早いと知っています。ある程度、単純な基本型を
覚えたなら、後はご自身で、次から次へと気づくことができ、実力がつきます。

もう、これでもか、これでもかと、答えは現実世界が与えてくれるわけですが、
なぜそれに気づけないかというと、とにかく自意識過剰が原因であり、自分に
意識を集中したら、自分以外のものが見えなくなる、という当たり前のことです。

しかも、自意識過剰では必ず攻撃を受けます。自分を過剰に意識した状態は、
とても不自然であり、自然の法則が、その過剰なエネルギーを減らそうと働き、
凝固した「自分」という感覚を減らそうとしてきます。バランス崩した状態なので、
何とかして自意識を減らそうとする現象を起こし、平常化させようとするのです。


自意識過剰のままナンパしても、「キモイ」と言われたり、思わせぶりのままに、
突然、豹変した女性に裏切られたりします。こういった現象は、まさしく自意識が
過剰になっているのを、減らすために行われる、ありがたい処方箋ともいえます。

自己の意識が過剰すぎているわけだから、少しでも減らすことにより、その人は、
健康に戻り、自由になれるわけです。自分の凝固したエネルギーは散らすべき!

ならば、女性からの冷たい反応こそを、ありがたく頂戴しようではありませんか!

この自然の法則に従うことが、ムリのない自然回帰、エコロジーなんですね〜。


ところが、自意識過剰な状態の人というのは、この自然な流れに逆らってしまい、
自意識を過剰なままで保とうと、懸命に努力する。過剰な状態を維持するなんて、
凄まじいエネルギーが必要なのに、その無駄な努力をしようとしてしまうのです。

ありとあらゆる理由を作って、行動しないようにします。自分のルックスから性格、
ひいては生い立ちやトラウマまで持ち出して、自己を飾りたてて、過剰な状態を、
維持しようとする。「〜だから、声かけれない、誘えない。」だとか、人それぞれの
理由なんて何でもよくて、全部、同じ!たんに自意識を過剰にするための戯言・・。

そんなことしても、何にもなりません。たんに自分だけは特別だと思いたいだけで、
みんな同じようにコンプレックスはあるのですから、どんな悩みだろうが平凡です。

自分だけが弱くて内気で、特別に行動できない、なんて、傲慢にも程がありますよ。


そんなことより、せっかく自意識を減らそうとしてくれる現象が、ナンパをしてれば、
起こるのだから、「傷ついた」だとか、被害妄想に逃げずに、どんどん許しましょう。

自然の流れに逆らっても、絶対に勝てない。せっかく無駄な自意識を奪おうとして、
女性が冷たい反応をしてくれているのに、逃げようとするのは、やっと失った汚物を、
慌てて自分の手を汚して、補充するようなものです。堂々巡りの徒労にすぎません。

負ける戦はやめましょう。「傷ついた」なんて受け止め方は、傷を自分でえぐるだけ・・。

本当は、傷なんて負いません。むしろスッキリできるデトックス、毒出しといえます。

冷たい反応を受けて凹むというのは、自己を減らす治療で、最高に嬉しいことです。

この発想の転換を起こすのが、最初の覚醒であり、ナンパの根本的姿勢だよん!


posted by fmtbank at 11:22| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

エロスとタナトス

GETしたりだとか、うまくいくことだけが、ナンパの喜びではない。

女からの冷たい反応や、思わぬ攻撃、裏切り、ショッキングなこと、
そういった一見、ネガティブでうまくいかないことさえも、快楽である。

そんなバカなと思う者は、ただの鈍感なのか、経験が少ないだけで、
自意識を失うという貴重な体験から、逃げているだけかもしれない。

もっとナンパで危険に飛び込んでいこう。全てを賭けようではないか!

徹底して負ければ、凄まじい快感が訪れる。むしろ負けたほうがいい。


プライドや自意識を減らすこと、根本的に全て失うことは、この世で、
最高の快感であり、その代表としては、「死」が挙げられる。すでに、
気づいているだろうが、必ず訪れる「死」は、絶頂感をもたらすのだ。

よく臨死体験をして戻ってきた者は、夢を見て、多幸感に包まれるが、
あれは死の直前になると、脳内麻薬がハンパなく大量に出るからで、
だからといって、日々が辛いからって、今すぐ死ぬのはもったいない。

肉体的に死んじまったら、その一回で終わり。それよりも生きながら、
繰り返し精神的な死を迎えることで、多幸感を育てていき、何度でも、
深くて素晴らしい体験を積み重ねることができるだろう。生きてこそだ。

生きる中で、共に死を経験し、生と死がとけあい、その中を人は生きる。

そして、これが、『エロスとタナトス』という、ナンパの根本的衝動である。





エロスとは、『生きる情動』である。主に、「あの女、エロい!」といった言葉
に見られるように、性的なエネルギーが喚起される様をあらわす。人間は、
すべてが性的な存在であるし、異性や他者を求める感情や衝動は健全だ。

なので部屋に閉じこもって、他者との交流を避ける者は、エロスに欠けてる。
ネットやAVを使って、脳内でエロスを処理できても、実際の女性を前にして、
欲情しなかったり、または欲情しても、それを表現しない男は、エロくはない。

そして、エロくないということは、エロスという、『生きる情動』が弱いわけで、
女性にも、何の働きかけも出来ず、喜びを与えることが出来ない。なので、
『いい人』ぶる男は、最弱な生き物であり、生きている実感に欠けた存在だ。

では男たるもの、エロスだけあればいいのかというとそうではなく、その逆の、
タナトスという、見落としがちである『死の衝動』こそが、男に力を与えてくれる。


タナトスは、「死へ向かう衝動」、または「破壊的本能」のことで、エロスのもつ、
生きるための方向性とは真逆で、全てを捨て去ろうする、無への回帰である。

アニメのエヴァンゲリオンにも、「タナトス」という名曲があったし、旧劇場版は、
無になりたいという、死への衝動の匂いがプンプンする問題作だった。大勢を
巻き込みブームになったのも、その根底にあったタナトスが原因の一つだろう。

そうなのだ!人は、タナトスという死の衝動に、なぜか惹きつけられる。たんなる
エロスだけでは、肉体は刺激されても、心までわしづかみにされやしない。ここに
我々がナンパするうえで、大いに飛躍するための、ヒントが隠されているのでは?


要するに、タナトスに比重をおいたナンパをすれば、女性の心をつかみ、ひいては、
ただの空しい数的結果の向上ではなく、死んでもいいような、深い満足を得られて、
夢にも思わなかった変容が起こりうる。ナンパの本質はエロスよりもタナトスにある。

ナンパでは興味本位で、やたらエロスばかりがクローズアップされているが、それは、
部外者の浅い興味を満たす、暇つぶしにすぎない。実際に、行動する我々にとっては、
扇情的に思考をのっとるエロスよりも、腹を決めるタナトスの方が、100倍有効である。

「とりあえず、いったれ。」「ダメだろうが、知ったこっちゃない。」「傷ついてナンボだよ。」

そういった腹をくくった男は、とことん強い。タナトスが活性化すると、まるで別人となる。





単純に考えてみても、覚悟している男というのは、メスを惹きつける。極道者もモテるし、
不良は、体を張る者が多いため、モテる。もちろん、勇者というものも、たいていそうだ。

そうした『死への衝動』を受け入れて、発動させている者には、あらがえない魅力がある。
これがタナトスであり、ウジウジ考えてばかりの男、ただエロいだけの男にはないものだ。

そして、なぜ女性が、このタナトスに強烈に惹かれ、そういった男にエロスまで感じるのか
というと、そもそも男の本質がタナトスにあるからだろう。逆に、女の本質はエロスといえる。

男の方が、女よりも圧倒的にタナトスが強い。戦争を起こしてきたのも、ほとんど男だったし、
男の自殺者は、女の3倍である。女は生きる情動、エロスが強いために、したたかに生きる。
失恋しても、きれいさっぱりと忘れて、新しい男と付き合えるのも、圧倒的に女のほうである。

これも、子供を生んで育てるという本能があるため、「死」よりも「生」に意識がいくのだろうか。


また、女は一般的に、損をしたがらないし、恥をかきたがらないし、快適さを好む。だからこそ、
平気で恥をかいたり、冒険したり、全てを賭けたりできる、男のタナトスに惹かれる。自分には
ないものだからこそ、惹かれるのだ。そして、男のタナトスの中に、身を任せたいエロスを見る。

実は、心理学的にも、エロスとタナトスは表裏一体で、エロスの裏側には必ずタナトスがある。

人間は、タナトスの中にエロスを感じ、エロスの中にタナトスを感じる。あなたがナンパの際に、
エロい女を見たとき、うっすら恐怖を感じるのも、エロスの中にタナトスを見ているからなのだ。

ならば話は簡単。ナンパの時は、徹底してタナトスを意識すればいい。(次回、もっと詳しく!)

posted by fmtbank at 23:43| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

ナンパはタナトスでイッちゃおう!

あ〜ん、あん、いいわー、ダメー、いくぅ〜!(ほっぺた桃色)

なんて演技じみたオルガスムではなく、失神するかのような、
激しい本物のオルガスムでは、女の自我が消え去る。だから、
男も消え、周囲も消え、何が何だか、わからなくなってしまう。

これはある種、精神的な死であるため、オルガスムを怖がり、
「イッたことがない」と言う女も多い。その気持ちも、よくわかる。


我を忘れて自分が消えるのは、『死』と同じであり、恐怖を感じ、
自分からイカないようにストップをかけてしまう。実は、これは、
タナトス(死の衝動)を抑圧することで、非常に、もったいない。

タナトスにブレーキをかけず、解放して初めて、イケるのである。

なので男は、女を安心させたり、長時間のタッチで満たしたり、
淫らな言葉攻めで、思考を飛ばして、タナトスへと働きかける。

そうしてSEXというエロスは、最終的にタナトスへと転じるのだ。





生の衝動と死への衝動、エロスとタナトスは、表裏一体である。

我々がナンパするにあたって、この基本は、おさえておくべきだ。

なぜなら、「お!あの女、エロい。」と声かける時、または会話中、
「どうしてもSEXしたい。」なんて思う時、無意識に、相手を怖がる。

拒否られたらどうしよう?だとかの、それ以前に、何かが怖い・・。

ただ単純に、エロスを感じたら即、行動できるゲットタイプなんぞ、
ごく少数であり、ほとんどが、エロスに対して、恐怖を感じてしまう。
自分が安全地帯にいるならまだしも、実際に行動すると怖いのだ。

だってエロスの影には、必ずタナトス、死の衝動が隠れているから。

実は、拒否される怖さだけでなく、うまくいった時に、どうなるのか?
未知の怖さにも満ちている。それに我々は、エロスをあっけらかんと
表現することは悪いことだと、社会に躾けられているため、ぎこちなく、
エロスも抑圧し、同時にタナトスも抑圧し、身動きとれなくなってしまう。


そんなマトリックスに捕まりやすい、ニュータイプにとって、ナンパでは、
最初にエロスを刺激するのはよくない。ネットだとか外部からの情報は、
さんざんエロスを刺激することばかりで、普通ならバランスを崩すだけ。

エロスに気恥かしさを感じて、そこに隠れたタナトスにも、ビビってしまう。

ならば発想の転換で、ひたすらタナトスを求めて、ナンパをすればいい。
無駄なものを捨てるために、ダメになるために、死ぬために、声かける。

死ねば死ぬほど身軽になるという発想で、身を清めていく、一種の行だ。

何かを得ようとする、甘ちょろい発想は完全拒否し、捨て身で会話する。

カッコ悪ければ悪いほど、豊かだと開き直って、精神を空っぽにしていく。


このタナトスを指向したナンパは、ストイックで、味気ないと思うだろうか?

忘れてはいけない。エロスとタナトスは表裏一体である。ふと気がつけば、
エロスが姿を現わしている。いつの間にか、正々堂々と誘えるようになり、
あんなに無理だと思っていた女性も、逆に、いうこときいてくれるようになる。

「あんたなんか要らないよ」の精神で、凛としていれば、一喜一憂もしないし、
結果的に、大逆転が待っている。エロスだけで誘惑しても、心はつかめない。
体だけでなく、心をとらえるには、女の弱いタナトスこそを、男は武器にしよう。

特に初心者は、タナトスから入れば、最短距離でナンパに覚醒できるだろう。

ナンパにおけるファーストインパクトは、まず本能を目覚ませることであるが、
ただエロスを活性化させようとしても、なかなかうまくはいかない。それよりも、
タナトス、死の衝動を活性化しようと意識すれば、エロスも引っ張られていく。

エロスとタナトス、両方を活性化して初めて、男の本能はギンギンに花開く!

posted by fmtbank at 13:52| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

クリーニング!クリーニング!クリーニング!

ナンパは、エロスよりもタナトス。死を意識してやる程、ラクになる。

このことを繰り返し、繰り返し、述べてきた。そして、そう煽るたびに、
「よし!死ぬ気でやります!変わりたい!」と鼻息荒く、意気込む者が
あらわれるのだが、残念ながら、その意気込み自体が、ジャマとなる。

何も考えない自然体に対し、「死ぬつもりでやる!」という興奮状態は、
あきらかに不自然で、過剰なポテンシャルを生みだす。マトリックスは、
そういう無駄なエネルギーをエサにするため、すかさず触手を伸ばす。

結局、わずかに声かけて意気消沈したり、頭で考えていたように行動
できない。あなたはマトリックスにエネルギーを奪われたのだ。今回も、
「死ぬ気でやろうと思う!」というメールをいただいたが、読んでみると、
「今は忙しいので、さ来月から頑張ります。」というオチでズッコケた・・。


このように、思考というのは先延ばししかしない、自己欺瞞そのものだ。

死というのは、「今この瞬間」にある。全ての思考は、過去の記憶の再生、
たんなる現実逃避であり、我々を眠りこけさせる。ナンパに思考は不要!

どんなに一見いいアイデアだろうが、それが外部からきたのなら、結局は、
我々を騙す幻想になる。このブログの文章や、素晴らしいノウハウでさえも、
いいアイデアに思えるものなら、疑ってかかるべきで、99%はジャンクだ・・。

それよりも、我々は、思考そのものを過剰ポテンシャルとして扱い、それを
捨てて捨てて捨て去るべきだ。健康体が、どこも痛みを感じなく、体がないと
あたかも感じるように、脳内も思考がなければないほど、健康的だといえる。

そうして何も無い状態であって初めて、すべての答えが自然に与えられる。

インスピレーションは、思考に囚われてない時だけ、どこかから、降って沸く。

何も考えていない者は、あっけらかんと、柔軟性に富み、すべてを手にする。





何無派師は、思考を消す、つまり、自我をゼロにして、自分に割り当てられた、
肉体である『ナンヴァ』を操縦する。このナンヴァは、あのエヴァンゲリオンで、
パイロットとエヴァとが同調して操るところが、ナンパで自分の肉体を操るのと
まったく同じなので、そう名付けられた。集中しないと、シンクロ率は上がらない。

なので、ナンヴァは『何無場』(何も無い場)と表記される。無心にナンパをする、
その器のことだが、根本的に、完全に無になることは難しい。特に、部屋で一人、
瞑想しているだけならばともかく、女性を前にして、話さなくてはいけないとなると、
心は動揺するし、それ以前に、行動する前から尻ごみし、いろいろと考えてしまう。

モテない男、臆病な男というと、すぐ浮かぶのは、グズグズ考えてばかりで、結局、
行動から逃げている姿を連想するかもしれないが、彼の思考が、過剰ポテンシャル
であり、それを自分で減らしたり、消し去ることは不可能に近い。(自己催眠でも!)


では、過剰な思考を、どうやって捨て去るかというと、これはもう、実際に声をかけ、
恥をかきながら、捨てていくしかない。要するに、自分独りではなく、協力者としての、
女性の力が必要だ。冷たい反応から、いい反応まで、すべて女性が協力してくれる。

あなたの中にある思考にまとわりついた過剰なポテンシャル、それを解消するのが、
女性の役割である。女性に触れ合えば、触れ合うほど、消えていき、軽くなってくる。

それは、自我に凝固した「自意識過剰」だったり、女性を過大に評価する幻想であり、
とにかく何かを重要だと思い込んだ、不自然な状態を解消し、自然体へと戻す作用だ。

そう書くと、一見、いいことづくしにも思えるが、実際は、あなたは揺さぶりをかけられ、
攻撃されているかのように感じてしまう。女に相手にされないことが、甚だ苦しく思え、
自分は本当にダメ男と落胆するかもしれない。それも当然で、過剰なポテンシャルが
主に自我に集中しているため、それを拡散させようという働きが生まれるからである。


これを難しく考えないでほしい。何も考えない、とらわれてない自然体の状態こそが、
通常なのだから、自意識過剰の状態なんて、自我にエネルギーが凝固して不均衡。
その不自然な緊張を、再度、散らして通常に戻すために、自我周辺は攻撃を受ける。

しかし、攻撃ではない。これは掃除、クリーニングである。自分の中の凝固した部分、
女性への過大な幻想も不自然なので、散らして平坦化したい。そこでナンパを続け、
女への幻想も失われていく。裏切られ、落胆するが、それらはすべてクリーニングだ。

あえてここでは、ネガティブなことしか述べていない。実際は、嬉しいこと、楽しいこと、
めいっぱいあるわけだが、傷つくことも、たくさんある。なので傷つくことを避けようとし、
とびきりの絶頂感をもたらす場面から、逃げてしまう人が多いため、それなら、いっそ、
傷つくことを心の掃除、クリーニングとして捉えてみるわけだ。(実際、そうなのだが!)





ハッキリいって、あっけなく成功するナンパほど面白くないものはない。絶対に相手を
してくれる女性だけと交流しても、生きている実感は感じにくい。同じことの繰り返しで、
脳は眠りこけてしまう。それよりも、心のガラクタ、過剰なポテンシャルを奪ってくれる、
冷たい反応の女性が人生には必要だ。放っておくと、ガラクタは溜まる一方なのだから。

だからこそ定期的に、冷たい女性によって、心の中の汚物を掃除してもらう。無視され、
罵倒されることにより、心のゴミは取れて、スッキリと清められる。そんなお清めとして、
ナンパは穢れを払う行為として、デトックスの効果があるわけだ。なので、しばらく休み、
デートばかりしてると、すぐにまた、声がかけれなくなる。心のゴミは、すぐに重く溜まる。

声かけて断られるのが平気な男は、普段から行動も素早くなり、強気に、健康に生きる。

だからこそ、こまめに声をかけて、しっかりと心の中を掃除し、気軽な状態を維持したい。

posted by fmtbank at 12:29| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

思考は自己欺瞞の塊だ!

ナンパは心の掃除、クリーニングである。男というのは、放っておくと、
すぐに観念にとりつかれ、他人と比べて卑屈になったり、敵対したり、
始末におえない。グズグズするのもイライラするのも、時間の無駄だ。

自意識過剰になったり、他人を重要視し、その比較から自分を卑下し、
さんざんエネルギーの無駄遣いをしている。マトリックスは、あなたの
生みだした、その過剰ポテンシャルを捕食して、あなたを弱体化させる。

無駄な観念がなくて、心が健全な男は、精神が空っぽで、マトリックスも、
捕えようがない。文字通り、つかみどころのない男は、世間の風評など、
ものともせず、自分のやりたいことを、おそろしく気軽にやり遂げてしまう。

純粋に、自分のエネルギーが、すべて自分の行動につかわれるからだ。

このマトリックスから自由で、エネルギーに満ちた者が、何無派師である。

彼は、いつも心を無にでき、たとえ観念が生まれても、それを無視できる。





マトリックスが生み出した幻想である「世間」は、これが重要、あれが重要と、
気をそらせて、あなたが本当にやりたいことをやらせないよう、仕掛けてくる。

重要でないことを重要と思わせ、他人の方法を「同じようにやってごらん」と、
あなた本来の道から巧妙にそらせようとしてくる。今のままでは、お前は弱い、
まだ行動しない方がいいと囁き、もっと準備してからやろうと、先延ばしさせる。

そうやって、ありとあらゆる聞こえのいい思考が、あなたを眠らせる。覚醒は、
一瞬で起こるというのに、ほんのわずかな隙間を狙い、そそのかし、遠回りを
させる。気づけば数カ月、いや、何年間、何十年間と、人生が無駄になっている。

(その証拠に、実際、ナンパに覚醒すると、なぜ悩んでいたのか首をかしげる!)


このマトリックスの巧みな誘導に乗ることから、逃れなくてはいけない。とにかく、
気をつけよう。マトリックスは「あなた」のフリをして、「あなた」になりすますのだ!

「あなた」が自分の考えだと思っているものに、すりかえが施されて、騙される。
自分の考えじゃないものを、自分の考えだと思い込み、大きく道を誤ってしまう。

まるでガン細胞が、自分の細胞になりすまし、増殖していくように、マトリックスの
観念へのまとわりつきによるガン化は、どんどん増殖していき、痛みを感じた頃、
すでに末期となり、自分で自分がコントロールできなくなって、精神は腐り果てる。

なので手遅れにならないうちに、精神をこまめに掃除し、クリーニングし続けよう!

そのためには、瞑想だけでは足りない。女性に声をかけ、積極的に傷つくことだ。

そして、その傷つくというのは、幻想が傷つくだけ。本来、不要な観念を攻撃して、
消去するだけの「お清め」であり、心身ともに健全になるためのデトックスである。

posted by fmtbank at 14:32| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

ナンヴァとシヴァ、その一対なるもの

女をゲットすることだけがナンパだと、勘違いしている者は多い。これまで何度も、
書いてきたように、それは表の部分、エロスの面でしかない。裏面では、ナンパは、
とことん自分を空っぽにするためにある。死を覚悟して飛び込み、精神を掃除する。

しかし死を覚悟するというのは、大げさなものではなく、ただ思考を無視して跳ぶこと!

この裏のタナトスの部分をおろそかにして、「いい方法ないかな?」などのたまう者は、
「マトリックスにエネルギーを与えて弱体化したい」と言ってるようなものだ。それより、
外部に何か慰めを求めようとする逃避や、いい言葉でごまかしてしまう先延ばしなど、
堂々巡りの思考からパッと外れて、瞬間的に過去に対して死ぬことが、最も有効だ。


それがマトリックスからの自由であり、エネルギーを最小にとどめるエコなナンパである。

自由になるためには、心の中に、固定した観念が少なければ少ないほどいい。溜まった
過剰な自意識なんぞ、捨てて捨てて捨てまくる。その消去を手伝ってくれるのが女性で、
特に、冷たい反応や、まさかの裏切りをしてくる女性ほど、心の掃除の役に立ってくれる。

ショッキングなことは、古い自己の破壊であり、新しい活き活きとした自己を蘇らせるために、
邪魔になってきた古いものは死ぬべきなのだ。そのために、冷たい女性が手伝ってくれる。





なお、我々が操る肉体を『ナンヴァ』というが、その対となる女性の肉体を『シヴァ』と呼ぶ。

これは肉体の男ヴァージョンという意味での『男ヴァ(ナンヴァ)』に対して、女ヴァージョン
という意味の『雌ヴァ(シヴァ)』であるが、同時に、ヒンドゥー教の神にて破壊を担当する、
恐ろしい『シヴァ神』の意味あいもある。女は『シヴァ』、男の精神に対する破壊者なのだ。

しかし、破壊というのは、新しいものが生まれるためにある。例えば、暴風雨は、破壊的な
風水害をもたらすが、同時に土地に水をもたらして植物を育てるという二面性があるように、
災いと恩恵を共にもたらすものが破壊の神であり、まさしく、女性の『シヴァ』たるゆえんだ。

ゆえに、実際にヒンドゥー教では、他の二者、創造の神の『ブラフマー』、物事を継続させる、
維持神『ヴィシュヌ』よりも、破壊の神『シヴァ』が圧倒的に人気で、民衆に崇められてきた。


ちなみに『シヴァ』神は男とされているが、女装したり、しょっちゅうSEXしている荒々しい神で、
我々が街で見かける可愛い子ちゃんも、実は中身は男のようなものだ。すさまじく気が強い。
弱いフリをしてるだけ!特に、女と深い関係になってボロボロになった男は、よくわかると思う。

実は、男の方が圧倒的に弱い。男の中身こそが、フラれた女をあきらめきれずにイジイジし、
まさに女の腐ったようなもの。それはナンパしようとすると、目に余る卑屈さ、不自由さとして、
湧き出るが、それもしょうがない。男の中には、女がいる。その逆に、女の中には、男がいる。

女の怖さ、したたかさ、ネコのかぶりようときたら、元気なおばさん達と、しょぼくれたオヤジを
見ればわかると思うが、あなたが勝手に幻想を抱いている、おとなしそうな、あの娘も同じだ。

だからこそ、ナンパする時も、可愛い反応なんぞ期待せず、むしろ破壊されるためにいけば、
覚悟が強いので、かえって傷を負わない。ただ心の掃除、クリーニングするために声かける。

けっして、女をナメてはいけない。女は『シヴァ』であり、必ず破壊してくる。冷たい反応なんて、
些細なことでしかないが、油断した時に、もっと大きく破壊してくる。だったら油断しないように、
気を張って警戒しながら交際すればいいかというと、それは無理だ。相手の魅力にやられるし、
こちらが警戒していると、相手も警戒してしまう。それなら、いっそ破壊されようと、開き直ろう!


繰り返し述べるが、とにかく何無派師は、心の中に、無駄で過剰な観念をもたないようにする。

自意識過剰や、変なこだわりなど、余計なものがあると、いつの間にか、堂々巡りが始まって、
それを重要だと思い、守ろうとするため、すぐに弱点となり、マトリックスにパワーを奪われる。

やはり自分のエネルギーは、自分で使いたい。その方が気持いいし、物事もスムーズにいく。

それゆえナンパする者が操る、自分の肉体はナンヴァ、『何無場』(何も無い場)と表記され、
無の境地を指向するわけだが、それを手伝い、触媒となる女の肉体シヴァも、『死場』といい、
あなたに(死をもたらす場)という意味もある。男は、女によって死に、そして生まれ変わる・・。





以上が、タナトスから、女の特性である『シヴァ』までの説明だ。少々ゲンナリするような、
シビアな説明が延々と続いたが、最初に、ここまで覚悟しておけば、そんなに怖くはない。

『シヴァ』という悪魔は、こちらの態度いかんで、あっけなく心優しき天使となるのだから!

陰あれば陽あり。陰なる覚悟を先にすませし者よ、

そなたのナンパには、明るい未来が待っている。

陽!陽!陽!メ〜ン!(ワッツ・アップ?)

posted by fmtbank at 15:31| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年09月23日

使徒、来襲!

女は、ターゲット=標的や獲物ではなく、「使徒」である。

アニメ「エヴァンゲリオン」の使徒の場合、闘って倒すが、
むしろ本来は遣わされてきた者の意味で、闘うのではなく、
とりあえず受け止めなくてはいけない、受容すべき存在だ。

よく可愛い子というのは、帰宅途中や、ちょっとした買い物、
などといった、日常生活のなにげない時に、急に現われる。

不意をついて出現する、あなたの前に使わされてきた「使徒」、
その正体も目的も謎に包まれている。まず声かけてみないと、
わからない。また可愛い子だけでなく、あなたの前に現われる、
気になる女性は、全員が使徒といってもいい。何か意味がある。


たとえば、地蔵の状態を溶かしてくれるために、使わされた。

はたまた、初めての成功をもたらすために、使わされてきた。

たとえキツイ拒否する女でも、座禅中に和尚が警棒で「喝!」
と叩くように、雑念を消すために、身をひきしめるために来た。

だから声をかけることで、あなたが損をすることは絶対にない。

使徒と遭遇したとき、逃げずに受容すれば、必ず何かを得る!





ただし正確には、目の前に現われる女すべてが使徒ではない。

使徒は、必ず何かのメッセージを携えていて、あなたに変化を
もたらす。その使徒と出会ったことで、急に、コツをつかんだり、
会話が失敗したとしても、何らかのヒントを得れたのなら使徒だ。

逆にいえば、声をかけて無視されたり、会話しても印象に残らず、
はたまたデートまでしたというのに、どうでもよく感じたとしたなら、
その女は使徒とはいえない。使徒とはメッセンジャーなのだから!

なので、使徒かと思いきや、声かけてみると、何てことなく違ったり、
油断して話してるうちに突然、魅力を感じてしまい、途中で使徒化
する場合もある。だから基本は、まずは使徒として見たほうがいい。


いつなんどき、あなたの前に、使徒が送られてくるかはわからない。

なんせ使徒の中でも、ボスキャラ級になると、あなたに影響を与えて、
人生まで変えてしまう。ある使徒との出会いにより、仕事を変えたり、
食生活がまともになったり、性欲が急増したり、ナンパをやめたりだとか、
激しい変化をもたらす。一言でいうと、あなたを成長させ、覚醒させる。

そんな精神的爆発(インパクト)を起こす使徒など、滅多にいないが、
小規模の使徒なら、たくさんいる。あなたは常に、出会っているのだ。


そもそも自分からアクションを起こして、努力しなくてはいけないなどと、
気張る必要もない。普通に生活し、休みにでも、『シヴァ』(女の肉体)が
集まる場所に足を運べば、勝手に、あなたの前に、使徒は送られてくる。

ナンヴァは考えなくても、すぐに反応する。無意識的に見つけてしまう。

いちいち物色する必要もない。文字通り、自動的に現われるのだから、
その時、受容するかどうかの軽い選択にすぎないのだ。ところが、大抵、
過剰に考えてしまうため、マトリックスに繋がって、力が出てこなくなる。


しかし、マトリックスに繋がり幻想で生きていても、そのこと自体を壊し、
現実に覚醒させるために、さらに使徒が送られてくるので、大丈夫だ。

あなたが、マトリックスに汚染された思考の隙をついて、使徒に接近し、
少し会話をするだけで、向こうから救ってくれるケースは、非常に多い。

あなたを救うために、目を覚まさせて、元気づけるための恩恵として、
使徒は次から次へと送られてくる。それを拒否するのも、自分次第だ。

いいかげん見ないフリはやめて、思い切って近づき、声かけてみよう!





そうして、使徒と遭遇しても、ちゃんと受容し、融合を重ねていくうちに、
あなたは変化し、成長していく。プロトタイプ(零号機)からテストタイプ
(初号機)、そしてゲットタイプ(弐号機)へと到る、進化の過程である。

中には、究極のナンパ師、マークシックス(六号機)へと到る者もいる。

では次回は、この謎に包まれた『マークシックス』の正体を明かしたい。

posted by fmtbank at 15:55| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年09月25日

(マークシックス関連情報の機密化)

<お詫び>

究極のナンパ師、『マークシックス』に関する記事を削除しました。

というのも、マークシックスのもつナンパ能力について書いたところ、
「そんなの不可能」「信じられない」という、ご意見をいただきました。

やはり、ほとんどの一般の方には理解不能で、不信感が生まれます。
ブログで発表していってもマイナスだと判断し、以後、マークシックス
関連の情報は公にしないで、一部の選抜者のみにお伝えいたします。

いわば少数の密教グループのように、マークシックス候補生だけに、
上級者編として、口伝していきたい。初心者、中級者の方にとっては、
不要の情報です。先走ってしまい、申し訳ありませんでした!(敬具)

posted by fmtbank at 13:30| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年09月27日

マークシックスは不要だ!

マークシックスについて、結構、ご質問いただいたので、
補足の返答です。まずお詫びしたいのが、つい私自身、
先走ってしまい、時期尚早なのに、取り上げたことです。

まだブログでは、運命の一人を求めてナンパするという、
セカンドインパクトの時代を終わらせていないというのに、
いきなりフライングで、その先の内容を書いてしまいました。

というのも、地味なマトリックスの説明を延々してきて、一番、
興味があり、燃えていた事柄を、我慢できなくなったのです。
(理屈っぽい基礎概念の説明ばかりで、ストレスたまってた)

しかし、これじゃネタバレになるし、一般に受けいれられない、
オカルトの部類に入る内容なので、遠慮することにしました。


それでは、今後どうするかというと、まずは『脱出プログラム
の第二章『破』を開始します。続けて『Q』⇒『?』と完成させて、
最後に、究極型の『マークシックス』を特集したいと思います。

その時は、最初で最後のセミナーをやるのか、通信でやるか、
まだ未定ですが、理想の夢物語としては、実際にナンパ寺院
を建立して、朝から晩までナンパの訓練にいそしむラストです。

私も含む、少数精鋭が出家して無一文になり、朝から晩まで、
永平寺の禅師のように、ナンパ関連のことだけに命を賭ける。

簡単な普通のナンパを超越し、究極的な型へと達するために、
日々の勤行だけでなく、危険に満ちた荒行もやります。これは、
何無派によって悟りにまで至る、密教グループともいえましょう。


そんなイメージは心躍るものがありますが、集団が苦手ですし、
結局のところは、個々人が、全国各地に「忍の者」として潜伏し、
各自の研究成果などを、極秘で交換しあうのがベストでしょうか。

ただし、『マークシックス』関連の情報なんて、普通の男性には、
まったく不要です。普通の男性が数百人もGETするのが不要と
同様に、コミュニケーション能力を極限まで高めようと挑むのも、
不要です。だってナンパは、普通に自然体で充分なんですから!

何であろうと、過剰な領域に興味を抱くのは、変人にすぎません!





まぁ、そんなわけで、このブログでは、普通の人が混乱しないよう、
ナンパをシンプルにとらえ、元気になるような内容にとどめます。

思わせぶりな所で、急にやめてしまい、申し訳ありませんでした。

今後も、テクニックより、原初の衝動を大事にし、励んでください!

(といいつつ、暗号のように忍ばせていくので、ちょっとヨロシク。)

posted by fmtbank at 13:36| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年09月28日

カッコ悪いまま突っ走れ!

ここでちょっとブレイクタイム。秋のおすすめ映画です。

今回は、原作を超えた傑作、『ボーイズ・オン・ザ・ラン』!

29歳のダメ男が、生まれて初めて両想いになるんですが、
過剰な性欲と自意識ゆえに、やることなすこと裏目、裏目に
なっていくストーリー。その空回りぶりが清々しさを残します。


当ブログでも、何かを過度に重要に思うと、心が閉じてしまい、
盲目の状態のまま、過剰ポテンシャルを生み、マトリックスの
支配化におかれ、エネルギーをふんだくられると述べました。

まさに、この映画の主人公も、普通にやれば、うまくいくことを、
さんざん面倒くさい方向を選んで、話をややこしくしていきます。
(そもそも最初に、1対1のデートをビビって避けたのが間違い)

とにかく、それだけはやっちゃダメだって事ばかりを、主人公は、
突き進んでいくので、観ていているこっち側まで、パニックです。

ただ笑えるだけでなく、他人事に思えなくなり、腹まで立ってくる。





しかし、完全にマトリックスに意識を奪われている状態ながらも、
その過剰な行動力はピュアで、破滅に向かう姿は、実に感動的!

こうして運命に翻弄されることこそが青春だぜ!マークシックス
とかいって、軽やかに自由になるのもいいけど、ひたすら泥臭く、
汗と鼻水全開で、カッコ悪いまま駆け抜けるのもいいと思えます。

そういう点で、この映画は、マンガの『宮本から君へ』に似ていて、
好き嫌いがハッキリ分かれると思いますが、一途な恋をしたい方、
あと『タクシードライバー』を観たことある方は、絶対観るべきです。


特に、うまくいきかけたのに、自分のミスで恋を潰したことのある方は、
心痛いほどに、もっていかれることでしょう。久々に素晴らしい邦画!

『悪人』とかいう駄作とは、比べ物にならない程の、いい出来でした。

なお主題歌のPVも、リアルな秋葉系の男たちが大勢出演しており、
感動的です。まさに「さぁ男たちよ、突っ走れ!」と、強く思いました。

ほんと、カッコ悪くて、何が悪い?そのまま突っ走ればいいんじゃい!




posted by fmtbank at 11:52| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする