2010年10月04日

ナンパ脱出プログラム『第二章:破』の告知

前回、ご紹介した映画:『ボーイズ・オン・ザ・ラン』では、一人の女に執着して、
ひたすら過剰なエネルギーで、突っ走っていましたが、これは、まさにナンパと
正反対です。ナンパでは、同時に複数の女を追ったり、たとえダメでも次にいく。

一期一会の精神で相手をおもてなし、出会いが次々と流れていく。キープしても、
1人1人を、そんなに重く考えず、常に新しい出会いに対して、オープンにしておく。

必然的に、関係がダメになったら、けっこう簡単にあきらめ、切り捨てたりもします。

しかし、いつの間にか、流れ作業のようになり、その軽いスタンスに空しさを感じて、
喜びが少なくなる人もいます。それが『ニュータイプ』です。普通の遊び人になれず、
感受性の鋭敏さから、もっと濃いつながりを求める、ロマンチストといってもいいです。





男には、たくさんの女を、とっかえひっかえ遊びたいという思いと共に、一人の女だけ、
「運命の人」と呼びたくなるようなオンリーワンを追っかけたい、全てを賭けたい、そんな
思春期の少年のような激しい情熱もあります。純粋に、深いつながりに憧れるのです。

その証拠に映画やマンガでは、好きな女一人を追い求める話ばかり、作られています。

ナンパ脱出プログラムの『第二章:破』も、そんな一人の女に固執する、狂気の激情が、
テーマになります。数多くと女遊びするイメージのナンパに、一人の女だけを追い求め、
それでもナンパを続けることで逆転にもっていこうとする男の、意地のドキュメントです。

圧倒的に形勢不利な中、どうやってモチベーションを維持し、突っ走っていくのか、やはり、
ノウハウを紹介していく形にはなりますが、お伝えしたいのは、ノウハウを超越した領域で、
なりふりかまってられないという開き直りと、精神が打ち砕かれて反転する、逆ナンパです。


私は、この実録音声プログラムを、結局は、ナンパで彼女をつくれなかった方や、今現在、
どうしても、あきらめきれない相手がいる方、失恋したけどやり直したい方など、女遊びより、
オンリーワンを求めて執着したり、自爆した人に捧げたいと思います。いわば敗者復活です。

対象者は、『ナンパ覚醒プログラム』を購読され、脱出プログラムの『第一章:序』が済んでも、
彼女が出来なかった方、または心の底から好きになった相手とは、うまくいかなかった方で、
最後に全てを賭けてみようという人だけです。私からの、最終手段としての助け舟となります。

詳細は、おって連絡いたします。まずは簡単な告知でした。それでは、また!

(ご注意:現在は、『第一章:序』と『第二章:破』は統合されています。)

posted by 家元 at 16:47| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

『新世紀ナンヴァゲリオン』年内完結!

ナンパ脱出プログラム『第二章:破』は、12月に販売開始となります。

本来は、この10月よりスタート予定だったため、ひたすら準備を整え、
作業していましたが、間に合いませんでした。よって、毎年恒例となる、
年末発売に移行いたします。楽しみにされていた方、申し訳ありません。

また出来ることなら、『第三章:急』も続けて発表し、2010年度をもって、
ナンパ音声メルマガは完結としたかったのですが、『マークシックス』を
主体とするスピンオフのシリーズもやりたくなり、やめれなくなりました。

やめようとすると、新たな扉が開いてしまい、結局、続けるはめになるので、
これも運命として、続けられる限り、続けるつもりです。よろしくお願いします。

なおナンパのノウハウとしての解説は、もうじき卒業し、次の段階に入りたい。


まずは年内までに、『ナンヴァゲリオン』の基礎を終わらせ、来年からは自分
が一番やりたかったサードステージのことを扱う予定です。できることならば、
現在、女に欲求不満な方は、年内のうちに、ナンパで彼女を見つけてください。

ある程度は、性的に満たされ、恋愛のトキメキを感じれないと、ナンパの中で、
斬新で面白いことができません。話が通じなくなってしまうので、それは悲しい。
(ただGETしまくったり、運命の一人を求める純愛ナンパを超越した話をしたい)

なので、最も簡単な正攻法でナンパして結果を出してもらい、余裕が出てから、
あらためて、いろいろ伝えていきます。もし年内に王道で成功しなかった方には、
ナンパ脱出プログラム『第二章:破』をお送りして、頭おかしくなってもらいます。

そうして全てを失い、全てを手に入れた後に、今度はネクストレベルのナンパを、
共に研究していきましょう。それが出来るのは、人マネの段階を卒業し、真の自分
が確立された、自由な何無派師だけなのです。次なる覚醒者をお待ちしています!

posted by 家元 at 23:43| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

一生に一度はナンパ修行

現在、この日本に何が必要か?その答えは、当然いわなくても分かるだろう。

日本の男性が弱くなったと言われて久しいが、その軟弱な精神を鍛えるため、
徴兵制を復活せよ、なんて意見もある。しかし、軍隊の訓練など、ただ号令に
反応するだけの、鈍感な機械人間を作り出す非道なトレーニングにすぎない。
(ナンパ教材を買ってくださる方が多い、自衛隊の方には申し訳ないけれども)

銃を撃つ時、兵器のボタンを押す時、いちいち考えていたら、良心が痛んだり、
とてもじゃないけど戦えなくなるので、自分の頭で考えないように洗脳していく。

そんな人を殺すための道具になる訓練より、一時的に出家する方がいいと思う。

出家するというのは、一時的にでも俗世間から離れ、自分自身を取り戻すことだ。


我々は、あふれる情報に飲みこまれ、自分自身を失っている。気をそらすための、
娯楽はいくらでもあるし、思考は始終乗っ取られて、自分が本当にやりたいことや、
大切なことから逃避し続けてしまう。気づいた時には、すでに惰性で生きる中年だ。

そんな悲劇を避けるためにも、皮相的な情報をシャットアウトし、汚れた脳を清める。

そのために、一番てっとり早いのは、人生のごく短期間でも出家し、禁欲的で単調な
生活をして、自分自身と向き合う。最初こそ大変だが、すぐ本来の自信が満ちてくる。


この精神修行は、仏教に親しんだ日本人に合っているが、実践するのはごく少数だ。

もっと仏教が盛んなアジアの国、タイなどでは、男に生まれると、一生のうちで一度は、
出家する。その期間は、数週間から数年とさまざまだが、仏の道に入ることが、一番の
親孝行になるという。日本とは違って、タイの社会では、僧侶の位が一番高いのである。

僧侶なんて、読経したり瞑想するだけで、後は、他人から托鉢や寄進などの施しを受けて
生活しているだけのお気楽な身分だが、食事も制限されるし、若いうちは掃除ばかりして、
単調な日々である。なによりも女性の体に触れてはいけない、という戒律は非常に大変だ。





そこでナンパが出てくる。仏の道では、女性に触れると心が乱れて、集中力を欠いてしまい、
修行の妨げとなるため、できるだけ女を避けるが、逆に、その女そのものに、頭から突入し、
女の中で修行することにより、心が乱れなくなり、女によって自分の才能も引き出してもらう。

そんな仏道とは対称的な修行が、何無派(ナンパ)修行である。たかがナンパを仏の修行と
一緒にしてほしくないと思うかもしれないが、正味な話、そんなに違いはない。例えば禅寺の
雲水がやっている掃除に座禅なんてのは、ナンパの声かけによる、心のクリーニングであり、
ひたすら独りで自己を見つめるよりも、他者との関係性から、自己を知ることの方が有効だ。


周囲がナンパなんかしていない環境の中、同調心理を破って声をかける、その自立した精神、
そして、女が欲しいという、ごまかしのない、まっすぐな自分の本能を見つめ、拒否される恐怖、
相手への依存や、その苦しみから解放されるために、自他を見つめる注意力は、純粋である。

性欲は我々の基盤であり、それを肯定し、振り回されつつ観察することで超越していくわけで、
たんにエロ情報が煽るような、安っぽいものでは決してない。ストイック極まりない修行なのだ。

ひたすら女を求めるという俗な行為も、注意力を注いでやるのならば、聖なる行為へと変わる。


ただし、この修行は、半端な気持ちでは挫折する。ノウハウも必要だが、ただの方便にすぎず、
結局は、自分の精神が、ある領域を突破するかどうかにかかっている。自分で掴むしかない。

かといって、派手な覚醒は稀であり、基本は飽きてしまう程の、地道な作業の繰り返しである。
これは座禅と似ていて、ナンパは、ある種の歩行禅、路上禅といってもいいだろう。片手間で
やるくらいなら、やめたほうがいい。他人と比べて不安定になったり、自己嫌悪が募るだけだ。

どうせナンパするなら、仏門に入るかの如く、まずは出家する気持ちで取り組んでもらいたい。
それ位の覚悟を持って挑めば楽勝だ。女に象徴される「世間」なんぞは覚悟なんてないので、
揺るがぬ決心の前に「参った!」するしかなくなる。ほとんどが烏合の衆で、無意識の奴隷だ。


何無派修行に入るというのは、無意識の達人になることを意味する。少しナンパをしてみれば、
あなたは、すぐに無意識に振り回されることがわかるだろう。自分自身を自由に動かせないし、
本当はやりたいのに逃避する自分にウンザリし、普段は隠れている卑屈などの感情にも驚く。

あなたの心に隠れていた負の感情は、次々と暴露されていき、それが結果、浄化につながる。
精神は、徹底してクリーニングされる。と同時に、女性の精神の動きにも、敏感になってくるし、
無駄な幻想が捨て去られていき、視界が広がって、これまでは隠れていたものが見えてくる。

落ち着いてくるし、現れる女性のタイプも、精神の変化に合わせて、面白いように富んでくる。





確かに、仏門をくぐる修行もいいと思う。しかし、瞑想中に女のことばかり考えて、老いてから、
もっと女と交わればよかったと後悔するなら、それは空しすぎる。周囲からバカにされようと、
徹底して女にいってみる期間が、たとえ一時期でも人生にあれば、結果は全然変わるだろう。

日本の男は、タイの男が一時期だけ俗世間から離れ、出家するように、短期間でも、ナンパ
に突入すべきだ。オタクも結構、仕事一筋も結構だが、「女なんて、たいしたことない」という、
平然とした達観を持ってこそ、もっと開けた心で、仕事や趣味にも打ち込めるのではないのか。

何無派修行をする者で、長いこと中毒のようにハマっている者もいるが、それは目立つだけで、
ごく一部である。ほとんどの者は、一時的にナンパに熱中したかと思いきや、ある時期がくると
熱が冷め、ナンパを後にする。多少再開したいと思いながらも、フェードアウトするのが常だ。


それで充分だし、我々が生きているセカイは、女以外にも、面白いことは他にもある。単純に、
好きなことだけを追求すれば、毎日楽しくなる。女の優先順位が一番に来る時期は続かない。

注意すべき点は一つだけだ。現在、孤独だとか、不完全燃燃で、そういった不満感の理由が、
女関係にあると感じる時、それこそがナンパワールドへの招待状であり、もっと女遊びしたい、
もっと素晴らしい女に出会いたい、その美しき本能の叫びに気づいたなら、さぁナンパの時だ!

本当は、あなたの持つパワーの注ぎ所は、最終的には、違うところにあるのかもしれないが、
今、女への衝動があるのならば、それは徹底していく以外に選択肢はない。そこをクリアして、
次にいける。たとえ時間の無駄だとわかっても、やりきった結果、わかるのならば後悔はない。


はたして、ナンパの先には何が待っているのか?それは女に囲まれた快楽の日々なのか?

逆に、日々深まりゆく孤独感なのか?女への失望なのか?それとも、陰陽を超えた神秘か?

その答えを、あなたは最初、外側に探していくことになるが、最終的には自分の中に見つける。

答えは、自分の中にしかない。そして、その時、セカイは、あなたの眼前でケタケタ笑うだろう。

posted by 家元 at 23:18| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年10月27日

囚われし者よ、出家せよ!

結局のところ、ナンパは、現代日本における『行(ぎょう)』であった。

『行』というのは、とにかく行くことで、行けばわかるさ、の精神であり、
日本古来からの『道』という世界観に基づいている、深い修行形態だ。

その中でも禅宗の雲水や、修験道の山伏などは、『悟り』を目指すが、
同じように、我々、何無派(ナンパ)修行者も、悟りを目指すことになる。

ただ、悟りといっても、そう難しいものではない。悟りの意味というのは、
『差をとる』ことであって、自分と他者との差が消えることであり、つまり、
自我が消えて『無』の状態に入り、強烈な快感とともに覚醒することだ。

そして、その過程は、「シンクロ率を上げる」という言葉でも表現される。





まず、あなたは、自分の肉体である『ナンヴァ』とのシンクロ率を上げて、
自分の思った通りに、動かせなければならない。好きな時に声をかけ、
男にからまれたりなどの危険を回避し、罵声などの攻撃に受身をとる。

リラックスすることにより、『ナンヴァ』とのシンクロ率は上がるわけだが、
そう話は単純ではない。何よりもメインとなるのは、『ナンヴァ』の浄化だ。

あなたの中には、不要な常識やコンプレックスが溜まっていて、そこに、
マトリックスの触手がまとわりつき、エネルギーを奪う。散々うろついて、
ほとんど声がかけれなかったり、時間とパワーの無駄遣いをさせようと、
あなたを弱気にしたり、先延ばしさせて無意識化し、奴隷にしているのだ。

このマトリックスの隷属状態から脱するには、とにかく声をかけていくこと、
前に行くことしかない。まさに、『行(ぎょう)』というもので、繰り返すうちに、
あなたの精神はスッキリしていく。ナンヴァが健全化し、背筋が伸びていく。

禅寺における雲水(小僧のこと)の修行も、掃除から始まる。長い廊下を、
雑巾がけすることにより、四つん這いで体のゆがみをなおす。ナンパでは、
この掃除が、最初の声かけにあたるわけで、まさに心身のクリーニングだ。


そうして声をかけまくることによって、ナンヴァとのシンクロ率を上げた後には、
今度は女性である『使徒』とのシンクロ率を上げていく。これは、まず自分自身、
調和していないと、なかなか難しい。その不調和自体が、相手とシンクロして、
不快を与えてしまう。また逆に、相手の不機嫌さに、こちらもシンクロしがちだ。

とにかく最初は、相手から影響を受けやすいので、ポジティブな状態の相手を
選んで、会話をしてみよう。とたんに、自分も上機嫌になれる。そうしてパワー
をもらいながら、今度はネガティブな相手にも動じない自分を作っていくことで、
こちらの精神状態を、相手に影響させることが出来るようになる。そのために、
あえてムリそうなお願いをしたり、失礼なことを言って怒らせて、慣らしていこう。

人間がやる気を失うのは簡単だ。ネガティブな意見や態度をとり続ければいい。


そんな安易なネガ反応に左右されないよう訓練するのが、ナンパ修行であり、
心を空にしてやりすごし、自らシンクロ率を上げたり下げたりしながら、最後は、
究極のポジティブ状態でもって、相手を飲みこんでしまう。そこに醍醐味がある。

ナンパ修行者の精神は、性善説に基づいている。スッポかされたり、音信不通
になったりと、女性への不信感をつのらせやすい中でも、いかに期待を捨てて、
相手を信頼するかに全てが、かかっている。相手に求めるのではなく、与える
といったようなキレイ事も打ち砕かれ、全てを受容する状態へと追い込まれる。

シンクロ率を最高潮までもっていくには、嬉しい事だけでなく、ショッキングな事も、
限度を打ち破るために必要となり、果てしなく深い闇も、味あわなければならない。

しかし、精神の底から帰還する度に、あなたのシンクロ率の上限は上がっていく。





こうして、あなたは、このセカイの原理である、陰と陽のバランスを知ることとなり、
最終的に、セカイとのシンクロ率を上げる段階に到る。最後は、セカイ自体が相手!

あなたはセカイそのものとなり、セカイを動かすことになる。もう自分の意思が消え、
神の仕業といいたくなる偶然が立て続けに起きて、謎だったパズルのピースが揃う。

まさに、ちょうどその時、天空から、究極型の『マークシックス』が舞い降りるだろう。

ナンパの先には、何が待っているのか?それは出家者以外には知らされていない。

ただ興味本位だけの囚われし者が、知る余地はなく、出家者のための密教である。


しかし出家者とは、文字通り、家を出る者であり、これは別に、どこか別な場所へと、
住み込むわけではなく、単純にナンパするからには、家を出なくてはならないという、
しごく当然のことである。ただし、宗教で出家する際には、財産や俗世間の常識など、
すべて捨てていくように、あなたも、つまらない常識なんぞは、すべて家に置いてゆく。

また出家は、自分の居心地のいい精神的な『ホーム』から、『アウェイ』へと飛び出す
という意味も含まれる。声かけにしても、相手とのシンクロにしても、今の自分なんぞ、
大事にしていたら、何もうまくいきやしない。常に過去を捨て、アウェイへと飛び込む。

弱気になりそうな瞬間こそ、身を翻し、アウェイ、アウェイ、へと全身を投げ出していく。

この時、マトリックスに捕われて、すべてを無駄にするかどうかは、一瞬の勝負である。

これらは、地味な作業となっていく。しかし性懲りもなく、アウェイへと前進するうちに、
あなたは、自分の周りがガラッと変わっていることに気づき、こうつぶやくことだろう。


ハァ~、思えば、遠くへ来たもんだ・・・。

ファ~、アウェイ・・・。


(覚醒は、常に不意をつく)

posted by 家元 at 16:16| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2010年10月31日

およそ6000万種類のナンパ

最近、ただの遊び人じゃない、ニュータイプのナンパ修行者が増加していると、
実感しています。いただくメールの内容も、数年前とだいぶ変わってきました。

以前から、内気な人、引きこもり系の人をホームからアウェイに引きずり出し、
ナンパの喜びを体験してもらおうとしていましたが、最近は、自主性が強くて、
ただ女が欲しいだけでなく、それ以上の面白いことをしたいという人が増えた。

例えば、軽いフットワークで全国を巡って、ナンパしたいという人が結構います。

これなんか経済的にも時間的にも費用対効果が低いのに、やろうとするなんて、
性欲だけじゃなく、ドラマやストーリーを求めているわけです。また最近、増えて
きたのが、ナンパで通常の人間を越えてやろうという、「超越系」の人達ですね。
(スピリチャル系の中でも、超能力だとか、悟りまで突き抜けようとするタイプ)


これは、究極型のナンパプロジェクト、『マークシックス』を出してから急に増え、
もともと能力開発が好きな人達が連絡をくれるようになりました。私も大好きで、
気を抜くと、このブログも完全にマニアックな内容になりそうで、抑えています。

やはり一番の願いは、かつての自分と同様に、女性恐怖症で鬱屈している人の
少しでも救いになりたいことですから、もはやマンガの世界を本気で追及してる、
変人っぷりは出したくないんですね。だから、できるだけ常識的な情報を使って、
まずナンパの世界に興味を持ってもらい、慣れてきたら新奇な世界も見せていく。

それが入口である「1:普通にGETするナンパ」から、精神の光と闇を描くような、
「2:運命の人を見つけるナンパ」を通り、「3:セカイを超越するナンパ」へと到る、
『セカイ系ナンパ』の三段階、ファースト、セカンド、サードインパクトへの流れです。


ハッキリいって、こんな世界観のナンパは、普通にルックス磨いて、軽くGETしよう、
といった、スト的世界にいる人達には共感できず、届かないでしょう。例えるならば、
チャラチャラしている、いかにものナンパ師が、学生時代に文化祭でダンス披露し、
目立っちゃうような、イケてるグループの人達だとしたら、ニュータイプは物静かに、
学校では目立たず、サブカルチャーの本ばっか読んでるようなオタク系でしょうか。

このブログは基本的に、本来はナンパなんかしないようなタイプである、オタク系や、
引きこもり系の人達に向けています。一見、恋愛弱者である彼らにも、ナンパをする
権利はある、というより、ナンパする本能はあります。その本能を解放すること自体、
社会の深層心理にある願望に適っているので、無理がなく、すべてがうまくいきます。

なので自分がナンパなんてと、抑制するのは、もったいない。チャラチャラしている、
いかにものナンパとは別に、もっと誰でもできる、かつ突き抜けたものがありまっせ!


それはネットで流行っている「スト」的世界とは違う、もうちょっと深くて面白いもので、
あえて漢字表記で「何無派(ナンパ)」といいます。単純に、「スト」が体育会系ならば、
「何無派」は文化系。もっと核を表現すれば、「スト」が「陽」で、「何無派」が「陰」です。

「陰」というと、陰気で真面目だ、と思うかもしれませんが、「陰」は隠されたものという
意味もあるし、さりげないというような意味もある。いわば忍(しのび)の者といっても、
いいでしょう。まさか、こんな目立たないやつがナンパしているとは思われなかったり、
そのくせ、さりげなく術をかけたり、澄ました顔でGETしてしまう、そんな陰なる修行者。

その世界観は、日本古来の伝統のいい部分を受けつぎ、神秘的でもあり、カッコいい!





とはいえ数値制で成り立つ、スト的世界を否定するわけではなく、友達やナンパ仲間
と遊ぶ時は、競い合ったり、自慢や失敗談を語り合い、「スト」した方が面白いでしょう。

しかし、一人でナンパする場合は、「スト」では物足りない。一人でやると、もうとたんに
ストイックな感じになるし、自分自身と向き合うことになります。この孤独に耐え切れず、
そもそもナンパ仲間がいない人とかは、ネットをむさぼり読み、他人の動向を気にする。

これは自分を弱める逃避で、非常にもったいない。一人でナンパするということは、もう
他人と比べる、相対的な世界に関わらなくていいということです。純粋に自分が世界の
中心になれる、絶対的なナンパが出来ることになります。妄想でもいい。もう好き勝手、
自分の世界観を創りあげて、そこに女性を招きいれて、絞め落としてしまえばいいだけ。

自分の都合のいい思念だけで創りあげた、狭い箱庭的世界かもしれませんが、結局は、
他者である女性によって、何度も破壊されることになる。(だから、女性をシヴァと呼ぶ)
しかし、破壊された後に、再構築して、それを繰り返した数だけ、自分の世界は強くなる。


例えば、「オレはモテる」と思い込んでも、ほんの数人に無視されたり、思い切って誘い、
「キモい」と言われ、それだけで自分の思いなんぞ砕けるときもある。しかし、その後が
重要で、女性に無視されればされるほど、心が掃除されてキレイになっていく修行だ!
という世界観を作っていけば、もう無視される度に気持ちよく、精神が澄み切っていく。

まず実際に行動してみて、自分の世界が破壊されたら、今度は、その事実を取り入れて、
自分の都合のいい、気持ちいい世界を創るわけです。これは終わりなき共同的創造で、
こうありたいという「必然」が、他者という「偶然」と出会い、無数のパターンをとっていく。

だから、壊されたからって弱気に引っ込んでなんかいられない。壊されるのが前提で、
こちとらナンパするわけです。それを繰り返すことにより、確固たるセカイが出来ていく。


鉄は熱いうちに打て!ですよ。壊されないと、変に萎縮した形で、落ち着いてしまいます。

ならば、どんどん積極的に破壊されて、世界を更新していこうという志が、セカイ系ナンパ。

そして、セカイ系ナンパの種類たるや、人の数だけあります。同じものは一つとしてない。

ですから、このブログで紹介するのは、さんざんナンパに飽きて、ありとあらゆる試行を
繰り返した男が、最後に到達した一つの世界観の例です。あなたはあなたで、自分独自
のセカイを創りあげてください。その素材として、少しでも使える部分があれば本望で~す。

posted by 家元 at 08:43| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする