2011年06月08日

一人で気持ちよくなってよかですか?

僕は、すっかり挫折していた。一日千人に声をかける、千人回峰行を
あっさり失敗し、病に倒れたことが、悔しくて悔しくてしょうがなかった。

一日に千人、声かけるなんて簡単だよ。1時間に百人で10時間やる、
ただ、その程度のことが出来ないで、出家者といえるのだろうか?と、
あまりの情けなさに、本当に、悔し涙を流した。自分の弱さに幻滅した。

その後、道場長のフミトバンクが、あえて挫折を経験してもらうために、
難題を出したと、ネタばらしをしていたが、それでも僕の気はおさまらず、
密かに、千人回峰行をクリアしてやろうと再挑戦。ところが、またもダメ・・。


何も食べずにガンガン声をかけていったが、体調も戻らず苦しいだけで、
それでも天台宗の『千人回峰行』の行者は、たとえ高熱が出て、ひどい
下痢になりながらも、もらしながら、死にかけても行を続けているんだぜ!
とばかりに、今度は、一切、朝から水を飲まずにナンパをしてみたりした。

もちろん全然気持ちよくないし、いい反応があっても、ろくに喋れなくなる。

そしたら、また熱がぶり返し、立つことはおろか、座ることさえ出来なくなり、
寝たきりで、割れるような頭痛に耐えるハメに陥った。まさにドン底である。

今度は、悔し涙を流す余力さえなく、ひたすら耐えることしかできなかった。

自分が予定していた出家生活と、あまりに正反対の結果で、愕然としたし、
これなら普通に地蔵の人や、引きこもりの人の生活の方がマシだと思う・・。


そんなわけで今回、最初から、あまりに大きな暗雲がたちこめてしまったが、
これも当然、意味のあるメッセージとして受け止めている。一時は、これは、
もうナンパなんてしなくていいという意味だと結論づけ、あきらめかけていた。

そして、なんとか頭痛がおさまり、思考力が戻ってきた頃、とりあえずリセットし、
基本的なことから考え直してみた。まず、なんで生きてるのか?ということから。

別に、今すぐ死んでもいいわけでしょ?生きてると、いろいろ面倒くさいじゃない。

それでも、こうして生きてるのは、やはり、それなりに楽しいこともあるわけだし、
一言でいえば、快楽を求めて生きている。気持ちいいから、生きているといえる。

難しく考えなければ、実に簡単で、人は「不快を避けて、快楽を得たい」が本音だ。


じゃあ、できるだけ快楽を増やすためにどうするかというと、人間は気持ちいい時、
「脳内麻薬」というものが、分泌されるそうなので、単純に、これを出せばいいだけ。

だったら短絡的に、覚醒剤や痲薬に手を出せば、すぐに強烈な快感を得られるが、
これは存じの通り、犯罪になり危険だし、副作用で体をやられるし、後から「不快」
という支払いが倍になってドッと押し寄せるため却下だ。ドラッグには手を出さない。

日々を気持ちよく過ごすためには、出来るだけ、依存性のあるものを、減らしたい。

例えば、タバコなど、お金かかるし、吸う場所を探さないといけないし、人に嫌われ、
面倒臭いこと、この上ない。依存性があるから止めれないし、凄まじい無駄だろう。


やはり自然に、自分の中にある脳内麻薬を、無理なく反動なく、引き出したいものだ。

そこで必然的に出てくるのが、いにしえより開発されてきた、いわゆる「瞑想」である。

だって、お金もいらないし、外部の物質に、全く依存しないし、何もいらないのだから!





なぜ瞑想をするのか?というと、目的はただ「脳内麻薬を出すこと」、これにつきる。

人は幸福になるため、金や名誉や女など、外部にある物を求めるが、残念ながら、
外部にあるものは常々変化していくため、それに依存すると、いちいち影響されて、
喜んだり落ち込んだり、落ち着かない。失うのが怖くて暴走し、ドツボにはまったり・・。

ところが、幸せになるために何かしようとするのではなく、一切、何もしないでいると、
凄まじい幸福感が訪れる。まさに裏技としかいいようがない、発想の転換!おそらく、
何もしないでいると、受信状態になるため、エネルギーがドッと与えられるのかもね。


でも、この何もしない、という感覚が分からないから、普通の人が瞑想なんかしても、
あまりに退屈で、どうにも歯ごたえないものになる。何かしようとするクセがぬけない。

何もしない受け身状態は、出来るようになるまで、時間かかるかもしれないけれど、
だからこそ、この瞑想という裏技は公然の秘密となっている。まるでナンパのように。

誰でも出来る間口の広さがあるのに、入り口近辺で、多くの人はダメだと結論づける。


とにかく、瞑想が深まると、脳内麻薬がドバドバ出てくる。昔から、仏陀だとか宗教家
がやっていたのは、この何もしないと実は気持ちいい、という快感を追っていただけで、
別に、偉くもなんともないと思う。ずっと一人で部屋から出ずに、気持ちよくなってたり・・。

でも、この瞑想が、誰でもできる、一番簡単な快感を得る方法であり、ここから全ては、
始まるのかもしれない。だから、この道場の5つの行のうちの一番目が、この瞑想で、
『0:ナンヴァ』行と呼ばれている、肉体であるナンヴァとのシンクロ率を高める修行だ。


ナンヴァとシンクロ率が高まるほど、脳内麻薬は出る。気持ちよくなって、体は消える。

フミトバンク曰く、まずは自分自身が脳内麻薬を出して、気持ちよくなるから、相手も
気持ちよくできるわけで、自分が不快で、ちぐはぐなのに、相手を気持ちよくしようと
しても、相手の反応に振り回されてしまい、徒労に終わるとのこと。確かに、可愛い子
のいい反応によって、こちらも気持ち良くなれるが、すぐに悪い影響も受けてしまう。

やはり、女という移り気な生き物の反応に依存していては、長い目で見て、ダメらしい。





自信だとか安定感は、結局のところ、自分一人で気持ちよく、脳内麻薬出してます、
というだけのことにすぎない。「ばーか!」と罵られてても、ゲラゲラ笑って喜んでる、
ナンパ師によく見られがちな鈍感さは、この自分を拠り所とした快感といえるだろうね。

これは全てに共通するだろうけど、どんな物事にも快感を感じれたら、ずっと元気だし、
物事うまくいくだろうな、と思う。その基本となるものが瞑想であり、道場では、瞑想より、
「禅(ぜん)」と呼んでいる。あの禅特有の、無駄なものを捨て、純粋性を追求する感じ。

なお道場での瞑想は、「座禅」と「立禅」の二つがあり、「座禅」は、普通の禅の道場でも、
よく見られるものだけど、「立禅」ていうのは、あんまりやらない、武道でたまにあるやつ。

たんに、立ったまま、受け身状態で無心になる訓練である。実際に、声をかける時には、
立ってやるわけだから、その時、無心になるよう慣らしておくわけだ。これは役に立つよ。


僕も、体調を崩していた時は、ギリギリ座禅が数分出来る程度だったけど、今ではもう、
元気になって、立禅の出来る喜びを堪能してる。人間、立ってるだけでも気持ちいいし、
病気の時の苦しさの対比から、あらためて気づいた。普通に生きてるだけで快感だと!

そして、もう多くを求めることをやめ、気持ちいいことだけをしようと思った。これは道場
の指標でもある、「一番簡単なことを、一番簡単にやる」に当たるもので、今回の挫折は、
再び大切なものへと目を向ける、いいキッカケになってよかった。すっかり目が覚めたよ。

これでグッバイ、苦行だ!もう面倒な事などしない。もっと、気持ちよくなっちゃおうぜ!

posted by 家元 at 13:05| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2011年06月10日

ナンパ道場、路線変更!

あらためまして、フミトバンクです。ここで突然ですが、お知らせです。

これまで、ある出家者(マークシックス候補生)から報告をいただき、
このブログを合作していましたが、どうも盛り上がりにかけるために、
一時停止して、私が一人で書く、もとの感じに戻させていただきます。

本当は、上級者向きの修行を扱いたかったのですが、ありえない位、
ハードで先が見えない事に挑戦するため、なかなか適任者がいない。

彼は彼で頑張っていたのですが、初っ端から無理して、病に倒れて、
看病してくれた女の子と仲良くなってしまい、デートばかりしています。
そんなグダグダぶりでは、もう新しいナンパの探究を任せられません。


確かに、病気になった時っていうのは、食欲もなくなれば性欲もなく、
ひたすら苦しい中で、最終的に何を求め、何に感動するかというと、
結局は、人の優しさ、人との信頼関係です。最後は、人とのつながり!

それを知ってしまうと、満たされまくってしまうため、変容が起こります。

例えば、性の体験人数が多い子は、次から次へと刺激だけを求めて、
相手を替えていきます。ところが誰としても、結局は満たされないから、
人数だけがどんどん増えていくだけ。一方、心豊かにつながれる場合は、
つながったところで恋愛が成立して、満たされるから、次へは行かない。

これが「ナンパの脱出」ともいえます。とてもめでたい、喜ばしいことです。





しかし今回、彼が大切なことに気づいてしまった時点で、これ以上は、
ナンパ行に全身全霊で挑めるかどうか?あやうい状態になりました。

そこで彼には、ひとまず一日100人に声をかけることを百日間続ける、
『百人回峰行』を最低限クリアしてから、また登場願いたいと思います。
これを最後のチャンスとして、彼が満願成就するのを、待つつもりです。

そして、それまでに私が『何無派道場の5つの修行』を全部ご紹介して、
やるべきことをスッキリさせておきたい。これまで一部の出家者だけに、
「密教」としてお伝えしていたもので、今回、その基礎を公開いたします。


基本的なことだけですが、それでも少しは役に立つでしょう。最終的に、
この「タダでナンパする!」が結論づけた、ナンパを楽にする方法です。

といっても、実際的な流れというのは、『覚醒プログラム』などに任せて、
もっと、それ以前の、基盤の話です。でも人生、変わるかもしれません。

そんなわけで、何無派道場を、特定の個人に限定せず、やる気のある、
全ての修行者に向けて、オープンにします。脳内麻薬、出してください!

posted by 家元 at 13:40| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2011年06月17日

修行者の皆さんへ(無への回帰)

何無派道場へようこそ!この道場は、ナンパを通じて、自分本来の、
潜在エネルギーや才能を最大限に引き出す、男のための道場です。

それも、ナンパなんかしそうもないタイプの男、内向的な引きこもりや、
職場と自宅の往復しかしない真面目な人、オタクや自意識過剰な人、
外見も地味だったり、年齢もいっちゃってる人なども対象にしています。

要は、世間でいわれる「ナンパ師」のイメージから外れてる人のための
道場ですから、チャラチャラとストる、みたいな感覚とは、大いにズレて、
まさに修行としてナンパをします。本来、向かないからこそ修行になる!


そもそも向いてる人は自分で試行錯誤したり、仲間を見つけて出来るし、
他に、いかにものナンパなサイトがたくさんあるので、参考にするでしょう。

しかし男性の多くは、ネットで見受けられる「ナンパ=スト的世界」から外れ、
ものの見事に痛々しく挫折していきますから、そのカバーとして、当ブログ、
長々と運営してきました。そして最後は、何無派道場という形に帰結します。

たんなる求愛行動や、スポーツとしての軽いナンパではなく、大真面目に、
ナンパというものを、日本古来からある伝統的な「修行」として捉えなおし、
覚醒や解脱を目指す、『何無派道(なんぱどう)』なる精神修養の誕生です。


これは、日本を少しでも元気にするためにも、いくらか役立つと信じています。

かねてより、日本人に元気がなくなった、難病やウツ病、自殺者が増加して、
国全体が「陰」に傾いたと言われて久しいですが、特に、男性陣のパワーの
低下が嘆かれており、これをどうにかするためにも、新しい何かが必要です。

例えば、韓国には徴兵制度があり、タイには一時的な出家生活があるために、
誰でも男を磨くことが出来るが、日本には何もないから、男が弱体化している、
といった意見があります。しかし、軍隊も坊さんも嫌だ、という人は多いでしょう。

だから、その代わりに、ナンパというものを導入してみたらどうかという話です。


軍隊も坊さんも、集団行動だし、男ばかりに囲まれての修行ですが、ナンパは、
単独行動で、ひたすら女ばかりに囲まれる修行です。しかし男を磨く観点から、
同様の、いや、それ以上の恩恵があるはず。特に日本人は、周囲の目を気にして、
自意識過剰でマニュアルがないと動けない人が多いので、それをクリアできます。

人生の、ごく一時期でも、この何無派道に励むことは、大きな財産となるでしょう。

修行を終えた際には、心身ともに清らかになり、進化していること、うけあいです。





ちなみに、この道場では、ナンパする者を「出家者」として扱います。実際のところ、
声をかけるためには、家を出ますから「出家」ですし、自分の心理的なホームから、
どうなるかわからないアウェイへと飛び出していく、その決意としての出家なのです。

ナンパに向かない者がナンパをするというのは、それ位の気持ちがなければ、すぐ
挫折してしまうのがオチで、だからといって、自分自身のことを「モテない男」だとか、
ブサイクだ、オヤジだ、内向的だ、という評価もしないでください。そんなの忘れます。

「モテない」だとか、どうでもいいんです。そういう発想自体が邪魔で、何も考えずに、
ただ行じればいい。出家するというのは、自分が「何者でもなくなる」のと同意義です。

この道場では、便宜上、「内気な人のため」とか表記しましたが、実際は、内気だとか、
モテない、とかいった自己規定に意味はない、と考えています。いったい誰と比べて?
そんなのただの言葉じゃないかと、たんなる二元論的な言葉を、妄想と切り捨てます。

自分自身を、言葉で固定させた途端、その記憶に基づく言葉に縛られ、不自由になる。


そんなわけで出家者は、別に凄い人でもなければ、ダメな人でもなく、ただの人とし、
やれることをやるだけの、空っぽな存在となります。そこにあるのは、行為だけです。

道場では、「一番簡単なことを、一番簡単にやる」という決まりがあり、行じないなら、
去ればいい、というシンプルなルールに基づいています。言い訳は、すべて幻です。

ただし、弱音やネガティブな感情や無力感などは、次々と出てきます。それが浄化で、
自分の中を清める過程であり、この「清め」や「クリーニング」が、修行の要となります。

最初に釘を刺しておきますが、ウハウハの楽しいことだけではなく、ありとあらゆる感情、
特にコンプレックスを溜めてしまっていた場合、その解放によって、嫌な思いもしますが、
その全てが、豊かさといえます。覚醒はショックによって起こり、その後、絶頂感が続く。

ありとあらゆる感情、そして陰と陽を繰り返す出来事を潜り抜けるのが、何無派道です。

それをふまえ、まずは何無派道の基本的な「5行」のうちの、1番目をみていきましょう。





前述したとおり、何無派道の基本的な「5行」の1つ目は、「ナンヴァ」=「瞑想」です。

正確には、修行の1つ目ですが、数字はゼロを用い、「0:ナンヴァ」行と表記します。

この「ナンヴァ」というのは、肉体のことで、アニメのエヴァのように、ナンヴァに乗り、
肉体にシンクロすることで操作し、行じていく考えをとります。だから最初にやるのは、
自分の肉体である「ナンヴァ」を感じ、心と体を融合させ、シンクロ率を向上する訓練。

これは具体的に、何をするかというと、何もしません。ただ受け身で、感じるだけです。


我々は、常に、何かをしようと落ち着かなくしているので、あえて意識的に何もしない、
ゆったりとしたリラックスの時間をとることで、非常に気持ちのいい状態が訪れますが、
この時に、脳内麻薬はジワジワ~ッと出てきます。ナンヴァと一体化すると、ナンヴァ
自体がとても喜び、それが深まれば深まる程、たまらない快楽が生まれてくるのです。

まさに外部には何もいらない、誰も必要としない喜びであり、かつての宗教家たちは、
これにハマり、社会的な価値観とかどうでもよくなり、ひたすら瞑想三昧を送りました。

しかし、この何もしない、というのがわからない、方法を教えてくれと、大勢から質問を
いただきましたので、何回かに分けて、その「方法」とやらを考察してみようと思います。

まずは、「一番簡単なことを、一番簡単にやる」に基づいて、軽く紹介しておきます。

以下の順番に挑戦していけば、コツの一端をつかむことが出来るかもしれません。


 1:寝禅

   寝そべったままボーッとする。昼寝の時や、夜寝る前にやる。
   ポイントは、眠りに入るギリギリのところで耐え、意識すること。  


 2:座禅

   朝起きたばかりがお勧め。足の組み方は何でもいいが、背筋は、
   ピンと伸ばす。力は抜くこと。イスに座る場合も、猫背にならない。


 3:立禅

   立ったまま、体中の力を抜き、頭を釣り上げられてるかのようにし、
   背筋をゆったりと伸ばす。途中で眠りに落ち、転倒しないよう注意。


以上、簡単な順に、並べました。

時間は、どんなに短くてもOK。

細かい説明は、次回以降で!

posted by 家元 at 13:53| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2011年06月24日

ナンパには呼吸法とヨガ?

今回も、地味ではありますが、瞑想に関しての説明を述べてみます。

ナンパするのに、なんで瞑想が必要なんだよ!と、面倒くさがるのも、
よくわかります。そういう方は、やらなくて結構。ただし、ナンパ中に、
イライラしたり、不満がつのっているのなら、瞑想が助けになります。

ナンパの為の瞑想は、アメリカの催眠ナンパ師、ロス・ジェフリーズ
ぐらいしか主張していないかもしれませんが、自分がトランス状態に
入ることで、相手もトランスに入れることが出来るので、非常に有効!

ルックスや言葉だけでナンパしようとしている人は、あまりに浅薄です。

表面的に生き、無意識の深い世界を知らないなんて、人生損してます。


ただし、女を口説くために瞑想する!なんて、目的意識でやっていても、
そんなに深く入れません。効用とか効率とか、そんな世界とは真逆の、
何もしない、何もいらない状態こそを感じて、瞑想のための瞑想をする。

単純に、自分の肉体、ナンヴァと一体化して、とても気持ちがいいので、
それで充分、報われています。次第に、肉体だけでなく、自分の思考も
観察できるようになり、いかに無意味な偏見に縛られていたかもわかる。

すると、ハッと気づいて、今まで重要と思い込まされていたことが、瞬時、
どうでもいい事だとわかり、気軽になったり、トラウマも解放されたりする。


つまり、あなた本来のパワーを抑圧し、奴隷化しているマトリックスから
自由になる手段の一つが瞑想であります。なんたって多くの修行者は、
考えすぎてしまい行動できないし、緊張のため、観察力も落ちています。

そこで、まずは緊張しない一人でいる時に、徹底したリラックスの訓練、
つまりトランス状態に入り、肉体や思考を感じるモードに慣れるのです。

すると、相手の事もよく見えてきて、いろんなアイデアも湧いてきます。

そんなわけで、この何無派道場では、まず三つの瞑想を紹介しました。





前回紹介したのは、「寝禅、座禅、立禅」の三つで、たんに姿勢が違う、
同じ瞑想です。コツは、ただ受け身モードになり、体を感じるだけです。

もちろん、これでは、つかみどころがなく、実感をもてないでしょうから、
さらに基本的な補助を二つあげたい。それが「呼吸法」と「ヨガ」であり、
これはもう昔からある、リラックスし、トランスに入る、伝統的技法です。

「呼吸法」は、数えきれない種類がありますが、最もスタンダードなのが、
吸って、止めて、吐く、という形で、10秒吸って、10秒止めて、10秒吐く、
といった、何秒でもいいので同じ秒数で、繰り返していけばかまいません。
(しかし慣れないうちは、息を止める時の秒数だけは、短くしてください!)


その際、腹式呼吸といって、お腹を意識しながら呼吸した方がいいですが、
そんなに、こだわらなくてもいいです。他にも逆腹式だとか、いろんな方法
がありますが、最初から難しい方法をやると、ひどい時には体を壊します。

先に吐いた方がいい、だとか細かい事は、どうでもいいんです。自分が、
呼吸を意識的に観察してさえいれば、リラックスしていき、脳波が下がり、
落ちついてきます。そこで自然呼吸に戻し、瞑想に入ればいいだけです。

いわゆる、呼吸法というのは、瞑想に入るための準備段階なんですね。


さらにもう一つ、時間はかかってしまいますが、強力な準備があります。

すでに呼吸法で、リラックスできた方には必要ありませんが、体が凝って、
血行が悪い人だとかは、「ヨガ」がお勧めです。「ヨガ」というと、これまた、
数えきれない種類がありますが、簡単なポーズを、ちょっとやればいい。

要するに、ストレッチですが、ちゃんと呼吸に合わせてやるのが大事で、
呼吸プラス筋肉の伸び縮みを感じれるため、より深くリラックスできます。

ポーズなんか何だっていいんです。ただ筋肉を緊張させてから、それを
弛緩させる、この緊張と弛緩の感覚を、何度も繰り返して、脳に覚えさせ、
慣れてきたらポーズをとらなくても、思い出しただけでリラックスできます。


現代人は、リラックスしているつもりで出来ていない人が、非常に多いです。

リラックスを感じるには、先に緊張させるからこそ、その対比で強調されて、
肉体でわかるわけで、これこそ、何無派師の基本、「陰」と「陽」の訓練です。

どうも精神的に不安定で、疲れやすく、リラックスを身につけたいと思う方は、
まずは「呼吸法」、それで足りない場合は、「ヨガ」もやって、体得してください。

あくまでジワジワと実力がつくものなので、焦らないように。(ナンパと同じね!)

posted by 家元 at 13:49| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2011年06月30日

瞑想の危険性

この道場では、瞑想を「5つの修行」のうちの1つとして、出家者に、
お勧めしています。だからといって、長時間やれというのではなくて、
それこそ家にこもって朝から晩まで瞑想するなら、本物の僧侶です。

そんな引きこもり生活を助長するために、瞑想するなら本末転倒で、
あくまでメインの修行は、生きた女性陣営への没入、没我であります。

瞑想は補助にすぎません。迷ったり悩んだ時の答えを出してくれたり、
リラックスを深めて、相手を和ませるようにする、裏技的なツールです。

必要ない人には必要ないともいえますし、だから「5つの修行」のうちの、
「0」番目の修行、「ナンヴァ」行としました。時間がない人はナンパの最中、
体をゆるめてリラックスすればいいだけで、わざわざ時間をとることない。


それに長時間やるには危険もあります。ヴィパッサナー瞑想という、一日
10時間も誰とも話さずに瞑想していく合宿があるのですが(金額は無料)、
精神の深遠にはまり込み、気が狂ってしまった人もいました。そういうのは、
古くから禅病といって、ある程度の割合で起こっているダークサイドですね。

やはり人間は一人でいると、自分だけで世界を作り上げ、孤立化しやすく、
だからこそ、瞑想よりも大事なのは、ガンガンに外に出て声をかけていって、
自分の妄想や固まったエゴをぶっ壊し、開き直ることです。固定したものは、
活力をなくしウツに陥りますから、その前に、自ら死に、再生していくのです。

そうした激しい「動」の修行があってこそ、「静」なる行の瞑想が役立ちます。

声かけの行をしていないのに、部屋で一人、瞑想をするのは、片手落ちで、
ただ欲求不満を募らせることになるかもしれません。それをお忘れなきよう!





基本的に、瞑想なんて、たいしたことないんですよ。何も生み出しはしない。

おいおい、ついこの間まで、瞑想の素晴らしさを説いていたくせに、今度は、
瞑想を軽んじるなんて、どういうことだ?と思うかもしれませんが、やはり、
何無派師とは、常にバランスをとって、いかなるものも重要視しないことが
大事です。何かを重要と思うと、必ず、その重要と思ったものに縛られる・・。

私も瞑想にはまりすぎて、ひどい目にあったことがあります。10年前、瞑想
を初めて知った時、いろんな本を読んで、これだ!という呼吸法をしていたら、
体調がおかしくなったんです。それでも良いものだと思い込み、続けていくと、
ついには激しい頭痛に襲われ、吐いたりしました。こりゃ死ぬかもと、泣きそう。

結局、そうなって初めて、これはダメだと、それ以降、一切の呼吸法をやめて、
ただ体を感じるだけの瞑想に変えました。個人的には、呼吸法なんていらない
と思っているため、瞑想の技法に関して、実は、あまり伝えることがありません。


前回、「呼吸法」と「ヨガ」を、瞑想を深めるためにイイと伝えましたが、実際には、
そんなもの不要です。自分で瞬間に脳波を落とせるので、何もいらないんです。

しかし、すぐ瞑想状態に入れる人ばかりではないため、一応、一般的な技法を
伝えてみました。興味が湧いた方は、後は、ご自身でいろいろ勉強してください。

ただし、かつての私のように、自分の体に無理してまで、しない方がいいでしょう。

瞑想は、長時間やると、越境してしまうという、怖い面もありますし、ほどほどに!


なお、あまり怖がらせてばかりいても仕方ないので、瞑想中に起こりうる現象を、
あらかじめ、いくつか説明して、安心してもらいますね。まず「座禅」と「立禅」中に、
自分のナンヴァ(肉体)が突然、勝手に動き出して、やたら暴れる場合があります。

これは別に、霊に乗り移られたわけではなく、たんに肉体が凝ってる部分だとか、
詰まっている部分を自ら掃除する、クリーニングの動きです。全く怖くありません。
終わったらスッキリと気持ちいいし、勝手に動き出しても、それを楽しんでください。

また他に、「寝禅」をしている最中に、体が急にヴーン!と震動する時があります。
先程の、暴れ回る動きではなく、携帯のバイブのように震動しますが、この時には、
自分の意識が、肉体から出れたりするので、ぜひ試してみてください。面白いです。

他にも、後頭部からシューッという音がして、気づくと、心が肉体から浮いてしまい、
上から自分が寝ている姿を見れたりして、「寝禅」をすると、いわゆる幽体離脱から、
明晰夢まで、いろいろ楽しめますが、それが夢なのか現実なのかは、どうでもよくて、
単純に面白いからいいでしょう。ただの娯楽として捉え、本筋の修行にこそ励みます。


あと、「金縛り」状態になった時、胸の上をグッグッと押されるような苦しさを感じて、
パニックになる方もいますが、あれは単純に、ただ意識が肉体から出ないように、
抑えるシステムが作動しているのだと思います。そうやたらと、肉体から意識が、
飛び出していたらよくないので、制御がかかるんですね。別に、霊の仕業じゃない。

よく金縛りにあうと、落ち武者だとか、おばあさんだとかの、怖い霊の姿を見る人が
いますが、勝手に自分で画像データを投影しているだけです。怖くもなんともない。

夢うつつの状態では、現実と幻が混合しますから、それも無理はないことですが。


以上、瞑想中の危険性について述べました。当然、異論はあるかもしれませんが、

まぁ、どっちでもいいんです。肉体を操作し、ナンパ行をすることがメインですから!

posted by 家元 at 23:30| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする