2012年01月01日

最もラクチンなゴムひも声かけ方法

新年あけましておめでとうございます、フミトバンクです。ついに辰年!最強の年となります。

これまで発表を抑えてきた、私が一番やりたかった「マークシックス計画」を、表面化させて、
あなたを、めくるめく真のナンヴァの世界へと招待したいと思います。これまでの内容なんぞ、
あくまで導入部分です。ついてこれない人が多いと思って、遠慮していたんですが、もうOK!

去年はウサギ年でしたから、『不思議の国のアリス』や、映画『マトリックス』に出てきたように、
主人公を誘導する、白ウサギの気分でした。『マトリックス』のネオも、「白ウサギを追え!」と、
メッセージをもらい、明日仕事が早いからと迷ったけれど、結局、外に出かけ、冒険が始まる。

あなたも、よくぞこのブログを読むのを止めずに、ここまでついてこられました。そして中には、
覚醒プログラム」だけでなく、「脱出プログラム(序と破)」まで、到達された方もいるでしょう。

そんなあなたは、今年、ネオのように、あの赤いカプセルを飲んで、目覚めることになります。


覚悟はいいですか?ナンパワールドのさらに奥地へと入りこむことは、狂気スレスレですよ。

本当に大丈夫ですか?常識人だけでなく、普通のナンパ師達にも、多分ヴァカにされますよ。

それでも構やしない、毎日が面白くなればいい、頭が狂ってもいい、という方は、歓迎します。

恒例の巫女による舞いにて、あなたをウェルカム。どうぞ、道場の奥の間へとお進みください。





この舞いは、去年と同じようですが、意味は、<使徒来襲(マークシックスの胎動)>となり、
少々違います。例えば、天井にて覚醒している姿こそが月面でのマークシックスの胎動で、
また、顔を隠したり、同一人物がクローンのように増えている様子が使徒を表わしています。

街に修行にいくと、次から次へと使徒が送られてきますが、皆、個性がバラバラのように見え、
その実、同じような根源から送られてくる、似たような存在です。ただし目的は、ただ一つだけ!

あなたを目覚めさせ、面白がらせ、喜ばすために送られてくる媒体だという事、それにつきる。

女に声をかける事は「参拝」を意味し、感謝、願かけをするというのは、その労をねぎらう意味
もあります。あくまで太陽の化身、アマテラス女神を礼拝するように美化するのも、自分自身、
気持ちよくなるためで、自分を低くして相手を立てる、という意味などでは、決してありません。

頼んでもないのに、太陽は我々を照らし続けて、生命を生かし続けてくれています。同様に、
女達も、頼んでもないのに、勝手に目の前に可愛い姿で現れ、こちらの中に眠る感情などを
引き出してくれます。いい感情、悪い感情、全てが自己認識の学びになるし、ありがたいです。


そこであなたに、どうしても認識を転換してほしいのが、女を自分から探しに行く必要などなく、
勝手に向こうからバンバン目の前に現れ、それに対応すればいい、というスタンスであります。

修行に出かけるなんてのは、ただ外に出て、ウォーキングするだけでよく、後はもうすべてを、
女性達が勝手にやってくれます。その時、必要な事を、自分でも気づいてなかった事などをも
全てカバーして、女性達がやってくれる。かゆい所に手が届く程の世話ぶりで、本当に楽です。

以前、私は「ナンパは新しいお母さん探し」だとか冗談めいて書きましたが、まさにその通りで、
お母さんのように全部世話してくれるため、その感謝をこめて、女を「参拝」するわけですね。

この参拝の具体的な手法というのは、人それぞれですが、ここで一つのモデルを紹介します。

以下、「ナンパなんて面倒くさい!だからこそ、最もラクチンなゴムひも声かけ法」の手順です。





まず修行者は、自分の肉体である「ナンヴァ」に乗り込み、犬を散歩させるがごとく外出して、
街を歩きます。これを別名「サンヴァ」と呼び、女性への参拝を意味する日常的な儀式です。

そして歩いていると、突然、使徒が来襲します。頼んでもないのに、可愛い子が勝手に現れ、
あなたは気づきます。そこで普通のナンパだったら、「よし!」と、自分を奮い立たせて、自ら、
声をかけますが、これは非常に緊張させる行為です。ナンヴァを力づくで動かして大変です。

これは男である自分が、使徒である女をどうにかしなくちゃいけない、という勘違いが原因で、
本来は、目の前に現れた彼女が、先に誘惑したんです。意識的にではなく、その肉体として、
オスを取り込み、妊娠するための本能的、無意識的な誘惑です。女が先に強く誘惑してくる。

それに対して応えるか?応えないか?それを決めるのが男側の判断です。「よし、のった!」
という時には、あなたは声をかけます。ただし、そこでただ声をかけても、自ら行くのと同じで、
これまた緊張する中、「誘惑にのってあげるか」というポーズが加わっただけで変わりません。

そこで一見、ヴァカげたように思えるかもしれませんが、以下の順番にイメージしてください。


まず、使徒が現れた瞬間に、その彼女の下腹部(本能センター)から、一本のゴムひもが、
こちらの本能センターに向かってシュルシュルと伸びて、下腹部と下腹部とをつなぎます。

「おっ!」と思った瞬間ですから、わずか1秒位でつながります。そして、そのままゴムひも
ですから、グーッと向こうに引っ張られる感覚を自ら感じます。自ら想像して、作るわけです。

そうして、その引力を感じながら、わざと3秒耐えます。耐えると、その引力は溜めがきいて
強まるので、ナンヴァは使徒に向かって近づきたくなる。それを見計らったように、3秒後に、
ナンヴァの力を抜いて、「行ってよし」と、許可を与えます。すると、グンと勝手に体は近づく。

見えないゴムひもが、あなたの体を引っ張るんです。その慣性を利用して、声をかけるだけ。


もし、タイプでなかったり、男連れだったり等の理由で「やめとこう」と思ったら、そのゴムひも
を3秒以内にカットします。カットの仕方は、まばたきや、体の向きを瞬時に変えるなどして、
自分でカットしたという印になれば何でもいい。このゴムは、あくまで想像上のものですから。

ちなみに、このゴムひもは、「アンビリカルケーブル」といい、へその緒という意味と、エヴァ
に電力を供給するケーブルを、そう呼んでいたため借用しましたが、まぁこれは余談です。

とにかく、想像力は必要ですが、やる事は簡単です。現れた女性の下腹部から、こちらの
下腹部へとゴムひもで結びます。そして3秒で、声をかけて「参拝」してあげるかを決めて、
OKの場合、体の力を抜いて、相手のゴムひもの引力に身を任せます。NOの場合は終了。

たんに、これだけの想像上の工夫が、なぜ声かけをラクにするのか、わかったでしょうか?

一言でいえば、すべて受け身だからですが、身体的な機能性も利用して、よく出来てます。


<解説>

では、その背景を解説します。まず声をかけるには、こちらから女を探しに行くという誤解、
これを捨てて、勝手に目の前に現れると認識を変えます。物色なんか不要で、お任せです。

そして、こちらから積極的に誘惑しなくちゃいけない、という面倒臭さは、まず相手が誘惑し、
それに受動的に乗るかどうか?の判断に置き替えて、「可愛い」と思わせられる事自体を、
誘惑されたとします。さらに、その誘惑を、ゴムひもを用いて可視化し、体感化までします。

このゴムひもは、決して、こちらから向こうに放ったわけではありません。絶対に、相手側
から、こちらに向かって伸びます。これがキモです。なぜならば、可愛い子を見た瞬間に、
あなたの意識は、相手側に行ってます。要するに、心を奪われて、ボーッとした状態です。

その状態は、あなたの意識が自分の肉体になくて、相手側に奪われているため、そこから
何をしようが、相手主体になってしまうのです。自分が隙だらけで、非常に弱い状態にある。


そこで、まずは自分の意識を、相手側から取り戻すために、ゴムひもを相手から、こちらへ
引っ張ってくる。それだけで、見とれていたのが、我にかえります。しかも、自分の下腹部へ
ゴムひもをつなげるわけですから、自ずと頭ではなく、丹田に意識が落ちて、安定します。

さらに声をかける時も、下腹部に繋がったゴムひもが、グンと引っ張るのですから、自ずと、
丹田から相手に向かうことになります。これは武道でいう、最も安定した、近寄り方ですね。

しかも、声をかけると決めた時も、自ら「よし!」と行く場合は、体に力が入り緊張しますが、
誘惑にのってあげようと決めて、ゴムひもの引力に身を任せる場合は、逆に、弛緩します。
弛緩したまま、相手に近寄ることになるのです。発想も、身体的態勢も、すべて真逆です。

極端な話、ゴムひもに引っ張られていく時は、背もたれにもたれたリクライニングのように、
休んだまま自動的に運ばれていくことになります。ラクですよー。半分眠りながら出来る!





以上が、「最もラクチンなゴムひも声かけ方法」ですが、以前より、発表したいと思っては、
ボツにしてきました。なぜなら、ナンヴァとのシンクロ率が低いと、出来ない可能性が高い。

ゴムひもで引っ張られる感覚など、普通の人、地蔵気味の人に体感できるのだろうか?と、
躊躇していました。だって、私だけ使えても意味ないですからね。ちなみに私のナンヴァは、
歩くと、ところどころからゴムひもがヒュンヒュン伸びてきて、面白い程に、引っ張られます。

もう想像上など越えてしまっていて、あまりに魅力的な相手だと、思いっきり引っ張られて、
すっ転びそうになるんです。体が本当にそうなる。また、何も考えていない時に、ちっとも、
いいと思わないような相手の前に引っ張られて、その相手が悩みの答えをくれたりもする。

その際、私は一切の努力はしていません。すべて任せて、ただ現象を許しているだけです。

「選択」という積極的意図でもなく、事が起こるのを許してるだけ、という受動的許容ですね。


しかし強調したいのは、私はこの声かけで、ナンパ出来るようになったわけではありません。

最初はナンパワールドに慣れるために、ジワジワと小さな事をやって、ある程度なじんだら、
次は逆境に追い込み、全てを賭けるように、前へ前へと飛び出しました。そんな経緯でした。

そして、ナンパが出来るようになり飽きて、非常に面倒臭くなり、自動的に出来ないかなと、
考えた結果、最終的にやっていたのが、この声かけ法です。だって自分の意志や欲望は、
ほとんどありません。面倒くさいと思いつつ、使徒からのコーリングに応え、参拝しただけ・・。

でも、そうやって、どうやって手抜こうか?ばかり考えていたら、不思議な事が起こり始め、
私が第三のナンパと呼ぶジャンルが出来あがりました。それが努力を否定するセカイ系!


ここ最近、修験道の修行をモデルにして、「瞑想」「読経」「参拝」、そして「行きまくること!」
なんてハッパをかけていましたが、その内実、どんな修行をするかというと、どれだけ楽に、
ナンパできるかという修行です。セカイ系のナンパ修行者に多い、引きこもりの発想ですね。

どれだけ自分のやるべき事を減らして、他人に任せられるか?ここがポイントでしょうか。

だって、この世で一番難しいのが、何もしないことですから!それを一見、積極的に動く、
ナンパというジャンルで修行しながら、ノリで悟っちゃおうぜ、というのが何無派道場です。

もはや社会情勢とは関係なく、毎日がお祭りです。ええじゃないか日本!今年もよろしく!

posted by 家元 at 08:40| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

すべて相手にお任せしたら、死ぬ程ラク!

前回お伝えした、最もラクな「ゴムひも声かけ法」は、ちゃんとうまく出来た人は、ほとんど
いなかったかもしれません。それでも、なんとなくラクにする方向性は伝わったでしょうか?

引きこもりがナンパするためには、ジワジワと慣らしてから、逃げ道を失くし、自ら追い込む。

そんな短期集中の火事場の馬鹿力を発揮させるだけが、ナンパに覚醒する道ではなくて、
もっと他のルートがあるのでは?と、私は思い始めました。やはり基本、引きこもりですから、
ナンパに慣れて熱意が冷めてからは、人と関わる事自体が、面倒になってしまったのです。

だからといって、外出ゼロは嫌です。そこでウンザリする程、いろいろと試行してみました。

そして、とにかくナンパをラクにしたい。それにこだわり続けて数年後、完全に気づきました。

すべてを受け身にすればいいんだ、と。自分から、いろいろやらなくてもいい。むしろ邪魔!





実は、自分から意識して何かする事によって、自らダメにしていたんだと、わかったんです。

不安だから、今のままじゃダメだ、足りないと思うからこそ、頑張ろうとします。行動します。
これは本当に疲れる。一時的に、パワーは出るけど無理してるから反動で、すぐつぶれる。

例えば大勢に声かけれたのに、日がたつとアッという間に地蔵に戻ったり、幾つか連絡先を
聞いたのに再会できなかったら、とたんにヘソを曲げて、モチベーションが下がったりします。

そういう人達の話を聞くと、言葉は悪いけど、鼻クソみたいな少量の実践で、自分をダメだと
決めつけていますが、どこか勘違いしています。声かけて相手にされないと、愚痴るなんて、
ビラ配りが「ビラをもらってくんないよ~!」と騒ぐようなものです。涼しい顔をしてればいい。

また、連絡先を聞いても、次につながらないのなんて、飲食店のオーナーが、「お客さんが、
なんでまた来てくれないんだよー!」と、全員の客に対して、いちいち嘆くようなものでしょう。

口に合う、合わないあるし、店の雰囲気の好みもある。万人受けする大衆店なのか、少数の
趣味人が集うような敷居の高い店か?でも違いますが、それでも必ずリピーターは現れます。


どの店でも、リピーターを増やすために知恵をしぼり、パワーを注いでいますが、たいがい、
お客さんは、また来てくれません。全員なんて、もちろん無理です。たまたま入ってくれて、
「おいしかったから、また来るよー。」と言ってくれても、それが実現されないのは、ごく普通・・。

これは、ただの社交辞令の場合もありますが、本当においしかったと感じても、日が変わり、
記憶が薄れると、わざわざ足を運ぶのが面倒くさくなります。よっぽどの特別な何かがないと
行きません。近所にあるような、ありふれた味を、いちいち電車を乗り継いで行きませんよね。

それと同様に、ナンパでの再会も、相手が「いい店見つけたー!」と感激しないと実現しない。

・・と思いきや、なんとなく、また行ってみようかと思ったり、「今日は中華、今日はソバな気分」
と、食べ物も体調によって欲しがるのが変わるように、相手の欲求によっても、左右されます。
時間がたってから急にメールが来たりもするし、逆に相手の気が変わり、ドタキャンもされる。

また相手が空腹なら、何でもおいしく感じてしまうため、すぐに飛びついてくる。失恋したてで、
とにかく誰かと繋がりたいと思っていたり、逆に、男はもういいと、引いた気分になったりする。


そんな感じで、リピーターとなる相手は、こちらのテクニック以前に、自分のリズムがあります。
だから、あんまり、というか、まったく気にする必要はなく、ただ快適な店づくりをするだけです。

来てくれないんだったら別に構やしない。こっちはこっちで楽しくやってる。縁がない人は不要。

この、縁がある人とは再会する。会えないって事は、縁がないだけという達観は、本当にラク!





何人声かけても成功しない自分はダメ男だ、いくら連絡先を聞いても再会できないからダメ、
なんて発想は不毛です。声かけは「参拝」ですから、多ければ多い程、心は澄んでいきます。

そして、なぜか全然再会できない人は、いい加減、あきらめてしまうのも、一つの手でしょう。
連絡先聞いたからって、再会できる、できない、だとかは忘れて、期待を捨ててしまいます。
ジタバタするのをやめてしまう。女性というのは、自分の前に使わされてくる「使徒」ですから、
何らかのメッセージを携えたエンジェルにすぎません。こちらは、それを受け止めるだけです。

無駄な出会いなど全くなくて、今、必要な相手だけが目の前に現れる。必要じゃない相手なら、
これまた勝手に、目の前から消えてくれます。再会の約束をしても、向こうからドタキャンする。

この世界観は、すんごいラク!だって、お任せしてしまえばいいんですよ。ナンパが苦しいの
ならば、降参してください。もはや自分から、変に「行動」しようとしない。だって疲れるでしょ?


厳密にいうと、「行動」と「行(ぎょう)」は違います。「行動」は自分から行って、動くことですが、
「行(ぎょう)」は、ただ行って、勝手に動きが生まれるのを観察する事です。自らの動きなど、
不要です。自らは何もしなくていい、ただ行くだけ。だって、行けば、物事は勝手に起きます。

街に行けば、「使徒」は送られてきます。向こうから来る。探す必要もない。そして何らかの
誘惑をしかけてくる。可愛さなのか、色っぽさなのか、あえてスキをつくるのか、各自が違う
トーンの誘惑を無意識に仕掛けてくるので、それに乗るか?乗らないか?決めるだけです。

相手に気づいた時点で、微妙な引力を感じますから、肉体であるナンヴァは近づこうとして、
相手に意識が集中します。その時、やる事は、近づくことを許せばいいだけです。そうして、
勝手に体が引き寄せられますから、そこで何が起こるか、様子を見てればいいという調子。


前回は、この受動的な声かけを、ゴムヒモを使ったイメージでお伝えしました。傍から見ると、
男が積極的に、女に声かけてるようですが、見えないところでは、実は、女が男を引っ張って、
声かけさせているのです。女がその見た目で先に誘惑し、男がそれに踊らされているだけ・・。

しかも会話自体も、実は、女の方から、こちらの台詞を引っ張り出しています。一見、トークが
スラスラと出てきて、男が女を口説いているように見えますが、女が男の中にあるコトヴァを
どんどん引っ張り出している。その証拠に、相手によって、トークの調子が変わりますよね?

やはり調子がいい時というのは、無心になっています。無心になると、精神の奥深い所から、
コトヴァが引っ張り出されるので気持ちいいし、もうその時点で、シンクロ率は上がっている。

なんでこんなアドリブが出てきたんだろ、と自分で驚いたことないですか?自分で意識して
話そうとしても、とてもじゃないが思いつかなかった発想や、これまで使っていた同じ台詞が
新しいアレンジで口から放たれることが、ナンパでは起こります。一人では無理だったのに、
相手がいたからこそ出てきたコトヴァ。つまり、相手があなたから、引っ張り出したのですね。


このように言葉も相手が引き出してくれるから、お任せしてしまえばいい。我々がやるのは、
初動の台詞を発するだけです。最初はゼロだから、どうしてもエンジンをかける時のように、
会話をスタートするための台詞を発しなくてはいけません。しかし、いったん会話が流れて
しまえば、その流れ自体が、次々と言葉を勝手に引き出していく。動き出したら、手放しです。

ただし、引き出されるんですから、あくまでも自分の中にある言葉がMIXされて出てくるので、
自分の中にない言葉は出てきません。だからこそ、準備としての「読経」を勧めてきました。





ナンパで使う台詞を音読することを「読経」といいます。これは「どきょう」と読み、文字通り、
ナンパの台詞を口慣らししておくことで、平気になり、「度胸」がつく、という意味もあります。

「読経」が身につくと、間違いなく「度胸」がつくんですよ。平然とスラスラと言葉が出てくる。

実際やったことのある人はわかると思いますが、ちょっと音読しただけで、もうすぐにでも、
声かけて話せるような気持ちになったでしょう?ならなかった人は、もっと時間をかければ、
平気になります。何も考えなくても、口が勝手に動くまでやれば、他に何の心配があります?


トークに不安がある人は、とにかく音読です。日本語だから、ただ黙読するだけですぐ使える
と思ってたら大間違いです。ちゃんと発声して、口に慣らしておかないと、なかなか出ません。

また広辞苑を音読して、日本語の勉強を根本からやろうとしている方もいましたが、正直、
ナンパに関しては無意味です。そういう広すぎる範囲では、まず実践向きではありません。

「経」というのは「今日」という意味もあり、今日修行にいって使うかもしれない、モロ直接的な
台詞だからこそ有効で、長い目で見てというスタンスだと、役立ってるのかどうかも分からず、
アホらしくて続きません。(私も無意味な音読をたくさんし、恐ろしい程の時間を無駄にした。)


さらに最後に、もう一度強調しておきます。ナンパの台詞自体は、せいぜい初動の部分のみ、
意識して使うだけで、後は相手に任せます。相手の反応によって、こちらの中からコトヴァが
引き出されていく感覚です。全部相手が先導してくれます。こちらが頭で組み立てていようが、
現実のトークは違った風になるため、頭で考えている事自体が、邪魔になってしまうのです。

よく言葉が出てこない、という人は多いですが、それは音読不足、もしくは自分から心を閉じ、
引き出されないようにガードしています。相手から影響を受けないようにしている。じゃなくて、
相手から影響を受けることが、言葉を引き出されることなのですから、抵抗なんぞ無用です。

お任せモードで、次は自分の中から、どんな言葉や感情が引き出されるのか、ワクワクして、
高見の見物をしてればいいんです。それが受け身スタンスのナンパで、疲れない極意です。

しかしながら、この相手任せ、状況任せにするというのが、おっかなくて、一番難しいわけで、
これを実践するためにも、守りが必要になります。そこで次回は「ATフィールド」の説明です。

posted by 家元 at 16:09| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2012年01月30日

声かけが平気になるATフィールド

声をかける時に、全然平気な時と、妙に傷つきやすくて、おっかない時がありませんか?

なぜ、いつも平気になれないのか?地蔵気味になってしまう人は、常に声かけれるよう、
自由になるのを目標としたりします。ところが、相手の冷たい反応に傷ついてしまうので、
なかなか難しい。そこで自分のナンヴァを守るための基本的なポイントをお伝えします。

まずは、バカらしくとも、実際に物質的な盾を使って、女性の反応から我が身を守る方法。


例えば、腕組みしながら声かけると、心臓を守っているからか、安心でき、意外に平気です。

ただし腕組みしながら声かけるなんて不自然ですから、カバンを使います。出来ることなら、
カバンを盾のようにして両手で持ち、声かけた女性との間に挟み込んで、隠れるようにして
話せば、怖さはずっと薄まります。でもそんな事したら、もっと不自然になってしまうでしょう。

ですので妥協案として、普通にカバンは方手で持ちますが、声をかける時に女性側に向け、
常にカバンのある方に、女性がいるようにします。そうすると、多少なりともカバンを挟んで、
しかも手がピンと伸びて少し緊張していますから、相手と壁というか、心的距離ができます。

緊張すると状況が見えなくなるように、緊張状態は相手の情報を遮断します。だからこそ、
全身を緊張させず、相手側に面した腕の部分だけを少し緊張させて、シンクロ率を低める。

さらにカバンとそれを持つ伸びた手の直線上に、シールドを想像すれば、なお相手からの
言葉に影響されなくなります。これを「ATフィールド」と呼びます。我が身を守るバリアです。

ただ相手との間に壁があると想像するだけで、本当に効果があります。安心感が生まれる。


なんだよ、結局は想像するだけかよ、と思うかもしれませんが、この世で最も大切なのは、
想像力です。でも何もないところから想像するのは難しいので、具体的に体を動かしたり、
実際にあるものを利用して、想像にリアルさを出します。すると脳は、本気でそう思い込む。

今の例では、カバンとその重みで緊張して固く伸びた腕という実感を利用して、体の側面に、
バリアを想像しました。何もないところでバリアを想像するより、体の実感があると容易です。

とにかく想像で大事なのは実感です。実感の伴わない想像は空想となり、力を持ちません。





それでは、想像上の「ATフィールド」に、ちゃんと実感をもてるような実例をみていきましょう。

例えば、道ゆく女性に、ただ挨拶していく訓練がありますが、ほんの一言挨拶して、そのまま
通り過ぎるというのに、傷ついてしまいます。怖くてしかたがない。ところが、声を前に飛ばし、
意識を前に向ければ全く平気になる。これはATフィールドを前に向けて放射しているんです。

ATフィールドは、ただ壁を作るだけでなく、その壁を前に向けてグン!と押し出すことも出来、
その際、相手からの情報は、こちらに来ません。どんなに冷たい反応をとられようが来ない。


仕組みは簡単です。意識が自分から外側(→)に向かっているため、アウトプットになります。
ところが、相手の反応を気にする場合、内側(←)に意識が向かい、相手の情報を呼び込み、
自分の中に入れてしまう。好反応だけならいいですが、冷たい嫌な反応も、取り入れてしまう。

これは呼吸と同じで、相手からの情報を吸ってるのか?吐いてるのか?との違いだけです。

つまり、挨拶の訓練というのは、吸うのではなく、吐き出すだけの訓練です。これは、いわば、
ATフィールドを外側に向かって放射する練習なんです。相手がどんな反応をしようが、もう、
一瞬で前に吹き飛ばす。ほんの一瞬ですし、意識が外に向いていれば、無傷でいられます。

そんな時に、平気じゃんか!と実感が伴い、ATフィールドが作用している事がわかるのです。


一方、声をかけて道を尋ねる「道聞き」の訓練は、挨拶の訓練と正反対になります。こちらは、
相手から情報を引き出すので、いわゆる呼吸でいうと、吸い込む練習です。しっかり相手と、
つながって、特定の場所への行き方という情報をもらいます。矢印も内側(←)になりますね。

この時、ATフィールドは相手を跳ね飛ばすようにはならず、お互いのフィールドは同調して、
情報のやりとりが出来るようになっています。ただし意識の接続(シンクロ率)は10%ほどで、
たんに事務的な情報の交換をしているにすぎませんが、基本の第一歩の訓練なので充分。

ここから慣らしていくことで、次第にもっと深い情報のやりとりが出来るようになるわけです。


ただし、「道聞き」だけの訓練で慣らしていった人の弱点は、ATフィールドを外側に向かって、
放射する訓練をしていないため、意識が内向き(←)になりやすく、無視されただけで凹んで、
たとえその後、連絡先やGETで結果が出たとしても、また地蔵に戻りやすい傾向があります。

それも当然で、自分を守るためのATフィールドが形成されず、相手から影響を受けやすい。

しかし必ず、怒りが湧いてきたり、めちゃくちゃに声かけてやろう!と開き直ったりと、後から、
相手の反応はどうでもいい、という思いが湧き上がってきます。何無派十牛図でいう「戦士」
の段階ですが、大抵この時に、ATフィールドは外側へ向かい、しっかり形成されるでしょう。

もともと、挨拶の訓練は、それを一番初めに、最も簡単な形でやってしまって、最初から、
ATフィールドを形成してしまうという狙いがありました。また1からナンパを再開するならば、
道聞きと挨拶、両方やると、鬼に金棒でしょう。なお、ATフィールドの話、まだまだ続きます。

posted by 家元 at 13:46| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする