2012年05月10日

ナンパは終わり。「解放行」ね。

ゴールデンウィークは、主に大自然と戯れておりました。やはり、大自然は凄い!

ただ、自然って楽しいだけじゃない。開放的になれると同時に、あまりに不便すぎて、
疲れます。都会育ちの自分の弱さに直面し、凹みまくったりもしました。漁師や山男、
大自然の中で暮らしを営んでる人達のパワーには、本当に、頭が下がる思いです。

ハッキリいって、大自然には敵いません。人間は科学で勝った気になってるだけ・・。

竜巻や地震に津波など、バランスを取り戻すための作用ですから、いくら人間が、
「長年のサラリーを貯めた、念願のマイホームなのに!」と喚こうが、大自然には、
「ちょっと言ってる事が、よくわかんないんですけど。」と、通用せずに破壊される。

その非情さも、何て言うんだろう、やっぱり魅力か?イヤだけど、どうしようもない。


そんなわけで大自然に魅了されて、ちまちまPCを使う気がしなくなっていましたが、
何とかリハビリ感覚で、更新してみました。先月は、毎日のように更新してましたが、
今月は、どうしようか検討中です。文章を書き出すと、止まらなくなっちゃうんです。

次から次へとアイデアが浮かんできてメモるのが大変だし、何よりも理想としている、
何も考えずに、透明な意識で直感のみで暮らす生活から、外れていってしまいます。

そもそも長文を書くのがイヤになってしまい、ツイッターのパロディの「擬似ッター」
という形で、ブログで孤独に、ツイッターのフリをし続けようとしたところから始めて、
毎日のように更新するようになったんですが、どうでもいい内容ばかりになっている。

とりあえず、書くべきことは、ほぼ書き尽くした気もするし、最近は、遊び気分でした。


もはや、ナンパを論じる気はないんです。ナンパも日常も、境なんてない。ナンパ
がつまんないんなら、その人自身が楽しくないだけで、全責任は自分にあります。
女性のせいにも、環境のせいにも出来ません。愚痴った時点で、負けが確定です。

楽しくなかったら、楽しくすればいいんです。考えられる、全ての手段を使ってでも、
これを最優先に試みれば、ナンパがどうとか関係なく、日常全てが創造になります。

だから「ナンパ」だけにこだわっても、しょうがないんですよね。むしろ、この言葉を
使ったとたん、一気に世俗な構図が無意識にセットアップされて、不自由にはまる。

結局、言葉自体が限定されてて不自由ですから、全部、忘れてしまったもん勝ち!





そうなると、やはり、以前から「ナンパ」という言葉を使う事に違和感を感じてましたが、
そろそろ完全に止めた方がいいかな。なんか飽きを通り越して、記号になりましたね。

このブログも、もうじき9年目で、さすがにGET最高!の時期も、反動のウツ時代も、
運命の一人を見つけるんだ!というロマン期も、安定してしまい退屈した時期さえも、
新しいナンパの探究期も、ナンパ自体がどうでもいい時期も、全部経てきております。

現在は、その最終結論というか、総括です。で、最終的には子供に戻ったと。ナンパ
がどうとかいう問題じゃない。生きてるだけで面白いんだという、多幸感にいきついた。

一言でいうなら、細かい事にとらわれないで、「遊べ、遊べ、ただ遊べ!」ってやつです。
それも、たんなる遊び人のような限定されたものでなく、小学生レベルで遊んでしまう。

何もなくとも、いつの間にか遊びを創出し、楽しんでれば、歩いてるだけでも愉快です。


こうなってくると、世間のいう「ナンパ」観とズレてしまって、もはやナンパと呼べない。

本当は、修行の「行(ぎょう)」と呼びたいところだけれど、ただ「行は、楽しいよ」なんて
書いても分かりづらくて、いちいち、「行(ぎょう)」と、読み方を書かないといけません。

だから、今後は、「解放行」とします。人間のもつ、3つのセンター(思考、感情、本能)
を解放していく修行のことです。でも、禁欲的な厳しい苦行ではなく、思いっきり楽しい
遊行です。思考で遊び、感情を表現してスカッとし、本能はムラムラと高まるゲーム。

この何ともいえない、澄み切った青空のような境地を表わすには、「解放行」がいい。

だから今後は、「解放行」で統一します。あとナンパの日本読み「何無派」もヨロシク!

(後日談:そういっておきながら、次回からも堂々と、ナンパという名称を使ってます笑)

posted by fmtbank at 16:17| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2012年05月13日

愛しきポリスメンとの思い出(深イイ話)

今週の音声メルマガ(第10号『怒り狂う女と、ポリスマンの憂鬱』)にて、
警察官からの職務質問の対処法を扱ったので、少しだけ書いてみます。

というのも、今でこそポリスマンとは、親しげに話せるようになりましたが、
最初は、失敗もあったからです。まず大事なのは、警察と敵対しないこと!

最初の頃に、一人の初老のポリスマンに職務質問され、派出所に来るように、
言われました。私はその時、過剰にビビったのか、それとも反抗心だったのか
忘れましたが、「イヤなこった」と、その場から動きませんでした。するとビリッ!

ポリスマンに、お気に入りの服を引っ張られて、フードが破れてしまいました・・。

それで相当腹を立てて、吠えてたんだと思う。すると、直後に応援を呼ばれて、
なんと5人位のポリスメンにワラワラと囲まれて、派出所に連行されたのです。

両側からベルトをガッシと掴まれ、まったく逃げれず、観念したのを覚えてます・・。


しかし、ただナンパしていただけという事で、注意されただけで解放されまして、
そんな事なら、最初っから素直に対応しとけばよかったと後悔しました。これも、
勉強ですね。その後、違う場所で連行された時は、素直に従って大丈夫でした。

その時は、楽しく冗談を言いあったり、武道の技を試しあったりと、楽しいだけで、
恐れることではないんだと再確認できました。ただ、他の人で、駅の構内でナンパ
していて、そのまま連行され、親まで呼ばれたという方がいました。これは厳しい!

もともと駅構内は厳しいんですが、私は何度も注意されましたが、平気でしたし、
そんな事があるんだ!と驚いてしまったため、どこか対処法を間違えたのでは?
と悔しく思って、今回の音声メルマガで、楽しく話す対処法をお伝えしたわけです。

警察は敵じゃないんですよ。暴徒に襲われやすい、我々を守ってくれるガードマン。

むしろ味方ですから、やたら挨拶したりして、いっそ顔見知りになってしまえばいい。


そんな私でも、冷や汗モノの経験があって、その時は、女の子とずっと歩きながら
話していて、私が店に誘うと、彼女が「もっとイイ所があるから、行こうよ。」と言い、
じゃあ行こうと、ずっと10分位ついていったら、いきなり彼女が派出所に飛び込み、

「この人、変なんです!ずっとついてくるんです!」と、叫ぶというオチがついた・・・。

これには、まいった!で、その時のポリスマンの一言が、「体さわられたの?」です。

さわってなかったので、「いいえ」で、そのまま終わりましたが、彼女がウソだろうと、
「はい!」と元気よく答えてたら、それで痴漢になっちゃうと思うんです。おっかねえ・・。


そもそも会話の時は普通に話してくれていたし、笑顔もあった。それが豹変したので、
これにはショックを受けまして、この時からかな、相手が嫌がってないか?しっかりと
センサーを働かせるようになりました。やはり明らかに、違和感はあったんですよね。

でも慣れてくると惰性で、この人は断れないタイプだな、とか油断するんです。すると、
目覚めさせるために、ちゃんと痛い目にあう。最初は小さな違和感ですが、それでも、
気づかないと、どんどんショックな事が大きくなってくるのが、セカイのシステムです。

だから何か小さな異変が起こった時には、他人のせいにせず、自分の中のどこかが、
おかしいかもしれないと、自分自身を訂正すれば、以降、まったく大丈夫になります。





あと、もう一つ思い出しました。私は一時期、ずーっと同じ場所でナンパしていまして、
この時は連日、通報に次ぐ通報で、本当にまいりました。それも同じ人が通報してた・・。

やはり同じ場所にいると目立つし、いつも同じ相手にも出会うことになります。ある時、
背が150センチにも満たない女の子二人組と話したんですよ。で、この子達に、別に
ひどい捨て台詞を吐いたわけでもない。ただ、すぐに、こちらから会話を打ち切った。

それがカチンときたのか、以後、目の敵にされてしまって、彼女達は通報しまくりです。


私の姿を見た瞬間、通報するので、こちらも気を張らなくちゃいけなくなり、背の低い、
二人組のことを「チビタンズ」と呼んで、天敵扱いとさせていただきました。もちろんね、
チビタンズの通らない他の場所に移ればよかったんですが、それは出来なかった・・。

なぜなら私は、その場所でナンパし続け、最高のイイ女と出会うまで、死んでも絶対、
動かない!と意地になっていたからです。これは格好いい話ではなく、挫折しまくりで、
最も辛いナンパ時代でした。あきらめないで続ければ救われる!と、私が確信して、
言えるのは、この時の暗黒時代があるからです。くたばってから、物語は動きます!

それはともかく、このチビタンズとの攻防は、『最終章:極』で、実録ドキュメンタリー
の中に少し出てくるので、お楽しみください。私はスタンドを使って、彼女達をだし抜
こうとするのですが、はたしてどうなるのか?スタンド使いとしての、本領発揮です。


ちなみに、このチビタンズは、非常に物騒な連中だという事がわかります。ある時、
ビルの物陰で、痴話喧嘩している男女がいたんです。それも、すっごい派手なやつ。

ふと見ると、チビタンズの片われなんです。「おっ!チビタンって、彼氏いたんだ?」
と興味をそそられて、そっと見てたんです。そしたら彼氏の方は180越えた長身で、
それなのに、150もないチビタンの方が優勢で、服をグイッと引っ張ったりしてます。

なんか凶暴でイヤだなー。こんな子だったのかと、私は、たちまち引いていきました。

そして、きわめつけは、チビタンが彼氏の股間を思いっきり殴ります。しかもグーで!


私は初めて、女性がグーで、男の急所を体重のせたストレートで殴りつけてるところ、
見ましたよ。背が小さいから、背の高い彼の、ちょうど股間が殴りやすかったのかな?

今はそうやって冷静に考えられますが、その時はもう、見ている私も、殴られた瞬間に、
思わず、「うぐっ!」と声を出してしまいました。するとチビタンがパッとこっちを見たので、
とたんに壁に体を張りつけて、息をひそめました。本当に、本当に、怖かったんです・・。

その場にグニャッと、へたりこんだ彼を踏みつけるチビタンを横目に、ダッシュで逃げ、
泣きながら、「こんなやつを敵にまわしてる自分に勝ち目はない!」と絶望しましたね。

これが、「女には敵わない」と、うわごとのように、つぶやく日々の始まりでした。(未完)

posted by fmtbank at 01:35| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2012年05月14日

中年になるのは第三次性徴期である

一般に、中年というのが何歳から始まるのか、個人差もあるだろうが、ここでは、
30代後半〜40代から始まると、仮にしておこう。今回は、その人達への提案だ。

実のところ、これまで最も苦労していたのは、40代のナンパデビュー組だった。

そんな方々に、少しでも気がラクになってもらいたいので、少し書いていきたい。





まず中年がナンパする上で困るのが、「いい歳して。」という自分と世間の目で、
これは20代の人には分からない、非常に、ハンパなく、重い障害になってくる。

そんなの気にしないよ、という人もいるけれど、そんなにパワーあるなら、すでに
若い頃からナンパしていてもおかしくないようなタイプであり、大抵は、苦戦する。

なぜなら肉体の中年化を気にするだけでなく、中年からナンパを始めようとする
人というのは、「第二の思春期」と呼ばれてる、不安定な精神状況に入っていて、
とっても脆い。体力も落ちているわ、体面を気にするわで、すぐに挫折しがちだ。


この「第二の思春期」は、中年期にジワジワと、または突然襲い来るものであり、
今後は老人に向かって、どんどん退歩していく自分の人生の折り返し地点にて、
「本当に俺はこのままでいいのか?」という疑問を抱き、焦りや不安に襲われる。

これは順調に仕事をしてきたり、結婚生活を営んでいる人にも起きるし、多くは、
退職や離婚、子供が自立して、家を出て行くといったキッカケで、よく起こりうる。

周囲の皆がやってたから、何の疑問も持たずに就職して、結婚もしたけれども、
気がついたら、すごい喪失感を抱いている自分に気づく。もちろん、アルバイト
だけを続けて中年になって、何も達成してこなかった自分に、落ち込む人もいる。

要するに、本当は、その人の状況は関係なく、ホルモンのせいなのか、我々は、
中年期に入ると、第二の思春期に入りやすい、ということ。これは若い頃にある、
第一の思春期が人によってバリエーションがあるように、長さも深さもバラバラ。


あなたは、どうだろう?今の現状が、面白くて仕方ないなら結構!しかしながら、
「何かが違う・・。」と感じているなら、第二の思春期が訪れている。その兆候は、
最初は小さなものだが、だんだん大きくなっていき、ハッキリ気付くかもしれない。

そして肉体的なサインにも現れる。性欲減退やEDだけでなく、疲労感、ウツ状態
といった、男性の更年期と呼ばれるものへと発展してしまうこともあり、これらの
無力感や焦燥感たるや、ハンパないんだと思う。じゃあ、どうすればいいのか?

アメリカでは、この第二の思春期のことを「中年の危機」と呼び、人生の前半期
を過ぎて、あとは老化するだけだという焦りに、真っ向から対処し、スポーツジム
に通ったり、女遊びに耽ったりと、物質社会ならではに、肉体的に若づくりをする。

以前、このブログで紹介した映画『アメリカンビューティー』なんて、モロにそうで、
肉体を鍛え、自分の高校生の娘の友人に恋をする話だし、もう一度、青春時代
を取り戻そうと頑張っていた。現実には、酒やドラッグに逃げる中年も多いらしい。

では、この「何無派道場」では、どうやって、この第二の思春期を乗り切るのか?
一つの提案をしてみたい。もうオチは予想できるだろうけれど、公式に発表する。





ところで、中年となったナンヴァ(肉体)は、もっと若い頃と違って、肉がたるんで、
痩せたままの人もいるが、多くは腹が出て肥満化する。オッパイまで出来たり・・。

つまり、女性化していっている兆候がある。第二次性徴期では、男と女の性差が
ハッキリと分かれていく変貌を見せたのだが、中年期には男の体も丸みを帯びて、
女側へと性差がなくなり始めてくる。この第三次性徴期は、逆の働きがあるのだ。

第二次性徴期では、毛が生えてきて恥ずかしい思いをしたのに、今度は、毛が、
薄くなってきて、恥ずかしがったりする。もちろん死ぬまでフサフサの人もいるが、
とにかくナンヴァは、これまでと同じに生活していると、体力も落ちて、老化する。


しかし、これを老化とすると、なんだか寂しい。むしろ進化としたい。考えてみると、
中年になれば代謝が落ちて、太りやすくなる、というのは、少ない食事ですむ体
にヴァージョンアップしたという事だ。いまさら燃費が上がるなんて、凄くないか?

性力が落ちたり、体力が落ちるというのも、20代の頃のように、過剰な肉体に、
縛られないで、落ちついて対処できるようになるという、新たな覚醒ともいえる。

大抵は、中年になると以前より落ち着いて、冷静になるからこそ、現状を判断し、
思春期が始まる。それに逆らわず、新たなナンヴァの覚醒に胸躍らせればいい。

でも、この時、未来に何の展望もなくて、胸躍らせることなど、出来るのだろうか?


最初の思春期は、第二次性徴期という、子供から大人の体へと変わるための、
まさに社会に出ていくための通過儀礼で、声変わりや身長、自分の体の変化に
とまどいながら、不安になりながらも、その先には、輝かしい未来が待っていた。

ところが中年の第三次性徴期というのは、行きつく果ては、老眼だとか耳が遠く
なったり、体が動きにくくなったりといった、青年から老人に向かうかのようであり、
希望が感じにくい。どんどん無力になっていき、肉体的機動力が低くなっていく・・。

だからこそ中年は、お金や名誉を求めて、自分の力を増大させ、影響力を維持し、
失われゆく肉体的若さを補完しようと、外部的に発展しようとするのかもしれない。

長く生きていると、経験から賢くなり、社会的な成功をしやすいし、それを求めて、
夢中で頑張るのも一つの手だと思う。しかし多くの人は、ある程度の年齢になり、
社会的な成功なんかよりも、違う方向に進む。それがアメリカで多い、肉体的に
鍛えたり、若づくりしたり、青春時代を再度、蘇らせるかのような方向性であった。


この時、ひとまわりもふたまわりも年下の女の子と浮気したり、つきあったりする
こともあるが、自分の若さを思い出す相手として適しているし、女の子にとっても、
年上から学ぶこともあるし、実は、こういうカップルは、意外にもバランスはいい。

だからこそ、職場では歳の差カップルが生まれやすいし、出会いがない場合には、
中年からナンパを始めようとする。しかし、これまでやり残していたことを、やろうと
する想いが強まるから、それで出来ないと、非常に辛い焦燥感にはまってしまう・・。

最後のチャンスだという思いが、過剰に思いを強めることになるのに、肉体的に、
情熱は湧かない。これまで自分の本音を押し殺してきたのなら、そのクセがもう、
長年の習慣になっており、純粋さを失い、体力も落ちているし、四面楚歌である。


この第二の思春期は、社会的に適応して頑張ってきた自分に、ふと疑問を感じ、
本当にやりたかったことをしよう!という気にさせる。したがって、自分の過去や、
本音を探ろうとして内向する。そして、やり残していたことをクリアしたい!と思う。

若いころの最初の思春期では、将来は何をしよう?と考えたり、大人の汚い世界
は最低!と批判したりするが、まだまだ世間知らずだった。ところが、今回の第二
思春期は、ある程度、世間がどういうものか分かった上で、何をしようか、考える。

これは良い面もあるが、悪い面もある。社会はこういうもんだ、といった固定観念が、
すっかり出来あがってしまい、そこから外れにくくなるし、これまで積み上げてきた、
投資してきた、自分の過去を捨てることも出来ず、身動きがとれなくなって、苦しむ。

長年つとめてきた会社を辞めて、自分の店を持とうと思っても、怖くて仕方がない。
本当にやりたいと思っていても、現実を考えてしまい、迷ってしまう。そんな感じだ。


最初の思春期の時には、知らないがゆえの、自由な発想があった。中学、高校で
夢を語らせると、皆、勝手に何でも喋っていたというのに、中年になった今、自分
の能力にも見切りをつけ、現実を知って、非常に限定された閉塞感で、ただ凹む。

そこで趣味に走り、発散する道もある。中学、高校でやっていた趣味、ギターとか
スポーツだとかを再開したり、一番よくあるのが、その頃に好きだった音楽、番組、
マンガなどを大人買いして、ノスタルジックな気分に浸り、たっぷり癒される方向。

これを現実逃避だと、バカにしてはいけない。ノスタルジーの幸福感というものは、
実に素晴らしい。意外にも、その頃の若い自分ていうのは、ちゃんと内側に存在し、
その頃の自分に、ふとしたキッカケで、簡単に戻れる。日記なんかあれば最高だ。





そんなわけで、第二の思春期を乗り越えるには、社会的に活躍すること、または、
肉体的に、実際に若づくりすること、そして、ノスタルジーへの逃避の3つがある。

そして、この「何無派道場」で、あなたに推奨するのは、どれだか分かるだろうか?

もちろん、社会的に活躍することでないのは、すぐわかる。では、実際に若づくり
をして、若い女の子を追いまわし、青春時代を取り戻す事だと、思うかもしれない。

実際、以前のブログでは、『アメリカンビューティー』を紹介してたし、そうでしょう?


ところが、「何無派道場」が推奨するのは、三番目の、ノスタルジーの逃避である。

それも、中学、高校ではなく、小学生!そこに中年のナンパを解くカギがあった・・。


(次回、『小学生の呪い』へと続く)

posted by fmtbank at 15:46| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2012年05月15日

悟りを目指すか?小学生を目指すか?

実をいうと、前回書いた長文の、「中年になるのは第三次性徴期である」は、
だいぶ前に書いたものでした。(ああいった長文は、最近は書けなくなった。)

まぁ長すぎるだけで、ちっとも面白くなかったので、ボツにしていたんですが、
まる一日かかって書いたので、もったいなくなって、今更ですが、のせました。

しかも長々と問題提起した挙句、答えは一言、『バックトゥ小学生』ですませ、
終わらせたいと思います。結局、中年は「小学生に戻っちゃえ」ってことです。


第二の思春期や中2病というのは、もっと大人になれ!と上を目指すのでは
なくて、逆に下に降りる。小学生のもつ素直な優しさや、悪ガキな無邪気さを、
取り戻すのです。すると、ゲラゲラ笑えるような日々が再興してくるわけです。

中学、高校じゃ、すでに思春期でひねくれてくるからダメ。小学生が理想です。

実は、楽しむためには、小難しいことは、いらん。ヴァカは最高っす!という話。

本来は長文で書くつもりでしたが、こればかりは理屈じゃないので、あきらめた。

まだカッコつけたり、物事を複雑にしたい段階の方には、全く響かないですし・・。





要するに、この小学生へと戻る案は、欲しいものは手に入れたのに空しくて、
この先に希望をもてない方や、大人社会に絶望した段階の人に向けてます。

おそらく、悟りを目指して出家するより、ずっと救われる人が出てくるでしょうね。

当時、私も方向性に悩んでいて、こういう時は、原点に返るのが一番だと思い、
自分の小学生時代にいた場所に、足を運んでみたんです。そしたら、あまりに
全ての記憶が体感覚として蘇り、これは凄い!と感動したことから提案しました。

実は何も変わっちゃいなかった。もう小学生のように奇声を発して、ダッシュです。

ちょうど小学生が帰る下校時にぶつかり、皆が小学校からワラワラと帰ってき、
イエー!とじゃれあってんのを見て、混じりたくなる自分を抑えるのに、本当に、
大変だった。女の子達は女の子達で、くだらない噂話してるんですよ。面白ぇ!

うるせえよ、この野郎、とスカートめくりしそうになる自分を、必死で止めました。


やはり、そうした小学生の集団の中に一人、中年が恍惚としてスキップしながら、
混じっている姿を、俯瞰で見る自分もいて、完全に解脱まではいきませんでした。

だって、小学生が安心して帰れるように、定年退職したオジサマ、オバサマが、
旗を持って、ところどころに立ってるんですよ。ボランティアでチームを組んで、
皆で手分けしてやってるようでして、だいぶ私は、不審に見られていましたね・・。

平日の午後で、団地がたくさんある地帯なんですけど、その時間、成人男性が
1人で目的もなくウロウロしてることはなく、団地自体が、私が子供時代の時と
違って、かなり寂れて、ゴーストタウンぽくもなっていました。ちょっと哀しかった。

で、過ぎ去った時間というのは、決して戻らない。だけど、美化を差し引いても、
一番楽しかった時は、小学生の時だから、この感覚を日常にも取り入れまして、
自ら浸透させていこうと決めたんです。そしたら見事に、生活が変わっていった。

すんごいヴァカ素直に戻って、シンプルな事ばかりし始めたら、もう最高っすわ!





そんな経緯がありまして、まだエゴが成熟していなかった小学時代を利用すれば、
道が開けることもある、という提案です。自分で書いていても、こりゃ伝わらんなと、
無力に感じるほど、これって理屈じゃない。もしかして、他の人には通用しないかも。

だから次回は、この補完として、ちゃんと役に立つ、また違った方法を紹介しますね。

それは、少し下品だったので、これまた違う理由でボツにしていた方法です。しかし、
ナンパが突然つまらなくなってしまった方に、先日アドバイスしたところ、面白いように
楽しくなったそうなので紹介します。本能センターメインの方法です。では、また次回!

posted by fmtbank at 15:51| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2012年05月16日

ムラムラダイエット祭りですわよ。

オナ禁してナンパしている人達がいます。これは性エネルギーを貯めて、
圧縮して自分のエネルギーを高めるわけです。すると、健康にもなります。

そうすると、なぜか女性の方から近づいてくるようになる。性エネルギーを
敏感に察知しますからね。私も禁欲していた時期があるので、わかります。

ただ、これまでいただいたご報告では、オナ禁ナンパは、すごいイイ!って、
いう人と、全然効果を見受けられない人がいる。だから、勧めてこなかった。

先日、ご報告を受けた方は、完全に行き詰ってしまっていて、大変そうです・・。

(後日談: 彼はその後、『超覚醒チャレンジ!』に参加し、初GETできました)


で、これを読んでおられる方で、もしオナ禁してて何も変化なかったのなら、
合ってないってことだから、止めちゃっていいんですよ。私も禁欲にはまり、
無理し続けていた経験があるのでわかりますが、目的と手段が入れ替わり、
いつの間にか、『我慢する』メンタリティーに陥り、抜け出せなくなったりする。

オナ禁という修行に長時間を投じたから、どうしても少しは良い変化を見つけ、
しがみつきたくなるかもしれませんが、漢方でいう「実」と「虚」の体質のように、
合う、合わない、があります。特に問題なのが、逆に性欲が落ちる人達ですね。

オナ禁も長期間続くと、性欲さえ消える人もいるらしい。これは楽しくないです。

じゃあオナ禁をやめて、どうすんの?毎日、動画で解禁しまくるの?でしたら、
やっぱり、もったいないので、私が、お勧めするのは、ムラムラダイエットです。





これは、お腹が出た、ダイエットが必要な中年太りの男性を対象といたします。

痩せてる人は、ごめんなさいね。話として、ダイエットにした方が楽しいからさ。

で、ダイエットといえば、ウォーキングです。しかし中年太りで運動不足の身に、
ただ歩くだけというのは、あまりに面倒で、バカらしくて、すぐやめたくなります。

しかし脂肪が燃焼するのは、歩いてる時とか、あとは寒い時ね。ほら、人間て、
恒温動物で体温を一定に保つため、まるで寒い部屋にストーブをたくようにして、
脂肪を燃焼し、体を暖めます。ガタガタ震えてる時がそうね。で、もう1つあります。


それはムラムラした時です。女の事を考えたり、イイ女を見ると、体がカーッと、
熱くなる時あるでしょう?あの時、脂肪、それも特に下腹部あたりのが、燃焼し、
スリムになっていってるんです。この作用を使って、ダイエットしましょうって話。

なお、本当にムラムラすると脂肪が燃焼するか、ネットで調べちゃいけません。
何でもすぐネットで検索しようとするから、楽しくなくなるんです。答えは、全部、
自分で決めていいの。命に関わることじゃなければ、トコトン、ネットは使わない。

でも、おそらくムラムラすると脂肪って、すごく燃える。だってメラメラと似てるし・・。


話を戻しますよ。で、ムラムラダイエットっていうのは、要するに、街を歩きながら、
ひたすらムラムラすることです。女の子いっぱいいますから、その肉体を見ては、
ヴァッキする。二次元でしか萌えないオタクにとっても、リハビリになるからお勧め。

二次元オタクにとっては、それはそれは辛いリハビリになるでしょう。でも、あんた、
一度リハビリセンター行ってごらん。運動機能回復の人達は、痛い体にムチうって、
本当に頑張ってるんだから!あんたもつべこべ言わない!頑張ってヴァッキしな!

もう全身全霊で三次元の女性の姿を見て、自分から興奮していきます。普段、男は、
よーし、どんどん自ら興奮しながら、街を歩こう!なんて思ってなくて、ストッパーを
無意識にかけてるんですよ。だから、そういう気持ちで歩くと、とっても新鮮ですね〜。

意外にもムラムラできない!と思うし、ムラムラできても、背徳感まで感じてしまう。


そして、今度は話しかけてみます。二次元オタクの方は、それだけで、もう萎縮し、
辛くなっちゃうかもしれません。ていうか、普通にナンパする人も、最初の頃など、
なかなかヴァッキできないかもしれない。そこをがんばって、持っていってください。

こりゃまるで、AV男優の勃ち待ちですな。そんなノリで真剣にムラムラ&ヴァッキ!

でも街中ですから、それ以上のことはダメですよ。果ててしまってはダメ。我慢です。





とにかく、ムラムラだけをテーマにしてナンパするんです。これは、絶対GETするぜ!
というのとは、またちょっと違う。結果的にGETに到ってもいいんですが、それ以前に、
自分がムラムラすることだけを追い求めます。声をかける瞬間から、全ての過程で!

だから、勝手に自分ルールで、ヴァッキした時しか声をかけない。そして、どん位、
会話中に、そのヴァッキを維持できるか?とかに挑戦する。意外に、難しいんです。

男ってのはナイーブだから、「ウザイ」と言われただけで、シュンとなったりしますし、
もしかしたら一度もヴァッキしないで終わる場合もあるかもしれない。あきらめずに、
何度もチャレンジしてください。そして小さな課題をクリアする度に、自分にご褒美を
与えます。それは、やっぱり、『オオキニー』しかない!わかりますか?オオキニー。

『オオキニー』とは、これまで「オナ禁」とかいって、疎んじられてきたものに対して、
お詫びもこめつつ、ムラムラウォーキングしてきた自分をいたわり、女性陣に感謝も
こめつつ行う、ありがたき幸せな儀式であ〜る。一日の終わりに、全ての感謝をこめ、

自宅の寝室にて、


 「オオキニー!」


と、心の底から叫び、


(俺、関西人じゃないんだけどな〜。)


と、一瞬、思いつつ果てる。


合言葉は、大きくなったら、オオキニー!


これにて、フィニッシュ。


<こんなオオキニー文章を読んでくれて、おおきに!>

posted by fmtbank at 15:54| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2012年05月18日

自分で自分をナンパするなら?

あなたは、もし自分が女性で、男の自分に声をかけられるなら、どうしますか?

私の場合は、自分が声かけてきても、完全に無視しますね。やはり、どんなに、
さりげない入り方をされようが、瞬間的に閉じてしまいます。あ、面倒くせ、って。

話しかけてきたということは、何らかの意図を持ってるわけで、それ自体がなー、
なんていうんだろう、ビューティフルじゃなく、退屈に感じるので、相手にしない。

しかし目線は、その声をかけてきた対象人物から外せますが、耳っていうのはね、
もう横向いちゃってますから。しかもラッパみたいな形状で集音しちゃってる(笑)。


だから嫌が応でも、聴こえてしまう。そこで「あなたって、空っぽですね。でもその
スペースに、ありとあらゆるものが満ち満ちています。」なんて言われると、おっ!

そして彼(ていうか自分)が、「その豊かさに感動しただけです、僕はもう行きます。」
と去りかけたなら、「ちょっとあなた、何者なんですか?」と、思わず返答してしまう。

そうして短い会話が始まるんですが、これがもう、気が合うこと、はなはだしい!

他人のようには思えない(まぁ自分なんですから)。そこで意気投合し、初GET!





実をいうと、これが私の初めてのナンパ成功談でした。嬉しかったですね〜。

皆さんも、一度、自分を自分でナンパしてみてください。自信がつきます。

自分の弱いところは、自分が一番よく知ってるから、楽勝ですよ。

そして、自分で自分を口説いて、自宅に、お持ち帰りしてですね、

そんでもって、一人で、


「オオキニーッ!」(部屋で絶叫)


「初ゲットォ〜!」(ガッツポーズ)


夜はふけていく・・・。


<注意:すっげえくだらない内容だけど、4行目に極意を埋め込んでます>

posted by fmtbank at 07:51| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2012年05月21日

男と女の最古なナンパ物語(金環日食にて)

最もロマンチックなナンパは、運命の一人と出会うためだけに、やるものだ。

これは極端な話、その一人以外の全員から拒否されようが、裏切られようが、
かまわず、将来の一人のためだけに、純粋さを貫いていく至高のロマンチズム。

清濁併せ呑むナンパの中でも、これが出来るのは、女受けしない者のみである。

普通なら、「皆に」、「多くに」好かれようとして、キョロキョロするところを、そんな
周り道はせず、まるで天から、たった一人に向かって、一直線に降下してくるか
の如くで、まさしくエヴァでいう、月から降下してくるマークシックスのようだった。


そして、マークシックスは、地表に着地した後も、さらに地中深くへと降下していく。

それは、ドグマに眠る、自分の片われと融合して、新たなセカイを創るためである。

これが、サードインパクトを起こす神話であり、最も古い神話のひな型でもあった。





日本最古の物語といわれるものに、『竹取物語』がある。有名な「かぐや姫」の話だ。

竹の中で発見した娘が最高に美しく育ち、彼女を求めて、五人の男がしのぎを削る。

かぐや姫は、それぞれの男に、宝を持ってきたら嫁にいくと言って、男達は頑張るが、
けっして、その宝は手に入らず、五人とも、ニセモノを持ってきたりと、失格してしまう。

さらに、その時代で最も地位が高く、権力のトップであった「帝(みかど)」も、彼女に
恋をするのだが、どんなに言い寄っても、彼女を手に入れることは出来ずじまいで、
お金も権力も、彼女の心を掴むことは出来ない。いったい、誰が彼女を手に入れる?

そうするうちに、かぐや姫は月を眺めてはシクシクと泣くようになる。育ての親である、
おじいさんとおばあさんと別れるのが哀しい、もうすぐお迎えが参ります、と言うのだ。

それを聞いた帝は、なんとか阻止しようと、かぐや姫の自宅を厳重に守らせるのだが、
はたして、月からの使者は光とともに現れ、あっさりと彼女を連れ出してしまうのだった。


結局、最後に彼女を手に入れたのは、社会的常識に縛られず、天の理で生きている、
月から降下せし者であった。これを六番目の男という意味で、『マークシックス』と呼ぶ。

そして、かぐや姫を手に入れようとして頑張った五人の男は、実は、五感の比喩であり、
『マークシックス』は、地の理を超越した、第六感を意味している。だから六番目の男に
なろうと必死で頑張った帝も、社会的な五感の世界の最高峰なだけで、役不足だった。

彼女が求めていたのは、ピーターパンのように、天空を飛翔する存在であり、けっして、
社会的な地球の生活で享受されるものの延長ではない、夢のようなロマンだったのだ。

そんな彼女の気持ちは、この『Fly me to the moon』を、聴いてみれば、すぐにわかる。

間奏の時に、五色の小さなビンが出てくるが、あれが五感の比喩で、地球の価値観・・。

そして、五人の男から迫られているような彼女を、あなたが天の理で、連れ出すのだ。

(後日談: 残念ながら動画は削除されてしまったので、曲のみ同じ動画へと変更した。)






『連れ出し』という言葉がある。それは毎日、同じような繰り返しで生きている彼女を、
その安全で退屈で、窮屈な社会的生活から、そっと連れ出してあげる事を意味する。

これは、ただの飲食を共にすることではなく、心の底から解放してあげることなのだ。

女は母なる大地といわれているように、「地の理」で生きている。地球と子宮、ともに、
生命を生み出す性質をもっていて、両者は親和性がある。いうなれば、女は地と平行
に生きている。一方、男は「天の理」で生きる者で、地とは垂直に生きる、違う存在だ。

上へ上へと目指したがるし、アッと驚く発明をしてセカイを変えるのも、ほとんどが男で、
天から授かったアイデアを地にもたらす存在ともいえる。だから、我々、男というのは、
女が営む、地と平行的な生き方に合わせる必要などない。垂直に生きればいいのだ。

そして垂直な「天の理」の男と、平行な「地の理」の女が合わさった時、新たな点ができ、
出会いが生まれる。そこで、女を天空へと、未知なる垂直なセカイへと連れ出してやる。

なぜなら女は、心底イキたいのだった。イカせてくれる男を待ち望んでいるのであった・・。


天から降下せし者、マークシックス。いよいよ、あなたの出番である。契約の時がきた。

日と月が重なる、金環日食が起こりし時、陰と陽の統合の兆しが現れ、覚醒が始まる!

posted by fmtbank at 13:18| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2012年05月31日

ストライクゾーンよ!大海原の如く、広がれい!

最も幸せなナンパ修行者は、とにかくストライクゾーンが広き者である。

ストライクゾーンが広いということは、それだけ多くから喜びを得られる
可能性が高く、喜びの源泉が広がっていることを意味する。これが逆に、
ストライクゾーンが狭いと、どうしても喜びの供給源が少なくて、苦労する。

やれ芸能人の誰に似てる、年齢〜、身長〜、なんて制限すればする程、ダメ。

かつて私も、ナンパに応じる人自体が軽くて嫌だと、ナンパしながら、せっかく
OKしてくれる相手を、同時に拒否し続け、自分の首を絞めていったことがある。

しかも、最高の女じゃないと嫌だと、どんどんストライクゾーンを狭めていった。

その先には不機嫌な日々から連なる破滅が待っており、徹底的に死んだのだ。


重ねていいたい。最高の果報者は、ストライクゾーンが広き者である。以前は、
誰とでも喜んでやっちゃう人とか、風俗通いの人だとか、なんかバッチイなーと、
思っていたが、それもまた心の豊かさの一面だとわかり、今では拍手喝さいだ。

そして、さらにいうなら、そういった性的、恋愛的な接点だけに限らずに、たんに、
ただ話すだけでも楽しいと、交流の全てから喜びを得られる者、ひいては、乙女
だけに限らず、子供から高齢者、さらに同性との交流からも、喜びを得られる者。

その者こそが、最も幸せなナンパ修行者であろう。人類愛に満ちた、心広き有徳。

あくまで理想だが、その理想に近づくように、少しずつゾーンを広げていくしかない。

つまり、ナンパ修行は、人としての器量を大きくしていく、一生続く、大いなる道だ。





なお前回、たった一人のためだけにナンパすることを提案したが、今回は、その
正反対の主張をした。それも当然、このセカイは全ての相反するもので補完され、
あえて極から極へと、真逆の事をすることで、バランスのとれた中庸が見えてくる。

だから何度もいうように、ずっと独りでいる引きこもりが、最もナンパで喜びを得る。

完全に閉じきった孤独から、膨大な人々の大海原へと漕ぎ出していく、反動的行為。

もちろん、そのためには、自我を生贄にささげなくてはならない。「自我」という幻想を
死にいたらしめ、その代償で起こる、あの喜びときたら、あぁ、『命短し、恋せよ、漢・・。』

(只今、そんな題名のファンタジー小説を絶筆中!本屋大賞で2位をとるぞい!)

(追記:「執筆中」じゃなくて、「絶筆中」です。)

posted by fmtbank at 12:07| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする