2013年03月01日

吾輩は「家元」である。尊重するように!

ナンパには流派がある。ファッションに重きを置くか、トークに重きを置くか。

または、押しが強いのや、自然体のもの、笑いを重視するなど、いろいろだ。

当然、軽い子を狙うのか、ナンパに抵抗ある固い人を狙うのか、でも変わる。

しかし最大の要因は、その人のキャラ、その人自身の強みや弱み、による。

そうして一人一人の特性によって、ナンパスタイルは勝手に特化されていく。


例えば、軽い子を狙うにしても、私の場合、漫画喫茶に連れ込んだことなど、
一度もない。あんな隣で聞き耳立てているような狭いところは、抵抗がある。
(潔癖症なところもあり、漫喫や個室ビデオBOXなど、一人でも行かない。)

カラオケBOXは、結構いいと思ってたが、ここもまた、店員さんがカメラにて
監視してるんじゃないかと勘繰り、恥ずかしいので、最後までしたことはない。

ところが、そういうクローズな場所ではなく、野外なら、どこであろうとまったく
平気で出来た。そもそも、お金がなかったし、ナンパスタイル自体、声かけて、
自分も相手も一度も座らず、立ったまま最後までやってしまうのが常だった。

しかし、これは問題がありすぎて闇に葬り、ほとんどブログにも載せていない。

道義上、「なかったこと」にしてしまったわけだが、もともと真似しづらいだろう。





話はズレたが、つまり、ナンパというのは、その人の状況や性格や趣味により、
自然にスタイルが出来あがるもので、実は、明確な「流派」なんぞありやしない。

たとえ、特定のナンパ教材、ナンパ講習を入口にしたとしても、続けていくうちに、
自分の中から、自分特有の道が開け、他者のスタイルの原型なんかなくなるし、
それぞれ得手、不得手も違う。それでいいし、笑っちゃうほど、比較も無意味だ。

一日千人に声かけれた勇者が、なんと店内では全く声かけれなかったりするし、
私もクラブの騒音の中では声かけれない。(悔しいので、一度だけ成功経験を
積んだことはあるが、もう行かない。)要するに、集団の中、閉所が苦手である。


そして、そういう苦手意識こそが、自分の強みになる。他人が当たり前のように
出来ることを、自分もやらなくちゃ!と思う必要はなく、余計なことはしないだけ。

その方が、時間もパワーも拡散しないで、一番好きな部分に注げて、開花する。

だから、ナンパの流派というのは、ナンパをする人の数だけあり、それぞれが、
それぞれの家元である。家元は、何かができるから家元なのではなく、むしろ、
出来ないことがあるから、家元なのだ。その出来ないことが、イコール個性よん。

ちなみに家元は、自己申告制なので、いつでも誰でもなれる。ワシャ、家元じゃ!

posted by 家元 at 16:52| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月03日

この春、ええじゃないか運動を蜂起します。

東北の大震災の後、「ええじゃないか運動」が起こるはず!

そう思ってたけど、結局、起こってない。デモがそうだった?

いや、もっと徹底して、ヴァカじゃないとダメだし、少し違う。


もはや、江戸の末期に起こったような、民衆が歌い踊り狂う、

大きな「ええじゃないか運動」は、起きないのかもしれない。

今は、小さな規模でいいから、細分化された分野の中にて、

古い価値観をひっくり返す、「祭り」が行われる時代なのだ。

その細い川の流れが、最後は結集して、大きなうねりになる。


そして、この春、ナンパにも「ええじゃないか運動」が勃発する。

なんで、女を追わなくちゃいけない?もうナンパなんか出来ない!

声かけれなくても、ええじゃないか、逆ナンパで、ええじゃないか、

ダメ男で、ええじゃないか、内気で、ブサイクで、ええじゃないか、


そんな開き直りが、古きナンパを解体して、新しい価値観を創造。

全国で、ナンパに、恋愛に、落ちこぼれた男達が一斉蜂起する。

「リベンジ~!」と真顔で叫びつつ、腹筋は笑いをこらえて動く・・。





これは日本全土で一斉に開始する、静かな、静かな、祭りである。

このヴァカな祭りの音頭をとらせていただくのは、私、フミトバンク。

「ええじゃないか運動」で、ナンパに革命を!とのたまう、愚か者・・。


革命というものは、準備がやたら時間かかるもので、数年かかった。

しかし、牢屋からの脱獄と同じく、全てにはタイミングがあるものだ。

今回の「ええじゃないか運動」の招待状である、『第三章<究>』は、

ものすごく開始が遅れたが、これで、ちょうどよかったかもしれない。

始まりは、春だ。そして、あの例の日に、全国一斉蜂起となるだろう。


(3月3日『ひな祭り』という女子の日に宣言。女子ども、待っとれ!)

posted by 家元 at 12:30| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月11日

女達との全面戦争を開始します!(ジハード)

ついに、お待たせしました!あらためまして、私が、フミトバンクです。

日本の古くから継承された伝統的な「何無派(ナンパ)道場」の家元で、
この春、全国で『ええじゃないか運動』を指揮する、愚か者であります。

いきなり、『ええじゃないか運動』って何なの?と思うかもしれませんが、
これは江戸の末期、明治維新に変わる時、民衆がまるでデモのように、
大勢で行進し、「ええじゃないか、ええじゃないか」と踊り狂った騒動です。

古い価値観を壊し、新しい時代を迎える時に起こった、不思議な現象で、
私はこれをナンパでもって、全国に起こそうと、数年間、準備してきました。


しかし、あなたに「一緒にデモ行進しよう」と誘うのではありません。もっと
静かな運動です。集団で集まらずに、各自が一人でやるものとなります。

ところが、各自、横のつながりがないというのに、間接的に協力しあって、
自然と一つのムーブメントになるという、不思議な現象が起こるでしょう。

現時点では、何のこっちゃ分からないのも当然。今回は不明だらけです。

全体像が見えない中でも、「ええじゃないか!」と、前進していただきます。





今回の春の『ええじゃないか運動』は、去年の夏の『100人解放行』とは、
まったく趣を別にしています。解放行は意識をシフトさせて量稽古していく、
「修行」でした。今回は「修行」ではなく、オフビートで革命的な「運動」です。

一言でいえば、逆ナンパです。もう普通に声かけてられっか、面倒だよ!
ダメで、ええじゃないか、技術なんて、ええじゃないか、修行なんて、もう、
どうでもええじゃないか、と、これまでのナンパに、反旗を翻す運動です。

ハッキリいって、誰でも出来ます。気合いもいりません。地蔵なんていう、
概念自体が出てこない、秀逸な方法です。イケメンとか関係なく、3秒で、
こちらに気持ちを引っ張り、好反応を得られます。まるでウソのようです。


ほんと、これじゃあ、まるで安っぽい情報商材の「ラクラクGETできる!」
というハッタリ宣伝文句のようですが、私は、ああいう裏技系のノウハウ
が現実に存在したらどうなるか?という挑戦をガチでやってみたのです。

そして、新しい裏技が出来ていく全過程の音声を、延々録音し続けました。

その結果、着手してからは7年間かかりました。たんなる編集作業だけ
でも数年間かかっていて、こんな面倒くさいこと、普通の人は無理な位、
延々と一人で、システィーナ礼拝堂の天井画を描いている気分でした・・。

何度投げ出したことか、わかりませんが、それもこの春まで!長かった。


まぁ私自身の苦労はどうでもいいんです。大事なのは、内容です。以前、
挑戦状を叩きつけたように、今回は、とにかく『Q』=問いを投げかけます。

まるで禅問答、禅の公案のように、私は、あなたと知恵比べをするつもり。

「はたして何名が禅問答を解けるのか?」で述べたように、まず前半部分を
『第三章<究>』でお伝えして、しばらくは各自で実践してもらい、その後で、
『第四章<極>』にて、後半部分を補完するという、Q&Aの二部形式です。

なぜ、そんな面倒なことをするかというと、私が考案した方法は、あくまでも、
私のセカイでの究極であり、他の人には、また他の人のセカイがあり、多分、
家元である私を超える手法を産み出す人が、何名か出るだろうという予想・・。


なのでファジーな部分、空白な部分をなるべく残しておきたい。その空白に、
人それぞれの想像力、直感、特性が現れ、無数のパラレルワールドの如く、
新しいセカイが分岐していくんじゃないかと、瞳をキラキラして期待してます。

つまり、私の構築した方法が必ずしも正解ではない。もちろん、正解を探り、
いろいろと考え、当てにきてください。その思考や試行が至高の「運動」です。

ただ頭で発想したことを言ってきてもダメですよ。どんなに秀逸なアイデアも、
行動しなければ、すべて妄想。しかし実際に行動した事は、どんなにダメでも、
「ええじゃないか!」と絶賛すべき「運動」です。そうして創造性は発揮される。

だから私は、今回の「ええじゃないか運動」に参加する人達を全員、「家元」と
呼んで尊重させていただきます。結局、ナンパは、人の数だけあるからです。





あと補足としまして、以前、述べたような恋愛ノウハウというのは、後半部分、
『第四章<極>』で大きく扱い、今回は主に、パズルを解いていくのがメイン。

「もう女を追っかけるのは嫌だ!」とブチ切れた私が、ナンパ自体を解体して、
実験を繰り返していきます。しかし、常に、その全貌は明かされず、一部分が
明かされ、また他の部分に対し、新たな問いが投げかけられていく構造です。

その過程から、うっすらと全体図が見えてきて、突如、パズルが完成していく、
アッ!という気づきによる感動を味わってください。もう、鳥肌がたちますよ~。


これは、映画「桐島、部活やめるってよ」に影響を受けていて、あれは同じ日を、
違う登場人物の目線で描くことを何回も繰り返し、描写に厚みをもたせましたが、
『第三章<究>』でも、同じ手法の過程を、違う視点で、何度も描いていきます。

だから時間軸も錯綜していき、混乱する方もいるでしょう。『超覚醒チャレンジ
での骨太の分かりやすさと対極なので、ご注意ください。純粋なノウハウもの、
っていうよりもアクロバティックな編集による、難解パズルというべきでしょうか。

ただし、あの独りよがりすぎる、エヴァの映画「Q」にならないように、ちゃんと、
毎回、カタルシスが得られるように、新たな事実や答えが見えてきて、理解を
進められるようになっています。あの失敗作は、反面教師となりました。次作
への布石だからって、不明のまま走るな、ちゃんとエンターテイメントしろよ、と。


実は、最大のエンターテイメントは、見えないものが見えることです。いうならば、
どうなっちゃうかわからない、ってこと。その先が知りたいから、惹きつけられる。

それと、日常生活で当たり前と思っていたものが、引っくり返ることこそ、究極の
エンターテイメントともいえます。だから、今回のメインテーマは「認識力」となり、
あなたの知能に挑み、「認識」を変換させます。さぁパズルを解いてみろよ!と。

前作の『第二章<破>』では、ストーリーの流れでもってグイグイ引っぱっていく、
感情センターを刺激する内容でしたが、今回の『第三章<究>』は、もう完全に、
思考センターを刺激していきます。油断してたら、パズルや仕掛けで迷うでしょう。

音声も、一見、関係ないような、どうでもいい会話が、後々の複線になっていたり、
意味ありげな会話が、逆にどうでもいい話だったり、ミスリーディングまで仕込み、
あなたを混乱させ、至高の思考、嗜好の試行へと誘います。これぞ最強の娯楽!


誰もやらないこと、未知なる道は、多くの「迷い」で満ちてます。その中で、ただ、
他人の作ったノウハウをロボットのようになぞるのではなく、自己の思考を使い、
パズルの抜けおちた部分を補完していき、それが嵌ったときの快感ときたらない!

本当、面白いですよ。一生に一度の経験になると思うので、今回何か感じる方は、
ご参加ください。参加資格は、『覚醒プログラム』、『脱出プログラム』が配信済み
の方です。(すでにご注文済みの方は除く)。販売開始は、3月20日の春分の日。

その前に上記の二つをご購読する方は、ご注文時に、「一括配信」と記入ください。
一日で全てお送りして、「ええじゃないか運動」の開始に間に合うようにいたします。

思いっきり開き直り、この春を堪能しましょう!春分の日に、お待ちしております!

(東北大震災二周年の日に記す。しばし黙祷。そして、ええじゃないか!と絶叫。)

posted by 家元 at 00:03| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月16日

発売日『不明』のお詫び

あまりに興奮して、たまらない状態に入ってしまいました。

これは、ただごとじゃない!本当に、日本が変わるという、
確固たる実感とともに、ここで、宣言させていただきます。

ナンパが日本を変える!今年の「ええじゃないか」運動が、
全国に流布するにつけ、民衆の意識に革命が起こる!と。


当初は、ある意味、ただの冗談、スタイルにすぎなかった、
「何無派道場」や「ええじゃないか」が、ここにきて、本当に、
こんな形で結実するとは、思いもよらなかった。最高ぜよ!

今はまだよくわからないと思うが、ガンガン伝えていくぜよ!

男らしく語尾に『ぜよ』って言葉も、つけまくっていくぜよぜよ!


そんなわけで、3月20日の(春分の日)に開始予定だった、
ナンパ脱出プログラム第三章<究>』を、少し延期します。

今のまま始めても、まだまだあなたの熱が高まっていないし、
ただの便利なノウハウで終わってしまうため、ブログで熱を
伝えていくだけでなく、他にもいろいろやるべき事が出てきた。

まずは、この革命の下地を理解してもらうことが大前提です。





度重なる延期に関しては、本当に申し訳ないと思っています。

今後は、もう二度と予定日は、お伝えしません。ある日、突然、
あなたのメールアドレスに、まるで赤紙のようにお送りします。

後々、日本全土を巻き込むことになる革命は、いきなり始まる。

なぜなら、約150年前の「ええじゃないか」の始まりも、唐突に、
天から御札が降ってくることで始まったからです。それをなぞり、
出来るだけ本気で、「ええじゃないか」騒動を起こすことにする。

決めました。そして謎が解けました。なんで私が、こんな長い間、
当ブログや活動を続けるはめになったか?全てが解けたのです。


(最終章:最後の聖戦へ)

posted by 家元 at 16:31| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月17日

2013年は「ええじゃないか」に最適の年だった!

私は、この春、日本全土にナンパ革命を起こすと銘打って、
それを平成最後の「ええじゃないか運動」になぞらえていた。

そこで、ちゃんと「ええじゃないか」の古い文献を調べていたら、
そもそも「ええじゃないか」とは、伊勢神宮に、集団で参拝する、
「おかげ参り」という、江戸の巡礼運動を下敷きにしていました。

そうして、伊勢神宮を調べたら、なんと今年が、20年に一度の、
「遷宮」といって、本宮の場所を移動する、リセットの年だった・・。


「遷宮」は、莫大な費用もかかり面倒なのに、なぜやるかというと、
場所を変えることによって、惰性による腐敗から逃れるためです。

それが神社頂点の伊勢で行われる。いわば新しい時代の始まり。

こりゃ、ナンパによる「ええじゃないか」を起こす年に、ピッタリだ!

しかもこの遷宮は、縁結びで有名な「出雲大社」でも、60年ぶりに、
今年、同様に行われる。まさに神道系における、大革新の年でした。

なんと伊勢と同時に、出雲まで動くなんて、まさに男女の結合の年!





私はメチャクチャ興奮して、こりゃ、もっと本気でやろうと思ったのです。

このブログや活動も、ちょうど10年目になるし、最後の年にふさわしい、
大きな祭りにすべきだと考えなおしました。まさにジャストタイミングです。

というよりも、セカイによって導かれ、時間調整させられたと思ってます。

本当は去年、すべてを発表して終わりたかったのに、なぜか出来ずに、
ズルズルと2013年になってしまって、だらしないなと、少々凹んでいた
のですが、これで理由がわかった。これぞセカイのおぼしめしである、と。


また、歴史的にも、「ええじゃないか」が起こったのは、江戸幕府が終わり、
明治維新へと変わる、その狭間です。まさに我々は、そんな時代にいます。

おそらく今年は、下半期から日本は激変するのでしょう。それに合わせて、
我々も、命を革新すべきです。たかがナンパというなかれ。全てが変わる!

posted by 家元 at 10:32| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月18日

究極の相手と結ばれることをテーマにします。

今年は日本の歴史上で、過去最大にナンパが盛り上がる年になるでしょう。

そこで私は、自分の役目は何かと考えた結果、キューピッド役をやることにし、
あなたに最高の女性をあてがうことにしました。別に紹介するわけではなくて、
あなたが自然と出会い、統合できるように、ただ、日本全国を変えるだけです。

そのために、「ええじゃないか」運動を起こしますから、ご自身でやってください。

助ける感じではなく、このブログと『究と極』のプログラムで、挑発する感じです。

どちらかというと、お見合い話を持ち込むような、世話焼きババアというよりも、
神アニメ『四畳半神話体系』の冒頭で、出雲の神のフリをした樋口師匠になる!





とにかく今年は、日本一の縁結びの神で有名な「出雲大社」、60年ぶりの遷宮
がありますので、そのパワーを受け、私も神がかった状態に入り、応援しますよ。

必ずしもナンパは、彼女探しだけが目的ではありませんが、一番喜ばれるのが、
「最高の彼女ができたぞ!」というレスポンスなので、最後こそ、それに応えたい。

これまでで、最も日本全国の男と女をくっつけたい。一気に、統合させたいのです。

もちろん、私にはそんな力はないし、実際、行動する人しかしない、ナンパなんて、
選ばれた人しか出来ない、という結論を持つことは簡単です。しかし間違っていた。

もはや理屈や過去の経験値なんてどうでもいい。大事なのは、情熱だとわかった。


このブログやプログラムに触れた人、全員を『究極の相手』に向かって先導します。

今までは「運命の人」とか「最高の彼女」とか呼んでいましたが、これからは、新しく
『究極の女』、『究極の相手』と呼びまして、そんな彼女と統合することを応援する。

いろんな女性陣と触れ合うのも楽しいけれど、「究極だ~!」と大興奮して、夢かと疑う、
もう死んでもいいと思う相手とくっつかなくて、なにがナンパだと思う。ちょっと好きなら、
合コンや職場など、近場で勝手につがいになってりゃいいんすよ。出会い系でもいい。

そうじゃない。ナンパの最大の醍醐味は、心が震える、『究極の相手』と結ばれること。

それを過去最大の人数、成し遂げてみます。ラストイヤーだから、大団円にもっていく。

以上が、「出雲大社」からインスパイアされた決意です。(次回は「伊勢神宮」について)

posted by 家元 at 15:39| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月19日

60年に一度のナンパ祭り、『おかげまいり』

江戸時代には、男女が入り乱れて、ナンパ天国となる時期が60年に一度あった。

それが『おかげまいり』と呼ばれる、伊勢神宮への集団巡礼の爆発的流行である。

交通手段が発達していない中で、何日間もかけ、誰もが伊勢を目指したのだった。

当時は、身分制度(士農工商)がしっかりしていて、移動の自由も少なかったのに、
伊勢に参拝に行くという名目さえあれば、土地に縛られた、農民でさえ参加できた。

これが、どれだけ自由感があったか、想像さえつかない。まさに「うひょ~!」である。


さらに商家の奉公人、それも若い子供から女までもが、いっせいに仕事を抜け出し、
伊勢へと走りはじめたといわれる。それも主人に無断で!つまり、サボリ、ボイコット。

制止しようとしても無駄で、止めると祟りがあるとまで信じられていた。戻ってきても、
抜け出した奉公人が、伊勢に詣でた証拠を見せれば、おとがめナシだったのである。

これを「抜け参り」とも呼び、主人も、職人がみんな出かけたから、仕方なく参宮した。

そうして身分の高い者よりも、身分の低い者が率先して、『おかげまいり』は起こった。

この気持ちよさ、解放感はたまらなかっただろう。現在とは違い、自由に旅行もできず、
厳しい主従関係の中で働かされていた、奴隷のように縛りつけられていた状態から、
一時的に解き放たれて、大勢で旅をする。その長旅の過程で、幾多の恋も生まれた。

「旅の恥はかき捨て」という言葉は、まさに、この『おかげまいり』から、出てきたのだ。





そして現在、平成25年の春、ふたたび『おかげまいり』が、日本に起ころうとしている。

我々は政府に対しても、社会システムに対しても、そして何よりも、自分の中にあろう、
あの微妙に本音を隠そうとし、どうでもいい事をやらせようとする、マトリックスに対し、
ほとほとウンザリしている。道徳もクソくらえ、だ。思いっきり生きたい!解放されたい!

もっとお金があっても何にもならず、カウンセリングなんて、ただの気休め。ネットなど、
もはや飽きた。キリがない他人の戯言を読み、他人の人生を覗き見するだけの日々・・。

そんなんじゃない。そんなことをするためだけに生まれたんじゃない。ふさげるな!と。

我々は、何か騙されてる。自分で自分を騙している。長年たまった、自分に反しての、
屈辱感、同じ事が繰り返される平凡な日々、ただイライラするだけの仕事、そういった
自縛から逃れ、真に求めていた超越、あのキラメク世界へと、ついに詣でることになる。


今年は、伊勢神宮の式年遷宮だ。20年に一度行われる、壮大で重要なお祭りであり、
神宮の建物を新しく建て直すとともに場所を移し、さらに殿内の宝物も全て新調する。

この日本最大の神社には、常に新しくありつづけるという、常若の思想がある。そして、
その精神を我々も忘れてはならない。江戸時代が、なぜあんなにも長く続いたのか?
それは『おかげまいり』という、民衆の不満の、爆発的なガス抜きがあったからだろう。

そして我々も同じく、一生に一度、60年に一度位は爆発してもいい。いや、すべきだ。


これからも我々は、生きていかなくちゃいけない。震災後のショック、何か社会のため、
他人のために頑張ろう、という一時的なテンションは陰りを見せたかもしれない。当然、
そういう無私なる行為も必要だ。しかし、もっともっと必要なのは!自己の解放である。

それはキレイなものではない。どこかカッコ悪くて、ドロドロして、自分勝手で、大胆で、
かつ狂騒的で、疾走的で、躁ウツ的で、陰と陽で全体的な、躍動する、生きた充実感。

刷新する『人生』に乾杯。祝祭空間は、あなたの周囲に生まれていく。ええじゃないか!

posted by 家元 at 16:08| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月20日

本日、何無派(ナンパ)解放令が発布!

ついに本日、春分の日に、第一の御札降りが起こった。

天から御札がふってくる。それが『おかげまいり』の兆し。

いうならば、「何無派(ナンパ)解放令」が発布されたのだ。





そうして全ての男(陽)は、全ての女(陰)に対して詣でる、

つまり、いつでもどこでも、声をかけてもいいようになった。

男女間の不文律な壁は撤廃され、身分の差もなくなった。

第一のお札の降下と共に、古き呪縛から解放されたのだ。


以上をもって、ここに、平成の『おかげまいり』を開始する。

(『ええじゃないか』の胎動は、第二の御札の降下を待て!)

posted by 家元 at 07:24| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月22日

モテないことが最強のエンターテイメント

私は、「モテない男達による決起!」というものに、とても魅力を感じていました。

かつて「革命的非モテ同盟」というのがあって(今もあるかも)、モテない男達が、
バレンタインデー粉砕!クリスマス蜂起!なんてデモ行進とか、六本木ヒルズ
の前で、勝手にコタツを持ちこんで、鍋とかやってた。本当に、楽しそうでしたね。

また一方、路上でモテる男達、というか、女ウケする人種、いわゆるナンパ師も、
素晴らしいと思ってました。しかし、やはり遊び人自体は、面白い人とは思えず、
図々しい行動力がある、という美点だけの人で、実は、そんなに惹かれはしない。

かといって、「非モテ」を自負し、ひたすら女に背中を向け、お祭り騒ぎするのも、
イヤだった。そこで私が一番やりたかったのが、全然ダメだろうが、実際に、女へ
飛び込んでいきながら、全然ダメな自分を笑い、それを革命として遊ぶことです。


つまり、女ウケする格好してる「ナンパ師」と、クリスマス反対!とデモ行進する、
「非モテ」の中間を狙った。ちゃんと女に飛び込みつつ、ダメな自分に爆笑して、
時々、成功する、なんてのが理想だった。ところが、予想以上に、うまくいった・・。

これは、女性「性」のもつ、受容力をナメていたわけです。我々、男の千倍以上は、
女性の他者を受け入れる能力はあるんだ!と。だから、風俗で大勢働いているし、
最低な男と別れられない女性も多い。我々、男だったら、気持ち悪くてムリっすよ。
(これはあくまで悪い例。要は、女性は心が広くて、いろんな男を受け入れられる)

メスは強いんです。たとえば、ウサギの足にギプスをつけると、オスはストレスで、
とにかく外そうとして衰弱するけど、メスのウサギはすぐ慣れて、平然としている。

そんな女の強さに、私は救われ、そして負けまくりました。そこで話は戻りますが、
先日、何無派(ナンパ)解放令が発布されたこともあり、私も、再び原点に戻って、
やりたいことを、全てやることにしました。それは「非モテ」と「ナンパ師」の中間で、
これまでと少し方向性が変わります。うまくいくためというより、ダメで自由な感じ。


ナンパ教材を販売するようになって、無意識的に「先生役」をやるようになったため、
あまり間違ったことを書けなくなってしまっていたのです。だってギャグで書いても、
まともに受けて実践する人もいる!なので途中から、気を使い遠慮がちになった・・。

本当は、もっとメチャクチャなことを主張したかったのに、いつの間にやら、自分で、
自分を縛っていたんですね。そんな遠慮にも終止符を打って、自分の好き放題で、
書いていこうと思います。たとえバカにされようが、最後は思いっきりスッキリしたい。

そんなわけで、今後は自分の趣味に走るし、自虐的になったり、やり放題になって、
ついていけない内容もあるかもしれませんが、結局は「創造性」がテーマですから、
私自身が解放されていく姿勢を見せることで、間接的に、役立てばいいと思います。

ここまでヴァカでいいんだ、ここまで間違ってていいんだ、ここまで最低な人間でも、
明るく生きていけるんだ、などと安心でき、鼓舞できるような内容にしたいです。もう、
ものわかりの「いい人」は卒業です。もっと地を出して、思い込みの強さを発揮したい。





なお最近、「出雲や伊勢」など、神社を題材にしてますが、あくまでもナンパを、もっと
ラクにするため、そして気持ちよくするために取り入れました。もともと神道に教えは
ないし、厳しい戒律もない。欲望を肯定し、神頼みに任せて、突っ走ればいいんです。

また神様とかいっても、日本には「やおよろずの神」といい、とにかく無数の神がいて、
それらは全て想像の産物、いわばアニメキャラみたいなもんです。そして神を使って、
いろんなことを成功させることを、ジョジョのスタンドでいう、「スタンド使い」と呼んでる。

私は別に布教するつもりはなく、ただ日本風の舞台装置で、ナンパを楽しみたいだけ。

とにかく、自分が面白がるために、タダで使えるものは全て使う!そこ、徹底してます。


そして今年は、春に「出雲大社」が60年に一度の遷宮を行い、秋には「伊勢神宮」が、
20年に一度の遷宮を行う。この歴史的な年を利用せずして、他に何がある!という話。

「出雲と伊勢」は、まさしくナンパ運動を盛り上げるためにはピッタリの、舞台装置です。

「出雲」が縁結びの神で、続く「伊勢」は太陽の女神であるアマテラスが祀られている。

そこで、春から、モヤモヤした雲の状態を脱出し(出雲)、太陽のように輝く究極の女と
秋までに統合する!という、一年のスケジュールを、これに合わせることにしたのです。

あなたと、究極の女を結びつけるキューピッド役になろうと思いました。それも本気で、
神がかった状態のゾーンにはまりこんでしまえ!と決めた。なぜなら、面白いからね。


これは出会いと別れの長旅です。必ずや、あなたを新しいセカイへとお連れします。

そのためには、まず『おかげまいり』といって、何無派運動をしてもらわないことには、
何も始まりません。さらには『ええじゃないか』騒動で、日本全国に革命を起こします。

今は何のことかよくわからないでしょうが、革命を起こしたい方は、ぜひご参加ください。

特に、「ナンパ師」から、かけ離れた人ほど、寄っといで。すべてを引っくり返そうぜよ!

posted by 家元 at 14:13| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月23日

ブログ最後の記事(エピローグ予告)

我々、何も持っていない、孤独な男、

その最大の味方は、「見方」である。


(最後、この記事が最新へと繰り上がる)

posted by 家元 at 12:53| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月25日

女をジッと見つめるのはタダだ。

人間には、男と女の二種類、さらに少数だが、その中間もいるようだ。

ちなみに私は男である。これまで生きてきて、何度も確認したし、また、
外を出歩くと、女ばかりに目がいく。女を見ると、何だか気持ちがいい。

これは男の特性らしく、健康な男は女を見ると快感。なので見ている。


たまに気恥かしさもあるが、見られている方ではなく、なぜ見てる方が、
恥ずかしく思うのか不思議だ。遠慮してしまう。もしや怖いのだろうか?

たとえ目の前に女が現れても、無視すれば何も感じず、心も安らかだ。

こちらが見なければ、相手はいないも同然となり、心は一切動揺しない。





実は、見るというのは、すでに立派なコミュニケーションであり、相手が
見返してきたら、または見返さなくとも、見られていることに気づいたら、
すでに声をかけているのと同じで、そこに差異は、ほとんどなかった!

相手が表情を固くしたり、あえてソッポを向いたり、見られていることを
喜んでいる、あの「女の表情」をしたりと、いろいろな反応を見せてくる。

こちらがパッとしない男であろうと、なぜか見られるのを喜ぶ女はいる。

しかし、たとえ女と目があって喜んでそうでも、こちらのことが好きだとか、
そんな深い意味もなく、「私のこと見てる」という自己確認にすぎなかった。

そうして女は、男に見られて、見られて、見られまくってきているようだった。


男が思っている以上に、女というものは、見られることのプロに違いない。

女の視線を感じる能力は、実にすさまじい。携帯見てたり、音楽聴いてたり、
考え事してない限り、すぐにわかる。男からの視線は、超能力並にわかる。

で、面白いと思ったのが、前から歩いてきた女を見ると、時々、奇妙な動作
をすることで、それは彼女が顔を下げて、自分の胸元を見るという、行為・・。

特に、自転車に乗ってる女までが、うつむいて、自分の胸元を見てるのだ。

その意味がよく分からなかったが、ナンパを始めて、すぐ気づいた。たんに、
男の視線を感じたことで、自分の胸がどうなってるか、見えすぎじゃないか?
そういう意識が働いているだけで、しかも無意識的に出てしまうようであった。

私は「胸元なんか見てねーよ。」と、滑稽な気持ちになったが、私が見なくても、
普段、どれだけ男達は女の胸元を見ているか、ということで、もはや自分だけ
の問題ではない。女は相当、男から見られている。敏感になるのも同然です。





ある時、私は本屋にいた。そして本探しをしながら、女も見た。あっ、この女は、
キャバクラの客引きをしている者だと思い、文庫本の平積みを次から次へと、
手にとっている、その姿を見ていた。出勤前に時間をつぶしているのだろうか?

彼女は、非常に強引でボーイッシュな客引きをしていたが、手にとってるのは、
自己啓発系の本が多く、やはり誰でも悩みがあるものだと、感心してしまった。


しかし、そんな姿を見てはいけないような気がして、私は見るのをやめ、本棚を
移動する。すると今度は、普通のOL風な女が、『夫とは、したくない。』という本を
立ち読みしていた。あたかも本のタイトルが、彼女の自己紹介になっているようだ。

え?そうなの?と思わずジーッと見つめてしまった。途端に、彼女のまばたきが、
パチパチパチと速くなった。あれ?見ているのがバレだかな?と思ったが、彼女
は依然として、こちらを意識せず、ガッツリと「夫とは、したくない。」を読んでいる。

そうか、そこまでしたくないのかと、彼女を見つめていると、またもや、まばたきが、
パチパチパチ・・。それも、私が視線を外すと止まり、再び見ると、また始動する。


私は思い切って、『夫とは、したくない。』を読んでいる彼女を凝視しまくってみた。

すると、どうだろう。どんだけ加速すんねん!という、まばたきの嵐が巻き起こる。

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ・・。

それでも、『夫とは、したくない。』を手離さない彼女。いったい、どんだけしたくない?

さらに私は腰を抜かしてしまった。先程のキャバクラの女も、その横で読んでいた!


(そうして、最終章が始まった。)

posted by 家元 at 13:54| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月26日

女の尻を見ていると、自然と手が・・。

私は女の尻を見ていた。それはそれは、熱い視線を注いでいた。

なぜなら、「さぁ見てくださいな。」という形と、動きをしていたから。

それに応えて、見てあげなければ、男としての責務の放棄となる。





女が前から歩いてきた時、男は女の顔を見たり、胸を見たりする。

いや、しかし正面からだと、胸を見てるのが、女にバレバレなので、
そんな図々しい人は少ないだろう。(意外に多いのかもしれないが)

ところが、女を後ろから見るとき、遠慮はいらない。こちらが見てると
バレないので、ゆったりと足を眺め、そして尻を見つめるのも自由だ。

だから私は、ここぞとばかり、なんていう勢いさえもなく、見て当然と、
ボンヤリ見つめていたのだった。そうしてるうちに、ふと疑問が湧いた。


 なんで女の尻は、男よりも大きいのだろうか?(体のバランスから)

 どうして、腰からくびれて、あのなだらかな曲線を描いているのか?


まぁ別にいいんだけども、単純に、いい形だぜよ、あっぱれ、あっぱれ、
と感嘆した途端、不意に答えが出た。それは「子宮」があるからである。

男と女の最大の違い。それは胸でもアソコでもなく「子宮」だといえよう。

そんなの当たり前じゃんかと、君は思うかもしれない。しかし私にとって、
これが雷に打たれたような衝撃の答えであった。全てが繋がったのだ。

なぜ女の尻が、ふくよかなのかというと、「子宮」を守るクッションとして、
尻もちついた時、衝撃をやわらげるためであったり、体中が丸みを帯び、
柔らかいのも、特に「子宮」に子供がいた時など、守るためだったのだ!

また、なぜ女に冷え症が多いかというと、手足よりもまず「子宮」を暖め、
他は後回しにするためだったり、太っても内蔵脂肪ではなく、皮下脂肪
がつくのも、「子宮」の邪魔にならないようにするためだと、理解できた。


つまり、女は「子宮」であること!完全に「子宮」がメインで、それを包み、
守るようにして、体が出来ている、という生物学的事実の発見であった。

そんなの当然の事として知っていたのに、初めて自分の目で見、それを
体中で感得した時には、私はあまりの敬意に打たれ、自然と手が動き・・、

両手を合わせ、その場にひざまずき、合掌したのだった。

そうして、ハッキリわかったのだ。女こそが神である、と。

(合掌からの、コマネチ!)

posted by 家元 at 16:37| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月27日

神はどこにいる?女体に宿る。(SAY!性!聖!)

日本人は神頼みが好きで、初詣以外にも、神社によく足を運ぶが、
神社に「神」などいない。あれは、ただの雰囲気を出す舞台装置だ。

誕生会における、ロウソクの立ったバースデーゲーキのようなもの。

では、「神」はどこにいるか?というと、実は「神」なんてものはいない。

脳で把握できるものは、「神」だろうが、すべて脳が創りだした幻想だ。


しかしながら、我々が感知できない、この世界を運営しているシステム、
計りしれない超越的な理(ことわり)を人間は感じ、そこに神秘を感じる。

宇宙の果ては何だろう?と考えていると気が遠くなるように、いくら科学
が理路整然に説明しようが、それはただの仮説にすぎず、幻想の一種。

ならば、実際の摂理など関係ない。重要なのは、我々がどう感じるか、だ。


そして、どう役に立つか?だけで事を進めてしまうなら、「神」的な存在が、
自分を守ってくれていると、そう思い込むことは、そう思わないよりもいい。

自分でゴチャゴチャ考える必要もなく、全ては与えられると、お任せして、
悠々自適な生活を送れる。そして、そういう姿勢で過ごすと、謙虚になる。

なんか知らんけど、うまくいくという、痛快な結果に、感謝せざるをえない。





日本人は、遥か昔から、大自然の中に「神」を見出し、祀ってきたのだ。

時おり起こる驚きの偶然や、人生の神秘に対する感受性も素晴らしい。

その新鮮な面白さや、涙ぐむほどの感動は、超越的なものへの憧憬と、
全てが繋がってるという、あの強烈な快感を生み、人生観を一変する。

時代の流れは、すでに経済から宗教の時代に入っているが、その中で、
我々が出来ることは何か?それはお金を必要としない、精神性の発動!


それが、究極まで高められた、女と男の紡ぎ合いによる、陰と陽の統合。

その象徴的な年となるのが、出雲、伊勢の遷宮が行われる今年である。

今年、2013年は、伊勢へと参拝にいく「おかげまいり」が流行るだろう。

いや、正確には、伊勢(いせ)ではなく、異性(いせい)への参拝となるが・・。


ところで、重ねていうが、神社には「神」はいない。それなら、どこにいる?

もちろん、女体にいる。我々が生まれてきた、この世に出現してきた場所、
「子宮」という不思議な神殿を、我々は、もっと深く祀らなければならない。

あの全てが始まった源こそ、理性ではわからない、超越的な世界への扉
の向こう側に想いをはせる、神的崇敬に値する。なので我々は、子宮に
戻ろうとして、ふたたび女体へと入ろうとする。それが陰と陽との「性」だ。

「性」こそが神聖な「神事(かみごと)」であり、そこに全てを没入し、全てが
解放されたとき、えもいわれぬエクスタシーが巻き起こる。そこでは一種の
強烈な「死」が訪れるため、我々、男は、「性」を恐れる者が後をたたない・・。

なんとか半身のまま、できるだけ没入しないようにすましたり、我を忘れる、
偉大な魅力を宿した女性からは逃げて、安っぽく弱い女へと、逃げるのだ。

たいてい男はそんな調子で、真なる「性」の深遠に飛び込む者は、少ない。


いにしえより、男は女に魅了されると同時に、畏怖してきた。そうして、あの
「子宮」というものから産まれ出る我らの仲間、自分自身の源を敬ってきた。

実は、神社というものは、そもそも、女体を模して作られた。鳥居は女性器で、
たまに赤く塗られているものは、女性器が「ここですよー!」と、分かりやすく、
アピールしているわけで、我々、男は鳥居をくぐって、中に侵入(チン入)する。

神社に入ってすぐの所に、清めの水があるのも、汚い手指で触れ、女性器に
バイキンが入らないようにするためで、口を注ぐのも、口臭予防というやつで、
いわゆるエチケットだ。そうして、子宮を模した、本宮へと参拝することになる。

神社へ向かう道を参道と呼び、子が生まれる「産道」と同じ意味だし、もともと、
昔は神社に、男性器や女性器を模した木や岩が祀られ、完全に神聖なる「性」
をメインに我々は祈ってきたのだった。今では、すっかり撤廃されてしまったが。

結局、文明が進むにつれ、「性」が恥ずかしいもの、汚らわしいものとされたのだ。

何が文明開化だ!西洋のものを徹底的に取り入れた結果が、今の無残な有様・・。





我々、男は、女体を軽んじすぎてきた。雑に扱うのも、二次元に逃げるのも違う。

もっと女体そのものを参拝するつもりで、堂々と、優しく、いやらしく詣でるべきだ。

今でもストリップでは、女が全て服を脱ぎ、大股開きした時、年輩の男性などが、
手を二回叩いて拝んだりする。あれは、女体に対して参拝する、名残りでもある。

子を産みだす女を「神」として、憧憬の眼差しで見つめ、思いっきり卑猥に味あう。

この「聖」と「性」が、両方そろってこそ、古代より行われてきた「和」の参拝となる。

今こそ我々は、日出づる国の失われた伝統、その源を取り戻さなくてはいけない。


そこで何無派師の登場だ。かつて蔑まされていた身分にあった者が、日本を救う。

今年は、「出雲」と「伊勢」の大遷宮である。神の祠(ほこら)を移動する儀式だが、
実際の遷宮は、神の居場所は、女の体へと移動することになる。あくまでも神社
の遷宮など、その象徴の祭りにすぎない。本当の遷宮、祭りは我々が取り仕切る。

我々、何無派師は、「性」と「聖」を和する、和みのプロであり、天と地を結ぶ神官。

悟りの一瞥を横目で見ながら、街を駆け抜け、時を超え、究極の女と結ばれた時、
その平成の大遷宮は完遂となる。彼らは目立っているようで、目立ってないようで、
陰と陽の振り子の狭間を、さっそうと走りながら革命を起こす。その姿は、美しい・・。


しかし、それに気づく者は少ない。ひけらかすことも一切ない、静かな革命だから。

歴史の裏で、一体、何が起こり始めているのか?それを知るのは、当事者のみだ。

つまるところ、貴君に言いたいのは一つだけである。当事者たれ!あかんたれ!と。

posted by 家元 at 17:08| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月28日

「信仰」と「革命」が性的快楽を増幅する!

私は間違っていました。ブログの方向性を遠慮していたのです。

実は、このブログは、私自身が女に飢えまくっていた初期こそが、
評判よくて、達観した後は「よくわからない」という感想が多かった。

特に、日本風の『何無派道場』を想定して書き始めてから、それが
顕著でしたね。しかし、私自身の感覚では最も研ぎ澄まされていて、
ピークだったのは、去年の「瞑想・読経・参拝」を押していた頃です。

最近、書いていた「女は子宮」という観点も、すでにここに書いてて、
なぜ、わざわざ出雲や伊勢や神なんてことを言いだしたかというと、
すでに書いてた「信仰を持つ強さ」を、再び持ち出してきただけです。

路上で宗教勧誘している若者たちが、いじめられっこのような姿で、
ガンガンに声かけていけるのは、信仰があるからですよ。お洒落で、
友達も多そうな人が地蔵になるのは、信仰がないから、弱いんです。

で、信仰はタダですから、自分の信仰は、自分で創ればいい。すると、
無敵になれまっせ、という話でした。その一つのモデルとして、女性を
神のように見て、参拝していくという修行形態を、日本風に示しました。

これは震災後のナンパの一つの形として、ある到達点だったのです。


ところが、今までのブログで最も力を入れて書いていたのに、あまり
伝わらないというか、評判はイマイチでした。で、私はもうブログから、
興味を失くしてしまって、去年(2012年)は、手を緩めていたのです。

これはもう、音声メインでやるしかないと、超覚醒シリーズに着手して、
ブログの方は頻繁に休止したり、あとはテキトーな遊びの記事以外に、
いただいたご報告から、連想されたことだけ書くという、受け身でした。

そんなスタンスに引っ込んでしまったわけですが、これが間違いでした。
やはり集大成として、ちゃんと伝え切るべき!その想いに乗るしかない。

これは、自分がやらなきゃ誰がやる?という使命です。ナンパに対して、
性的エクスタシー以外に、宗教的エクスタシーを付加できるのは、他に
いるかもしれないけど、さらに革命的エネルギーを付加するのは稀です。

私の原点自体が、恋に落ちて、激しい悟りの一瞥状態に入っていますし、
それ以降も、女との出会いで人生がガラッと変わってます。そんなせいか、
ナンパの素晴らしさを伝えられるのは、日本で一番だと思っているんです。





ずっとナンパを続けると、女性への幻想を失います。そのままにしてたら、
本当、つまんなくてどうしようもなくなる。だったら再び、幻想を創るわけ。

それが今あるものを変えずに、自分の心ひとつで活性化させることです。

この宗教的スタンスと真逆なのが、革命的スタンスであり、こちらは現状
を変えます。行き詰った状態から、新しい道を発見し、現実的に創造する。

これは思考センターの活性化で、思考というのは新しいことが好きでして、
次から次へと試行錯誤して面白いことを仕掛ける。そうして奇跡を起こし、
めっちゃ興奮状態に入ります。これが革命的エクスタシーというやつです。

つまり、ただGETするぞ!あきらめずに頑張るぞ!という性的スタンスに、
宗教的なエクスタシーと、革命的エクスタシーまで付加したのが、これまで
何度も述べてきた日本風の「何無派(ナンパ)」です。これが最高なんすよ。

だって性的快楽だけで、ナンパなんて長年続けられない。そこに感動する、
宗教的エクスタシー(悟り)と、新しい世界を創造する、革命的エクスタシー
を足してぶつければ、えもいわれぬ爆発が起こるんです。わかりますか?


まぁ、よくわかんないのが普通です。むしろ、これから伝えていくべき課題!

なんとか一年前に、宗教的エクスタシーについてなら、お伝え出来たので、
今年は、手つかずの革命的エクスタシーをメインに展開していくつもりです。

それが、「おかげまいり」から発展した、ナンパによる「ええじゃないか」運動。

他者に伝えるのが面倒くさいと投げ出さず、なんとか、やりきろうと思います。

それも、これまでの友好的姿勢ではなく、あなたに挑戦状を叩きつける形で。

(イッヒッヒッ・・・、これも僕なりの愛ですよ。)

posted by 家元 at 16:00| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月29日

一日に千人声をかけた男、その後

以前、一日で千人に声をかけたゼロさんをご紹介しました。

なかなかキャッチセールスでさえ、そこまで出来ないのに、
体ボロボロになるまで、やりきったのは、尊敬すべきヴァカ。

そんなゼロさんから、最近、久々にご報告をいただいたので、
転載させていただきます。(以下、ゼロさんの、意外な顛末!)





>
> ゼロです。
>
> 千人声掛けた後なんですが、
> 思いっきり振り子現象の洗礼を浴びて
> まったく声がかけれなくなりました。
>
> 逆転と粘りがテーマだーと息巻いてましたが、
> 声掛けすらできなくなる始末です。
>
> 千人の代償は大きかったです。
>
> で、去年末まで地蔵状態が続いたんですが、
> 今年の1月になってなにげに覚醒ブログラムの声掛け編から
> 全部聞いて、解説も熟読してみました。
>
> これまで何度も聞いて、読んだはずの内容です。
> が、フミトさんスゲェと思わず感動している自分がいました!
>
> こんなすごい内容だったんだと
> コトヴァの力はめちゃくちゃパワフルなんだと
> 改めて感じました。
>
> 今までの自分のトークがなんかつまらなく感じ、
> しょせん、他のナンパ師と同じ範疇のトークだと
> 凹みました。
>
> フミトさんの他とは違う且つ面白いナンパに興味を持ち
> 教材を買って勉強してきたはずが、いつの間にか
> 普通のトーク(GETするためだけの)になっていました。
> もちろん、受け身やポジ、ネガ、オシなどの基本トークは
> 使ってましたが・・
>
> でやばいと思い、2月くらいから再開したんですが、
> 驚いたことに、声掛けが今まで以上に楽になっていました。
> 最初の10人を10分以内に声かけると以前はやってましたが、
> もうそんなのいらないくらい、最初から楽にいけます。
> 千人声掛けたおかげかなと思ってます。
>
> トークはフミト流のトークを改めて勉強しつつ
> もっともっと磨いていきたいと思います。
>
> 千人声掛けは地蔵になるという代償はありましたが、
> それ以上の恩恵を自分にもたらしてくれたようです。
>
> ヴァカ最高っす!!
>





本当に、意外でした。千人声かけれたのに、まさかの地蔵です!

つくづくナンパは、これまでの経験も関係なく、リセットされてしまう
ものだと、再確認しました。また10年近くもやっているゼロさんが、
今更、『ナンパ覚醒プログラム』をポジしてたのが、嬉しかったです。

なんせ、すでに何度も聴いてるものから、新しいものを引き出すこと、
これはなかなか出来ません。その感受性の方がスゴイと思いました。

なお長年ナンパを続けていると、なぜか全く出来ない、やらない時期
というのが必ず存在します。よほど外向的な人じゃないと、いつでも
出来るなんてないんです。そういう意味では、誰もが、常に初心者!

私だって地蔵しまくりでした。自分がハードな地蔵を脱出するため、
開発、制作したのが、『超覚醒チャレンジ!』でしたし、自分の趣味
に走って、ナンパを日本風に装飾したのも、やる気を出すためです。


そして、やる気といえば、今年が一番燃えています。これはもう女に、
というよりも、全国を引っかき回してしまおう!という、イタズラ心です。

それが、意図的な「ええじゃないか」運動であり、あなたとの知恵比べ、
新しいナンパの創出となる、対決企画となります。本当、ワクワクする。

そもそもの最初が、「教材買うか買わないか対決」といって、私が文章で、
教材を買わせようとするので、買わなかったら、あなたの勝ち!といった、
対決企画から始まってますので、最後も、対決企画をしたかったんです。

ただし、今度は買う買わない、なんてものじゃなくて、私が開発した裏技を、
当ててみよ!超えてみよ!といった、思考をフルに使う、謎解きものです。

これを半年くらいかけて、日本全土を舞台に、本気でやってみるわけです。

ちなみに、この企画、正式名称は、『自虐的代理代理戦争』ともいいます。


しっかし、10年前、まさかこんな展開になるとは、夢にも思っていません
でした。それもこれも、一番最初に「教材買うか買わないか対決」に参加
してくださった方から、全てが始まったんですね。本当に、感慨深いです。

現時点では、その10年前の対決企画に参加されていた方は、ゼロさん
しか残っていません。やはり、結婚して引退した方っていうのが多いです。

ナンパワールドは人の出入りが激しいから、それも仕方ない。私は最後、
たまたま現在、これを読んでいる方を大事にし、対決するつもりでいます。

誰だって、最初は、テンション高く続けられます。問題は、その後でした。

終わり方が重要。そればかり考えてきました。そして、機は熟したのです。


(いざ!)

posted by 家元 at 09:17| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年03月31日

年度末、最後のごあいさつ(闇から光へ)

いまだに、この変なナンパブログについてきている方々、お待たせしました!

ようやく準備が整いましたので、明日より、新企画を本格スタートいたします。

題して、『自虐的代理代理戦争』という、日本全土を舞台にした大プロジェクト。

これは江戸時代に流行った、「おかげまいり」と「ええじゃないか」をモチーフに、
新しいナンパ革命と、「究極の女」と結ばれるまでのツアーを実施するものです。

あなたが、まるで旅をするように、多くの女遍路を経て、最終的に最強の女神に
出会うまでをサポートします。あたかも至高のロードムービーのような、一年間!





今年は、日本最高の神社と、日本最大の「縁結びの神」の大社が遷宮します。

この60年に一度の祭りを下敷きに、私が「新しいナンパ革命」を手引きしていく。

江戸時代には、「御師(おんし)」といって、伊勢神宮にお参りする人々を助けて、
旅の便宜を図る、旅行代理店のような役割を果たしていた者がいました。今回、
私、フミトバンクは「何無派師(なんぱし)」として、その便宜をはかる次第です。

スケジュール的には、ちょうど春に出雲大社が、秋に伊勢神宮が、大遷宮祭を
するので、それに応じて、ナンパ革命「ええじゃないか」を展開していく予定です。

基本的には、10周年記念として、これまでお世話になった方への、お礼参りで、
公にならないイベントものですが、ノリのいい一見さんも、どうぞご参加ください。


ちなみに、この「出雲」と「伊勢」は陰と陽で一対になっており、「出雲」が土地を
守る神で「地」を司る、「陰」であり、「伊勢」が「天」を司る、「陽」の神となります。

この「地」と「天」、陰と陽を統合させる、「出雲」から「伊勢」というのが、決め手!

春は「出雲」という、モヤモヤした雲の状態から出て、秋に「伊勢」という、太陽の
女神に出会い、焼き尽くされるイメージで(「伊勢」は太陽の女神が祀れている)、
見えないもの、隠されたものが次第に明かされていく過程を、同時に示してます。

隠れていたものが、露わになること。それが面白いんです。女もミニスカートとか、
見えそうで見えないのがいいわけだし、アフリカの部族などは平気で胸放り出して
るけど、やらしくない。それと同じように、我々の未来も、見え隠れしてるからいい。

そうやってソソられ、隠されたものを見つけようとするから、宝探しになるんです。

我々のまだ見ぬ未来や、叶っていない願望、出会っていない女神たちに、乾杯!

posted by 家元 at 14:45| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする