2013年07月01日

何無派道場がオープン!(自然回帰へ)

本日より、あらためて、究極の何無派(ナンパ)道場を開きます。

コンセプトは簡単、ナンパを通じた『自然回帰主義』の道場です。

現代は、あまりにも人工的になりすぎて、無駄な情報も氾濫して、
頭でっかちになり、生命力は失われた。その対抗策としての道場。

ナンパという、最も原始的でシンプルな行為を通じて、現代社会
の影響で、ゆがんだ心身を、あなた本来の自然な姿に戻します。

そのために、かつてあった古きものを大事にする、社会運動です。

自然食品店や無農薬農業、東洋医学や伝統的な日本家屋など、
さらに禅や修験道といった、かつての日本がよしとしていた文化の、
ナンパ版、男女の紡ぎ合いの作法だと思っていただければ結構!


基本的には、過剰に取り入れられてきた西洋文化や、企業の倫理、
功利主義や、これまで常識とされてきた道徳などに中指立てます。

特に、いらないものを買わせてきた広告代理店やTV等のマスコミ、
「モテるためには、これが足りない」とコンプレックスをつついてきた、
識者と呼ばれる、うすら馬鹿共に対しては、徹底抗戦していきます。

あ、ウソついてしまいました。全然興味ありませ~ん。知らんもんね。

知らぬが勝ちで、名誉もいらぬ、金持ちにもならず、システムには、
取り込まれるものかと、日々を楽しむことに全てを注ぎ、まず自分と、
その周囲だけを健全化させることができれば、全てを良しとします。


この、かつて主流の「俺、ビッグになるぜ」という、立身出世を目指す、
大きくなろうとするバブリーな方向とは真逆の、自分のセカイだけを、
めちゃくちゃ面白くしようとする、ささやかな自然主義がヒッキー思想。

これもいらぬ、あれもいらぬ、何も無くても幸せを目指すという、主に、
引き算である思想です。これは縮小していく経済大国に適応してます。

ひきこもりや働かない人が増えたのも、また働き方が変わっていくのも、
すべては時代の要請。そんな背景の中、何無派道場は生まれました。

真面目な話になりましたが、要は、ナンパで心身の自然を取り戻すべし!

それ以上でもなく、それ以下でもなく、ただそれだけです。では、よろしく。

posted by 家元 at 16:00| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年07月02日

弱体化した男女に告ぐ!(家畜どもへ)

何も考えずに、声かければいいんだよ。それでも、続ければ、うまくいく。

かつては、それでよかった。人間の本能で、男女は自然と引き合うのだ。

ところが、いまやすっかり、我々の本能は狂い、男達は不自然になった。

生活が便利になり、体力が落ち、化学薬品づけの食品で、体内もやられ、
おびただしいいジャンクな情報で思考はのっとられ、とことん自信を失くし、
もはや生身の女に向かう気力は残されていない。男は女にいかなくなった。

そのままの自分じゃいけない、と教育され、洗脳され、お互いを批判し、足を
引っ張り合って、牽制しあっている。自発的に動けない。動いても、人に頼り、
ノウハウを信仰し、他人のせいにする。家畜化された、頭でっかちの腰ぬけ・・。


そして、実をいうと、女達も弱体化している。甘いものばかり口にし、低血糖症
ですぐキレる。はたまた、ファッション誌に洗脳されて無理なダイエットをしたり、
生理も不順。若くして筋力が衰え、すぐに失禁する。何よりも、自信がなさすぎ。

だから、声をかけても、すぐ怒ったり、ムッとしている女達を責めてはいけない。

彼女達は、生命力がはなはだしく落ちていて、余裕がないのだ。ナンパ運動家
は、目覚め始めると、生命力が向上するが、強い者は、弱い者をかくまうべし!





いずれにしろ、男女ともに、生命力は落ちている。我々は避妊することばかりに
気を使いがちだが、本質的には、今の日本では「不妊」こそが問題になっている。

結婚しても、子供が出来ない男女が続出し、体外で受精させたり、動物園にいる
弱体化した動物のように、医学の手助けがなければ、まともに出産も出来ない・・。

しかし、これもまた一つの適応だろう。人間は人口が増えすぎたので、ここら辺で、
制限するために、無意識に弱体化を選んでいるのかもしれない。なので、多くの
大衆と呼ばれる人々、つまり国や企業、常識などに身を任せてる者は、そのまま、
家畜のように、心身の弱体化を、文句だけ垂れながらも、受け入れていればいい。

家畜は囲い込まれているが、エサを与えられ、ラクなのだ。どんなに薬品づけで、
栄養のないエサであろうと、自動的に与えられるものをいただき、慰みと欺瞞の、
粉飾された情報をパクついて、「野性」のパワーを封じこめられ、飼い殺しされる。

ところが、そんなのゴメンだとばかりに、奴隷の群れから飛び出そうという人達が、
チラホラと現れてきている。首輪をちぎり、柵を飛び越え、野山へ駆け出す勇者が!


大抵、勇者は最初こそ弱い。徹底して弱体化されているため、まずは自らを解放
しなければ、とてもじゃないがやっていけない。命を落とすか、再び、家畜の獄舎
へと戻り、これでいいんだと、自分を慰めるはめになる。それだけ洗脳は根深い・・。

洗脳から解放されるには、瞬発的な行動力と、自然に待つという忍耐力も必要だ。
さらに自発的な創造力も発揮されないと解放は起きないため、挫折者はたえない。

そうして、その狭き門をくぐり抜け、覚醒した者が『何無派(ナンパ)師』と呼ばれる、
解放行者である。必ずしも解放の道はナンパだけではないのだが、この道場では、
我々、男に備わった性欲を利用して、男女の統合を通じて、覚醒を起こそうとする。

いうならば、元々あった自然な欲求を利用し、ナンパを通じて、野性を体得していく。

そして解放された者は、またさらに新たに女を解放できるようになるため、そのまま、
解放が少しずつ広がっていくことから、彼らを、立派な『ナンパ運動家』と呼びたい。

ナンパをすることは、れっきとした自然回帰の社会運動である。社会は変わるのだ。

posted by 家元 at 15:28| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年07月03日

このブログは、あなたには向かない(サヨナラ)

ナンパは社会運動である。かといって、ナンパを広めようとしているのかというと、
実は、そうでもない。この日本にて、ナンパが主流になることは、ありえないのだ。

どんなに素晴らしく、人の生命力をイキイキと伸ばすものでも、受け入れられない。

不思議なことに、大抵、本当にいいものは、少数だけが気づいて、実践するものだ。

たとえば、自然食品店や東洋医学など、いまだマイナーであり、ごく少数しか興味
を持たず、ファーストフードを食べ、西洋医学を信じて薬づけになり、家畜のように、
黙って毒ワクチンを打たれまくっているのが主流だった。大衆は常に、愚かである。


かといって、大衆を批判するのも間違っている。厳格なベジタリアンが、どんなに、
肉食、牛乳は体に悪い!と喚こうが、うるせえし、嫌われるし、気にしすぎなだけで、
大衆にとって、何の意味もない。野菜だけ食べて満足なら、自分がそうすればいい。

そして、その素晴らしさを体現して、コソッとブログ等で自説を述べているだけで充分。

すると、共鳴した少数の人が、影響を受けて始めるかもしれない。というより、むしろ、
始めなくてもいい。いいものはいいのだから、わかる人がいたら、ニヤリとするだけ・・。

そして、わからない人は、わからないのが当然であり、批判も不要。放っとけばいい。





同じように、このナンパブログも、実際のところは、ほとんどの人が理解できない。

大衆に向けていないのだ。大衆に向けるのなら、宣伝しまくって、相互リンクして、
ツイッターやって、アフィリエイトやりまくり、表面上のほめ言葉をやりとりしている。

フォレスト出版から書籍も出し、懸賞で集めたメールマガジン読者は3万人突破!

そうではなくて、目覚めつつある、少数の人に向けている。マニアックといおうが、
選ばれし民という、エリート意識をもとうが、どちらでもかまやしない。ただたんに、
自分が眠りこけていた、常識や世間の目に縛られ、不自由だったと気づいた者へ、
お送りしている。だから、何も心に響かなかった人達は、別に、それでOKである。


とにかく、目立たないようにしてきたし、大衆の目に触れないように気をつけてきた。

ただし、このブログの最初は、大衆向きにしている。最初のとっかかりは、どうしても、
まだ眠りこけて、洗脳されている者を導入する必要があった。しかし途中から、もはや
鈍い者はいらぬと、あえて理解できぬよう、大衆を積極的に排除し、選別していった。

そうして今、あなただけが残ったのである。いや、ちょうど全国都道府県、47人位の、
ごく少数の敏感な者だけが残った。そんな、あなた達に向けて、ブログを書いている。

よくぞ、ここまでたどり着いたものだ。では、そろそろ始めようか。ええじゃないか、を!

posted by 家元 at 15:10| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年07月04日

「いい人」をやめよ!(自分勝手のススメ)

私は、人間が最も美しい時というのは、毅然とした態度をとった時だと思っている。

どんなに不利な状況でも、孤立しようとも、周囲の空気に流されずに、毅然とする。

恋や愛とかいう甘いひとときも素晴らしいが、何にもまして、死に際に毅然としたい。

そのためだけにナンパをしてきた。実をいうと、それ以外は、オマケになっていった。


なぜナンパを日本風に表現しようとしたり、自然回帰主義だと言いだしたか、それは、
かつての日本人の持っていた毅然とした態度に共感しているからであり、明治男の
気概なんてもう、頑固でしびれるばかりである。しかし実は、我々も、相当強いのだ。

すっかりスポイルされてしまったが、えもいわれぬパワーが、内に眠っているだけで、
それをいかに目覚めさせるかだけが肝である。その為には、政治的アプローチという、
極端な話、政治犯になる、という道もあるが、それは時代遅れで、もう有効ではない。


今の時代には、今の時代にあった、新しい闘争の仕方があるはず。その1つとして、
ナンパを通じた闘争を紹介している。ナンパの何がいいかっていうと、周囲の空気
に流されない自分を確立できること!自発的に動いて、やりたくないことなどしない。

「いい人」をやめて、好き勝手に生きる。「いい人」は本当に、病気になる。歳をとって、
元気な人を見てみよ。ほぼ全員、不真面目な奴ばかり。「いい人」は軒並み、病気・・。

ナンパ修行は何か?というと、まずこの「いい人」から脱却して健康になることだった。





何無派師とは、まず人のいうことをきかない奴である。それも思春期の不良のような、
「うるせえ!」とストレートに反抗するのではなく、「ほー、それもいいですね。」なんて
言いつつ、やんわりと調子よく、結果的に、全然いうこときかないで、ケロッとしている。

そして、自ら、自分に有利に、自分に気持ちよく、サイコーに面白いセカイを創っては、
悦に入り、青空に向かってVサインをする。人の、いうことなんてきくものか。金がない、
ブサイクだから、もういい歳だから、そんな戯言、誰が受け入れるものか。知らんがな。

自分を弱めるための情報など、完全無視。基準は活力を与えてくれるかどうか、だけ。


しかし、アメリカの多国籍企業の下僕であるマスコミの情報など、誰が観てやるか、と、
ソッポを向きつつも、女性陣からの情報をもとに、興味をもったことは、勉強したりする。

例えば、日本は、国の債務が1,000兆円を超えて、国民の借金が一人当たり800万円
になったとかいうが、大ウソで、実際の日本財政は赤字無し、超健全財政だったりする。

なんと、今年、財務省が発表した海外純資産は、前年比12%増の296.3兆円で、22年
連続世界一。さらに外貨準備の100兆円まで加えたら日本の国の純負債は消えて無く
なる。なぜなら、「総負債」と「純負債」は違くて、本来の「純負債」は半分以下だから・・。

ま、詳しい話はよくわからない。でも、なぜ借金あるように見せてるかというと、これで、
税金をたくさんとれる理由が作れるし、外国から、経済援助も求められなくなるからで、
金のないフリというのは、得するのである。「儲かってまっか?」「あきまへんわ。」とね。


とにかく、物事というのは、実際、かなり企てられている。すぐ陰謀論だ!と否定しては、
それこそが思うつぼ。我々は、予想以上に、笑っちゃうほど、企てに騙されているのだ。

だって、我々が女を口説くのに、一生懸命、知恵を絞るのに、我々より、もっと頭がよく、
もっと貧欲で、命懸けで、しぶとく大金を動かせる連中が、企てないわけがないだろう?

大抵は、ワクチンビジネスのように、怖がらせてから、ウソで搾取したり、それ以上に、
見えないように、バレないようにじんわりと騙してきている。そのトリックは見事すぎて、
「やるね~!」と感嘆してしまう。まぁでもいいのさ。こっちは、いうこときかないもんね。

(新型インフルエンザの時も、注射もマスクもしなかった。後年、企てだったと判明!)


だからといって、他人にまで口出しするのは無意味。例えば、私はフェイスブックなど、
ゲスの極みと思っている。というのも、その成り立ちの映画を観たら、最初は女たちを、
可愛さ順で勝手に投票する「ブスランキング」として始まったシステムの改良だったし、
しかも会社を大きくするため、昔の親友を裏切ることで、成功したという、クソ話だった。

その義理と人情にツバを吐きかけて出来た、面汚しフェイスブックなんぞ、誰がやるか。

何が「いいね!」だ。「よかねーよ!」と笑っちゃう。しかし、この映画に疑問を感じる人
など少数派だし、実際、楽しんでフェイスブックをやってる人を、悪くいうつもりはない。

ただ純粋に、自分は「フェイスブック、カッコ悪い」としてやらないだけ。他人にはドンドン、
推奨してもいいくらい。これか超個人主義である、『家系(いえけい)』というやつだった。

それぞれが自分のセカイで、自分の価値観を表明してればいい。それでスカッとする。





本来、ナンパに興味がある者に対し、こういうことを書くべきではないのかもしれない。

ただ女をたやすくGETできれば、可愛い彼女ができれば充分というのが、本心かな?

やっぱりラクしたいし、みんなで仲良くナンパしたほうが、まぁ集団の利で怖くないしね。

でも、これからの日本を楽しく生き抜くためには、周囲の空気に流されない自発性こそ、
最も重要だと思う。それは怖れの中でも、直感的に動ける行動力と、うまくいかなくて、
めげそうになり、思考が不安でざわめている中でも、じっと時機を待てる忍耐力である。


そのために、情報の取捨選択ができる直観力や、創造性の発揮も必要になってくるが、
基本的には、思考から、脳からの自由と、本来持っている生命力の解放を目指すだけ。

それがナンパで覚醒するのなら、一石二鳥で悪い話ではないと思う。この自然主義の
ナンパは少し遠回りになるように感じるだろうが、間違いなく、後で、大きな恩恵がある。

しかし、私自身は、グローバリズムに対抗して、『何無派道場』を標榜しているが、実際、
「女とやりて~!」「彼女、欲ちぃ~!」で始めていいと思う。キッカケとしては、大正解!

そうして続けるうちに、次第に深まっていく。自分の色が出てくる。そこが面白いんだ。

(いいね!いいね!どっちでも、いいね!)

posted by 家元 at 17:05| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年07月05日

次々と自滅していく、ナンパ修行者たち

どうも、何無派道場の家元、フミトバンクです。今日は大事なメッセージ。

まず、ええじゃないか運動は、先月始めるつもりでしたが、体調を崩して、
寝込んだこともあり、遅れてしまいました。今月こそ、始めたいと思います。

で、体調を崩していた時に感じたのですが、やはり体には、体のリズムや、
理(ことわり)があって、それに任せて、余計なことをしてはいけませんね。

いくら頭で「早く治れ!」と焦ってもダメ。いったん治ったと思ったら、すぐに
ぶり返して「え~、まだ~?」とウンザリしてましたが、途中で、もういいや、
と完全に何もしないことにして、体を観察してたら、順調に治っていきました。

ただ食事を減らし、何もしなかっただけです。その過程で、生命力がグンと、
引き出されていくのを実感しました。しかし、時間がすごくかかる感じでした。


以前、風邪をひいて、ひどい頭痛で動けなかったことがあります。そのまま、
耐えるつもりだったのが、看護師の女の子が、よく効く薬を持ってきたので、
つい飲んだんですよ。そしたら、その頭痛が、アッという間に消えて大感激!

子供の時以来、薬を飲んでなかったので、こんなに効くんだと、驚きました。

そうして、その子とラーメンを食べに行き、普通に動いていたら、その後日、
すぐにぶり返してしまい、それはもう長いこと、体調がすぐれませんでした。

薬なんて飲まず、大人しくしてればすぐ治ったと、間違いなく、断言できます。

結局、頭が痛いというのは、自然な生命力の働きで、外に出たり、食べ物も
不要だということなのに、薬で消したため、かえって治るのが遅くなったという、
よくある話です。薬でごまかした症状が、違う症状となり、それをまた薬で・・・。

そうやって生命力を自ら殺して、複雑なことをしているのが、現代人でしょう。





現代人は自分の体に対して、頭で考えまくり、余計なことばかりしています。

頭で考えると、風邪や病気というのは、何もできやしない、無駄の極地です。

だからこそ、仕事がつまってんだから!と人間は、薬を飲んで即効性こそを
求めます。そして症状が消えたからもう大丈夫と、体に無理して仕事をして、
実は、そこからもっと深い部分を痛めて、重い病気にかかっていくのでしょう。

熱が出たら、体が細菌を殺してるわけだから、そのままにしておけばいいのに、
解熱剤でムリヤリ熱を下げ、体に細菌が残ったままになり、それが肺炎だとか、
脳炎となり、重病にまで発展させてしまう。何もせずに寝てれば治ってたのに!


この何もしない、という事が出来ない人が本当に増えていて、自滅しています。

自分の生命力が発揮されるまで、待てないのです。体の作用は、頭にとって、
遅く感じるんです。なぜなら今や、情報過多で、ありとあらゆる情報をネットや
TVでザッピングできるし、次から次へと変化するスピードに、頭は慣れている。

映画やドラマも、たかが1~2時間で、すぐクライマックスがくるし、のんびりと、
なだらかな変化に退屈を感じ、実際の現実に、頭は耐えれなくなってきてます。

それはナンパをしている人達にも顕著でした。焦って、焦って、自滅していく・・・。


すべての物事には、それが花開く時があり、最適なタイミングがあります。

それを「これは悪いことだ」と頭で考えて、自ら止めようとするのは愚か者。

風邪や病気は、バランスを崩した体を整えるための、大事なリセットですし、
失恋や失敗も、自らの精神を浄化し、再構築するための、最高の働きです。

この破壊なくして、生命力は新たに生まれ変わらず、絶対の必需であります。


たんに、うまくいくためだけに効率を追うことや、成功だけすればいいなどは、
実は幻想の中だけの話であり、結局は焦ったり、バランスを崩すだけでしょう。

現実は違います。ありとあらゆる喜怒哀楽を経験し、ポジもネガも、どこからが、
良くて、どこからが悪いもわからなくなり、全てが統合されていく、その豊かさを
知るためにナンパがあるわけです。それがイヤなら、とんだおカド違いとなる・・。

そして、ナンパといえば、瞬間的に行動する、その瞬発力を鍛えることばかり、
クローズアップされがちですが、それは片側の面だけで、本来は、待つことを、
つまり自然な流れに逆らわず、その時が来るまで、やりすごすことこそが大事。

余計なことをせずに、縁を壊さないこと。こちらの方が、真に学ぶべき修行です。





自然主義のナンパというものは、まったく手を加えないわけではありません。

まず自然な流れを邪魔しないことを意識しつつも、ここぞという時に、ちょっと、
手を加えるわけです。これは熱を出したら、頭を冷やそうとせず、逆に、熱い
タオルで暖めてやることで、自然に汗がたくさん出て、熱が下がるのと同じで、
自然の働きを利用することに通じます。薬飲んだり、余計なことをしてはダメ。

ナンパにおける大失敗やショック、へこむことや悩むことに関しても、同じです。

手痛い失敗や失恋にも二種類ありまして、自然に壊れるべくして壊れるものと、
自分で余計なことをして、壊れるべきでない時に、自ら壊してしまうものがある。

これは土にタネをまいて、せっかく小さな芽が出たのに、遅い!これじゃダメ!
と焦っては、芽を引っ張り、抜いてしまう感じです。せっかちで待てないのです。

ナンパとは、とことん待つ修行なのに、勘違いして、すべて自分で壊してしまう。

自分の技術や経験、そして相手との縁など、じっくりと育てることを学ぶんです。


ただ時間をかけずに、前に前に行くことだけしているのなら、やがて行き詰るし、
ナンパから学べるものも少ない。我々は、待つことや育てることを学べるから、
他の分野、仕事や子育てなどに、ナンパで培った精神、技術を応用できます。

待つことができず、ラクになりたいから答えばかり求める者は多く、熱を出して、
すぐ解熱剤で下げようと、ドラッグに群がる脆弱な現代人そのもので、これは、
自らの抵抗力を下げて、病気になろうとしている自殺行為といってもいいです。

またナンパでは相手に惚れたら負け、なんて意見もありますが、とんでもない!

恋に落ちれたらラッキーです。失恋できたら、もっとラッキー!恋は熱病と同じ。

それを邪魔せず、自然に通過することによって、どれだけ心身が浄化されるか、
驚くべきものがあります。健やかに生きるための起爆として、利用すべきです。

人間は気づかないうちに、中途半端に部分的に生きます。すると偏りが生じて、
その歪みから不快さが続くようになる。それを正すのが恋であり、失恋ショック
による大幅なリセットです。それを変に焦って、不自然に経過すると、傷を残す。

堂々と負けていいんです。そして、自然に回復する。それが自然主義のナンパ。





幼い子は、何度も高熱を出して、そこから回復する度に、抵抗力を身につける。

それを馬鹿な親が焦って、「これじゃ死んじゃう!」と、夜間に病院に生き、宿直
の見習いの医者に注射を打ってもらい、その副作用で子を死なせたり、後遺症
を残す。「あ~!もっと早く病院に連れていけば!」と嘆くが、真実は、その逆です。

余計なことしなければ、治ってたというのに、無知と恐怖から、ダメにしてしまった・・。

本当に悲しいことだけど、多くのナンパ入門者達も、同様のことをしているのです。

不安になった時、迷った時に、待つことができないため、育てられずに、自滅する。


ナンパとは、ただ「行く」こと。そして同時に、「行く」というのは「育(いく)」でもある。

まるで子供を育てていくかのように、自他を見守って、本来の力を引き出していく。

それには時間もかかるし、また逆に、待ち過ぎてタイミングを逃がすと、全てを失う。

だからこそ恐れてしまいがちだが、動くべき時は必ず明確にわかるので、心配無用。


瞬間的に動くことと、待つこと。この二つの修行をもってして、初めて覚醒は起こる。

そして、ええじゃないかは、「行く」よりも、「育(いく)」がメインの、逆ナンパ運動です。

posted by 家元 at 08:55| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年07月06日

なぜナンパ師はサムライと呼ばれるのか?

ナンパとは、いちいち考えずに、ただ行くこと。つまり、修行の『行』である。

そして、「行く」ことは「育(いく)」でもある。人との縁や己自身を育てること。

育てるというのは、待つことであり、ナンパでは、待つことが最大の修行だ。


なお修行場となる「街」は「待ち」である。声かけて、いい子が現れるのを待つ。

調子がいいとき、悪いときなど、誰しも波があるので、あきらめずに待ち続ける。

女が警戒したり、意地を張ったり、表面上で拒否したり、ヒステリックになったり。

それがある瞬間、急激に変化するときがくる。焦らずに、その解放の時を待つ。





ナンパとは『街』で行う、待つ修行。時間の経過を味方につけなくてはいけない。

たとえ思い通りにいかないことが多くても、それは時間とともに勝手に解決する。

それを知らぬ者は、頭で考えすぎて、「もうダメかも」と焦って、無残に自滅する。

しっかりチャンスが来るまで「待機(たいき)」できる者こそが、「大器(たいき)」だ。


待つことが最大の修行。『待つ』という字は、『侍(サムライ)』という字に似ている。

もうわかるだろう?ナンパ修行者は、悠然と待てる者で、現代のサムライなのだ。


posted by 家元 at 11:47| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年07月07日

この夏の企画:『自虐的代理戦争』について

今日は七夕。ちょうど去年は『100人解放行』という夏祭り企画をやりました。

秋風が吹くまで、毎週10人ずつ声をかける数を増やし、100人に声をかける、
ひと夏の特別企画。その過程で、自分の脳をコントロールしていく修行でした。

そして、今年の夏は、『ええじゃないか運動』という、ナンパに挫折した人達を、
最後に救済する特別企画をやりたいと思います。ただし、去年と趣向は別です。

去年の『100人解放行』では、私、家元のフミトバンクが、ナンパ講習のように、
丁寧に説明しながら教えていく形でしたが、今年の『ええじゃないか運動』では、
私とあなたとの知恵くらべです。あなたに挑戦状を叩きつけ、パズルを出します。

さぁ、このナンパ禅問答を解いてみろ!じっくり時間かけて、創造性を発揮せよ!


私は去年のような先生役、ナビゲート役ではなく、乗り超えるべき、対戦相手です。

試行錯誤の鬼である、この家元を相手に、対向できる者など、どれだけいるのか?

いわば、あなたとの闘争であり、この夏祭りは、別名:『自虐的代理戦争』と呼ばれ、
全国の街を舞台に、無数の男女間を通じて、壮絶な知恵比べが行われる予定です。

そして私は、正直、打ち倒されたいと思っています。「その手があったか!」と驚いて、
完敗を認めたい。しかし、あなたの予想以上に、私は手ごわいでしょう。後でわかる。

いずれにせよ、去年のように、先生役に徹したのはナンパの「プロトタイプ」であって、
今年は「テストタイプ」という、試行錯誤してアイデアや経験をを育てることがメイン!
そのために、ただ教えるのではなく、このような変則的で斬新なスタイルとなりました。


これが、『ナンパ脱出プログラム<第三章『究』>』であり、あなたの創造性を極限
まで引き出すための趣向に満ちた、究極の教材。こちらは、開始すると告知しつつ、
延期しまくり、本当に長いこと待たせてしまいました。この待つこと自体が修行でした。

前作の震災後から、すでに2年以上もたち、途中で結婚したり、ナンパを引退したり、
興味をなくしたりと、縁が切れていく人達も多い中、よくぞ、ここまで待たれましたね。

前作の『第二章<破>』は「破壊」がテーマの震災企画でしたが、今回は「創造」です。

あなたを、新しい創造のセカイ、パラダイムシフトの劇的空間へと、お連れいたします。

そろそろ半年前の予告とは違う、また新しい音声予告が送られてくるでしょう。では!

posted by 家元 at 10:40| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

求む、道場破り!(宣戦布告)

これは、何無派(ナンパ)道場、家元のフミトバンクからの果たし状である。

私はこの夏、『ナンパ脱出プログラム(第三章:究)』にて、貴君を挑発する。

貴君に、このパズルが解けるかな?と、あるナンパの謎かけを問いかけて、
腕試しをしてみたい。要は闘いがいのある、道場破りを募集することにした。

かつて四畳半神話大系の樋口師匠は、弟子を求めたが、私が求めるのは、
忠実にいうことを聞く、中古人間ではなく、自らの自発性で生きる運動家だ。


他人が何といおうと、どんなに馬鹿にされようとも、自分の思いつきに賭ける、
孤独なる創造性を持つ者こそが運動家である。これは修行とは、また違って、
言われた通りのことを、ただやる!という、ストイックな精神性など邪魔である。

むしろ、ラクしたいから知恵を使うといった、いいかげんな怠け心こそが必要で、
これは去年行った『100人解放行』のような、自主的コントロールとは正反対の、
厳しさも不要、ノルマも不要で、ただひたすら頭脳を使って、自由にやればいい。

そうして、浮かんだアイデアを試行し、その結果を気軽に、私にぶつけてほしい。





それが、もし私のアイデアを超えた場合、貴君の勝ちである。その場合は、潔く
負けを認めて、次回作の『第四章<極>』を、無料にて提供させていただきたい。

また、なかなかイイ線いっていると、その健闘を称えたい場合、「引き分け」として、
次回作を半額で提供したい。この線引きを、去年の『100人解放行』で例えるなら、
この深いシンクロ率の彼女と出会ったエピソードの者などが、「引き分け」に値する。

そして、一日で千人に声かけたこの者こそ、今回の全額無料に値する。なぜなら、
『100人解放行』なのに、頼んでもいないのに、10倍の千人に声かけてしまって、
まさしく想定外だった。そのヴァカっぷりに感動して、喜んで、負けを認めたくなる。


このように、道場破りの基準として、私の想定外までも突き抜けた者が「勝ち」で、
なかなかやるなと健闘した者を「引き分け」とする。ただし今回は、すごいイイ女を
GETしただとか、たくさん声かけたなんていう報告には、ほとんど価値を置かない。

どれだけ創造的に、ヴァカでチャーミングで芸術的に、運動できたかが焦点である。

その審査基準は、家元である、私の出した答え。つまり、私と貴君との知恵くらべだ。


この家元と貴君との闘いは『自虐的代理戦争』と呼ばれる。予告編でもあったように、
「見た目が冴えない」と女に言われる家元が、同様に冴えない男達のために、かなり
頑張って、新しい解決策を見つけられるようにと闘ってきた。要は、代理戦争であった。

この身を挺して、あたかも生贄のように、何年間も独りで闘ってきた男が、さらに今は、
何無派道場の家元として、冴えない男の代表である貴君とあらためて闘うことになる。

しかし貴君など、正直いって、私の足元にも及ばないだろう。どうせ独りで行動できず、
つるんでるだけだろう?独りで考えて動けない者はザコにすぎず、相手にはならない。

創造性は孤独からしか生まれない。そして創造性を発揮できない者は、ただの家畜だ。


この『自虐的代理戦争』は、私と貴君との闘いであるが、同時に、古きものと新しきもの
との闘いでもある。ナンパに挫折した者、つまり適応できなかった者と、ナンパそのもの、
ナンパの仕組みや概念との闘いでもある。そして全国に広がる、男と女の闘いでもある。

様々な立場と関係の中にて、複雑に闘争は進み、最後には、全てが統合されるだろう。

そうして『自虐的代理戦争』は、別名『ええじゃないか運動』という、あの狂騒へと向かう。





ところで、今回の挑戦者は、『ええじゃないか』に参加する者としての、「ええじぇん人」、
つまり、「ええじゃないかの人(ひと)」=「エージェント」として、全国に潜伏していただく。

そして、エージェントは自動的に、「新鮮(しんせん)組」へと加入される。この新鮮組は、
とにかく新鮮なことをする組合である。どんなにくだらなくても、小さなことでもいいから、
新しいことを試してみることが唯一の義務だ。これを満たしさえすれば、何をしてもいい。

ちょっと髪型を変えたりという些細なことから、相当くだらないアイデアまで、その全ては、
「新鮮~!新鮮~!」と全肯定される。何も変えぬ者、逸脱しない者のみが否定される。

たとえ結果が出ていようと、ワンパターンなら、それはただの退屈な「腐敗」にすぎない。


かつて江戸時代の末期に、幕府を守るための「新撰組」がいた。彼らは古きものを守り、
新しき開国を目指す、倒幕派と闘っていたが、今回の「新鮮(しんせん)組」は逆である。

新しきを尊び、古きを壊す。しかし同時に、古き日本の美点の復興を目指すという志で、
反転した世界の創造を担っている。明治維新は外側へと向かう革命だったが、今回は、
その真逆で、内側へ向かう革命となる。貴君は、自らの内に、創造の根源を見るだろう。

自分こそがセカイの中心。それを感得するのが、『家系(いえけい)ナンパ』と呼ばれる、
ヒッキー思想に基づく、『ええじゃないか運動』である。これは「新鮮組」が運営していく。

ところで、この「新鮮組」は組合としても新鮮である。つるんだり横のつながりはないが、
間接的に互いを助けあうことになる。この仕組みについては、後で、ハッキリとわかる。


しかし現時点では、まだまだ、よくわからないことだらけだろうが、まぁ、ええじゃないか。

あくまでも貴君の創造性を引き出すために、このような形をとった。さぁ、かかってこい。

今ここに、貴君に対して、究極の知恵比べである、『自虐的代理戦争』を宣戦布告する。

posted by 家元 at 18:01| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年07月22日

10年目の謝辞(ナンパが神話になるまで)

まさか10年も続くとは思いもしなかった。本当に、本当に、長い間、ありがとう。

とはいえ、このブログを10年前の最初から読んでくれている者は、ほぼいない。
かつて熱心に読んでくれていた者達のほとんどは、セカイから、消えてしまった。

とっくに興味をなくしたり、結婚したり、自らのブログも閉じたりと、ナンパというのは、
そう長年続けられるものでもない。それ以上に、人生にいろんな事が起こってくる・・。

時の流れは、はかない。例えば、私が長く引きこもるキッカケになった、この彼女も、
すでに離婚してシングルマザーになっている。実家に帰った時に、古いパソコンを、
いじってたら、10年前の彼女からの「ブログ開始」メールを発見し、久々に読んだ。


意外にも、彼女は長年ブログを続けていて、そこには離婚に到るまでの経緯が、もう、
私小説並みに詳細に綴られていた。彼女は、かつて私をフッて、一緒にいても全然
楽しくないし、すぐ泣いてしまう誠実な男を選んだ。その結果、妊娠中に、裏切られた。

だから、私を選んでおけばよかったのにと思ったのは一瞬だけで、どこか悲しかった。

なぜなら、今の私にとって、彼女はまったく魅力的ではない。ナンパで多くの出会いを
経た現時点は、かつての10年前と違うセカイにいて、彼女も同様に、違ってしまった。

もはや絶対に縁はないとわかっていながらも、ノスタルジックに突き動かされ、少しは、
何か力になろうと、一切下心なく連絡したが、私とわかった途端に、切られてしまった。

恥ずかしかったのもあるだろう。長年続いた彼女のブログは、その直後に閉鎖された。





時の流れは、本当にはかなく、だから美しい。数多くの選択肢があるようで、全ては幻だ。

もし、あの子と、あのまま付き合ってたら?など、いろんな相手で考えていると、あたかも、
パラレルワールドが扇のように、四方八方に、パーッと開いていき、めまいまでしてくる。

しかし、そんな世迷言も、究極の相手が現れた時、全てが、その一切合財が吹き飛ぶ。

究極の相手というのは問答無用である。強烈な磁力が起こり、物語性が発揮されるか、
もしくは反対に物語性が排除され、無我夢中になる。そこに理屈はない。生と死の爆発!

私が最後に、貴君にお送りしたいのが、この究極の相手との出会い方、そして口説き方、
という、表現が微妙で難しく、繊細な内容である。これを実録ドキュメントで、お送りする。

しかも、少しずつパズルを解いていくようなミステリー要素たっぷりに、楽しめるようにし、
貴君と私との「知恵比べ」という形をとった。しかし、この対決要素ばかり強調していたが、
本来は運命の一人と結ばれるためのプログラムだ。ぜひ究極の相手と出会ってほしい。


この『ナンパ脱出プログラム(究と極)』は、あらゆるギミック(しかけ)に満ち満ちている。

普段、ナンパについてこない女性と知り合うための方法や、まともに声などかけなくても、
向こうから来てくれる、画期的な作戦等も紹介するが、それらは、あくまで究極の一人と
出会うという目標に属している。彼女などいらず、女遊びしたい、という者には向かない。

なので、せっかく参加希望されても、こちらからお断りした者も数人いる。特に、派出所
関連のトラブルや、男にからまれやすい者は、心を鬼にして、NGとさせていただいた。
(今回の方法は、一人の行動が間接的に、他の者達に波及するシステムなのである。)

そして、これまでナンパでうまくいかず、落ちこぼれだった者を救うことを最大目的にし、
目のさめる大逆転に導く、日本最高峰の教材を最後に目指す。私は、完全に覚悟した。

正直いって、これまで今作の発表をできる限り、延ばしてきた。発表するのが怖かった。
こんなものを発表して、どうなってしまうのか不明だからだ。そして今なお、不明である。

しかし、その不明がいいんだ、未知がいいんだと、何かを感じる者なら、挑戦してほしい。

posted by 家元 at 22:18| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年07月30日

ようこそ、クズの皆様!(奴隷が皇帝を倒すとき)


「クズの皆さま、こんにちわ。」


いきなり、この挨拶をかましたのは、福本伸行先生の『カイジ』ですが、
あの作品では、主に、莫大な借金を背負った者が逆転するお話でした。

いわゆる、お金に関する敗者復活です。一方、この『何無派道場』では、
女に関する敗者復活を扱い、クズな男による逆転を、応援してきました。

このブログ以外では毎年、ナンパの実録音声を緻密に構成したメルマガ
の新作も発表してきました。それもこれも、みな、敗者復活のためでした。

聖書には、キリストが復活するとか書いてあるそうですが、別に、一人の
救世主が復活しようがどうでもいい。それよりも、敗れ去った自分こそが、
再生すればいい。あくまで自分が問題だというのが、「家系」の主張です。


なお、女に対しての敗者というのは、ただ「モテない」なんてレッテルよりも、
単純に、自分を表現してこなかった、動いてこなかったという、マイナスの
経験をためてきた者であり、それは借金を背負った者同様に、重苦しい・・。

あの時、こうしてれば、とか、もっと行動してれば、なんていう後悔が溜まり、
その不全感は、あたかも利子のように増大し続け、それは自己嫌悪となり、
他人への批判となり、さらに身動きとれずに、自らを縛ります。まさにクズ!

そして、そんなクズの皆さまを救うために、ここでは『何無派(ナンパ)道場』
というスタイルで、何も持たざる男が、ナンパによって逆転するための方法や、
思想や考え方を、10年間にわたって紹介してきました。今年は10周年です。


なので10周年記念としまして、夏から秋にかけて、大きなイベントを行います。

これは江戸の末期(慶応3年)の8月~12月にかけて盛り上がった庶民運動、
「ええじゃないか騒動」の経緯とシンクロさせた、ある革命的なナンパ運動です。

それが、「何無派(ナンパ)神話大系」、「自虐的代理戦争」などと呼ばれている、
究極の知恵比べで、これは『カイジ』に出てくる新ギャンブルに似て、参加者が、
新しいルールの中、その必勝法を各自が見つけ、見事、勝ちぬくためのゲーム。

どうか、知恵をしぼって闘い抜き、最終的には、究極の彼女と結ばれてください。





なお、自虐的な闘争の過程は『脱出プログラム第三章<究>』という、いかにも
クローズドな場に限定され、このブログには一切レポートしませんが、仕方ない。

これは『カイジ』でいう、エスポアール(希望の船)に乗り込んだ男達の闘い同様、
世間とは隔てられた場で行われる、裏セカイでの逆転ゲームに他ならないから・・。

基本的には他言無用の中で、その他大勢から抜きん出る、脱出方法であります。

まさしくナンパに挑戦し、敗れ去った者に対する再生の機会で、最後の救済です。


去年の夏も、『100人解放行』という企画で、クズを集め、敗者復活を行いました。

こちらは『覚醒プログラム』でも結果が出なかった者を対象に、さらに自己暗示や、
基本を丁寧に説明し、ナンヴァ使いとしての道を拡張したものでしたが、ある意味、
正攻法でした。しかし今年の夏の『自虐的代理戦争』は、ハッキリいって裏技です。

これで駄目なら、あきらめな、という決定打であり、何無派道場における最終兵器。

特に、『覚醒プログラム』を経て、『100人解放行』でさえ、結果が出なかった者に
とっては、これが本当に、最後のチャンスとなる。しかも、結果どころか、いまだに、
地蔵であるならば、それはもう、クズ中のクズであり、適任といってもいいでしょう。

なぜなら、もう正攻法では無理だということで、裏技にいくしかなく、選択肢はない。

ただし、誰しも最初は正攻法に挑むべきで、最初から裏技頼りでは、クズすぎます。


ところで、いきなりクズ扱いされて、貴君の心中も、例によって、「ざわ・・、ざわ・・、」
しているかもしれません。しかしクズこそが、ナンパで最もイイ女を手にするのです。

ここで、『カイジ』に出てくる「Eカード」というゲームを思い出してほしい。三種類ある、
「皇帝」「市民」「奴隷」というカードは、それぞれ「皇帝」は「市民」より強く、「市民」は
「奴隷」より強く、「奴隷」は「皇帝」より強い。もちろん「奴隷」が、クズである、あなた。

そして、なぜ普通の女達である「市民」には負ける、「奴隷」のあなたが、最高峰の女、
「皇帝」を倒せるかというと、失うものがなくて、身の程しらずに、ぶつかれるからです。

これはもう何度でも強調したい。「皇帝」を倒せるのは、何も持たざる「奴隷」である!と。

だから自分をクズだと思って結構で、そこから全てが逆転する。むしろ、クズ万歳です。





そんなわけで、この言葉を、本日より始まる『自虐的代理戦争』の直前挨拶とします。

家元である私も、ずいぶん前から酒を断ち、断食もして、心身を清め、準備万端です。

鈍らせるものなど、極限まで排除して挑みます。キレキレの頭脳で臨まないと、失礼。

今回は10年の集大成なので、特別な思い入れと共に、全力でお送りするつもりです。


また、一度きりの大掛かりなミステリーとして、これまでの伏線も全てまとめ上げます。

例えば、以前からナンパに革命を起こすといってましたが、さっそく本日答えが出ます。

なんと、そのヒントは、あのソクラテスが握っていたのです。思う存分、ご期待ください。

(答えは、本日のメルマガ最新号:『ソクラテスの無知と元ナンパ師の苦悩』にて!)

posted by 家元 at 05:37| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする