2013年10月09日

100号突破記念!1000日更新予定!

遅くなりましたが、『ナンパ脱出プログラム(第三章<究>)』の解説が完成しました。

DVDの特典コメンタリーみたいな感じです。まだ届いていない方は、ご連絡ください。

(ただし、『脱出プログラム』全体ではなく、以下の9号のみの特別解説となります。)


『第三章<究>』

第31号 「ソクラテスの無知と元ナンパ師の苦悩」の巻

第32号 「逆走!体にふれないパラレルワールド」の巻

第33号 「AV出演?ハートの破裂とラブの成就」の巻

第34号 「分岐するセカイ、初めて逆ナン始めて」の巻

第35号 「与える男!ヒップでホップな夢の生活」の巻

第36号 「創造性の開花!視覚に働くQポイント」の巻

第37号 「脱ナンパ師!アウトタイプと祝祭空間」の巻

第38号 「究極の選択、求められ感、誘惑され時」の巻

第39号 「究はQ、求、救、急、休、旧、杞憂、仇!」の巻





ちなみに、これで、制作した実録音声メルマガも、ちょうど合計100号となりました。

『覚醒プログラム』:49号+『脱出プログラム』:39号+『超覚醒チャレンジ』:12号で、
ジャスト100号!この100号記念の祭典が、「自虐的代理戦争」という企画ですね。

こちらは、全100号をコンプリートした人達と、裏で楽しく、やらせていただいてます。


一方、しばらく放り投げていた、このブログの方も、気づけば、全部で827件の記事。

こうなったら、1000を目指そうと思い直しました。まさに仏教界における最大の修行、
千日回峰行のように、ちょうど千日の記事をしたためて、このブログを満行したいです。

これは私にとって、『第四章<極>』の完成と共に、最後のやり残した修行となります。

あと残り、173件・・。多いのか少ないのかは分かりませんが、噛みしめて更新します。

もはや、ここまでくると、誰が読もうが関係ないです。やりたいから、やるんです。イエイ。

posted by 家元 at 09:27| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年10月19日

ブログ再開(1000件に向けて!)

このブログを1000件まで更新しよう!と思ったら、やる気が出ました。

あと残りが172件もあるので、できるだけ頻繁に更新するつもりです。

ちなみに、どうせ書くなら、全国に大勢いるだろう、孤独な人に向けて、
書いていきたい。そして、ナンパというより、ヒッキーライフを描きたい。


部屋に、こもりっきりのヒッキー生活は、外に出て、散歩がてらに女性
に浸かるナンパ運動と共にあることで、めっちゃくちゃ充実するのです。

会社も学校も行かなくていい。めんどくさいことは、しなくてかまわない。

そんな気持ちいいことしかしない、社会から退いてしまった、ヒッキーの
戯言だと思って、読み流してもらえれば構いません。もはや自己完結・・。


ただし今の時代は、新しいライフスタイルの確立が求められていますし、
一部の人に、何らかのヒントになればいいかなと、少しだけは思います。

だから冗談のように本気で、ヒッキー思想、ヒッキー運動を煽りますよ~。

60年代のヒッピーとは、一味違う、ヒッキー・ムーブメントの合言葉は、
「セックス、ドラッグ、ロック」ならぬ、「セックス、コトヴァ、スタンド」です!

posted by 家元 at 12:39| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年10月20日

ナンパで啓示される、孤独の美しさ

ナンパをするのに一番ラクなのは、友人、知人と一緒にやることである。

その時、あなたは孤独を感じない。女性に無視されようが、拒否されて、
痛手をくらおうが、友人とワイワイ楽しく過ごし、大失敗も、笑い話になる。

もしナンパをしたいのなら、気を許せる友人とやればいい。または、親しい
友人がいなくても、ちょっとした知人でも構わない。何かの打ち上げの時、
ふとナンパの話題を挙げて、酒の勢いで一緒にやるなんてのもよくある。

いずれにせよ、誰かしらと会う機会があるなら、それはナンパのチャンス。


また、そんな知り合いもいない場合、ネット上などで仲間を募集してみたり、
合流する方法もある。その時は、初対面の人と一緒にやることになるので、
気が合わない相手だったりすると、嫌な目にあうが、それは相手も一緒だ。

一緒にいて楽しくない男、見た目がヤバイ男が現れたら、何かと理由をつけ、
相手は離れるだろう。相手は、行動しない理由ばかり言ってる理屈野郎とは、
一緒にいる義務など一切ない。しかし、ここでお金が発生すると話は変わる。

ナンパ塾、セミナー講習、伝授会といった、商売としてやる場合、たとえ、もう、
人間的に大丈夫か?という相手でも、ちゃんと時間内には寄り添ってくれる。
むしろ、そういう人を救うために、力を注ぎ、教えてくれる。実に、ありがたい。

ただし難点としては、お金もかかるので、そう何回も通えない。結局、日常に
戻れば、また独りでやらなくてはいけない。したがって、仲間を見つけるため、
ナンパ塾で、他の生徒を紹介してもらうのもいいだろう。そのために利用する。





なお、上記のような、誰かと一緒にナンパすることに対して、抵抗のある人は、
独りで始めて、独りで続けるしかない。このブログは、そんな孤独者のために、
これまで更新してきた。なぜなら独りでやることは、非常に大変なことだから・・。

独りでナンパするのと、コンビナンパでは、その精神状況が全然違う。なんだ、
同じナンパじゃないかと、テニスとバトミントン位の違いに一見思えるが、実際、
野球とサッカー位に違う。もう全然別物!それは、やってみれば、すぐにわかる。

コンビナンパは、サッカーのようにパスしまくっては、ずっとボールが動いていて、
ずっと流れがある感じだが、独りの場合、野球のバッターボックスに立つ感じで、
間が多い。そんな間の中で、プレッシャーにさらされる。しかもサッカーボールは、
どんなに当たっても死にはしないが、野球の硬球は、ヘタすれば死ぬし、危険だ。


そうして、独りでナンパするのは、コンビナンパとは天と地の差がある。それでも、
独りでやることに惹かれる者は、自由を希求する者であったり、単純に、人見知り
するから、誰か他の男とやりたくない。はたまた、男にまで気を使うのが嫌だという、
自分勝手だったりもする。いってみれば内向的な人、引っ込み思案が多いだろう。

私は、そういった精神的に引っ込み思案の人も、物質的な引きこもり同様、ヒッキー
と呼んでいる。また無職やニート以外でも、デイトレーダーや作家、在宅ワークなど、
人と直接会わない仕事をしている人も、放っておけば外出しない、ヒッキーに含む。

このヒッキー連中は、どんどん増える一方で、それは自然な社会の流れでもある。





私はこれから、全国の「ヒッキー」に向けて、何もない孤独者に向けて、ブログを書く。

ヒッキーである、あなた達は、たくさん友人がいて、スケジュール帳が埋まってる人を、
うらやましいと思うかもしれないが、実は、そういう人こそ、孤独から、逃げ続けている。

しかし、孤独を見ないようにしても、それは大きくなるばかりで、逃げきることはできない。
つまり最後は必ず、何かが起こり、自分自身に投げ出され、孤独と直面してしまうのだ。

それは芸能人のニュースとかを見ればわかりやすいが、周囲の者も、似たようなもので、
他人の芝生はよく見える。また当人がよく見せようとしてるだけで、ヒッキーと変わりない。


世間や他者に逃避する者は、最後は裏切られ、自分自身に投げ返されることになる。

ならば最初から、自分自身から、自分の孤独と向き合うところから、始めた方が早い。

外向的な人は、外側に多くを求め、手に入れて、最終的に「孤独」と対決するのだが、
内向的な人は、最初に「孤独」と対決し、後から全てを手に入れる。正確にいうならば、
全てを失うことで、全てを手に入れる。どうせ最後は同じことなら、近道した方がいい。

したがって、今、最弱に孤独なヒッキーこそが、最強のチャンスをものにしているのだ。

孤独や劣等感や貧乏や無名や怠惰など、それらが、いかに素晴らしいか、表明したい。

posted by 家元 at 10:59| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年10月24日

ヒッキー運動は独りでやれ!(リア充との接触)

先日、数年ぶりに、男の知人達と会いました。ヒッキーの私にとって、大変珍しい。

私以外に、三人の男達で、皆、社会的に成功していて、会話上手の自信家でした。

そこで痛感したのが、複数の男と話すのは、女性達との会話とは全然勝手が違い、
ほとほと疲れちまう、ということです。リズムや会話の運びに合わせるだけで、もう、
精いっぱい。ビジネスマンばかりだったので、話題にも、ついていけませんでした・・。

そして、何よりも気づいたのが、女性陣と話す時は、精神的に完全に甘えきってて、
もたれかかっていますが、男性陣と話す時は、やはり無意識に、気を使い、考えて、
もたれかかる感じにはならない。それが結果的に、シンクロ率の低下を生みました。


実際、私が唯一、イキイキとしたのは、皆で女性店員をからかっていた時だけです。

その飲食店『塚田農場』では、会員になると、来店した回数により、係長、部長、社長、
とかいって、役職が上がるという設定で、彼女はそれを説明してくれたのですが、もう、
毎回、説明しているため、言葉がペラペラと流暢すぎて、まったく耳に入ってきません。

ナンパでも慣れすぎると、説明口調になって、逆に反応率が落ちることがありますが、
そういう時は、あえてヘタウマに崩したり、抑揚をつけることで、相手に届くようにする。

だから今回も、彼女に指導しました。それは、係長、部長といった、役職を言う時だけ、
声を変えて、わざと男声にする。するとアクセントがついて耳に入ってきます。それを
やらせて、さらに役職が上がる度に、偉そうな口調をとるように、コントへと誘導します。

女性店員は恥ずかしがりますが、「バカだなー、そうやって、自分の魅力を殺してる。」
「あなたは何やってもいい。許される。」と、そこから相手にタッチさせる、あの鉄板ネタ
に進もうとしましたが、遠慮してやめました。他の男達も、ドンドン会話に混じったから・・。


やはり、いつものマイペースでは出来ません。他の男達のノリにも加勢し、話題もすぐ、
変わってしまいます。これが楽しいところでもあり、残念なところでもあります。その前に、
路上で休んでいた女子二人に、私が独りで声かけた時も、また同様なことがありました。

スッと引き気味で入って、会話が成立し、第二段階に入ったのに、その後から、男達が、
ウワッとテンション高く参加したため、女性達は形式上、話を合わせて、すぐ離れてしま
いました。明らかに、そのノリではシンクロ率を破壊するのに!と、そりゃ思いましたよ。

しかし、一切の非難も批判も何もありません。集団でやるというのは、そういうことです。

自分の好きな物だけで固めた、独自の世界でやりたいなら、独りでやるべし、ってこと!





実は、今回、珍しく男性陣と会ったのは、理由がありました。ヒッキー運動についてです。

今まで隠れるようにして目立たず、独りで続けてきた、この活動を、もっと広い形でやる
のも面白いと考え、初めて誰かと組もうと思ったのです。特に、私は文章と音声だけしか、
表現をしないので、それに加えて、画像や動画に詳しいクリエイターと組むといいな、と。

さらに私は引っ込み思案で、放っておくと、とにかく目立たないようにしてしまいますから、
今まで本を出版したことのある、拡げようとするコンサル、仕掛け人とも組み、ヒッキー
である私と、動画のクリエイターとの、この3人でもって、やっていこうと思ったんですね。

しかし、ダメでした。私の考えていることが、ヒッキー運動の素晴らしさが、伝わりません。

言葉足らずだったことは否めません。しかし重大な問題があった。彼らは魅力的な人物
ですが、いかんせん、ヒッキーの実感がない。だったら、もともと根本的にムリなんです。

それに気づかなかった私が悪い。もう独りで何かやり続けるのは大変なので、そろそろ、
誰かと組みたい、孤独から逃れたいと、色気を出してしまっただけでした。かなり反省・・。


そういうわけで、けっこう期待していた、チームを組んでヒッキー運動を広めていくという、
矛盾した方向性は頓挫しました。ダメだ、孤独から逃げるなよ、お前!って話ですよね。

考えてみれば、ヒッキー運動を広めようとすること自体が間違いです。孤独からの逃避。

以前の50年前のヒッピー運動は、集団で集まってコミューンを作ろうとしたわけですが、
現代のヒッキー運動というのは、たった独りで、自分だけのセカイを創造して、自己完結!

だから集団で束になるということはない。ヒッキーの数だけ、別々のセカイがあるわけで、
それぞれが自分の王国の皇帝であり、独立した個と個が、たまーに貿易する感じでいい。

この個を重視したライフスタイルが、瞑想とナンパを主軸にした、ヒッキー運動であります。


歴史が証明するように、集団は必ず腐敗します。組織は必ず間違います。100%です。

そんな過去に対して反旗をひるがえし、たった独りでヒッキー・ムーブメントを起こします。

この地球で、初めて生まれた人間のように、各自、好き勝手にやりましょう。よし、決めた。

posted by 家元 at 12:43| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年10月25日

日本全国民が引きこもりになるとき

『TOKYO!』という、有名な外国人監督が3人で制作した、短編映画集があります。

ハッキリいって、フランス人の作った最初と二番目は最低なので、観てもムダです。
ただ三番目のボン・ジュノだけがよかった。(『殺人の追憶』、『母なる証明』の監督)

外国から見たニッポンというテーマで、各自が自由に描いたもので、ボン・ジュノの
『シェイキング日本』は、ひきこもりの話でした。なんと主役は、あの香川照之さんで、
カイジの悪役をやった彼が、10年間ひきこもっている男を演じ、見事なりきってます。


内容自体は、あってないようなもの。地震がキッカケで、そして、ピザの宅配人の女子
に惚れたことをキッカケに、ただ家を脱出するというだけの、短くも、美しいファンタジー。

で、面白いのが、彼が10年ぶりに家を出たら、今度は東京の住人が全員、ひきこもり
になっていたところで、そうなんだよなー、と作り手の意図とは関係なく、感心しました。

だって、実際に、この10年で、どこもかしこも、ひきこもりばかりになっちゃったんです。





最近、ひきこもりという言葉を、あまり聞かなくなったでしょう?それは、家にひきこもる
ことが、もう当たり前になったから、珍しくなくなったからです。確かに、昔から、身体的、
精神的な病気が理由で、外出できない人達は一定数います。しかし、現代は違います。

もちろん、ウツは増えてますし、世界で一番、精神科が多いとされている日本で、医者
が薬を出しまくることで、逆に、ウツもひどくなり、自殺も増えました。(薬の副作用です)

しかし、そんな深刻な人達よりも、ずっと多いのが、面倒くさいから外出しない、中間層。

だって、最低の生活費さえあれば、外に出なくても生活できるようになったんですから!

ありとあらゆる買物、ありとあらゆる娯楽が、家にいながらにして出来るなら、わざわざ、
外出する必要なんてないでしょう?面倒じゃないですか。これは、ごく普通の流れです。


ただし、その反動から、もっと体を動かそう!再び、昔のような不便な生活を見直そう!
といった、自然回帰の方向も出てきます。社会問題が増大するからです。(主に病気)

今もすでに、労働問題や健康問題、医療費の増大が著しいですが、今後、爆発します。

そこで普通の、ひきこもり支援だとか、真面目なNPOが頑張っている一方で、私自身は、
家から出ない人達、ヒッキーに向けて、それがどんなに贅沢で素晴らしい生活なのかを
表明し、親が食わせてくれるなら、それを享受すればいいし、ニートも全肯定してみたい。

働く、働かないは、小さな問題です。そんなの、どうでもいい。それよりも、そんな独りで、
厳密な意味では、誰かしらの世話になりつつも、生活自体は、ほぼ独りきりという状態で、
いかに自分を楽しくするか?最高の日々を繰り広げるか?充実させるか?を描きたい。


なぜなら、独りは自由でいいなと思うのは大間違い。正味な話、何度も途方にくれます。

ずっと独りでいると、歯止めがきかなくて、一歩間違えれば、ドツボにはまるんですよ・・。

また、不安になって、いろいろやろうとしますが、これが難しく、挫折が続くと無気力に・・。





実は、ただ独りで何かを始め、続けてやりきることは、とても骨の折れることです。これを、
起業などをテーマにせず、ナンパというものをテーマにしたわけです。誰に頼まれるわけ
でもなく、何の強制力も働かない虚無の中で、どう生きて、どう花開かせるか?という話。

これが最終的に、ヒッキー運動と名付けられた、新しいライフスタイルとして結実しました。

最初は、「元ひきこもりがナンパ師に!」なんてキャッチフレーズを使ってましたが、もはや、
そんな単純な図式は古くさい。ヒッキーだからナンパする。よく考えたら、それが当たり前!


会社や学校に行ってたら、生身の人間と会えるから、それでいい。しかしヒッキーは、何の
機会もないし、何のコネもなく、人間と会うためには、直接、外にいる人間と話すのみです。

よく「何のためにナンパするのか?」なんてことで悩んでいる人がいますが、贅沢な悩み。
こっちは無人島にいるんだよ。たまには生身の人間と会ってみたい。ただそんだけ。何が、
ナンパの目的は?とか、よほど余裕かましてられるんだね、よかった、よかった、ですよ。

そういう人は、すでに恵まれた強者としかいいようがない。ヒッキーは、欠けまくった弱者。


しかし、孤独に人一倍敏感なヒッキーが、コミュニケーションへの希求が、人一倍強くなる
ヒッキーが、時間だけは、たくさんある自由なヒッキーこそが、ナンパを主導できるのです。

会社や学校に通う人達も、実は、ヒッキーとそんなに変わりません。表面的な、やりとりを
処世術として覚えただけで、本来の自分を抑えてたり、自分の中に引きこもっていますが、
いかんせん、集団の中にいるので、孤独感というのが覆い隠される。ただ、それだけです。

もしかしたら、ヒッキーより苦しいかもしれません。不満の原因が、自分でわからないから。
だからこそ、孤独が露わなヒッキーが先導をきって、先に、真理を追究しなくてはいけない。


コミュニケーション不足の人しか、不満が大きい人しか、身を捧げて研究なんかしません。
ほどほどに、うまくやってる中途半端な人は、新しい探求をしようともしない。すでに適応
しているから、その必要性がない。だから新しい世界を切り開くのは、常に、落ちこぼれ!

そして、その発見したことや価値観を独り占めせず、適応してる人へも、明け渡すのです。

社会的にどうしようもないヒッキーこそが、その宝を再び、社会に還元することになります。


そうやってね、社会は少しずつ革新していったわけです。そして今や、大変革期にいる。

古い社会なんぞに、誰が適応するものか。おい、ヒッキーのあなた、わかってんのかい?

あなたが次の時代をつくるのです。前の時代でダメだった人が、新しい世界を創造する!


posted by 家元 at 13:12| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年10月26日

何も持たざる者が、人生に勝つためのブログ


わかりやすくします。ここは、何も持たざる者が、人生に勝つためのブログです。

コンセプトを一言でいうと何かと、考えた結果、この「人生に勝つ」がしっくりきた。


以前は、ナンパで成功するため、たくさんGETするため、彼女をつくるため、とか、
いろいろと細かく設定していましたが、それらは全て一時的なものにすぎません。

それぞれの成長によって、いろんな事が、どうでもよくなるし、恋の成就にしても、
失恋がいけないのか?といったら、そうではない。すべてはプロセスであります。

あまりに辛かった失敗が、後から振り返ると、最高の出来事に思えたり、大成功も、
実は、それが地獄の始まりだったりして、短いスパンでみると、よくわからんのです。

なので、いちいち途中の過程で、成功失敗を決めて、一喜一憂してもしょうがない。





しかし、「人生に勝つ」は、死ぬ前に「勝った!」と思えればいい、究極の目標として、
非常にわかりやすい。もちろん、人生、勝ち負けじゃないとか、厳密に考え始めると、
哲学的になりますが、わかりやすくした方がいいです。勝ったら気持ちいいでしょう?

それに、この勝負は、世間でいわれていた「勝ち組」「負け組」なんていう、くだらない
分け方など超越したものです。世間や他人の客観性なんて、どうでもいいんですよ。
死ぬ前には、そんな二次的なもの、かき消えます。しがみついてたら、大負けします。

ただ純粋に、自分自身が「人生に勝った!」と主観的に思えれば、勝ちです。むしろ、
どんなに世間的に大成功をおさめようが、「負けた」と思っている人、いくらでもいるし、
関係ない。だからこそ、世間や他人から、気をそらされないようにしないといけません。

つまり、本来、やらなくてもいいことを、夢や義務や道徳を持ちだされ、いつの間にか、
やらされていたり、他者との競争に駆り出されたりすることです。今、負け続けてると
したならば、他人のダシにされていることを意味します。そんなアホくさいこと、無駄!


それよりも全部、自分で基準をつくって、毎日、勝ち続ければいい。たとえ負ける時が
あっても、それを負けと認めない。その負けがいいんだよ、と開き直ります。ですから、
「自分に勝つ」なんてストイックさも、また違う。「人生に勝つ!」が一番しっくりきます。

試合に負けても、勝負に勝てばいい。基準はすべて、自分のさじ加減でOKというわけ。

やっぱり、気持ちよく生きたいし、気持ちよく死にたいもの。そのためだけに、集中する。

すると、余計なものがあると目が曇るので、必然的に、いろんな虚飾を捨てていけます。

そして、それが一番できるのが、何も持たざる者である、通称:何無派(ナンパ)師です。

posted by 家元 at 07:42| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年10月27日

ホームレスには負けるけど、それ以外には勝つ!

ここは、「何も持たざる者が、人生に勝つためのブログ」となります。

何も持たざる者が、人生に勝つためのブログというのは、おそらく、
ゼロから起業する人なんかが、けっこう、書いているとは思います。

当ブログは、その女性関係ヴァージョンといったら、いいでしょうか。

ただ、ゼロからの起業ブログなら、どん底のホームレスから始めて、
一部上場するとか、凄いのがあるのかもしれませんが、こちらでは、
さすがにホームレスからは無理です。一応は、住むところはある、と。


だから、「何も持たざる者」というのは、厳密にいうと、ウソなんですね。

家があるだけで、もう恵まれている。どんなボロ屋でも、レンタルでも、
親と同居で肩身の狭い思いをしていても、すでに「持っている者」です。

さらに、一応は動く「肉体」と、まともに働く「脳」があれば、すごい贅沢!

持ってるじゃ~ん。持ってるじゃ~ん。持て持てじゃ~ん。てことになる。





私も全国を放浪ナンパしたいと思い、野宿にも挑戦したことありますが、
だいたい一日でギブアップしました。慣れる前に、疲れて、イヤになる。

やはり強烈なインドア派で、キレイ好きな性格なので、ホームレスには、
向いていません。部屋から出ないヒッキー向きです。それなら全然平気。

ですから、ここでの「何も持たざる者」とは、ヒッキーを基準にしています。

最低限、寝るところがあり、健康な体を保っていける食糧があり、女性に、
嫌悪感を与えない清潔な衣服を持つ、最低限の「衣食住」がある人達です。

そんな人は大勢いますし、実をいうと、このブログを読んでいる人で、実際、
ほとんど外出しないヒッキーなんて少なく、ほとんどの人は、ちゃんと働き、
学校に行ってる人達です。むしろヒッキーの話題に興味ない人の方が多い。


それでも、なぜ何度もヒッキーの話題ばかりあげているかというと、人間の
基本ラインがヒッキーで、そこに、バイトや仕事や交遊がつけ加わり、外出
するための、ありとあらゆる理由が、それぞれプラスされただけだからです。

ヒッキーとは、そういった外出する理由を持たざる者で、残されているのは、
自分の意志でもって、散歩に出かけること、知らない人間に話しかけること。

これが、もうね、死ぬほど難しい。普段、人とふれあってなくて、慣れてないし、
何よりも、他者から何の強制力もないのに、自発的にやるってのが、最難関・・。

味方ゼロ!自信ゼロ!孤独感もハンパない!そこから始めるしかないわけ。

この純粋性がわかりやすく、伝えやすいので、ヒッキーを基準にしたのです。

なお、このヒッキーが基準のナンパを、「家系(いえけい)ナンパ」と呼びます。

posted by 家元 at 12:38| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年10月28日

声かけに絶望したとき、どうするか?

自分の限界を突破するときっていうのは、二種類のパターンがあります。

まず一つは、すんごいテンションが上がって、高揚感の中で突破します。

これは解放感がハンパないから、誰でもわかるし、それを求めるでしょう。

しかし!しかし!です。物事は、すべて逆も真なりで、間逆の突破もある。





私は去年、さっさと10人声かけろと、しつこい程に強制しました。こういった、
強制的なアジテーションというのは、意外にも評判がよく、驚いたものです。

やはり、たった独りでナンパを続けるというのは、非常に至難の業で、本当、
「声かけないと殺す」とか、誰かに強制されたら、どれだけラクかと思います。

実際、やってみたら出来てしまうものなのに、どうしても人間は逃げてしまう。
それをイヤっていうほど味わうのがナンパですから、悲惨で残酷な面もある。
気がついたら、何もしないまま1年、2年など簡単にスッ飛ぶことさえあります。

だからこそ、誰か他の人に『強制』されることを、人は求めます。自分で決めて、
自分で動く、この心細さときたら、もう何ともいえない。でも、そこを行くしかない。

私は人一倍、その難しさを知っているので、微力ながら、その助けになろうとし、
さっさと10人声かけろ!と、今までと違うカラーでプッシュしました。メルマガの
超覚醒チャレンジ!』では、自分で鬼気迫る音声も収録し、その姿勢も示した。


あれで地蔵脱出した人は、本当に多かった。もし現在、スランプの人は、まずは、
1号だけ聞いてナンパに出かけ、さらに2号を聞いて出かけてと、出かける度に、
1号ずつ聞き直してみてください。不思議なことに、必ずスランプを抜け出せます。

一度に聞いてはいけません。効力が落ちます。路上に持っていける情報なんて、
常に、1つか2つがいいとこです。それだけ意識するだけで、簡単に変わるんです。

特にこれは、すでにご購読されている方に、お勧めしたい。一度、売ってしまって、
はい終わり、ではなく、やはり、久しぶりに聴き直してもらうよう、つついてみるのも、
大事なことだと反省してます。あとブログも読み直してもらえるよう、工夫しないと。

基本的に、他人のブログなど、読み直す人なんて少ないし、そもそも記事が多く、
読み直すのにむいていませんから、なるべく、過去の記事をリンクするようにして、
独りで行き詰まってる人に読んでもらえるようにしています。基本は同じですから。

以前は、こんな工夫もしてましたが、実際、読み返してほしい記事が多いんですね。
どうしても、同じような質問をいただきますし、1から説明しようと、同じ内容にもなる。

ただ記事も同じ内容に見えて、少しずつ新しい意味や変更が加わり、補足してます。





それでは、冒頭でいっていた補足です。基本的なことですが、自分の限界について。

まず、限界を突破するには、テンションが上がる、熱狂的な方向性が一つとしてある。

そして、もう一つが、とてもイヤ―な感じの無力感を味わったときの突破です。これが、
勘違いしている人が多い。この、疲れて空しくて不快な無力感は、限界越えの証です。

たとえば、さっさと10人に声かけるという作業を、しばらくナンパから離れていた人が、
やります。すごい逃げ腰だったけど、まぁクリアした、と。ところが、疲れ果ててしまう・・。


以前、ガンガンにGETしていようが関係ない。ひどく緊張したし、ぎこちない感覚があり、
それどころか、手の震えまで出るような疲労感。これ以上、人とも話したくなくなります。

こういう時です。この無残な感じの時っていうのが、自分の限界を越えた時で、つまり、
自分の殻が壊れたんですね。以前、平気でナンパできていても関係なく、時間たつと、
自分を守る殻というのは、いつの間にか出来ていて、それを壊すのは、とてもしんどい。

この時は、気分がすぐれず、家に帰ります。それでいい、逆転しようと思わなくてもいい。


しかし問題は翌日(次回)です。全然、街に行く気がせず、絶対ムリという気になります。

もうサボリたくてしょうがない。この時がチャンス!どんな理由があろうと、街に出ます!

そして、声かけなくていいです。ただ歩いてみる。すると、意外に平気だと気づくんです。

別に、その日は何もしなくていい。今度、さらに翌日(次回)、出かけた時に、声をかける。

すると、あっけない程、簡単に声かけれます。前々日は、何だったんだ?と首を傾げる・・。


こういうことが、よく起こる。そして、こういうことを何度か経験すると、たまらない無力感、
疎外感、パワーが尽きた、あの不快な状態こそが、自分の限界を越えた時だと、わかる。

これもまた、破壊と創造というやつです。常に、陰と陽、反対の道があるということですね。

この真理を、声かけで、いまだ苦しんでいる人に送ります。今のあなた、とってもイイ感じ!

posted by 家元 at 05:33| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年10月29日

最高の彼女ができたら、ナンパは終わりなのか?

独りでナンパを続けると、男は別人のように、生まれ変わります。

なぜなら、精神的に何度も死ぬからです。死ぬことで、新しくなる。

まず声かけの時点で、必ず絶望的なほどの無力感や孤独感など、

不快な状態で、力尽きるときがくる。最初こそ楽しいけど、必ずくる。


これが前回述べたような、誰にも起こる、破壊と創造です。ここで、
挫折する人が多い。まんまと自分の脳に騙されてしまう。体が重く、
気分も悪い時に、あえてやると、一気に元気になることを知らない。

ダメな時にこそ「死」が起こり、「再生」にそのまま繋がるというのに、
そのほんの一歩手前でサボって、そのまま数年、ひきずるのです。

死ねないから、そのまま病気が保たれる。まさに天国と地獄の境目。


しかし、声かけにおける破壊と創造など、実は、まだまだ序の口です。

次は、実際に連れ出して失敗したり、再会できなかったり、デートして、
大失敗したりすることのショックが待っています。こちらの方が辛い・・。

いちいち期待を裏切られたり、頭にきたり、凹んだりと、明確に傷つく。
だから傷つくのが怖くて、手を出さなかったり、連絡さえしない人もいる。

もちろん、これじゃダメ。ちゃんと破壊されないと、創造が起きませんし、
しっかりと女性に振り回されることで、免疫もつき、ドッシリと安定します。

何が起ころうとたいしたことじゃない、と思うようになると、必ず成功する。
つまり手痛い破壊から立ち直る度に、成功もして、自信がついてきます。


ところが、ここでの自信なんて、本当の意味では脆い。問題は、次です。

大好きな彼女と付き合ってから、深い関係の中で、ボロボロになること。
これを超える破壊はないし、それはもう徹底的に、ボロボロに死にます。

この辛くて、何も手につかないドン底は、一歩間違えれば、本当に死ぬ。

それだけ激しいもので、特に、恋愛経験が少ない人や、または、最高だ!
という彼女と付き合うことになると、感情が巻き込まれ、激しくなりやすい。

要は、天国の喜びも高ければ、それだけ地獄の辛さも深く、比例します・・。

しかし、この修羅場をくぐり抜けた後、男は生まれ変わっている。大抵は、
完全復活に時間もかかるし、本人が気づくのも時間差はあるが、確実に!





このように男は、ナンパを続けるうちに、少なくとも三回は死ぬ。そうして、
その死の激しさは、女性という他者との関係性が深まるほど、すさまじい。

なので地蔵問題で、声かけに関する厳しさなんて、本当いうと、もう全然、
たいしたことないんですが、どの段階でも、重要度はそれぞれ変わらない。

必ず、全プロセスを経験して、各段階のスタンドを活性化すべきなんです。


事実、ナンパですぐに結果を出してしまった人が、後から苦労することなど、
よくあります。久しぶりにナンパを再開する場合も同様で、ゼロスタートです。

ところが、ゼロからスタートしなくちゃいけないのに、成功体験が邪魔になる。

特に、強烈な恋愛を終了した後は、なかなかエンジンが、かかりにくかったり・・。


それでは、ここで、あるナンパ勇者のご報告を、紹介させていただきます。

去年、彼女とのシンクロ率の高さで、MVPに値する結果を残した方です。

彼が再び、ナンパワールドに戻ってまいりました。以下、最高のご報告!


>
> 実は、約1年のときを経て、件の彼女とは別れました。
>
> 今考えてもすごくスタイルが良くて美人で、
> 「本当にこれが自分の人生か!?」
> と思ってしまうような夢を見ているような日々でした。
>
> 彼女とは一時的に、奇跡的な気の合い方をする所もあった反面、
> その他のほとんどの部分で全く気やソリが合わず、すごく苦労をし、
> 継続的に付き合っていく事が難しいと判断せざるを得ませんでした。
>
> お互いがお互いを好きなのに、どうしてもうまくいかない事に悩み続けました。
>
>
> そして本当に地面を這うような苦しい思いや、その反面の、本当にお互い
> ピッタリとくっ付いて世界と自分達全体が溶け合うような、天にも上るような
> 気持ちを何度も経験しました。
>
> 全てフミトさんの企画をきっかけに、こんなへなちょこでも、自分の
> 出来る所から道聞きしたりして、何とか声をかけ続けた事による奇跡です。
>
> 某所で完全に一目ぼれして、逡巡した末、なんとか最後の最後で連絡先を
> 聞いて、ドキドキしながら会って、会話を何とか持たせて、30歳で初めて女性と
> 付き合って、素人童貞を脱するなんて。。
>
> フミトさんの企画と助言が無ければ、絶対にあり得なかった経験です。
>
> 周囲からは、「一目ぼれして連絡先を聞いた」というエピソードだけで皆、目を剥いて
> びっくりされ、また街に買い物に行けば「彼女さんマジ美人っすね!?」と男性店員
> から感心され、とても誇らしい思いでした。自分でも信じられません。
>
> さらに、お陰で、彼女に対しては、もちろん、一途な思いを持ちながらも、
> 「彼女ともし別れても、また僕にはナンパがある」と思えた事が、結構ワガママで
> 美人系な彼女に対しても、下手にならず、最後まで自分を優位に立たせる事に
> 成功できたと思います。
>
>
> 最後に奇跡をひとつ。
>
> 付き合って1ヶ月記念の日、お互い気合を入れて、
> 着てきた服が、面白い事になりました。
>
> 以下、お互いのファッション(下から)
>
>
> 彼女 カーキ色の足長ブーツ
> 僕 カーキ色の足長ブーツ
>
> 彼女 黒いストッキング
> 僕 黒い靴下
>
> 彼女 青いデニムのスカート
> 僕 青いデニムのジーパン
>
> 彼女 白い厚手のシャツ
> 僕 白い厚手のシャツ
>
> 彼女 黒いトレンチコート
> 僕 黒いトレンチコート
>
>
> 色だけじゃなく、質感もほとんど一緒で、
> 実は、バックの色も、パンツ(とパンティw)の色も、
> 全部そのときの彼女と同じでした(^^;
>
> 彼女とシンクロMAXの時って何度かあったのですが、
> この時は目に見えて凄かったですw
>
>
> でも、結局、未だ彼女に対してしか、
> ナンパらしいナンパをしていません。
>
> (ラッキーパンチで全てが一回でうまく行ってしまった!)
>
> 街ではずっと地蔵です。。
>
>
> ただ、彼女に対しては、その気持ちが真実だったからこそ、
> 突き進む力が出たのですが、街での声掛けは、何だか
> 自分の欲の為に女性を利用しているような、嘘をついて、
> 結局は何か彼女達の大切なものを奪ってしまっているような
> 罪悪感があります。
>
> それが当座の悩みです。考えすぎか、言い訳かもしれません。
>
>
> 一度、凄腕と呼ばれる人と合流して、講習を受けたのですが、
> 「ヤレれば良い」みたいなノリと、女性をモノとして扱っているような
> 感覚についていけず、本当に吐き気がして、途中で逃げ出しました。
>
> そういう部分がある限り、ナンパは向かないのかな、
> ただ意気地がないのかな、と思っています。
>
> ただ、いずれにせよ、誰と比べる事無く、孤独のまま、
> 僕はセカイ系で突き進んでいこうと思っています。
>
> 意思さえ持ち続ければ、またこの世界が新たな
> 素晴らしい出会いを運んで来てくれる事を信じて。
>





以上、これぞリアルという、素晴らしい再出発のご報告でした。

やはり、出会うことも素晴らしければ、別れもまた、素晴らしい。

人生とは、全てが経過していくものという真理に、感動しました。


永遠の恋愛など、この世に存在しない。しかし、創造は永遠です。

今後は、ナンパにおける創造というものを、もっと扱っていきます。

いざ、恋愛への幻想が終わって初めて、真実のナンパが始まる!

posted by 家元 at 12:50| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年10月30日

大恋愛が破綻する理由(五行の法則)

身も心も燃え上がるような恋は、たまらないものがあり、多くの男も、それを求める。

しかし大抵は、やがて破綻する。これは一体、何が起こっているのか?五行である。

ここでも五行の法則が始動する。以前、述べた五行の法則は、相性に関するもので、
最大でも二割の人しか自分には合ってない、というものだったが、今回は一人の彼女、
その恋人の存在の中で、最大で二割しか好きになれる部分がない、という法則である。

つまり、五行でいうと、彼女の二割だけが好きで、二割は嫌いなところとなり、その状態
を自然に受け入れられるなら、そんなに気にせず、うまくやっていける。ところが、最初、
恋愛感情が盛り上がってしまったら、嫌いな二割の部分も、大好きだと、錯覚してしまう。

例えば、最初は惚れた理由だったのが、後から、それが別れる理由になったりすること、
恋愛ではよくある。「いろいろ気にかけてくれるのが嬉しい」から好きになったというのに、
別れる理由が、「うるさくて、ウザイ」からになったり、惚れた当初と、逆転してしまうのだ。


とにかく、目の前の相手が全部好き!という状態になると、「好き」が過剰化することで、
「嫌い」が抑圧される。「好き」が大きければ大きいほど、「嫌い」な部分を盲目状態にし、
無意識化されてしまう。その結果、「好き」が落ち着いて、油断した途端に、反動がくる!

これが恐ろしい嵐である。それまでの「好き」によって執着が生まれているため、突然、
巻き起こってくる「嫌い」の反動に対し、抵抗して苦しみ、ボロボロになってしまうのだ・・。

この時、ハッキリとした、相手のことを嫌い、という感情は、なかなか認めることは難しく、
ただただ、相手が自分に対して、イヤなことばかりしてくると思いがちで、実際、文字通り、
一番弱点だと思ってたこと、隠そうとしていたことを、彼女は徹底的に攻撃してくるだろう。

あなたが一番嫌がることをするのだ。これが、深い関係性の中で起こる破壊というやつ!


それもこれも、五行の法則によって、過剰な「好き」の代償を、過剰な「嫌い」で精算して、
バランスをとるための自然な流れであり、その真理を見つめ、ただ身を任せるしかない。

そうして嵐をやりすごした後で、以前よりも深い信頼関係で結ばれていれば成功である。

もちろん、そのまま別れるのも、失敗ではない。お互い、大いなる学びを得たことになる。





恋愛関係における、シンクロ率というのは、「7:恋人」が、まず一つの分岐点となるだろう。

何無派十牛図でいう、「7:恋人」という段階では、「6:破壊者」に戻って、縁が破壊される
場合と、そのまま「8:創造者」という、初期の恋愛感情が去った後、ともに関係性を創造
していく段階へと進む場合とに分かれるが、その両者とも、一つの大いなる学びでしかない。

特に、恋愛経験の少ない若い女の子なんかだと、なかなか創造的な関係まで深まらずに、
どちらかが逃げ出すことで、あっさり関係は終わるだろう。そういう事を何回か繰り返して、
もっと深い関係性というものに目覚めていくわけで、人によって、それぞれ成長は違うのだ。


また、彼女ができれば幸せ!相手が幸せにしてくれる、と思っているなら、その恋愛は必ず
苦しみに満ちたものになるだろう。特に、お互いがそう思っているカップルは共依存となり、
地獄をみる。幸せは、相手に関係なく、自分でなるものだと、悟らない限り、苦しみは続く・・。

これが自ら創造する者、「8:創造者」への目覚めである。すぐに理解して、目覚める者も
いれば、何度も女性に裏切られて、最終的に、絶望の中で知る者もいる。とはいえ、別に、
恋愛の葛藤が多くとも、それだけドラマチックというわけだから、遠回りするのも、よかろう。

他人が自分を幸せにしてくれると思って、何度でも破壊されればいいし、再生すればいい。


とにかく大事なことは、我々は、自分の全部が好かれることはない、という真理。だったら、
好かれようとしては、懸命に頑張るのではなく、嫌われてもいいからと、自分を出した方が、
ずっとラクで、結果的に、好かれるための近道でもある。あなたの短所が、好かれるのだ。

また相手に対しても、最初は良いと思った部分が、後から嫌な部分に変わったり、最初に
何も興味が湧かなかった部分が、後からジワジワ好きになったりと、五行による変動こそ、
楽しめるようになると、余裕が出てくる。と同時に、ひとめぼれなど、減ってくるに違いない。

若い女の子が、最初こそ、男をルックスだけで見ていたのが、何度か深い恋愛を経験して、
気にならなくなっていくのと同じように、男側でも、幻想は落ちて、拡がっていく傾向にある。


どんな相手からも魅力を引き出せ、自ら、頻繁にエロくなっていけるのは、大いなる豊かさ。

それを、アイドル級じゃないと、俺は声かけない、なんていうのは、童貞の戯言だったのだ。

結局は、幻想が死んだぶん、愛のスペースは大きくなる。やたらめったら、恋せよ、男子!

posted by 家元 at 15:15| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2013年10月31日

天才ナンパ師の末路(3人のケース)

ナンパを続けることで、男は何度も破壊されて、どんどん生まれ変わっていく。

そんな事を繰り返し書いてきましたが、実をいうと、壊れない人も中にはいます。

自分の中に余計なものがない人です。幻想だとか思いこみ、変なこだわりなど、
壊されるべき価値観がなければ、壊れようがない。つまり、自意識過剰な人は、
その過剰な部分が壊されますが、元から自然体な人は、その自然のままです。

ナンパというものは、男を自然に戻す働きがある。壊されるのは、不自然さだけ。

でも、それをわかっていれば、そんなに怖がらず、不自然さを手放せるはずです。





このブログは、内気な人のために書いているので、どうしても破壊があることを、
強調してしまいますが、最初から、そう覚悟しておけば、案外、傷つくことはない。

覚悟する者に対して、セカイはひどい仕打ちをしません。そういう意味もあって、
自分を守ろうとしても無駄だよと、破壊されるつもりで行け!と、励ましたのです。

しかし、そんな励ましが不要な人達もいます。それが根っからの軽いタイプの人!

私の知人にもいます。先日、ヒッキー運動の協力を求めた時に来ていた人物で、
学生時代のサークルの先輩。仮に名前を『K』としましょう。彼はめちゃくちゃ軽い。


どれだけ軽いかというと、飲食店の列に並んでいる時に、前の女子に声をかけて、
その場でキスしたり、普通に外を歩いている時、居酒屋で合コンしている女子を
見かけて「行ってきますわ。」と勝手に店に入り、キスして戻ってくるという、感覚。

それも、そんなにガツガツしてなくて、すべてが当たり前のように、すぐ手を出す。
よく考えたら、やりすぎなんですが、私はこれが普通のナンパなんだと思ってて、
今思えば、私が、やたら手が早くなったのも、彼の影響があったのかもしれない。

(現場を見たというより、武勇伝を聞かされてばかりいたので、幻想も強まった・・。)


ちなみに、これらの話は、学生時代の話です。私が鬱屈していて、大失恋の傷を
癒すために、ほとんど部屋にこもっては、もう朝から晩までインドの宗教本ばかり
読んでいた後。それから時々、サークルの部室に顔を出したり、会合にも行ってた。

小さいサークルで、一つ上の先輩は3人しかいなかったのですが、彼らが凄かった。
もう、つるんでナンパばかりしている。その話を横で、さりげなく聴いていたのですね。
すんごい楽しそうに、電車の中でナンパしただとか、一日三回、成功したとかの話を。


もちろん、当時は参加など出来ず、別世界の話でした。会合の後など、彼らはすぐ、
ナンパを始めましたが、輪になんか入れませんよ。私は逃げました。普通の時でも、
挨拶なしに、いつの間にか、その場から消えたりと、心を閉ざしていたわけですから。

誰からの電話も出なかったし、先日、『K』からの電話に出ただけで、「成長したな~。」
と感心されたほどです。いや、本当、その通り、成長したんです。今なら、あの当時の
先輩達の勢いに、余裕でついていけると思います。でも、20年遅かった。(おせー!)

いや、20年といわず、すでに10年前でも出来たけれど、彼らと会う機会がなかった。





それでは、当時、天才的なナンパ師だと思った、3人の先輩の20年後を紹介します。

すでに40代である、3人の先輩のうちの1人、当時、最も自分勝手だった人は、先日、
「ガンガンにいくで~。」と言いつつ、涙目のまま地蔵になってました。すごい寂しかった。

また、最もトークが面白かった先輩は、「もうナンパはいいだろ。」と言いつつも、やたらと、
ガールズの客引きばかりと話してて、本当はやりたいんでしょ!という感じで、惜しかった。

そして3人目、当時、最も腕があった『K』はというと、今も余裕で嬉々として声かけていた!

彼だけが結婚していなくて、というより結婚を小馬鹿にしていて、一生、遊び続けるらしい。


ただし彼は、路上がどうだとかいうのではなく、すべてに開けており、女子店員にも、必ず
連絡先は尋ねるし、キャバクラでも、持ちかえりしてしまうし、全ジャンルに開けています。

それに、超一流企業に勤めていた彼は、時間がかかりすぎるナンパなど一時は否定して、
毎日、合コンに明け暮れていた。私がナンパに燃え始めた頃がそうで、最初の頃の記事
に彼は登場しています。不思議に、この『K』とは、二年おき位に、街頭にて出くわしました。

その度に、「一緒に、ナンパ代行業やろうや。」とか、「ナンパ教材、アフィリエイトさせてや。」
などと、お金儲けの話ばかり持ちかけました。悪い人ではないんですが、とにかく軽すぎて、
私も一度、ぶち切れたこともあります。そんなわけで、全然仲がいいわけではありません。


しかし彼は、リスペクトすべき存在である事は間違いない。ナンパより効率よく出会うため、
超一流企業に入り、その名で合コンをやりまくり、さらにイイ女と出会うため、自らモデルの
事務所を開こうとしたり、女性の恋愛相談の本を出版し、向こうから来るように企てたりと、
その軽いフットワークには目覚ましいものがある。外向的にも程がある、大活躍ぶりです。

確かに、すごいんですが、典型的な世間でいう「勝ち組」路線で、何も持たざる者が逆転
するという、ゲリラ路線を心底愛している私には、やはり、ほとんど興味が湧かなかった。





ところが彼は、何を思ったか、今年になって、突然、超一流企業を辞めて無職になります。

そして以前とは違い、お金だけ追ってもしょうがない、という悟りを得たような顔で、まるで、
別人のようになっていた。しかも、いまだに女好きに変わりなく、いつも女性を物色してるし、
迷いもない。おそらく、この人は、心の中に、破壊されるものなどないんだろうな、と思う。

とにかく、いい意味で、薄いんですよ。天性の何もなさ。何もないからこそ、自由に動ける。

その反面、濃いコンテンツは作れない、人と組んだり、人と人を結ぶことしかできない、と、
彼も自己分析ができていて、まさに私自身と間逆だからこそ、組むと面白いかもしれん!

そう思ったんですよ。だからヒッキー運動関連で、何か一緒に出来ればよかったんですが、
ヒッキー運動で組むのは、やはり全然違うなとボツにしました。じゃあ、音声メルマガでは?


例えば、『覚醒プログラム』の第33号のラストで、「頭でっかち」という男の声が入ってて、
あれは『K』が、私に向かって言った台詞です。また、『第四章<極>』でも、突然、『K』が
偶然に現れるシーンも出てきます。これは無意識に、何らかの布石なのかもしれません。

もしかしたら、『K』は間接的に、私の師匠なのか?という考えも一瞬浮かんだのですが、
すかさず「NO~!」という全否定に到りました。教わったこともないし、教わることもない。

彼はテクニックなんか意識したこともなく、ただただ、本能に忠実に、いつでも迷いもなく、
軽やかに、そこらじゅうに粉をまいているだけです。彼に破壊と創造など、起こりません。

しかし唯一、学ぶべきことは、その「軽さ」こそにあり、その何も無さは、あまりにも美しい。

posted by 家元 at 07:47| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする