2014年02月01日

この五つをやれば全てOK!(何無派五輪)

先週は、「ナンパ」なんて意識しなくていい。「ナンパ」はしなくていい、と主張しました。

これは、「ナンパ」すると思った途端に、これまでの先入観が、自分の行動を制限して、
気負ってしまうからです。それに、そもそも「ナンパ」とは、何を指しているのでしょうか?

声かけて、すぐGETしてしまうこと?声かけて、連絡先を聞き再会し、彼女にすること?

そのどちらも、正確には「ナンパ」ではありません。「ナンパ」とは、初対面の人間に対し、
こちらと話をする態勢を作ることです。連絡先を聞いたり、再会したり、GETすることも、
「ナンパ」に含まれません。ただ、何の縁もない人と会話する「場」を作ることだけです。

なので正確には、「ナンパ」した後に、連絡先を聞いたり、「ナンパ」した後に、GETした、
という表現になる。つまり「ナンパ」した後は、お客様、各自の腕次第!という、あたかも、
キャバクラの謳い文句みたいになってしまいますが、あくまで「ナンパ」は入口だけです。


だから、もともとモテる人や、性欲が強い人と自分を比べ、「自分は、なんて下手なんだ」
と落ち込んだりするのは大間違い。そんなの当たり前だし、上手いも下手もありゃしない。
ただ、その人の個性が、そこで表現されるだけ。モテない人は、そのモテない感じのまま。

ただし、雑多な女性達と出会うため、経験が積めます。そして多くの女性の中には、意外に
世間的にダメとされている男であろうと、好きなタイプとして適合してしまう相手もいるので、
どんな人でも、遅かれ早かれ、何かの関係を結ぶことになる。絶対そうならざるをえない。

これは、お見合いパーティーで、1人数分ずつ会話して、次々に相手を変えていく流れを、
地球上の全ての場所でやっているようなもの。しかも、お見合いパーティーに出席する人
なんて限られたマニアックな女性だけでなく、もう誰でも何でもアリです。全員から選べる。

さすがに、これだけ入口が無限に広くなり、学習を積めるなら、うまくいかないわけがない。

もちろん、そのためには、相手と会話する状態、そういう「場」を作れることだけが条件です。





では、話を先に進める前に、もう一度、「ナンパ」とは、成否に関係なく、ただ初対面の人
と会話する態勢を作るだけのこと、という基本を強調します。もう、それ以外は、無関係!

なんだ、それだけのことか、と軽く思っても結構。しかし、これこそが全てで、無限の人々と、
ありとあらゆる可能性が開ける、とんでもない革命です。これに覚醒するだけで、全然違う。

もともと、一般の人達の「場」なんて、他者から与えられています。学校や会社とかいった、
既定の「場」があり、まぁ、合コンなんかも、与えられた「場」です。とりあえず、会話ができ、
コトヴァのやりとりができる「場」。その「場」を、即席で、作ってしまうのが、何無派師です。


今、自分のいるところで、サッと「場」を作る。これは無数に作れますし、瞬時に、消し去る
こともできる。この「場」のONとOFFを無数に繰り返す中で、必ずドラマも生まれてくるし、
ただ会話する状態を作るだけで、そのまま急速に、男と女の関係になってしまう事も多い。

お互い、知らない者同士なのに、職場やバイト先よりも、くっつくスピードが速くなるのです。

なぜそうなるか?というと、もちろん、外野の目を気にしなくていい、後腐れがない、という、
理由も大きいですが、それ以上に、シンクロ率の固定化、流動化が大きな原因となります。

以下、男女が統合されていくための五段階を通じて、説明しますので、参考にしてください。



<何無派の五段階>


1、(無垢): 相手の場に入る

     ↓

2、(孤児): 会話に引き込む

     ↓

3、(戦士): 会話を盛り上げる

     ↓

4、(世話人): 会話を引き出す

     ↓

5、(探求者): 必要性を高める



簡略化していますが、上記の五段階が、何無派師が相手と「場」を作っていく、五段階です。

通常は、第一段階から始まって順番に、次に進んでいきます。そりゃ相手は知らない人で、
いきなり入っても無視されたりする。だから第二段階で、会話に引き込み、反応してきたら、
こちらからドンドン働きかけて、相手を和ませて、警戒を解いていく。これが第三段階です。

この第三段階の会話は、内容なんてなくていい。相手に、この人は危険じゃない。楽しい。
話しやすい。なんて感じさせるためのものですから、お互いの話ではなく、「第三者的」な
話題でもいいし、笑わせるために「三枚目」に振舞ったりする。まさに「第三」段階ですね。


そうしてリラックスできてから第四段階に入りますが、ここはお互いのプライベートの話で、
「四(し)」は「私(し)」だ、なんて覚えてもいいでしょう。とにかく、相手の話を引き出しつつ、
情報を得ます。その情報を利用して、最後は、お互いを結びつけるよう、必要性を高める。

この第五段階は「互(ご)」です。精神的や性的に、お互いの欲求を刺激し、必要とされる、
その状態を作りあげる。ちなみに数字にからめて説くなら、第一段階は「位置(いち)」で、
最初の入りは、身体の位置や、声をかける場所が重要になり、第二段階は「似(に)」で、
会話に引き込むために、相手の状況に「似せる」、または「ニッ」とさせることを意味します。

くすぐりみたいな感じですかね。号令にして言うと、まず「1(位置)」を意識して入り、次に、
相手を「2(ニッ)」と微笑させるようなくすぐりで、会話に引き込み、「3(三枚目)」で話して、
相手をより会話に「3(参)」加させ、「4(私)」的な話を引き出し、「5(互)」の欲求を高める。





この五つの作業が、何無派師の「五輪」と呼ばれるものです。あまり詳しく書いてしまうと、
わかりづらいので、今回は、詳細は省略します。なぜなら、伝えたいことは、あと一つだけ。

それが前述した、「シンクロ率の固定化、流動化」問題です。路上で見かけた初対面の人
ならば、わざわざ第一段階から始めないといけませんが、例えば、同じ職場の女性なら、
ほぼ第一、第二はフリーパスです。最初から、挨拶もそこそこに、会話に応じてくれます。

ただ軽い冗談を言って笑いあう相手なら、第三段階で、プライベートの相談する位ならば、
第四段階までシンクロ率は行ってます。いやはや、話すのがラクですね。うらやましい!
と思うのは勝手ですが、これがどうにも不都合があります。実際、やってみればわかる。

いつも話してくれる、同じ会社の女子を、じゃあと口説こうとすると、あっさりと拒否されて、
それどころか、次の日から、「そんな人だと思わなかった!」と、よそよそしくなったりする・・。
これは第二段階に落ちたのです。「またまた~。」と冗談めかした場合は、第三段階です。

つまり、プライベートの相談もしている第四段階だったのが、もっと関係を深めようとして、
恋愛や性的な関係をほのめかして、第五段階に進もうとした途端、反発をもらったわけで、
これが世にいう、「シンクロ率の固定化」です。ガッチリと、こちらとの関係が決まっている!


一方、見ず知らずの相手ならば、もともと、会ったばかりで、こちらは何者でもありません。

この何者でもないのは、冷たく扱われたりのマイナス面があると同時に、何者にもなれる、
という大きなメリットがあります。「あなたは友達」「あなたは同僚」「あなたは上司」なんて、
固定化した役割はありません。だからこそ、シンクロ率は、不安定で定まらないわけです。

その分、アッという間に、下がります。ちょっと失言しただけで、相手は帰ったり、その日は、
本当に楽しかったのが、一夜明けたら興味を失われたりと、固定化していないデメリットも、
もちろん、ある。しかし、その反対に、アッという間に仲良くなったりもする。これが面白い!

このシンクロ率の流動化こそが、まるでエレベーターのように上がったり下がったりする、
変動性こそが、または目にも止まらぬ速さで仲良くなったりする時もある、その興奮こそ、
「ナンパ」をキッカケにした関係性の素晴らしさです。だから、再会できない、とグチるのは、
それなら、一気に親しくなることも否定しないといけない。両者は、同じコインの裏表です。


我々が出来ることは、とにかく上記の5段階、五行に取り組むことだけで、相手なんかに、
期待してもしょうがない。やることはやって、後は知らない、でいいんです。時間がなくて、
第五段階までいけなかったり、第三を飛ばせたりなど、いろいろ変則的なことはあります。

それでも、常に、その段階のことだけをやる。口から放たれる音波、コトヴァを使ってやる。

音波で人の心は変わります。それを学ぶのが「五行」であり、コトヴァ修行の「語行」です。

posted by 家元 at 23:50| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年02月03日

スタンド使いとしての最初の流儀

何無派師が、技術的にたしなむべきは、コトヴァ使いであり、スタンド使いである。

コトヴァ使いは、日本語という「音波」を駆使して、相手を解放することを意味する。
これは、いわゆるナンパトークというもので、多くの者が工夫し、試行錯誤している。

しかし、ちゃんと音として発声するコトヴァ以外に、自分の意識という、内的な状態
を工夫しようとしている者は極端に少ない。せいぜい気合いを入れたり、リラックス
を心がけたりする程度で、いかにもアバウトである。これが大きな盲点となっている。

目に見える「ルックス」、耳で聞こえる「コトヴァ」は、外部に表現され、わかりやすく、
一方、それぞれの内的な世界、つまり精神状態は、外部から何となく予想できるが、
その本当の状態は、他者には不明だ。相手が実際に考えていることはわからない。

例えば、女性と世間話しながら、相手を想像で、裸にしてみる。あなたの表情が少し、
エロっぽくなるかもしれないが、大抵、相手はあなたが裸を想像してるとは思わない。
ましてや、ハゲヅラを被せたり、着ぐるみを着せたりして、クスクス笑ってたりしたなら、
あなたが想像で仮装させてるとは思わず、自分の話が面白くて笑ってると思うだろう。


このように、実際に相手が何を考えているのか、正確にはわかりっこない。だからこそ、
何無派師は、自分の内的世界を、想像力や意識を駆使しては、豊かに繰り広げていく。

この内的操作をする者のことを、「スタンド使い」と呼ぶ。ジョジョのスタンドは特殊能力
を目に見えるようにビジュアル化したもので、あのスタンドは、普通の人には見えてない。

同様に、何無派師のスタンドも、他の人には見えない。しかし自分の中で、れっきとした、
実感の伴う、操作をしているわけであり、それを自分でビジュアル化してもいいし、相手
にイメージを投射してもいい。スタンドは「照らす」という意味もあり、相手の長所を見て、
そこにスポットライトを当てたり、意識的に感情を出し、相手を好きになってみたりもする。

こういったスタンドは、想像力の世界なので、何でもアリで、人それぞれの個性によって、
ヴァラエティ豊かに変わってくる。自分の「家」を作るというのは、コトヴァを使う以外にも、
このスタンドも重要になってくる。スタンドが土台で、コトヴァにて、具体化していく感じだ。

なお今回は、このスタンドの果てしない想像力については扱わない。それよりも、まずは、
最初の流儀として、スタンド使いの基礎である「五輪」のスタンスについて説明しておこう。





<何無派の五段階>


1、(無垢): 相手の場に入る

     ↓

2、(孤児): 会話に引き込む

     ↓

3、(戦士): 会話を盛り上げる

     ↓

4、(世話人): 会話を引き出す

     ↓

5、(探求者): 必要性を高める



前回に引き続き、『何無派の五段階』の流れというものを、もう一度、ここに表記してみた。

もしかしたら、こんなの当たり前だよ、知ってるよと、関心をもたないかもしれない。しかし、
あなたが結果がジャンジャン出ていないとしたならば、断言する。あなたは知らないのだ。

この五輪を理解しているなら、迷いもなく、やるべきことをやるだけで、結果は量産される。

では、なぜ現象として、そうならないのか?いったい、どこら辺に、理解が足らないのか?


まずいえるのが、全ての行程を、同じような意識で、なんとなく続けているのかもしれない。

そのメリハリのなさは致命的だ。なんていったって、男と女は「押し引き」である。この事を、
「駆け引き」と混同するかもしれないが、そんな小手先のテクニック的な意味より、もっと、
エネルギーの交流というか、いってみれば、行ったり来たりのピストン運動という、動きだ。

お互いの情報も含め、いろんなものをやりとりする事自体が、互いに快感をうむのである。
押すだけでなく、引く喜びというのも確実にあり、むしろ引くからこそ、押せる。それなのに、
ただ一辺倒に押しまくったり、逆に引きっぱなしでは、交流は起きないのだ。(すごい大事)

そこで何無派師は、この押し引きの感覚というものを、養うためにも、最初に、スタンスの
転換という作業に取り組む。実は、スタンド使いの「スタンド」は、この「スタンス」から派生
したものだ。そもそも、「スタンド」は立つという意味で、「スタンス」は立ち位置を意味する。

つまり、何無派師が最初に学ぶのは、「立ち位置」であり、その「スタンス」を、自由に移動
できるようになるのが、基礎的な「スタンド使い」になることを意味するのだ。これは当然、
最初に声をかける時の、物理的な立ち位置もそうだが、ここでは、内的世界の立ち位置。


ふたたび上記の『何無派の五段階』を見てほしい。1から5までの流れで、どれが押し、
どれが引きか、わかっただろうか?ちょっと、自分でも考えてみよう。(制限時間10秒)

あまりに簡単だったかな?まず、「1:相手の場に入る」は、突然、見知らぬ相手に対し、
話しかけるわけだから、これは押しである。そして入った後は、「2:会話に引き込む」で、
もう言葉に、そのまま「引き」があるように、これは引きだ。要するに、まずこちらが入り、
その後、今度は相手に、こちらの場に少しでもいいから入ってきてもらうようにするのだ。

続いて、「3: 会話を盛り上げる」に進むが、これは、こちらが率先して会話を進めるため、
押しにあたる。実際、店に誘ったり、オシも多用するし、前の第二段階で、反応が鈍い人、
無視している相手に、Qを投げ続けて、粘ったりするのも、この第三段階の作業である。

そうして会話が流れて、相手も警戒を解いてきたら、続く「4: 会話を引き出す」に入る。
もちろん、これも「引き出す」というように、引きである。ここでのコツは、自分のことなど、
横に置いておいて、完全に相手の立場で話すことで、これを「世話人スタンス」とも呼ぶ。

すると相手は、さらに警戒を解き、自分のことをドンドン話し出すだろう。そうして初めて、
相手の本音や欲望が見えてくる。そこで、「5: 必要性を高める」という、スタンスに立ち、
欲求を刺激したり、相手の願望と自分自身を結びつけたりする、最後の押しに入るのだ。





こうして、『何無派の五段階』では、押し⇒引き⇒押し⇒引き⇒押し、という風に、まさに、
陰と陽が交互に現れるメリハリのきいた転換をする。これがスタンスの切り替えである。

五つある、1無垢(陽)、2孤児(陰)、3戦士(陽)、4世話人(陰)、5探求者(陽)といった、
キャラクターを、自分の中で、その都度、変えていくと思ってもいいし、とにかく立ち位置、
内面的にスタンスを変えることを意識する。すると、あら不思議!何があろうとも動じない。

これは最初、難しく感じるかもしれない。なぜなら、各段階は、めまぐるしく変わるからで、
第四段階までいったと思いきや、すぐ「もう帰る」などと、第二段階に戻ったり、第五段階
にいると思ってたら、実は第三段階で、ただからかわれて終わったり、いろいろあるだろう。


また細かくみていくとキリがないため、大まかな感覚でとらえてほしい。どんなに適当でも、
まったく何も考えずに、結果が出てなかった時よりも、全然やりやすくなっているはずだ。

結局、少しでも何らかの指標があった方が取り組みやすくなるだけで、他にも、たとえば、
まず1:自分中心、2:相手中心、3:自分中心、4:相手中心、5:自分も相手も中心にする、
といったような、単純な切り替えを意識してもいい。とにかく、メリハリをつけると楽しくなる。

以上が、スタンド使いになるための、最初の流儀である。この凄さは、実践した者だけが、
電撃に打たれたように分かるだろう。文章だけなら、前回に続き、ただの退屈な長文だ・・。

posted by 家元 at 10:25| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年02月05日

ナンパの入り口には何も無い!(第一段階:「無垢」)

もし見知らぬ女性に話しかけることで、傷ついたり、凹むのなら、それは自分の責任だ。

あなたは何か変な期待をしたのだろう。期待とは、感情の借金であり、そのツケは当然、
払わなくてはいけない。また、傷つくかもしれないと恐れていたら、それ自体が苦しめる。

つまり、すべてが自分独りでおこなっている、一人相撲である。相手の反応は、無関係!





第一段階の無垢は、何も起きないし、何もない。一切の期待も恐れもいらない。ただの、
相手の場に出入りするという、かすかな運動であって、その「行為」自体で完結している。

その純然たる、シンプルさに美しさがある。いかなる感情、いかなる思考も、汚れであり、
もし心に「何か」あるのなら、その垢を落とさないといけない。無垢なる意識こそが正常だ。

もし第一段階で、傷つく者は、自分で自分を傷つけている。脅える者は、自分の影に脅え、
永遠に堂々巡りをしている。また面倒くさがる者は、あんなにも素朴で小さな行為に対し、
過剰な意味づけをしている。その全ての者は、虚妄の世界の奴隷となっている証である。

覚醒するというのは、極限まで単純化することであり、複雑さからは迷いしか生まれない。

この最初のスタンドを「無垢」と呼ぶ。無垢なるスタンスとは、何も考えずに、ただ入ること!

posted by 家元 at 13:44| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年02月07日

進めば進むほど、簡単になる五段階(男の盲点!)

本日配信します、『超覚醒アーキテクト!』の第3号は、「脱力トーク」特集です。

なぜ何無派師は、冷たい反応されようが、全然平気なのか?その極意を理屈は
ともかくとして、実際の会話REMIXにより、表現しきりました。『覚醒プログラム
で扱った基本である、時間制限や時間延長の新しいコトヴァ集も、収録してます。

特に今回は、会話に引き込むための第二段階で、いかに連続のQが有効なのか、
そして相手が答えやすいように、いかにポジを利用しているか、に着目してください。


また、笑いの起こし方も、わかるようになってます。怒ってる相手だろうが笑ったり、
警戒している相手も、つい笑ってしまうのが、第三段階:脱力トークです。もちろん、
すぐ使える面白い台詞も多数紹介していますが、もっと大事なのは、スタンドです。

こちらの第三スタンドによって、相手は自らの緊張を解放することにより、実際は、
こちらの台詞うんぬんではなく、自分で笑いを起こしてます。別に、面白いことなど、
言ってないのに、笑いが止まらなくなる。その典型的な実例をラストに収録しました。

これは、どうしても女性に対し、恐縮してしまう方のために開発しました。だったら、
あえて極端に、バカ丁寧に入る、「ニセ恐縮モード」というやつで、強力な武器です。





このように、『何無派道場』では、悩める修行者のご報告を受けて、その要望に応じ、
音声メルマガを作っています。いわゆる、コトヴァの武器を調達する、武器商人です。

今後も、すぐGETできてしまう相手を、Qで見分ける方法や、多くに足りないと感じる、
下ネタへ話題をもっていく方法だけを集めた、下ネタ特集なんかも、予定しております。

しかし何度もいうように、第四、第五段階なんて、一番簡単なんです。そんなことよりも、
最初の第一段階が最も難しい。次に難しいのが第二段階。そして第三段階まできたら、
もうパラダイス。第四段階なんて相手任せだし、第五段階なんて、状況任せの自動的。

物事というのは全て、慣性の法則が働くので、こちらの意図を離れ、加速していくんです。


つまり、ナンパの段階なんて、進めば進むほど、簡単になる。これを誤解している人は、
意外に多いようです。よく、最後までいけなかった!最後に誘うテクニックを間違えた!
だとか、再会できない!メールの内容を研究しよう!とか、最後だけ必死になってます。

そんなことより、もっと前段階で、やるべきことをしていません。すでにシンクロ率自体が、
低いまま、ムリに押し進めようとした結果です。これは、よく離婚などの別れ話で、突然、
女側から別れを切り出されパニックになり、悪いところは直す!と慌てても、もうすでに
時は遅しで、ずいぶん前からサインはあり、それに気づかなかったことと、似ています。

しかし、この男の鈍さは、一般の人達の話。ナンパワールドに入る者は、ごく短期間で、
もう嫌っていう程、シンクロ率の変動を体感し、一喜一憂します。その通過儀礼を経て、
リアルな状態や、いろいろな仕組みが見えてくる。この覚醒自体が、最大の恩恵です。

posted by 家元 at 15:47| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年02月08日

最初に声をかける時の全パターン(ナンヴァ編)

最初の声のかけ方、つまり、相手の「場」への入り方には、どれ位パターンがあるのか?

台詞でもなく、気持でもなく、単純に、身体的な面で見ていくと、だいたい、こんな感じだ。

(コトヴァ使いでもなく、スタンド使いでもなく、自分の肉体「ナンヴァ」使いとしての見解)


声をかける方向: 真正面、斜め前、横、斜め後ろ、後ろから、

自分の動き: 前から歩いてくる、後ろから追い抜く、自分は止まったままで、

相手との距離: 近い、普通、遠い(一定の距離)、近づきながら、離れながら、

声を発すタイミング: 場に入る前、場に入ると同時に、入ってしばらくしてから、


このように、確かに、いろいろとあるが、どうでもいいといえば、どうでもいいともいえる。

自分の好きなスタイルにもよるし、また、相手のATフィールド(場)の許容範囲にもよる。





入り方に、うまいヘタはあるのか?やはり、ある。でも実際には、うまいのはわかりづらい。
ごく自然に当たり前のように入っているから、これ!っていうポイントを掴みづらいのだが、
一方、下手なほうはわかりやすい。明らかに、相手に違和感を与えてしまっているから・・。

これは鈍い人には、全く感じとれない。だけど話は簡単、相手の立場になればいいだけ。

実際に、声をかけられてみればいいのである。都市部でたまにやってるアンケートとか、
女のキャッチに声をかけてもらう。するとハッキリ、どんな感じかわかる。まず多いのが、
斜め後ろから声かけてくる人。一瞬、ビックリするし、相手の姿が見えず、逃げたくなる。

そんなところから声かけられても、その人を見るために首を廻さなくちゃいけない、体を
よじらなくてはいけない、面倒くさいと感じる。声かけられたら、まず面倒くさいと思うのに、
さらに面倒くささに拍車がかかる。そういった感覚が、すぐにわかるので体験してみよう。
(注意:性格のいい、外向的な人は、どんな声かけされても、気にならないかもしれない)


ただし後ろから声かけるのも、コトヴァを変えれば、アッという間に反応率は十倍になる。
まぁ誰でも、すぐわかるだろうし、これは、あえて伏せておくが、結局、身体だけではなく、
コトヴァも重要になってくる。なぜなら、コトヴァはセカイを、強力に書き換えるのである。

イケメンだったり、モテる人間には関係ないかもしれない。しかし、何も持たざる最底辺、
どうしようもない男にとって、コトヴァは最大の武器となる。コトヴァで全てをひっくり返す。

その全身が痺れるような面白さを経験するために、あなたはその不利な顔、不利な体を
選んだのである。なので工夫しないでどうする?心の奥底ではチャレンジしたいはずだ。

体は乗り物にすぎず、ただのアバターである。だからこそ可愛がって、自由に動かしては、
音波を発して、思いっきり遊ぶ。思いっきり自己表現する。難しければ難しいほど、面白い。

そのことを、貴君は何となく知っているはずだ。それなのに、大人しく引っ込んでられるか?

頭の中に、自分の人生とは、まったく無関係な情報を詰め込まれてしまって、身動きとれ
なくなっているとしたら、それが唯一の裏切りである。それに気づいた時、覚醒が始まる!

posted by 家元 at 12:14| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年02月20日

女は面倒くさい。あらためて運動家の皆さまへ

現在の日本において、「ええじゃないか運動」というものが、ひそかに行われている。

それは、何も持たざる男が、そこら辺の女子にサッと近づいて、平然と口説きまくる、
無軌道な運動である。かつては「ナンパ」と呼ばれていたが、そんなナンパができる
状態にないような地味で、どうしようもない男でも、「ええじゃないか」とやってしまう。

逆に、ナンパ師達が眉をひそめて、「なんだ、あいつ?」と引いたり、嘲笑するような、
そんな連中であるが、まさに「ええじゃないか」だ。やれやれ!ドンドンやれ!と思う。

なんせ、あなたが世界の中心であり、あとは全員、オマケであり壁紙にすぎないのだ。





そもそも、実は簡単な、単純すぎるナンパを、さも難しそうに思わせる、おかしな風潮、
そして、ナンパするのは、いかにもな「ナンパ師」だけだったという、独占状態に対して、
「ナンパ師から、ナンパを奪え!」とばかりに始めたのが、実は、何無派道場であった。

しかし、それは、あくまでも、ただの面白半分なスローガンで、ナンパ師達から、ナンパ
を奪うことなどできない。だって、女はあまりにも余っているのである。もうそれは、世間
で草食系がどうだとか語られているので、ご存じだろう。現実は、あれより、もっとヒドイ。

男達は、女達から、大挙して逃げ出してしまった。ほとんどの女たちは、ほったらかしで、
その解放されない性欲は、買物で発散されたり、誰かのファンになったりなど、なんとか、
他で解消するしかなかった。もはや男達には期待できない。全然、追っかけてくれない。

それもそのはず。この便利になった世の中で、女を追っかけるなんて、不合理すぎる・・。


誰が、追っかけるか!面倒くさい。女は本当に面倒くさい。ただ、やりたいだけなら風俗、
いや、一人でオオキニーで充分。もっとラクなことに時間を使いたい、となるのも、必然。

女の面倒臭さは、凄まじいものがある。まだ幻想があるうちは、夢見れるけど、それは、
深く入れば入る程、途方もなくエネルギーと時間を奪われる、邪魔なものに思えてくる。

ところが、それでも女達から背を向けず、飛びこむ覚悟を決める者が、現れてきたのだ。


こんな面倒くさいものに、挑戦しようとしている男達がいる。これは山登りなどの大自然
に挑むロマンに似ていて、自然というものは、基本的に面倒くさいのである。その面倒さ
ゆえに感動や面白さがあるんだ、ええじゃないか!と、挑む者たちの晴れ晴れとした顔・・。

「やりたいことは、やりますよ。それが何か?」の精神でもって、彼らは街に繰り出すのだ。

(後日談: この時は、相当、やる気を失くしていたが、直後の浅田真央ショックで急上昇!)

posted by 家元 at 15:01| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年02月24日

こんにちわ、浅田真央です。(超越的セカイへの渇望)

ここ数日、フィギアの浅田真央さんに衝撃を受けて、何にも手につかない状態でした。

もちろん、日本中の大勢の人が心奪われたと思いますが、その中でも、私は、たぶん、
かなりヘビーな方です。もう人生観が一変し、アスリートになることを決意しましたから。

「真央ちゃん、頑張れ!感動をありがとう!」じゃなくて、「あっ、懐かしい!やっと会えた、
もう一人の自分に!」と感じてしまったのです。彼女の存在が、デジャブのように思えた。

それはファンになったというよりも、純粋な自己発見で、まったく予想もしていなかった・・。


有名な人だとは知っていたけど、世間知らずの私は、スケートのことはよくわからんし、
唯一、前回のオリンピックでキムヨナが滑ってた007の演技を、たんに007好きという
理由から、惚れ惚れと何回も観ただけで、あとは全然、記憶にも残っていませんでした。

今回も、たまたま家電量販店でトイレ借りようと寄ったら、テレビでキムヨナを見かけて、
なんて素敵なんだろう!と見入っているうちに、その流れで、つい見てしまっただけです。

それが、あのショートの痛々しいボロボロの演技です。全然フィギアを知らない自分でも、
ショックを受けるような、気持ちが落ちる内容で、見てはいけないものを見た感じでした。

さすがに、その後、どうなったのか?気になって翌日、ネットを見ると、ちゃんとフリーは、
出来たと知り、どうしても見たくなり、全部テレビで見ました。そしたら、あの感動だもの・・。

久しぶりに、セカイがケタケタと笑う瞬間を見せてもらい、信じられないほど、興奮しました。





あれは、ただのお涙頂戴じゃないんですよ。メダルとか採点というシステム、マトリックス
をぶち壊して、真理を露わにするような、本当に痛快で、まさしく、ギリギリの開花でした。

実際、メダル争いとは関係ないところで起こったわけで、政治家とかシステム側にとって、
「メダルとれなかった、失敗者」ということになるわけですが、他にメダル取った人よりも、
誰よりも、感動させてしまった。それもこれも、前日の大失敗があったからこその話です。

メディアでは、「たった一日で、よく気持ちを立て直せた」ことがズームされていましたが、
あれ、気持ちなんか立て直せてません。朝の直前練習も初めて寝坊してきてるし、もう、
立て直すどころか、すべてを失った、もうメダル無理という呆然の状態になっただけです。

それまで金メダルとるために、ひたすら全てを捧げてきたというのに、それを一瞬の間に、
最悪の状態で、全てを奪い去られた。そして、その空っぽになったところに、セカイから、
恩恵のように力が注がれ、体は動いた。空っぽにならない限り、セカイは助けてくれない。

だからこそ、セカイは、まず希望を破壊した。彼女を真に助けるために!なんという強運!


前日は、プレッシャーで空っぽになれなかったので、大失敗しましたが、この大失敗こそ、
最高の恩恵です。普通にノーミスで無難にできていても、たぶん銅メダル位だったのが、
実際は、絶対無理な状況に突き落とされ、そこから立ち上がるドラマとなり、大成功した。

確かに、他の外人勢と比べ、流れるような感じじゃない。しかし、キレイに機械的な演技
なんてのは、あらキレイと感心するだけ。そんなものより、最も難しい演技に挑戦し続け、
自分がやりたいと思ったことを、やりきった。その姿は、計算がなく、あまりにも神々しい。

比喩でいうなら、この世を越えた、あの世が少し垣間見えた状態で、世俗を越えている。

だから、あれに触れた人は、なぜかわからないけど、感動してしまう。他にメダルとろうが、
どんなにミスなく綺麗に演技しようとも、あれには敵わない。理性を越え、圧倒的だから。

私は、あの名付けえない、「あれ」を求めて、再び立ち上がろうと思いました。この世にて、
「あれ」を越えるものはなく、「あれ」を経験するために、人間は生まれてきた。そのことを、
すっかり忘れて、余裕ぶっていた自分が恥ずかしい。浅田さんが思い出させてくれました。

posted by 家元 at 15:37| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年02月25日

アスリートな生活を始めます。

こんなに衝撃を受けたのは、どれ位ぶりでしょうか?とにかく、参りました・・。

私は、いまだ浅田真央ショックから、立ち直っていません。オリンピック観て、
感動したというよりも、ショックで体が震えている感じ。凹んでいるのに似て、
また凹んでいるのではない。とにかく何かが破壊されて、人生観が変わった。

前回、浅田真央さんの演技について、にわかなのに、知った風に書きましたが、
全然知らないから、細かいことはいいんですよ。本当は「フィギュア」らしいのに
「フィギア」と書いてたし、他にも、的外れな思いこみも、いろいろとありましたね。

そもそも言葉にできない衝撃だったので、言葉にしてもしょうがないし、それより、
なんで、こんなに衝撃を受けたのか?自分でも、よくわからないまま、彼女の本、
片っぱしから読んで、DVDもやっと観て、ようやく、その理由がわかってきました。


まず、やっと言葉にできたのが、「あそこまで努力してもいいんだ」という驚きです。

彼女は世界的な超一流のスケーターで、凄まじい努力をしてきましたが、普通は、
あそこまでの努力はやろうとしてもできない。それでも刺激を受けたら、「よーし!
あそこまで頑張ろう!」と決意だけはしたりするでしょう。でもニュアンスが全然違う。

「あそこまで努力してもいいんだ!」と許された感じ。私も、あそこまでやりたかった。
でも、そこまでやる必要も感じなかったし、そういう発想さえ浮かばず、今まで生きた。
それが彼女を知って、よくわからないけど、思い出したんです。やる予定だったことを。

なぜか、あんまり努力しすぎたら、いけないと思い込んでいた。理由はわからないけど、
そのバグが自分の中にあった。今回、破壊されて出来た、心の空洞のところに隠れて
いるのを見つけたんです。これからはもう、浅田真央さんレベルで、努力しまくれます。

とはいえ、そんな凄いことしようとせず、ただ地味なことを積み重ねるだけの日々です。





浅田真央さんの生活は、元旦だけ休み、あとは毎日、冷たい氷の上で、ひたすら滑る。

外に出ても、民衆に顔を指されるから、ほとんど出ないし、スケート場に引きこもって、
黙々と練習し続けるだけです。普通の若者の遊びなんて無縁で、地味な生活でしょう。

しかも、自ら世界で一番難しいプログラムに挑むので、スランプもあるし、先も見えなく、
コーチがいようが、孤独や不安に襲われる。それを乗り越えていっても、必ずいい結果
が保証されたわけではなく、土壇場で、引っくり返される時もある。なんてステキなんだ!

出家した僧侶達の、寺での生活なんかよりも、ずっと修行めいていて、神秘を感じます。


もしかしたら、アスリートは皆、同じ環境かもしれないけど、これまで、どんなスポーツを
観ても、揺さぶられることはありませんでした。やはり、浅田真央さんの持つ「何か」に、
こちらの魂が震えて、共鳴したわけです。それは、ピュアさなのか?ひたむきさなのか?

どこかアニメの『竹取物語』に出てくる姫君にも似ているけど、やはり、あの「菩薩顔」が、
いいですね~。菩薩っていうのは、悟りを得た「仏」の手前の状態で、悟る前に、多勢を
救うために生まれてきた存在です。そういう意味では、彼女は天真爛漫な菩薩といえる。

かなりの人数を、元気づけてきたし、愛されてきた。もう生まれる前から決めてきたかの
ように、あの体を選んで、幼い頃から真っすぐ、他を犠牲にして、ひたむきに滑ってきた。


まぁ菩薩は言いすぎだとしても、現実的に、浅田師匠は男っぽい性格でカッコいいです。

特に、しびれたのが、競技中ではなく、黒いジャージ着て、すっぴんで練習している所で、
トリプルアクセル失敗で、何度も尻もちつくんだけど、平然と起き上がるシーンが、男前・・。

もうね、ナンパで失敗したが、何だって話です。何度も何度も練習して、続けるだけです。
冷たい氷の上に転ぶより、ずっとマシだし、それで弱音吐いてるようじゃダメかもしれない。

そして、トークも、いっぺん、フィギュアの競技くらいに、真剣に取り組むと、どうなるのか?
それが知りたい。選手達の、あんなに全てを賭けている姿を見せられたら、仕方ないです。





しばらく、ナンパとアスリートの世界を融合させることを考えていきたい。私は、これまで、
スポーツには全く興味なかったため、知識もゼロです。それゆえに嬉しくてしょうがない。

アニメとか宗教とか、スピリチャルで捉えていた世界観が、さらに拡がるわけですから!

今後はアスリートの世界を、自分の中に取り入れていきます。すでに想像上のリンクは、
自分の中に設置したし、新たな家作り、リフォームを始めていて、自分でも楽しみですわ。

それもこれも、浅田師匠が、思いっきり転倒してくれたからこそ。もし彼女が、金メダルを
普通に取っていたとしても、私は観ることさえしなかったでしょう。また、たまたま偶然に、
キムヨナをTVで見かけなかったら、浅田師匠の演技も、目にすることはなかったですね。

そういう意味で、やっぱり、セカイに守られていることを実感し、私は嬉しくてしょうがない。

posted by 家元 at 13:06| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年02月26日

自分にとっての、トリプルアクセルは何か?

ようやく冷静になりました。オリンピックでの、浅田真央さんの演技に衝撃を受けて、
アスリートになるぜ!と暴走していたのですが、もう躁状態も収まり、通常状態です。

ただし、依然として、浅田師匠の男っぷりには感動していて、私も春から新しいことを
始めようと決めています。できるだけ難しく、時間のかかることに、挑戦していきたい。

浅田師匠は、「難しいことに挑戦しないと、一気に弱気になる。」と言って、とにかくもう、
イケイケで前向きで、負けず嫌いで、あの魔の「トリプルアクセル」に、こだわってきた。
現役女子では、浅田師匠しか、試合に入れようとしない、あの三回転半ジャンプです。

スッ転ぶ可能性も高く、その後、転倒した場合、盛り返せなくなる怖さもあるというのに、
しかも一番難しいのに、そんなに点数も高くとれなくても、やっちゃうところがカッコいい。


このトリプルアクセルを、女子で初めて成功させたのが、伊藤みどり選手です。彼女は、
このジャンプのことを、「たったの半回転なのに、スピードを保って前へ跳んでいくのは、
すごく怖いんですよ。」と言ってる。実際、足首を二度も骨折して、一時封印もしている。

通常のジャンプっていうのは、すべて後ろ向きに跳ぶのが、アクセルだけは前に跳ぶ。
実際、やってみないと分かんないけど、相当、怖いらしい。だから、女子達はやれない。
それをイケイケでやろうと、失敗しながらも長年続けてきたのが浅田師匠!実に男前!

そんなの、みんな知ってるし、今更かもしれないけれど、私はこの「トリプルアクセル」
という言葉をすっかり気に入り、自分にとっての、難しいトリプルアクセルは何だろう?
と考えていると、楽しくなっちゃう。以前の「マークシックス」に匹敵する、大好きワード。

やはり、ラクにうまくいくことだけしても飽きます。時間かけて、難しいことに挑戦したい。





ちなみに現在、毎週金曜、ナンパの音声メルマガを配信していますが、メインテーマが、
「頑張らない」なんですよ。私が最近、「すごい頑張る!」と燃え出していて、一部の方
は困惑したかもしれません。しかし、テーマは、そのままの、「頑張らない」で続けます。

あくまで初級、中級の方向きですから、そんなストイックな追い込みは無用です。むしろ、
頑張りすぎて動けない人が多いため、それを解放するよう、優しい作りを心がけてます。
ナンパの基本である「五段階」って簡単じゃん、余裕だと思っていただくためのものです。

一方で、その後、配信予定の『最終章<極>』は、その正反対です。めちゃくちゃ頑張り、
極めるというのは、こういうことだ!と、ぶん殴るような内容になります。深く追いつめられ、
悪あがきしまくりです。物事を極めるためには、なんていったって必要なのは、悪あがき。

難しいことに挑戦しているのだから、スムーズにいくわけがない。そこで、絶望の中でも、
あがいて、あがいて、あがきまくるわけです。そのヒリヒリするような状態に触れることで、
かえって、やる気になれる人もいると思います。その過程をも描いた、究極の教材です。


なお、このナンパを脱出しよう、なんとかして伝説を作ろうと、もがいていた時期は、私が、
もう二度と戻りたくないと思っていたドツボの頃ですが、今振り返ると、あの悪あがきの時
が一番面白かったな、という気にもなるのが不思議なんです。今の自分なら、いけますし。

というよりも、その後は、大抵、心が安定しまくって、余裕ぶってましたが、はたして、これ
でいいのだろうか?と、迷いもあったんです。うっすらと、長い間。で、浅田師匠の演技を
見たことをキッカケに、いやいや、たんに難しいことに挑戦してないだけ!と気づいた、と。

彼女の本を読むと、どんどん難しいことに挑戦して、その中で、えらい悪あがきをしていて、
修羅場も結構、襲ってくるわけです。メチャクチャな中で、弱音を吐かず、やり続けている。
ああ~、いいな~、と心底、思った。だってドラマがある。そして時折起こる、超越がある。

だから、また何年もかかるような、絶対無理なことに挑戦したくなったという、お話でした。

でも、それは春以降の話です。今は、冬の音声メルマガ配信に、集中したいと思います。

ようやく集中できる状態に戻ったので、今から三日間は、音声制作に没頭します。では!

posted by 家元 at 06:45| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年02月27日

なぜ我々は生まれてきたのか?(オリンピック終了)

いや~、かたじけない。オリンピックの影響によるフィギュア熱も、すっかり冷めました。

本気でアスリートになろうとしていた自分が、今では愛おしいです。まぁ、このMAXから、
すぐ飽きてしまうパターンは、いつもの恒例です。ただし今回は、いまだ少し残ってます。

相変わらず、浅田真央ちゃんは素晴らしいと思う。でも「師匠」と呼ぶのは、やりすぎだし、
そもそもの第一印象で起きた、「もう一人の自分を発見!」という感覚の方が正しかった。

初めて浅田真央ちゃんの演技を観た時、いいようもない衝撃を受けたのですが、なぜか、
似た者同士と感じて、なんていうか、今まで自分が意識してなかった方面への、新鮮な
開花を見たのです。盲点だった。だから師匠というより、同志ですね。同じ匂いを感じる。

アイドルファンが好きなアイドルを調べるように、四柱推命で彼女を調べると、私と同じ
本質である「水のマイナス」だったので、あー、やっぱり、同じ出だなと思った。(やべー)

外面は柔らかくて、あんまり細かいこと気にしないけど、内面は強烈に頑固で、自分の
決めたことに対しては徹底的にこだわるところとか同じだと、勝手に思ってる。(やべー)

これは、あれだな。アイドルファンと、あんま変わんないかもしんない。どっちでもいいや。


ただ今回のオリンピックの彼女の演技は、何度もいうけど、とてつもなく素晴らしかった。

言葉にならないショックだったのに、ムリヤリ言葉にしようとして、間違えましたが、結局、
他人は関係ない。他人と比べてもしょうがない。自分のやりたいことをやりきる!という、
その熱いメッセージを、体全体で、人生全体で表現され、ぶっ飛んでしまったのですね。

それは、どういうことかというと、メダルを期待されていたのに、初日は、大失敗しました。
あれは周囲の期待とか、そういうものを全部、ちゃぶ台をひっくり返し、無に帰すもので、
大舞台に強い彼女が、あんなに崩れたのは初めてでしょう。これがもう、最高なんです。

メダルとか点数とかってのは、他者からの評価ですよ。他者が、あなたに対して偏差値
だとか、点数をつけてきやがるわけです。最終的に決めるのは、他者。それに対しては、
完全に、ゼロの状態にしてしまった。もちろん、本人はショックです。でも、その後が凄い。

もうメダルは関係なく、翌日の演技では、自分のやりたかった事を全部やったわけです。

一言ではいえない、鬼気迫る演技は、本当によかった。そして、彼女は、言うんですよ。
自分に点数つけるとしたら、100点と!彼女は、いつも強気発言ですが、自分の演技
に対してだけは厳しかったのに、あんなに、すがすがしく言えるのは、心底、本心です。





それにしても、つくづく、いいメッセージだったなと思う。大失敗と、真の意味での再生。

この陰と陽のセットで、「他者との比較なんか知るかい。自分のやりたいことをやる!」
という強烈なメッセージが表現されたわけです。我々は、子供の頃から、他者によって、
いちいち評価され、その恐怖で自由を失ってきましたが、オリンピックは、その極地です。

世界一を決めよう、とかいって、才能ある人が、とんでもない努力して、それを比較する。
そんな他者圧力の極地で、ちゃぶ台の引っくり返しと、本来の自分の表現が見れたので、
なんてパンクなんだ!なんて斬新なんだ!と興奮してしまった。セカイって、実に面白い。

浅田真央ちゃんは、本気で頑張ろうとしていたのは当然ですが、努力の果ては、もはや、
個人の意志なんて関係ないですもん。すべて天の采配ですよ。人智を越えた、セカイの
仕業。そしてセカイは、いたずら好きなので、個人の意志よりも、面白さを選ぶんですね。

「そう来たか!」っていう、想定外のところを突いてくる。ナンパしてれば、わかるでしょう?


なお、もう気づいてる人も多いと思いますが、我々が、なぜ生まれてきたのか?というと、
別に、悟りを開くための修行でも、カルマの解消でもない。ただ、「個性」を楽しむためで、
どんなに不完全だろうが、性格悪かろうが、弱かろうが、関係ない。だって、個性なんて、
どんなに立派でも不完全なんですから、もうそのまんまで、自己表現していくしかない。

そもそも、欠点も味わうために、今生きてる。だから自分を表現しないことが、唯一の罪。

ダメでけっこう、知りまへん。あたしゃ、やりたいことをやります。このまんまで、いきます。

その力強いメッセージをドカンともらえた、最高のオリンピックでした。めでたしめでたし!

posted by 家元 at 15:19| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年02月28日

マトリックスが陰でがつぶやいてたよ。

人をつぶすのは簡単。

その人を周囲に、好かれるように仕向ければいい。

自滅してくれる。


(マトリックス)

posted by 家元 at 07:02| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする