2014年04月01日

ブログリニューアル


ちょっぴり小洒落たOLによる、グルメブログが始まるよぉ・・。





ちなみに、タイトルは、『りっちOLグルメ』だ。

「りっち(になりた〜い)OLによるグルメ紀行」

(ブログデザインは、おどろおどろしい真田幸村
だった。あまりに手抜きなエイプリルフールネタ)

posted by fmtbank at 03:39| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月02日

タイトルもリニューアル

4月より、ブログの運営会社が、KDDIからseesaaへと変更になった。

同時に全ての記事のURLも変更になったが、しばらくは古いURLでも、
自動的に転送されるらしい。今後も読む気のある痴れ者は要チェック。

また、ブログのタイトルも、以前の『タダでナンパする!』から変更した、
『何無派(ナンパ)神話大系』から、さらに変更してみた。まだ仮であり、
エイプリルフールのものはともかく、ここ数日間は、試行錯誤していく。

(この変更したタイトル:『何もなくとも極めてみるか。』も、結局、ボツに)

posted by fmtbank at 16:21| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月03日

トークを極めることにした。

このブログは、孤独なる男が、コトヴァを極めるためのものである。

コトヴァというのは、書き言葉の文章ではなく、話し言葉のコトヴァ。

あえて音読みすることで、そう区別している。結局は、トークのこと。


そして、このトークというものは、基本的に、音声という見えないもので、

やりとりされており、これもまた「透句(トーク)」と表現してもいいだろう。

この「透句」を磨くことで、人は、どれだけ、「遠く(とおく)」にいけるのか?

それを孤独な男が、極限まで高めていこうとする、一つの実験でもある。

posted by fmtbank at 17:56| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月04日

キッカケは浅田真央だった。

キッカケは、ソチ五輪における、浅田真央の演技であった。

それまで、彼女やフィギュアのことなど、ほとんど知らずに、
あの復活劇をたまたま目にして、度肝を抜かれたのである。

それは長年探し求めていた一つの答えでもあった。彼女は、
間違いなく、究極のナンヴァ使いである。(体を使う者のこと)


現役の女子では唯一、トリプルアクセルというジャンプを跳ぶ。

それも、失敗して、他の演技にまで影響があろうとも、二年間、
まともに跳べない時期があろうとも、ずっと挑戦を続けてきた。

そもそも他者が出来ないのなら、これは純粋に、自分との戦い。

その、あまりの孤独っぷりが美しく、なぜだか、他人に思えない。





そして、私は決めたのだ。彼女がナンヴァ使いを極めたのならば、
私はコトヴァを極めよう。究極のコトヴァ使いとして命を捧げる、と。

そうして新たに『何無派道場』が開場された。それは今、ここにある。

ここ『何無派道場』において、彼女は、神話の岩戸開きの時に踊った、
アマノウズメともいえる。彼女の舞いで、新たに開き、日が差したのだ。

(以下は、浅田真央のトリプルアクセルシーンをつなげたプロモ動画)





posted by fmtbank at 12:58| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月06日

原点回帰(タイトル戻す!)

ここ最近、ブログを引っ越したばかりで、以前の記事を読みかえしている。

ブログ内で記事同士のリンクが、以前のURLのままでは機能しないので、
新たに修正するために始めたわけだが、自分でも刺激を受けてしまった。

急に原点回帰の気持ちが高まり、タイトルを以前のものに戻すことにした。


ただし、以前の『タダでナンパする!』のままでは芸がないので、そのまま、
音声プログラムでお馴染みの『ナンパするぞ!』の語尾、「ぞ」を付加して、
さらに、和風の何無派(ナンパ)ブログなので、「ぞえ!」をプラスしてみた。

最近の『何無派神話大系』や、『何も無くとも極めてみるか』は難しすぎた。

この『タダでナンパするぞえ!』なら、どこか上品で、かつバカっぽくていい。

posted by fmtbank at 10:39| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月07日

孤独じゃない人お断り!(孤独から孤高へ)

このブログは孤独な者に向けている。孤独じゃない人は、どうでもいい。

そもそも群れたザコになど興味ないのである。彼らは、パワーあるように
見えて、実は、独りになると何もできない。常に、他人頼りで、無意識だ。

そんな連中より、内気で引っ込み思案だったり、マニアックで少数派で、
周囲と溶け込めなかった者の方が、すっと面白く、可能性に満ちている。

しかし、そんなヒッキーにとって、独りで行動することは、とても難しい・・。

たった独りで、何か新しいことを始めることほど、不安なことなどないし、
何よりも、うまくいかない中でも、独りで続けることは、至難の業である。


例えば、コトヴァを極めるとしたら、営業の仕事についてたり、お笑いの
芸人をやっていたり、カウンセラーだったり、そうせざるをえない状況で、
ライバルなんかもいて、切磋琢磨するなら、人間は、意外に続けられる。

しかし、そんなプロ達と違い、何にもやってないなら、ヒッキーであるなら、
これは難しい。途方もなく、挫折しやすい。孤独な者は、全てが自分次第。

自分次第なら、自由でお気楽、と思ったら大間違い。実は、ほとんどの者、
いわゆる大衆は、自分で決めたくない。誰かに決めてもらって、それに従う。

そして自分では何も新しいことを始めず、ただ他人を批評するだけの家畜。

与えられたエサをパクつき、檻の中には仲間もいるし、慰めは与えられる・・。


それに反して、新しいことを始める者は皆、孤独である。自分から動くことは、
ありとあらゆる迷い、ありとあらゆる躊躇を乗り越えていかなくてはならない。

自由と不安は同義であり、この心細さは、独りで進む者をトコトン苦しめる。

一歩間違えるなら、精神を病んでしまうような、この「孤独」を、いかにして、
「孤高」にもっていくのか?闇の中を彷徨いつつ、高みを目指していくのか?

その究極の道が、このブログには、綴られていく。もちろん大衆向けでなく、
孤独な者に向けている。心に孤独を宿す者、要するに、あなた独りのため。

読者は1人だけでいい。極めて、パーソナルだ。別に、応援などもいらない。

ただ、死ぬ前に「面白かった!」と納得したいがために、やりきるだけである。

posted by fmtbank at 07:59| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月08日

何無波ラジオを受信せよ!

昨日、『想像ラジオ』という、震災にまつわる小説を読んでいた。

いとうせいこうによる、何らかの賞をとった、ベストセラーである。

いや、お勧めするわけじゃない。ずっと前に買って放置していた
程度のものであり、シリアスで、私には、ほとんど響かなかった。

しかし、死者にしか聴こえないラジオというのが、いい感じであり、
私も本当はブログではなく、ラジオをやりたい。それも孤独な者
だけにしか届かないラジオだ。心を静めると聴こえるようなもの。

そんな微弱な電波(これを短波ではなく、何無波という)ラジオ・・。


実際にネットラジオをやると、孤独じゃない者にまで届くのがイヤ。

私は極端な孤独好きだ。孤独じゃない者にシンパシーを感じない。

ただし、孤独に甘んじている者にも興味はない。自ら、路上へと、
足を運んで、女という未知に身をひたそうとする者、たった独りで、
声をかけていこうとする勇者のみに届く、そんなラジオをやりたい。

家で引きこもってる孤独者を、外に誘い出すキッカケにもなりたい。





仲間とナンパする、誰かとナンパすることは、そりゃ楽しいし、ラク。

しかし孤独じゃなくなるので、細やかな何かが聴けなくなる。やはり、
孤独でないと見えないもの、聴こえないもの、というものがあるのだ。

たった独りで何かをやろうとすると、途端に、全ての趣が変わってくる。

不安が襲い、妥協が起こり、立ち止まる。すがるものが何も無いのだ。


そして私は、この何無派道場を、そんな何も無い者へ捧げたい。独り、
前進する時、かすかに聴こえてくるラジオのような、その程度の支援。

私は孤独者を救うつもりなどない。人は根本的に、他人を救えないし、
そもそも他者に救済を求めようとするのは、孤独からの逃げでもある。

ただ、かすかな刺激になればと思う。独りで行動する際には、数多くの、
迷いや躊躇が襲ってくるが、その時、わずかな気持ちの転換に繋がり、
すべてを不意にするような撤退や諦めから、覚醒への道へと飛び込む。

その一瞬につながれば万々歳だ。家元は常に、ここにいる。幸運を祈る!

posted by fmtbank at 12:56| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

一時的に群れるのも、またよし!

私は、あまりにも孤独者を肯定してるが、そこに、こだわりすぎてもいけない。

普段は、学校や仕事場で、皆と楽しく、協力しあうのは、当然、素晴らしいこと。

しかし、それで甘んじていることが出来ない者がいる。独りで何かを始めたい、
普段とは違う、自分を目覚めさせたいという、あの声が、内側から聴こえてくる。

そうして、最も手軽に始められるナンパに、独りで挑む者も、また孤独者であり、
その場合、友達もいなく、たいした趣味もない、実質的な孤独者よりは楽だろう。

ディープな引きこもりや、普段、誰とも話さない者がナンパを始めるのは大変だ。

そこで注意としては、あまりにも苦しいのなら、絶対に、独りにこだわらないこと!





どうしても独りで出来ないようなら、一時的に、誰かとやってみるのも、またよし。

実際に、『ナンパ覚醒プログラム』でも、最後の週は、コンビナンパを扱っている。

当然ながら、最終手段として、誰かと一緒にやることを、強く勧めているのである。

そして、いったんは群れてナンパに慣れてから、また孤独な道を、突き進めばよい。

本当のことをいうと、群れても、最後は孤独に戻される。すべては自分次第なのだ。

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2014年04月10日

制限があるからこそ面白い

世間一般でいうなら、ナンパをするにあたり、不利な条件というのはある。

例えば、無職で貧乏だったり、ルックスが全然ダメで、年齢もいっていたり、
内気でシャイで引っ込み思案、口下手、体が弱いなどの、マイナス要素だ。

しかし、こういった一見、マイナス要素によって制限された中で、いろいろと
工夫して、なんとかゲームをクリアする面白さは、とんでもない喜びを伴う。

そもそも人間は、制限だらけの中で遊ぶのが大好きである。自由になる手
よりも、足でボールを扱う方が制限されるので、ハンドボールよりもサッカー
の人気が出たり、俳句なんかも、五七五の制限の中で表現するからいい。

また、逆境の中で、人生の大逆転をした話なども、ドラマチックで大好きだ。


結論をいってしまえば、我々が今、このセカイに存在しているのは、単純に
制限の中で遊戯をするためである。制限があるからこそ、本気になれるし、
寿命や時間というのも「制限」そのもので、まさしく、「制限」と戯れる一生だ。

全ての個体は、その肉体的特徴と境遇により、それぞれが制限されていて、
個体差はあまりにも違う。そのため、制限ゲームの難しさも違ってくるだろう。

中には、「五体不満足」の乙武とか、すごい制限でゲームをしている者もいて、
彼は彼で、手も足も使わないで、どれだけの事ができるのか?挑戦している。

この自分に課した制限の中で、どれだけやりきれるか?が、死ぬ前に、よし!
面白かった!と言いきれる、勝ち組の人生だろう。それは世間的に成功して、
幸せなフリをしていても、自分だけにはハッキリとわかる、嘘つけないゲーム。

この制限ゲームに勝つ者は少ないと思うが、おそらく無名な人にも多いはず。





私も、とにかく、やりきって死にたい。あいにく、岩城滉一のように、若い頃から、
今もなおモテモテで、女に関しては制限を感じず、それは同時に、満足できず、
そのため、宇宙にまで行かなくちゃいけない、大それた制限ゲームは必要ない。

もっと日常的で、内向的なゲームで満足できる。しかし、それを極めまくりたい。

そのためには、まず他人を目指さず、自分の中にあるものだけを有効利用して、
絶対無理だという制限を超越し、最終的には、高らかに笑いたい。それが究極!


確かに、高級レストランに行って、結構なお金を払い、他人に作ってもらう料理も、
おいしいだろう。しかし、自分の冷蔵庫にある、ありものだけを使い、自炊した料理
が思いの外、おいしくて、「意外といける!」の時の方が、ずっと嬉しかったりする。

通常、不満が多い者は、すぐ恵まれた他人に憧れてしまいがちだが、他人は他人、
その人は、その人なりの制限ゲームをやっているのである。それより、まず自分は、
どんな制限を感じているのか?そこを掴むところから、すべてが始まるに違いない。

人生を極めるというのは、自分の制限を究めること。さぁ、何も無くとも極めてみるか。

posted by fmtbank at 11:03| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

限界に挑戦するために、五輪を目指す。

フィギュアスケートの浅田真央は、私にとって、踊り子にしか見えない。

世界選手権では、リンクにかぶりつきで、彼女が踊っている様に嬌声を
あげて、「踊り子さんには、お手を触れないでください。」とアナウンスされ、
しわくちゃのドル札を、彼女にねじ込もうとして、一生懸命、手招きをする。

なにしろ、通常のポールダンスをやる場所より、やけに、だだっ広いのだ・・。

しかし私はチャンスを逃さない。彼女のエキシビジョンは、『SMILE』という
歌を流しながら踊るのだが、その歌詞の中で「握手して」という部分があり、
彼女はそれに合わせて演技中、観客の1人と握手するのである。ここだ!

彼女が誰かと握手する瞬間、そいつにタックルをくらわせて入れ替われば、
そのままハンドルからマウントに入れるだろう。(ナンパプログラムを参考に)


そんなことを企てつつ、そもそもチケットとれなくて、だったら直接会場に行き、
関係者入口から侵入しようと考えつつ、やっぱり面倒くせえと、家から出ない、
そんな私は無精者だろうか?いや、こんなことするよりも、他に道があるのだ。

それは、圧倒的な努力で、高みにまで昇りつめた浅田真央を超えることであり、
彼女を追うことではない。感動した対象に対しては、乗り越えるのが、正解だ!





そういえば、だいぶ前に、アメリカのナンパ世界を描いた本『ゲーム』に感動して、
私は一時、そのマネをしようとしていた。これもまた、非常に滑稽であり、結局は、
日本にそぐわない内容を、そのままやろうとするのではなく、乗り越えようとした。

黒人のラップを、そのまま、あの格好でマネしてるJ−RAPが、以前多かったが、
ああいうのは、薄っぺらくてカッコ悪い。自分の内側から開花させないと無意味。

それと同じように、私は、そもそもが違うアメリカのナンパ世界を無視し、日本の
風土を研究しながら、自らの内側から出てくるものを掴みとり、モノにしていった。

その後、『ゲーム30DAYS』という新作も出たが、その頃には、なんじゃ、こりゃ?
としか思えず、その時点で、とっくに乗り越えていたことがわかり、だいぶ年月は
かかったが、ナンパを日本風に開花させることができ、今は非常に満足している。


そして、お次は、浅田真央である。これには少々たじろいだ。前回は、アメリカから、
外圧という形だったが、今回の衝撃は、日本の内部中枢から現れた、内圧だった。

しかも、ほとんどの人が以前から知っている国民的ヒロイン。私は、なんとかして、
彼女を超えないと気がすまない。でも、どうやったらいいのか?よく、わからない。

ちょうど以前のブログ『タダでナンパする!』は運営の都合もあり終了させ、流れで、
この新しい場所に引越してきたわけだし、なにかしら、新しい内容で、始めてみたい。


どうしても、放っておくと、以前のように、またナンパのことばかり書いてしまうので、
なんとか、楽なナンパに逃げないように意識している。この間も、突然、反動的に、
このブログタイトルを『タダでナンパするぞえ!』と、少しだけ変えて、変更していた。

また今の『何も無くとも極めてみるか。』に戻したが、いやはや、実際、私にはもはや、
ナンパ位しかない・・。他に何があるというのか?10年間の習慣というのは、本当に、
根強いもので、ひたすらナンパのことだけ書いてれば安心してしまう。わかりきったと
思ってるから、そうなるわけだが、もっと不安で苦手で、わからないことに向かわんと。

(しばらくは、新タイトル:『何も無くとも極めてみるか。』を続けたが、結局、また戻した)





そんなわけで、今はまだ試行錯誤の時期である。とりあえず、ナンパだけを続ければ、
浅田真央を超えることができるとは思えない。かといって、これまでのナンパを捨てて、
何かが出来るとも思えない。だから、まずは、今、自分の手元にある経験から始めよう。

一気に高みにのぼろうとしてもムリだ。まず、自分の冷蔵庫にあるものだけで、料理を
始めれば、いつの間にか、次々と新しい扉が開いていくだろう。いつも、同じじゃないか。

いろいろとアイデアが浮かびすぎて、しかも、それらが矛盾しあって、何かを見落として
いる気がするが、とりあえず現在、確定しているのは、『五輪』を目指すということである。

もちろん、私には何も無い。浅田真央のように、コーチもいなければ、スポンサーもなく、
国民のプレッシャーもない。それどころか、何かの競技に励んだり、属してさえもいない。

そして、こういった、何も無い者たちが目指すのが、『何無派五輪』と呼ばれるものである。

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2014年04月13日

これが何無派五輪マークだ!

gorin


さて、このマークの意味が分かる人?

「はーい!」(自分で考えたんだもん)

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2014年04月14日

『何無派五輪』マークの意味

gorin


これが、何も無いまま、たった独りでも極めようとする者のために、
公募から選ばれた『何無派五輪』のマークである。(応募総数1名)

通常のオリンピックマークとの違いが、おわかりだろうか?まずは、
すぐ気づくのが、本家は下の輪が2つで、上の輪が3つのところを、
『何無派五輪』では、下が3つで上が2つと、真逆になっている部分。

これは、オリンピックが他者と競争してナンバーワンを決めるのなら、
『何無派五輪』は、純粋に自分自身と戦いオンリーワンとなる大会で、
世界を舞台にしたマクロに対して、個人的なミクロという違いからくる。


そもそも、通常の五輪マークの五つの輪は、世界の五大陸を表してる
といわれており、ワールドワイドな交流を意味していた。平和のために、
国同士という、コミュニケーションにおける最大単位での行事でもある。

一方、『何無派五輪』は、コミュニケーションにおける最小単位、つまり、
自分と相手という、1対1での行事であり、しかも男女というデリケートな
関係を通じて、こちらもまた和平を目指し、日々、しのぎを削るのである。

やはり、自分の日常のコミュニケーションをおろそかにして、世界平和は、
考えられない。ゆえに普通のオリンピックと、個人的な『何無派五輪』とは、
マクロとミクロで補いあい、シンボルも、お互いに真逆の構成となっている。





ちなみに、この『何無派五輪』という、ただ独りで、自分の中の限界に挑戦し、
それを乗り越えていこうとする者達を、アスリートならぬ、「ストリート」と呼ぶ。

もし街中で、オリンピック選手の着ているユニフォームにある「JAPAN」ではなく、
「NANNPA」と書かれ、胸元に『何無派五輪』マークのあるユニフォームを着た、
「ストリート」を見かけたら、そっとしてあげてほしい。彼は独り、戦っているのだ。

傍観者である、あなたに邪魔をする権利はない。それとも、あなたもストリート?

だったら、たった今この瞬間に、立って手を挙げ、宣誓せよ!(自分で自分に!)

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選手宣誓!

我々はぁ〜、オンリーワンシップに則って、

普段より、「心・技・体」の全てを磨き続け、

自分の可能性を究極まで開花させるよう、

この『何無派(ナンパ)』という競技にぃ〜、

参加することを、ここに宣誓いたします!


(右手を上げ、左手で腋毛を隠しながら)

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2014年04月15日

『何無派五輪』マークの五色とは?

gorin


体の運動を極めて、オリンピックに出ようとするのが、アスリート。

一方、トークを極めて、『何無派五輪』を目指すのが、ストリートだ。

彼らは、オリンピック選手のように周囲から認められることも、また、
応援されることもない、まったくの孤独である。そんな中で、自らの
信じる道を進み、幾多の迷いをくぐり抜けるのは、至難の業である。

ストリートは、何の後ろ盾もなく、正直いって、アスリートなんかより、
ずっと精神的な負荷は大きく、もっと立派だと思う。独立精神の鏡!

そんなストリート達に対して、『何無派五輪』のマークは、シンプルに、
輪の五色によって、左から右の順に、やるべきことを示してくれている。


これらの五色は、陰陽思想の五行から来ていて、黒が「土」、青が「水」、
赤が「火」、緑が「木」、そして最後の色が「金」となる。多少、色の違いは
あれど、意味あいは同じだ。(詳細は『超覚醒アーキテクト!』にて紹介)

まず「土」というのが、「地」に足をつけて、自分にできる「地」味なことだけ、
何度も繰り返すということ。つまり声かけに当たる。続く「水」は、柔軟性だ。
水が形を変えるように、状況に合わせて、会話に引き込むことで、そうして、
会話が流れてから「火」のごとく、盛り上げていく、自己アピールへと入る。

すると相手の態度が変わり、本音など話し出したりして、今度は「木」となり、
決して慌てず、あたかも芽が出た植物をじっくり育てるような感覚で、会話を
引き出していく。そして最後は、その情報を利用して、必要性を高めて終了。





以上の五段階がナンパの全てであり、ストリートは皆、最初の「土」から始め、
最後の「金」まで到達するよう、全力を注いでいる。特に、最初の「土」などは、
黒という闇の色で表され、常に最初は、闇の中へと飛ばなくてはならないのだ。

何が起こるかわからない、はたまた、どうせもうダメだろう、という絶望の中でも、
ストリートは、とりあえず飛ぶのである。その結果、五つの輪をすべて通過して、
最後には「金」へと、見事に着地することもあろう。その喜びは、ひとしおである。

この最後の「金」は、錬金術という意味もあり、何も無いところから、自らの行動、
知恵を使い、男と女の性を融合することにより、新たな喜びを創出する、錬金術。

アスリートは他人が金メダルをくれるが、我々は自らが、金メダルを創るのである。

この孤独を超えた自己完結には、孤高の美がある。さぁ何も無くとも極めてみるか。

posted by fmtbank at 12:20| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月16日

『何無派五輪』マークに新たな色が?

gorin


上記の『何無派五輪』マークを見てほしい。一体、何色あるだろうか?

もちろん、五色である。これは、ナンパで男女が仲良くなる五段階を、
五つの輪で表したもので、この「輪」というのも、「和」を意味している。

いわば二人の男女が和んでいき、一つになるまでの過程で、詳しくは、
黒が「土」、青が「水」、赤が「火」、緑が「木」、そして最後は「金」まで、
その時々の状態や、やるべきことを、五行によっても意味づけしている。


そして、この、声をかけて仲良くなる過程に挑む者を、ストリートと呼ぶ。

スポーツに励むアスリートに対して、ストリートはトークに磨きをかける。

彼は目指しているのだ。自分だけの『何無派五輪』にて、最高の結果を!

しかし結果だけに、とらわれてはいけない。すると多くを見落とすだろう。





では、もう一度、上の『何無派五輪』マークが何色あるか?見てほしい。

すでに、お気づきだろうが、実は、六色ある。それは背景の「白」である。

この六番目の白には、「(む)と「(む)」という意味があり、いわゆる、
何も無くなった悟りのような状態と、夢が叶う最高潮の状態を表している。

両者は陰と陽で、裏表の関係にあり、これを通称、マークシックスと呼ぶ。


しかし、この六番目の境地は、追い求めることなど出来ない。それは、ただ、
起こる。自分が消えた時、夢中になって、無になった時、突如として起こる。

ひたむきに『何無派五輪』に参加し、繰り返していると、不意に輪廻を外れ、
輪の外に出てしまうのだ。それはあまりにも唐突で、想定を打ち砕かれる・・。

その時、あなたは膝から崩れ落ち、あまりの畏敬に、泣きじゃくることだろう。

そして、セカイは傍らでケタケタと笑う。あぁ、この歓喜なくして、何が人生か。

posted by fmtbank at 12:32| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月17日

フィギュアスケートとナンパの共通点

gorin


これまで、ナンパをいろんな分野に例えて、世界観を構築してきた。

やはり自分の好きな他の分野を取り入れることで、やる気も上がる。

特に、ブログ前半の折り返し地点、5年目がすぎてからは、完全に、
自分の趣味に走り出し、エヴァンゲリオンを発端として、禅や修験道、
千日回峰行といった、日本の伝統的な修行世界を取り入れたものだ。

さらに最後は、傑作アニメ『四畳半神話大系』の衝撃から、セカイ系を
しのぐ「家系(いえけい)」という、ヒッキー賛歌の内容になり、どんどん、
内向していった。それこそが私の陰なる本質であり、実に、しっくりきた。


ところが、ソチ五輪の浅田真央を見たことにより、これまた強烈な衝撃
を受けてしまい、新たな扉が開く。高みを目指す彼女の姿は、まぁ美しく、
そんな、究極まで磨き続けるアスリートの世界というものに魅了された。

私はとうとう、開かれた世界にも気持ちが向かい始めて、自分で勝手に、
『何無派五輪』のシンボルまでも作り、五輪に向けて夢中になっている。





なお、数あるオリンピックの競技の中で、最もナンパと共通しているのは、
フィギュアスケートに違いない。今までノーマークだったが、実に、驚いた。

まず氷上というのがいい。氷上は陸の上と違って不安定で、バランス感覚
を養わなければ、何も始まらない。これはまさに、ナンパしようとしたとたん、
普通の陸の上が不安定になるのと似ている。路上では、精神が揺れ動く・・。

またスケートは加速や方向転換も、主に体重移動で行う。この体重を移動
していく感覚というのが、ナンパにおけるトークを流していく感じにソックリだ。


そして、何といってもジャンプである。スケートでスーッと滑っていって跳ぶ!
あれこそが、近づいていって声をかけるのと同じ。タイミングこそが命であり、
しかも、二回転、三回転と難しいジャンプに挑戦していく様も、ナンパと一緒。

例えるなら、ナンパの第一段階(短い会話)、第二段階(会話延長)、そして、
第三段階(自己アピール)まで、一気に行こうとするのが、三回転ともいえる。

だから初心者は、まず第一段階、シングルジャンプから始めて、慣らしていき、
次第に、自分自身の魅力を出せるようになるトリプルの着地が決まるわけだ。


私は最初から、この声をかけることをジャンプに例えてきた。覚醒プログラム
第01号もジャンプから始まっているし、第12号で、久しぶりに声をかけようと、
全然ダメな中で、「クルックルッと、何回転もしちゃうんだから!」と喚いている。

無意識に出た言葉だが、まさにフィギュアのジャンプのようなことを言ってて、
実際、スケート選手も日にちがあくと跳べなくなるのが怖くて、練習しているし、
スランプにはまると、全然跳べなくなるらしく、もう何から何までナンパと同じだ。

しかもフィギュアは、アスリートとしての競技の部分と、芸術点を競う、アートの
部分が共にある。これも技術だけではなく、いかに自分本来のものを出せるか?
アピールできるか?という、表現者の部分が大事になってきて、完全にナンパ!

最後に点数が出るのを待つ場所のことも、通称「キス&クライ」と呼ばれていて、
これは、成功した時はコーチと抱き合ってキスして喜び、失敗した時は泣くという、
そんなナンパの結果のような意味である。ナンパでは「ディープキス&暗い」か・・。





しかし、私が最も共感しているのは、選手達の、それはそれは地味な生活である。

ほとんど毎日、リンクと家の往復で、夜更かしや趣味さえも出来ない。年に10日位、
人前で滑る以外は、ほとんどヒッキーと変わらない生活。スケートは時々観るから、
素晴らしい!と思えるだけで、あれを毎日、観てたら、たまったものじゃないだろう。

なぜなら、ほとんど同じで、そんなにパターンがないから!家元も、シーズン中は、
(音声プログラム『超覚醒アーキテクト!』配信中のこと)時間がなくて、そんなに、
観れなかったが、オフに入って、片っぱしから観たところ、たちまち飽きてしまった。

観てる方でさえ、そうなのだから、やっている方にとっては、毎日、ひたすら同じ事、
繰り返しているだけで、そんな中、自分の限界に挑戦していくには、相当、パワーが、
気持ちの動機が必要なのだろう。だからこそ、成績の波もあり、コーチも必要になる。


確かに、コーチもいるし、一緒に滑る選手達もいて、そんなにヒッキーには見えない。

それでも私から観ると、彼女達(男子も素晴らしいが、家元は女にしか興味ナシ)は、
孤独に見える。ひたすら毎日、狭い氷上で滑って跳んで、コケてを繰り返す生活は、
みんな、子供の頃からやってるから出来ること。普通なら、アホらしくて、イヤになる。

でも、そんなアホな生活こそが、私が、これまでしてきたことと似ており、嬉しくも思い、
浅田真央ほどには、ひたむきではなかったと、愕然ともしたし、もっと孤高を目指して、
全てを賭けてもいいんだと、許された気もした。要するに、フィギュアに救われたのだ。

目標を失っていた自分にとって、アスリートの姿勢は刺激となり、目からウロコだった。


すでに『超覚醒アーキテクト!』も、副題が前の「音波万句集」から「何無派五輪」へ
変更になっているし、私のオリンピックへのカブれぶりは、ま〜だまだ続きそうである。

もちろん、私には何も無い。ただ、その何も無さが最大の武器になるのかもしれない。

絶対的に確信しているのは、今の時代は素人こそが、新しい世界を切り開くということ。

五輪は、究極のアマチュアリズムを極める場でもある。さぁ、何も無くとも極めてみるか。

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2014年04月20日

あなたが、ほっこりする瞬間をプレゼントします。

この度、わたくし事ですが、今後の進路が確定したので、お知らせいたします。

今まで、ずっとナンパ一本で活動し、ブログを書いてきましたが、これから十年、
アートの世界に身を投じ、そこで活躍することを決めました。正直、自信はない。

でもナンパだって最初は自信なんて皆無だったわけですし、全ての物事なんて、
始まりは「自信」からではなく、心の奥底からのウズウズです。理由なんていい、
ただやりたいから、やるだけ。理性が抵抗しようが、気持ちがあるなら向かうこと。

すると必ず、思ってもみなかったような展開が待ち受けている、そんなものです。

しかし人間、それがわかっていても、なかなか全面的に前進できずに、迷います。

私も今回、かなり迷いの時期を繰り返しましたが、ようやく最終決断に到りました。


そういうわけで、私はアートの世界に飛び込むために、このナンパブログ以外に、
他のサイトも始めますが、皆様には、そのURLも、新しい名前も、お伝えしません。

おそらく、見つけることは不可能でしょう。そうして長い年月が過ぎ、すっかり忘れた、
ある時、ふとニュースか何かで、「あれ、これって、もしかして・・。」と突然、あなたは、
かつて、購読していたナンパの音声プログラムの作者と、その人物がつながります。

その瞬間、あなたは「そういうことだったのか!」と、含み笑いをします。この点と点が
結ばれた瞬間を、私はあなたにプレゼントしたい。鳥肌がたつような驚きの瞬間です。

これはボーン三部作の最終作『ボーン・アルティメイタム』のラストで、逃亡中の女が、
食堂で流れてきたニュースで、死んだはずの主人公の死体が上がってこないという、
新事実を知り、最後、そっと含み笑いをするシーンをイメージしています。あれ最高!

私がアートに取り組むのは、他にいろんな事情があると思いきや、ただあなたに対し、
その一瞬を与えたいがためです。そのために最長10年を捧げる。これこそがアート。

まぁ、何でもアートっていえば、アートなんですよ(笑)。だから現代アートは好きです。





なお、このブログは、まだ続きます。現在、900件の記事がありますが、ちゃんと、
1000件まで更新し、『ナンパ千日解放行』という、一つのパッケージとして残します。

最近、私のアート志向が反映されて、よく分かりにくい内容に向かっておりましたが、
普通に、ナンパノウハウものの内容へと軌道修正します。結局、ブログ引越しにより、
リニューアルしても、読者は変わらず、以前のように、ナンパに悩む方々ばかりです。

どうしても、そういう内向的な人達を、少しでも力づけたいと思ってしまうため、自分の
大好きな「前衛的な狂気」に突っ走ることができず、以前は、ストレスになってました。
これは通じない、これは真面目に受け止められたら可哀そう、とセーブしてたのです。

しかし、今後は、他の場所で、その自己表現は徹底的にやりますから、もう思う存分、
このブログではサポートに徹すことができます。もう迷いはない。あなたが、ナンパで、
ブレイクすること!この一点だけに絞って、ブログを1000件まで、更新していきます。

アスリートのコーチのような立場でサポートを続けて、音声プログラムも完結させます。


確かに、アートの視点から見ると、ナンパなんて、あまりに単純で楽勝な分野ですが、
なかなか成功しないで苦しんでる人に対しては、そんな物言いは、混乱も生むでしょう。

やはり、一番出来ない人を基準に考えなくてはいけません。それこそが私の役割です。

私は長年、多くの人達に助けられてきたというのに、最後の最後になって、流れを切り、
前衛に向かい、ワケわからなくするのは良くないと思いなおしました。現在はタイトルも、
新しい『何も無くとも極めてみるか。』をやめ、『タダでナンパするぞえ!』に戻しました。

これもまた一つの決意表明です。ブログの記事が1000件に達するまでは、ちゃんと、
サポートにも全力を捧げるので、ぜひご活用ください。絶対に結果を出してもらいます。


ナンパが出来ない人を、出来るようにする。これもまた一つのアートだと思ってますし、
これだけは言い切れますが、ナンパの教材で、最も成功者を産んだ確率は、日本一!

これは自慢じゃないんですよ。当たり前のことなんです。誰が、ここまで情熱を注げる?

その確信を最大限まで上げるためにも、悔いを残さないよう、最後までやりきりますよ。

何無派道場の「家元」として、あなたの成功を心より応援いたします。それでは、また!

posted by fmtbank at 08:08| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月27日

GETするのは、自分のためではない

こちらの『何無派(ナンパ)道場』では、基本的に、

ナンパにおいて、3つの目的があるとしています。

まず、自分を解放するため、自由になるためです。

そして、相手を解放するため。これは、多種多様な
他者と出会う面白さと、感情共有の喜びともいえる。

この自分中心と、相手中心の目的が、まず2つある。


さらに3つめの目的は、男女が性的行為をするため。

いわゆる、GETすることです。これは上記の2つとは、
別と考えます。もちろん、3つの目的は混ざってます。

自己解放も、相手の喜びも、性的結合も不可分です。

それを承知の上で、今回は、男女の性的結合に関し、
誤解をときたい。あの快感と空しさのトリックについて。

以下、シンプルな生物学的見解から、述べます。





性的に結合すること、GETすることというのは、
これ、実をいうと、子供という第三者のためです。

新たな子孫を作るために、男と女が協力すること。

これが絶対的な基礎として、DNAの働きによって、
男と女に働きかける。男のためではなく、女のため
でもない。人間の未来のための、子孫のための行為。

あの「性」にまつわる面倒くささってのは、ここにあります。

男が「性」に対して怖気づくのも、女が男からの求めに、
慎重になり、断ろうとするのも、結局、自分のためでなく、
できることなら避けたいからです。面倒くさいだけだから!


避妊が発達したから、忘れがちなだけで、基本、妊娠し、
子供を育てることが前提の行為で、後から面倒なことに
なるし、客観的に見ると、性行為自体も、かなり面倒です。

わざとらしい駆け引きして、触りあって、唾液交換して・・。

要は、ほっといたら男女は結合せず、子孫は生まれない。

そこで、強烈な快感を「性」に伴うようにしました。快感が、
あの面倒くささを乗り越えて、男と女を結びつけるのです。

快感がないと、多くが面倒くさがってやらないし、その結果、
人類は滅亡してしまうので、生き延びる戦略としての快感。


だから「性」を面倒くさがるのも、避けたがるのも、本当は、
当たり前だし、やたらGETしまくっていると、馬鹿らしくなり、
「俺、なんでこんな事してるんだ?」という気持ちにもなる・・。

だって、自分のための時間のようで、実は違う。DNAによる、
子孫という第三者のための時間なので、自分の手元には、
実質的には何も残らないのです。どんなに、やりまくっても!

特に男は、消費、消費、消費・・、という感じがある。(女は違う)





「性」に関しては、その最中に、子供のこと、これが子孫のため
の行為だとは、男にはあまり意識に上らないようになってます。

そんなこと考えたら、この目の前の、そんなに好きでもない女、
または体はいいけど性格が嫌いな女、との子供が出来たなら、
非常に面倒だぞと、腰がひけてしまう。だから興奮して、そんな
先の事など考えないようになっている。これがDNAの戦略です。

無意識的に、快楽のためだ、自分のためだと、思わせられている。

本当は、自分のためじゃない。第三者のため、人類のための行為。


ですから、「性」に翻弄されるのは、ちっとも恥ずかしい事じゃない。

むしろ立派です。特に誰とでもやっちゃう人は、ボランティアですよ。

と同時に、精神的な人は、ただ「性」を追うことに違和感を持ちやすい。

それも正常で、敏感だから気づいてしまっただけの話にすぎません。


DNAに翻弄されて、我を捨てるもよし、自分をもちつつ、興味深げに、

自分のテーマを追うもよし、何だっていいんです。全て自由でやんす!

posted by fmtbank at 10:57| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

何度でも書くけど、やっぱり、これに限る!

これまで何度も、「毎回、さっさと10人に声かけること」を、
しつこい程に述べてきました。これは、絶対的な鉄則です。

なぜ、そこまでして、この決まりを厳守することを強調して
きたのかというと、これこそが最大の武器になるからです。

例えば、あなたが女性経験もなくて、無職で引きこもりで、
何も達成したことなく、自信もないなら、何が武器になる?

ナンパに最後の望みを託したいのなら、ただ10人に行く!

もう、これしかない。単純に、声かけないと何も始まらない、
という意味だけではありません。この修行で、人生で初の、
『自信』を手に入れるのです。絶対に、奪われない『自信』!


自信ていうのは、他者は関係ありません。女から受け入れ
られたら自信がつく、なんてのは腐った依存で、大間違い。

自分が正しいと思った事を、何があろうと、何が起ころうと、
絶対に、死んでも、達成する。これを繰り返し続けることで、
初めて自信はつく。自分を拠り所にし、信頼するわけです。

それが、「ただ毎回、10人に行く」という修行です。これを、
歯を食いしばってでも守り続ける。いってみるなら、集団に
袋叩きにされて、ボロぞうきんになっても、行こうとします。

誰も止めることはできない。その一点に命を賭けているから!

無様で、カッコ悪くて、ヘタでいい。体裁なんか、クソっくらえ!





ナンパ師なんて、しょせんは笑い者です。全員、カッコ悪い。

変にカッコつけてる者もカッコ悪いし、自慢している者も醜いし、
周囲から見れば、どいつもこいつも同じで、それでいいんです。

そんなの知ったことか!と、ただ、自分のやるべきことをやる。

すると、相手の反応にビクともしない、無垢なる魂が手に入る。

そして、実をいうと、この無垢なる魂は、声かけが平気な人は、
第一段階の、10人に声をかけることだけでは、効果が薄い・・。

この修行が効果的なのは、声かけに抵抗がある人だけです!


なぜなら、抵抗ある中でも、自分の脳を無視して、行くことにより、
恐怖を克服する経験を積めるからです。よくやった、俺!となる。

抵抗があればあるほど、それを乗り越えたことで、自信は高まる。

それも恐怖だけでなく、面倒くささや体調の悪さ、倦怠感などなど、
脳はこれでもかこれでもかと、邪魔してきます。それに屈せずに、
飛び込んでいくことで、「自分は何があろうと大丈夫」と自信がつく。

「自分で決めたことは必ずやる」という習慣がつき、無敵な気分が、
生まれてきます。一度も成功してなくても、というよりも、成功なんて
邪魔です。間係ないから、だた、やる。魂を磨くために、やり続ける。

そこまでしている者が、女に負けるわけがない。強烈な万能感です。

posted by fmtbank at 07:27| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月29日

ゴールデン「金」ウィークに跳躍を!

gorin


今年のゴールデンウィークは四連休です。普段、働いている人にとってはチャンス!

どこも旅行に行かず、ナンパするのなら、これ程、実力を上げる期間はないでしょう。

通常は、週に1回や、せいぜい土日の週2回しかやらない方にとって、三日連続とか、
四日連続なんてやったら、今までと違う景色が見れます。特に、内向的な人は、そう。


たとえば、きわめて内向的な私なんかは、ブランクがあいてしまった時、慣れるまで、
三日間はかかります。まず一日目は恐怖で何もできません。もう普通の地蔵以下で、
周囲の目も気になるし、見知らぬ人も怖くて、仕方なく、第一段階だけを、やり続ける。

ほとんど会話にもならない。ちょっと入っては、すぐ自ら逃げる。台詞も、ほぼ同じにし、
ただの作業としてやる。イヤでしょうがないけど、自分のやれる小さなことだけを、ほぼ、
気合いで無理やり続ける感じ。しどろもどろなので会話は続けない。INとOUTだけする。

そして心と体が悲鳴をあげた一日目が終わり寝て、二日目に起きると、怒りに満ちてて、
「なんだよ、あのざまは!」という反骨精神が蘇っている。そして、ひたすら台詞の音読、
暗唱しながら、「女全員から嫌われてもいい、自分を表現しきってやる!」と、覚悟する。

この二日目は、初日の怖れから「怒り」に進化しているため、とにかく相手の反応なんぞ、
一切考えず、自分の喋りたいことを、思う存分、喋り続ける。聞き上手なんて絶対しない。

この独走状態は、実は、余裕のない状態だが、自分では楽しくて楽しくてしょうがなくなり、
恐れも消えさって、初日の抑圧が全部解放されます。そうして満足して寝てから、三日目、
ようやく、澄み切った心となり、状況も見えて、相手の話も聞けて、絶好調を取り戻します。





こうして私でも、長いブランクの後は調整に二日かかるというのに、もっと苦手な人などは、
毎週、調整だけで終わっているんじゃないか?と心配にまでなります。もちろん外向的で、
ブランクが関係なく出来る人もいるけど、大抵は、アスリートと同じで、休むと、すぐ落ちる。

バレリーナは1日でも休むと、すぐダメになるし、フィギュアスケート選手も二日休んだら、
ジャンプの感覚を忘れて、もう跳べません。さすがに、そこまで極端ではないが、やはり、
ナンパをするストリートも、アッという間に感覚を失う部分はある。毎週やってても、微妙。

なので、仕事が忙しくて、連日やったことのない人は、こういう連休を利用して、ぜひとも、
自分の未知の扉を開けてください。すると、普段の自分は、本調子じゃなかったのか!と
気づいて、愕然としたりもします。逆に疲れて、自信なくす場合もあるので、これは賭け!


いずれにせよ、三日続けても、新しい出会いや、新しいアイデアが起きなければ、それは、
「ありえないこと」です。当然、ダラダラ続けたのなら、どれだけ続けようが、変わりません。

やはり、緊張感をもって、うまくいくかどうか?の確率が50・50位の時に、覚醒は起こる。

だから実は、自分を、不安な未知への挑戦に仕向けられた時点で、成功は確定している。

その後の、テクニックが決まったとか、たまたま運がよかったなどは、結果論にすぎない。

posted by fmtbank at 08:16| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2014年04月30日

ブログ大工事のお知らせ

ブログの1000件突破に向けて、最後に、全ての記事を再構築します。

新しく、この場所に引っ越してきてから、以前の記事は検索から消えて、
ほとんど読まれなくなりましたし、ブログ内での記事同士のリンク自体も、
全て無効になってますので、ここで再度、全部を読み返し、手直しします。

ボツ記事を付け加えたり、無駄な記事は削除し、読みやすいようにしたい。

そのために現在は、過去の膨大なボツ記事を読みまくっている最中です。

リクエストに応えながら、すぐに更新を始めますので、少々お待ちください。

posted by fmtbank at 00:32| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする