2017年06月02日

この人には話が通じない、と思われることの哀しみ





ちょっと前に、会話には、話し上手と聞き上手がある、と書きましたが、これはあくまでも、
簡単に分けただけのもので、本来、もっと深い意味があります。そう単純ではありません。

例えば、口下手な人にとっては、喋り上手と聞き上手ならば、聞き上手の方が簡単そうで、
「ただ真剣に聞いてりゃいいだけでしょ?」となりますが、そんな、表面的なポーズ以上に、
自分の器量そのものを試される。いわゆる精神的な空間の広さや深さがあるのかどうか?

はたして、あなたに、この深い話が通じるのか?共感できるのか?という問題は、実際に、
哀しいほど個人差があります。その人の経験だけでなく、感性の問題になりますから、もう、
数ヶ月とか、短時間で力がつくものでない。一年で、ほんの少し変わればいい程度でしょう。

それだけ聞き上手になるための第四段階<術>は、ナンパの中でも、最も難しい領域です。

ハッキリいって、喋り上手になる第三段階<芸>なんて、これに比べたら、屁みたいなもの。





ちなみに、これを映画で例えるなら、「第三段階<芸>」の映画とは、娯楽の王道になります。

美男美女が出てきて、ドンパチやらかして、展開も速く、派手なシーンが満載の刺激的なもの。

もちろん、こういったベタも楽しいのですが、「第四段階<術>」の映画になると、たんなる娯楽
とは別の、言語化する前の、もうちょっと深い部分をすくいとり、さらに感動して、忘れられない。

あー、そこ!そこを表現する!と気持ちよくなってしまう。言葉にしづらい感覚で胸いっぱいに。


ところが、「第三段階<芸>」しか理解できない人にとっては、あまりに退屈で「何?」ってこと
になりかねません。例えば、映画『メッセージ』なんかは<術>の映画ですから、絶賛する人、
非難する人とに分かれる。そして否定する人にとっては、深い所など全然、見えてさえもない。

いかに彼に、どんなにここが素晴らしいかと細かく語ろうが、理解できないのです。理屈でなく、
精神の深層部分が開発されてるかどうか?の問題ですから、もう絶望的なほど、通じません。

一方で、こういう個人的で繊細な感覚に共感してくれる人がいると、心が通じて嬉しくなります。

だから、話し上手かどうか?よりも、最終的には、この共感性によって、男女は惹きあうのです。

posted by 家元 at 15:26| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする