2017年06月04日

僕らの最大の武器とは何か?(ネタバレ注意)





我々は勘違いしています。同じ人間だから、同じ日本人だから、コミュニケーションとれると。

ところが、普通に日常会話ぐらいは通じても、深い部分で通じあおうとすると、途端に難しい。

何となく通じてると思ったら、まったく通じてない。そして、どんなに理屈で伝えても無駄です。
しょせんは相手の狭い思考空間で処理されて、奥まで行かない。相手の中にそもそもない。

子供と話してる時は、理解力がないので、どうしても会話レベルを下げるように、大人相手
であろうと、「あ、この話、通じないな」と思ったら、途中から、話すのやめたことないですか?

特に、ある程度、つきあいが長い相手は、すでに、その人のキャパシティがわかってるので、
「ちゃんと話して!話せばわかる!」と言われようが、絶対にムリだと思うので、もはや話す
気力さえ生まれません。それ位、話が通じる、通じないという問題は、根深いものがあります。





なお今回、映画『メッセージ』を紹介したのは、あれこそがコミュニケーションの基本だからです。

その基本とは「伝わらない」ということ。あれはエイリアンと人間ですから、そんなの前提ですし、
何とかして疎通しようとしますが、しょせんは人と人も、日本人同士でも、伝わりっこないのです。

むしろ、ヘタに通じると思い込んでいるから、いちい会話が盛り上がらないだとか、誤解されたと
落ち込んだりしますが、もともとが誤解しかない。ほぼ誤解につぐ誤解です。それでいいんです。

路上に出ると、道場に入ると、そこはもう、ほとんど誤解しかないセカイです。その中で、懸命に、
意図を伝えようと、和合しようと努める、その姿勢こそが重要で、コミュニケーションの本質です。

意外に外国人との恋愛にハマる人が多いのは、言葉が通じにくいぶん、この伝えようする姿勢、
全身で知ろうとして耳を傾ける、会話の本質がたち現れるから。それなくして、真の交流はない。





ちなみに、映画『メッセージ』では、言語こそが武器である、という話でした。それも言語によって、
時制の認識が変わるという、究極の形を提示してきました。家元も、これには感心したものです。

確かに、言語は性格さえ変えます。よく留学していた女子に聞くと、英語では自己主張できても、
日本語になると、とたんに優柔不断になるらしい。これは主語の後にすぐ述語がきて、ハッキリ
している英語と、主語の後に幾らでも余計なことをつけ加えながら、最後に述語がくる違いです。

また他にも、荒っぽい言語を使うと暴力的になり、オネエ言葉を使うと、本当に仕草が変わるし、
わかりやすい変化ももたらす。しかし、この作用には、もっと深くて凄い何かが隠れていそうで、
研究の価値があるなと興味をもちました。言語というよりも、正確には認識の力でしょうけれど。

それはともかく、表題にある、僕らの最大の武器とは、もうおわかりのように、「伝わらない」こと、
これを徹底して知っていることです。ナンパをすることは、まずは「伝わらない」ことに凹みまくり、
だからこそ真剣にならざるをえなくなり、結果、コミュニケーション能力が伸びていく冒険談です。

知り合いばかりに囲まれ、そこで安心しきってブクブク太っている家畜とは違い、真の会話の力
を求めて危険に飛び込む、コミュニケーションの究極の探究者ですから。そして、そこで見つけた
感覚や認識が、普段の生活にも活きるようになり、知り合いとの会話も、より豊かになるのです。

posted by 家元 at 09:42| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする