2017年07月22日

起きろ、死ぬ時間がきた。(宣戦布告へ)

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いったい、君は、いつまで逃げ続けるのだろうか?ごまかして、見ないフリをするのだろうか?

ダラダラと中途半端に生きて、先延ばしを続けるうちに、すっかり、あきらめムードじゃないか。

というよりも、自分があきらめて、すでに絶望していることにさえ、気づかない。半ば、ゾンビだ。


本当に、やりたいことは何なのか?もし自分がこの夏、死ぬのなら、残りの余生、何をするか?

命を賭けてやりたいことは何なのか?死を前にすれば、自ずと見えてくる。それが君の使命だ。





もし具体的に、何も思い浮かばなければ、ナンパを勧める。いや、ナンパ自体は、どうでもいい。

とにかく、自分の命を投げ出して、知能も体力も、全て出しきる!そういう挑戦なら、何でもいい。

しかし、他に思いつかないなら、さらに女が苦手でコミュニケーションに問題があれば、ナンパだ。

特に、ナンパなんて絶対、無理だという内向的な者こそ、やれば、究極の快感を得る。なぜなら、

精神的に死なないと、無理だから。君の持ちうる全てのパワーを出しきらないと、成功もしない。


そして実は、成功さえもオマケにすぎず、それよりも、いかに全てをやりきるかが、肝心要である。

もう自分は全てやった、限界を何度も突破した、悔いはない。その静かなる海に到達することだ。

そのためには、死んで、死んで、死にまくること。どんなにダメでも、玉砕して、玉砕して、倒れる。

そこに、とんでもない満足と、突き抜けた先にある、神秘が存在する。もう、この世は、それだけ!

むしろ、それ以外は、ただの二次的な慰めにすぎない。決して満足できず、何も変わらないのだ。





本当に、君は長いこと、苦しんできた。いつか革新的なことが起こるのでは?と、期待もしてきた。

ところが、それらの期待も、すでに消え、ほとんどの時間は、不安と面倒臭さに、支配されている。

なぜなら君は、決定的なことを避けてきた。それは、死の覚悟である。自らの死をもって開くこと。


どうだい?そろそろ全力で戦わないか?中途半端に生きてるなら、思いきって死んだ方がマシ。

そんなわけで、命を賭けて挑戦する者は各自、宣戦布告したまえ。ここに最後の聖戦が始まる。

posted by 家元 at 11:49| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする