2017年06月27日

実践レポート(いただいたご報告を転載)

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とにかく、自分の内部に、意識のほとんどを閉じ込めて、

声をかけるとき以外は声をかけないようにするというのは、

自分ではかすかに気づいているようで、完全に盲点でした。


ここ1週間は、街に出ても声をかけようとせず、突如、目の前にタイプの女性が

現れたときに、多少の迷いはあっても振り切って、声をかける訓練をしています。

本当に不思議で、いままで5~6時間、街を歩いても現れなかった、

理想のタイプが難なく現れます。本当に不思議です。


(以上)
posted by 家元 at 11:14| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月26日

声をかけないようにして、声かける。(極意)

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ナンパにおいて、最も無駄なことは何か?最もストレスになり、疲れさせる要因は何か?

それは、「声をかけようとする」ことである。これ程、人を苦しめ、心を惑わすものはない。

例えば、ナンパとは、純粋に、声をかけるという行為があるだけで、それ以外のことなど、
ハッキリいって無駄である。特に、声かけた後、いちいち、「俺はダメだな」とか考えたり、
傷つき、落ち込むのは最悪で、そんなことしてるヒマがあったら、さっさと次に行けばいい。

この、声かけるという行為の後の、思考が無駄というのは、よくわかるだろう。アドバイス
でも「気持ちを切り替えて、次行こう!」なんてことは、よく言われる。いちいち、引きずり、
エネルギーを消耗するのは馬鹿げている。我々にとっての「実」は、声かける行為のみ!

ところが、声をかけた後の思考は無駄とは見抜けるが、声をかける前の思考に関しては、
ある大きな見落としがある。もちろん、いちいち迷わないようにしよう、考えてたら地蔵に
なるから、なるべく考えないようにしよう、と思う人は多い。それでも、そこには盲点がある。


それが「声をかけようとする」ことだった。確かに、この意志自体は、一見、悪くは見えない。

しかし、本来は不要である。例えば、少し離れた前から女が歩いて来る。その時、あなたは、
「声をかけよう」と思う。さぁ声かけるぞ!と気合いを入れる。そして、ようやく射程距離へと、
入ってから、声をかける。だいたい、「声をかけよう」と思ってから、声かけるまでは、5秒位。

で、実際に声をかけたわけだが、はたして最初の「声をかけよう」と思ったことは本当に必要
なのだろうか?そんなの思わずに、射程距離に入った瞬間にスッて声かければいいだけで、
その前の準備は、余計なのではないか?そんな思い、捨ててしまった方が、ラクなのでは?

なぜなら、この実際に声かけるまでのタイムラグの5秒の間、あなたは緊張して身構えてて、
結局、不自然な声かけになってしまったから・・。さらに「声かけよう」と思った後、怖くなって、
やめてしまうことも多々あり、その度に、あなたは不自由に思い、自信を失くしていったりする。

つまり我々は、単純に、声をかけるという行為だけすればいいわけで、その前に、声かけよう、
今からやるぞ、なんて思う必要などない。むしろ邪魔になるので、出来るだけ排除して、行く。





この、「声をかけようとする」思いを消して、声かけることは、10人連続で「声かけまくる!」と、
前へ前へと飛び込んでいく「陽」の方法とは真逆である。完全に正反対の「陰」なる声かけだ。

「10人解放行」と呼ばれる「陽」の声かけは、解放というだけあって、自分の意識やパワーを、
外へ外へと向かって出していく。ゆえに終わるとスカッとした解放感があるが、その半面、全然、
パワーがない時は、しんどくて出来なかったり、日常的な意識テンションでは、結構やりづらい。

一方、「声をかけようとする」思いを消して瞬時に動く、「陰」なる声かけは、ほとんどエネルギー
を使わずに、きわめて日常的な平坦な意識でやるものなので、いつでもどこでも、実践できる。

両者を例えると、「陽」の「10人解放行」が、刀をむき出しでワーッと走っていく、戦場であるなら、
「陰」なる声かけは、ほとんど刀を鞘(さや)に収めたまま、声かける瞬間にパッと斬る「居合い」。

「居合い」とは、いかに刀を素早く抜いて斬るか?を極めた、抜刀術であり、よく竹とかを斬ってる
シーンなどを見たことあるだろう。まさしく、あれこそ「陰」なる声かけであり、極意といってもいい。


では、具体的に、どうするかというと、まず自分の中に引き込もること。できる限り意識が外へと
向かわないようにする。街中を歩いてると、どうしても意識を奪うものが、刺激が、たくさんある。

そんな外界に影響されないよう、極力、意識のスイッチをOFFに切っておく。特に「声をかけよう」
という思いには注意して、少しでもそんな雑念が浮かんだら消去するよう、自分の中に留まる。

そうして、可愛い女が現れて、射程距離に入った瞬間、パッと声をかける。言葉を変えると、まず
その女が目に入った時は、できるだけ意識をせずに最低限、なんかいるな~程度に抑えておき、
声かけれるであろう、まさにその瞬間だけONにする。その瞬間以外は、スイッチはOFFのまま。

極論すれば、声をかける瞬間だけ意識的になり、それ以外のものはバッサリ捨てる。声かけない
女達はおろか、歩いてる通行人達も、存在しないも同然にして、なんとか人にぶつからずに歩き、
安全は確保できる程度の、にぶ~いセーフモードにてラクに歩く。これを「ナンヴァ歩き」と呼ぶ。

というのも実際、体をねじらず、ラクに歩く「ナンバ歩き」というのが、日本にあったが、まさにこれ
と同様に、めちゃくちゃラクな声かけであるため、「ナンヴァ歩き」であり、「声をかけよう」とせず、
溜めを作らず、瞬時に動くことは、武術の極意そのものといえる。ぜひ、そのコツ掴んでほしい。

posted by 家元 at 11:28| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

声をかけないようにして、声かけない。(盲点)

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前回、あえて、「ナンパで100%結果を出す方法は何か?」を大ざっぱに書きました。

それは単純に、ガムシャラに声をかけまくることだ!成功するまで!という話でしたが、
実をいうと、これはある意味、真実ですが、ある反面、取り返しのつかない間違いです。

まず、そもそも、そんな開き直って声かけまくることなど、多くの人には、出来やしない。
そして、たとえ出来たとしても、無理やり強制的に努力を続けても、自滅することも多い。
途中で惨めになり、苦しくてしょうがなくなり、声かけるのが、もうイヤでしょうがなくなる。

かつて地方で10年間頑張った人は、夏場でも声をかけまくって、吐きながらでも続けて、
それでも一度も成功しないまま、引退していきました。彼のことを思うと、胸が痛みます・・。

確かに彼は、正確には「ガムシャラ」にはなれてないんです。人目を気にすることからは、
自由になれておらず、開き直れてもいない。でも充分、頑張った。というか頑張りすぎた!


それもこれも、声かけまくれ!量稽古だ!という主張をやりすぎた私の責任でもあります。

結局は、声かけの明るい「陽」の部分しか伝えてこなかった。その隠された「陰」の部分を、
もっと早く、研究し尽くすべきだったんです。その反省をこめて、最後にしっかりとその真髄、
これで声かけが、ナンパそのものが、もう信じられない位、ラクになる裏技をお伝えします。

正確には「裏技」というより、当たり前のことなんですが、あまりにも盲点となっているため、
そう呼んでも過言ではない、逆の方向性です。それが、「声をかけようとしないこと」でした。

これが相当、役に立つ、と言われても、なんだ、そりゃ?と思うでしょう。だって、ただ単純に、
外出したり、道を歩いている時など、意識的に「声をかけようとしない」だけのことですから!

こんな消極的なことに、一体、何の意味があるのか?と思われても仕方ないが、真理です。





まず、1人だけに声をかける「1人革命」をやってる者にとっては、声をかけようとすることは、
きわめて正しいです。気持ちを、声かける方向に持っていきます。で、問題は次の段階から。

次は、少しずつ、「もう1人声かけよう」という自発的な思いが出てきます。ここで、よっしゃ!
もう1人やったろう!と声かけるなら問題ありませんが、大抵の人は、それでも声かけずに、
まぁいいだろうと、何となく流します。これが最悪なのです。なぜなら、裏切りになってしまう。

そんな声かけないのなら、「声かけよう」と思うこと自体が不要です。なぜならば、ジワジワと、
足を引っ張ってきます。せっかく「声かけよう」と思って、確実に1人に声かけてたのに、その後、
何度も「声かけよう」と思っては、それを行動しないでいると、すぐ、そっちがメインになるから。

つまり、「声かけよう」と思ったのに、声かけない、という訓練をしてしまう。結局、こっちの方が、
回数が遥かに多く、今度は本気で声かけようとしても、体が重くなり、動いてくれません。要は、
あなたの命令に、体が従わなくなる。信頼関係を築けなくなる。すると面倒で、やる気も失せる。

だから「声かけよう」という思いは、危険でもあるわけです。ヘタしたら自信を失くす元凶になる。


さらに続いて、次々と10人に声かける、「10人解放行」をやっている者へ、同様の話をします。

これが出来る人は、もう目に入る女、目に入る女の多くが、声をかける対象になります。すると、
普段から、女を見ると、「声かけよう」という思いが湧いてくる。これがね、非常にストレスになる。

一見、いいように思うでしょ?でも実際は苦痛です。女に対して、すぐ行こうとする習慣があると、
いつも落ち着かなくなります。それに毎回は行けるわけじゃない。そして行けない時に、なんだか
負けた気がしてくるんです。「声かけよう」という思いが、あまりに頻繁に訪れ、イライラしてくる。

本来、そんな必要性ないんですよ。でもなんか、声かけなくちゃいけないような気がしてきます。
これが実は、中毒の状態。日常でも、待ち合わせ場所に行く前に、声かけまくっては遅れたりと、
いろいろ面倒なことも出てくる。要するに、声かけに対し、常に「ON」の状態に陥ってるのです。

ならば話は簡単です。声かけに対してスイッチを切る「OFF」の状態に入れることが大事であり、
その訓練もしないと片手落ちになる。そして、これが声かけの極意にもつながっていくわけです。

posted by 家元 at 09:14| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月24日

ナンパで100%結果を出す方法はこれだ!

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ナンパで100%結果を出す方法なんて、言葉にすると、あまりにも単純明快です。

それは、「開きなおって、声かけまくること」で、たんにイケイケで声かけまくるだけ。

ただ成功するまで、ひたすら声まくるのですから、そりゃあ、誰だって成功しますよ。

もうこの前では、テクニックがどうだとか、自分の容姿がどうだとか、軽~くフッ飛ぶ。

ガムシャラさをナメてはいけない。凄まじい力がある。現実は、そんなもんなんです。


だから、このブログも最初期の頃は、ガムシャラさが全開で、シンプルになってます。

ところが、この「行け!行け~!」というハイテンションな方向性は出来ない人も多く、

これはアカン!と、私はいろいろと、皆が地蔵脱出できるよう、考えるようになります。

しかし、ヘタにテクニックの考察に入ったため迷走し、理屈満載になってしまいました。

そうして最終的には、ツベコベ言うな、さっさと10人声かけろ!という結論に到ります。





やはり、ナンパ教材を販売していたから、声かけれない人を、どうにか助けたかったし、

地蔵の人の相談ばかり受け、親身に優しく応援してましたが、無駄だとわかったのです。

いつまでもゴチャゴチャうるせえんだよ!理屈はいいから、10人やれ!が、正解だった。

結局、最初は強制的に、厳しくするのが1番。これだけで、かなり結果が出る人が増えた。

要はガムシャラさに戻ってきたわけで、それを修行として捉えたのが「10人解放行」です。


しかし、この10人解放行を主張し出したら、結果が出る人は増えたが、挫折者も増えた・・。

そりゃそうです。これさえ出来ないなら、さっさと辞めろと、切り捨てただけの話ですからね。

ただ、その後、今度は1人だけ声かければいいと、「1人革命」を主張し始めました。これで、

結果はともかく、挫折者は減りました。そして1人が出来ると、10人解放行にも進みやすい。

なんとか弱者でも無理なく、ナンパを続けられるようになった。しかし、真の問題は別にあり・・。

posted by 家元 at 14:05| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

ナンパを始めた人が最も挫折しやすい地点?

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とてもじゃないけど、ナンパなんて出来ない。声かけれない、という内気な人でも大丈夫。

最初は、たった1人だけに、声かけることから始めれば、誰であろうと、出来るようになる。

確かに最初は、それでも大仕事です。しかし、面倒くさくて怖いけど、これだけは義務的に、
絶対にクリアします。実際、ほんの一瞬で終わるので、これは、ほとんどの人が出来ます。

そして、そんな風に、強制的に1人だけのノルマで声かけ続けていると、今度は、意外にも、
「もっと声をかけたい」という自発的な思いが生まれてくる。やはり、1人だけは少なすぎて、
物足りない。それを、あえて続けてみたのは、この自発的な思いこそを引っ張り出すため!

なぜなら、この「もっと声をかけたい」という思いがないと、結局、早いうちに挫折するからで、
逆にいえば、この自主的な願望が出てきたら、こっちのもの。さらにナンパの奥へと進める。





ところが、ここに恐ろしいワナが隠されてます。私にとっても長年、最大の悩みのタネでした。

というのも、「もっと声をかけたい」と思い始めた人達が、次から次へと挫折していくからです。

まず、「1人革命」はいいんですよ。たった1人に声かけ続けると、さらに声かけたくなるのは、
ほぼ全員が到達するのですが、その後、人数を増やしていこうとして、次々と、倒れていく・・。

私が、声かけの第一段階ばかりを、ここに書くことになったのも、ここで挫折する人の数こそ、
最大だからです。なので絶対に、新しい解決策を導いてやろうと、長年、ムキになってました。

なんたって、まず、ここをクリアしてもらわんと、その後の話が通じないわけですから。そして、
おそらく第一段階に関して、日本で最も長年、深く研究したであろう、私、家元の最終結論が、
「声をかけないようにすること」でした。これは隠されていた盲点であり、最もラクな方法です。

posted by 家元 at 11:26| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月22日

声をかけたくなって、声かける。(最初の覚醒)

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もし、将来に何の夢もないなら、毎日が退屈で閉塞しているなら、ナンパです。

いや、もはやナンパともいえない。ただ、1人に声かければいいだけですから。

たったそれだけで、人生が変わっていきます。とはいえ、最初は大変面倒です。

なんて声かけていいのか分からず、緊張で声もうわずる。だったら、もう台詞を
ガッチガチに固めて、何度も練習し、目つぶっても出てくるようにする。そうして、
パッと声かけて、パッとやめる。これが第一段階の「型」稽古。ものすごく簡単!

それでも言葉が出てこないのなら、もっと練習すればいい。または、もっと楽な
台詞にする。まぁ道聞きだとか、ハードルを低くする。声かける相手もどうしても、
一般人がムリなら、最初は店員に声かけてみる。とにかく、ラクな型、ラクな相手。


最大の目的は、すぐさま、1人に声かけることだけなので、できる限り、もう確実に、
クリアできるようにする。そうして失敗を避けて、成功だけを積み重ねていきます。

これは、いわば自らの「道」を踏みかためているのです。見知らぬ人に声をかける、
それだけでも未知の領域ですから、道なき道に進むには、少しずつ一歩ずつ進み、
まずは、ケモノ道からでも作っていく。すると慣れて「道」が出来て、すぐラクになる。

すると今度は、もっと難しいことに挑戦したくなります。いつも店員だけじゃ無意味と、
思うようになり、次は、路上のオバちゃんに声かけてみる。(まだ若い子は怖いから)
そして台詞も、道聞きしかやってなかった人は、新たに違うことを聞いたり、ポジする。

こういう未知に飛び込むのは、攻めです。「道」は「未知」でもありますから、過去の、
すでにやった事を何度も繰り返し、道を定着させるのも大事ですが、新たに前進して、
開発していくのも同じように重要。ゆえに、この両方を一進一退でやっていくわけです。

それも、最小限の負担でやります。たった1人という最小限のノルマと、ウロつかずに、
すぐ声かけるという、最小限の時間と最小限のエネルギーだけでもって、クリアします。
ただ、これさえ出来ない人は、残念ながら向いていない。もう、さっさと辞めた方がいい。





ちなみに、幸運にも、この「1人革命」を続けられた者には、ある心の変化が起こります。

それまでは、「声かけようとして、声をかける」という、義務感でもって、多少イヤだろうが、
無理矢理クリアしてきました。たった1人だけなんだしと、逃げるようにやって帰っていた。

ところが、だんだん、自ら、声かけたくなってくるのです。義務感からではなく、自発的に!

まず、あまりにも簡単だということに気づいてきます。すごい準備して、気合い入れようが、
1人に声かけるなんて、1瞬で終わってしまう。えっ!もう帰るの?せっかく来たのにな~、
と思うことが時々、出てくる。それが、次のレベルに進む兆しです。物足りなくなるのです。

例えば、1人だけ声かけて帰ろうとした途端、もっと可愛い子が現れて声かけたくなったり、
そもそも1人目っていうのは、緊張して変な声かけになりやすいため、入り方を失敗した!
と思って、今のナシ!と、自ら再度、違う人に声かけたりもする。つまり1人じゃ終われない。


この自ら、声をかけたくなってしまう変化が、「もう1人革命」です。ノルマとしては、1人だけ、
と決めていて、それだけは死守すると、義務感でやってた面倒な行為が、もっとやりたくなる。

この「1人革命」から「もう1人革命」への変化は、将棋でいう、「歩」が裏返ってパワーアップ
する位のインパクトがあります。現に、それだけの力が生まれていて、極端な話、「もう1人」
を積み重ねていくと、さらに、さらにと、大量に声かけられるわけで、かなりの進化なんですね。

しかし誰もが、そんなに毎回「もう1人」なんて思いません。通常は、やっぱり面倒で、すぐに、
1人やって逃げるように帰る中、たまに何回かに1回、「もう1人」という思いが湧いてきます。

その声かけの台詞、「型」の内容も、それぞれ違うように、個人差があって、外向的な人なら、
もう、1人革命の初日に、1人だけでなく、もっと声かけたくなりますし、超内気な人は、かなり、
1人革命だけを続けてから、やっとチラホラ、そういう思いが出てくるでしょう。それでOKです。

つまり、他人は他人であり、ひたすら自分の「道」を歩むだけです。そこにしか、充実感はない。

posted by 家元 at 11:49| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月21日

声をかけようとして、声かける。

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 「声をかけようとするんじゃない。声かけるんだ。」


これは第1段階に関する、家元の格言ですが、まだ初心者には難しい。

「声かけようとしない」というのが、感覚的に掴めません。だから初期は、


 「思いっきり、声かけようとして、声かける。」


これに全力を注ぎます。つまり、声かける気マンマンで、外に出るのです。

具体的に、今から使う台詞を、何度も何度も練習し、口ずさんで暗唱します。

歩きながら周囲に人がいる時は、心の中でつぶやき、誰もいなければ叫ぶ。

とにかく、1番最初に現れた、女であるなら誰でもいい。ただ1人に声かける。

もうそのことしか考えない。1点集中させて、他のことは頭から徹底排除する。


なぜ、そこまで圧を高めるかというと、内気なヒッキーにとって、大仕事だから。

放っておけば、絶対に逃げる。言い訳つくってサボる。いとも簡単に、挫折する。

だから、どんな手を使ってでも、クリアします。ランニングしてもいいし、酒もOK。

ヘッドホンしたまま、「五輪プログラム」を聴きながら、正々堂々と声かけてもいい。

じきに、いろんな準備は不要になりますが、慣れないうちは、何しようともOKです。





この、たった1人に声かける「1人革命」は、怠け者にとって、最強の起爆剤になる。

まず何度もいうように、人生は無駄なことなど一切やらなくていい。無為でよろしい。

ただ、そこに1点だけ、強制的に面倒なことをやる。危険に挑戦すると、人生変わる。

急に生活にハリが出てくる。集中力が増す。インスピレーションが生まれ、感動する。

実は、命の「生」というのは、「死」を取り入れて初めて始動する。スピンし出すのです。


ただ、この「死」を取り入れて脳をリセットするのも、時間かかると面倒じゃないですか。

正直、瞬間的に終わらせたいですよね。だから1番最初に現れた女に、すぐ行くわけで、

好きなタイプがどうとか、本当、どうでもいい。ウロつくのが面倒だし、疲れるのはイヤだ。

会話も、なるべくしたくない。数秒で終わらせ、さっさと家に帰りたい。もうそれで充分です。

1人声かけた!っていう達成感、その宝だけが手に入れば、他はいらない。実にシンプル。

posted by 家元 at 10:54| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

全ては、もっとラクになるために(1人革命)

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基本的に、人間は何もしなくていい。いや、むしろ何もしないことがメインである。

ところが、そうはさせてくれない。ふと気づくと、自分の体が腹を減らしてしまって、
飲食を求める。残念ながら、それを手に入れるために、外に出なくてはいけない。

そのお金を稼ぐために、何かしら働かなくてはいけない。ただ、これは、あくまでも
オマケにすぎず、やはり基本は、何もしないことであり、最低限、働けばいいだけ。

だからニートやヒッキーだとかも大いに結構。食いぶちがあるなら、何にもしない。

とにかく生きるのは面倒くさい。特に人間関係が1番疲れるので、最低限にしよう。





とはいえ、この世は皮肉である。ひたすら、ラクだけ求めても、ラクは手に入りにくい。

ラクが1番だから、ずっと寝てりゃいい、とはいかない。ずっと寝ていると、疲れてくる。
体が痛くなったり、気が滅入ってくる。足腰が弱まり、血流も悪くなり、結局、ウンザリ。

じゃあ、何だ?ジム行ったり、筋トレとかするってか?イヤなこった、疲れるからしない。
気持ちいいんだろうけれど、イヤだよ、アホくさい。こっちはね、とにかく何もしたくない。

ただし、最低限、歩くのだけはやっておいた方がいい。ただ歩くだけで、血流がよくなり、
気持ちよくなる。歩かないと病気になり、気持ち悪い。結局、気持ちよく生きたいからね。
ずーっとウツの気分で塞ぎこんでいるのはイヤだから、そうなる前に、手を打っておこう。

もちろん、歩くのは面倒くさい。だけど慣れると、微妙に気持ちイイ。そして慣れるために、
何かしら、外出の理由を作っておきたい。冷蔵庫なんかない方がいいね。冷たい飲み物
とか欲しくなったら、外に出ざるをえないようにする。そうして生活の一部に、組み込もう。





まず、閉じこもりがちなヒッキーは、この歩くことから始める。老人達が、あんなにも、この
歩くことを重要視しているのは、そうしないと、すぐ衰えて元気をなくすからであり、犬など、
散歩させるのも、ストレスを解消させるためにする。同じことを、我々は、自分の体にやる。

そうして、この面倒くさいけど、やらないと結局、もっと面倒くさくなる「歩き」をやるわけだが、
さらにここに、もう1つだけ加えることがある。それが、1人の見知らぬ女に声をかけること。

ええ~!面倒くせえ~!と君は抗議するかもしれないが、これをやることで、さらに生活が、
イキイキとし出し、生きるのがラクになるのだ。たった1人に声をかけるなんて、10秒以内、
アッという間に出来る。確かに面倒だが、その面倒なことをやることで、達成感が生まれる。

ラクに生きるためには、こうして一瞬だけでも面倒なことに挑戦する。抵抗がある危険へと、
飛び込んでみる。すると、あら不思議!家に戻ると、いつになくリラックスでき、ラクになれる。

この世は、反対のものを取り入れると、より活性化される仕組みになっており、それを利用し、
自らの生活を、満足感に包まれるようにする。この1人に声かけることを、「1人革命」と呼ぶ。

posted by 家元 at 12:41| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月19日

人間は、基本、何もしなくていい。(ゼロ!)

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あらためまして、私が家元です。性格は一言でいえば、とてつもない怠け者であります。

基本、何もしたくないし、実際、何もしない。何もしないことが最も尊く、最も中心だと思う。

私が自らを、ヒッキーの王様、「キングオブヒッキー」と呼ぶのは、まさにこれがゆえんで、

どんなに君が長年引きこもっていようとも、結局、ネットとかゲームとかばっかしてんだろ?

もうその時点で、世間に出ていってる。そっちがメインになっており、君はヒッキーじゃない。


本当のヒッキーとは、何もしない。ただただ、自分の中に引きこもり、何もせず、そこに寛ぐ。

まさに、そこは自分だけの「家」であり、何でもありの王国だ。その証拠に、何でも手に入る。

欲しいものは全部、想像すればいい。そうすれば瞬間的に、自分のもの。まさに、王様気分。

しかし、そんな想像も、次第に飽きてくる。そして最終的には、何もしないのが1番だと気づく。

ただ何もしないで、考えもしないで、自分の中にいる。それだけで、すさまじい多幸感がある。





よく、酒を飲めないと、人生半分損してるとか言うが、これは、ただの奴隷の戯言にすぎない。

あんなに酒税でボッタくられ、肝臓を酷使して、精神を依存で弱くして、どこの口が言ってる?

そんな面倒な事などしなくとも、何もしなければ、アッという間に多幸感。副作用さえ全くない。

そうはいっても、世間は、あなたに、いろいろ言ってくるだろう。ちゃんと働け、結婚しろだとか、

いちいち、君にはこれが足りない、あれが足りないと言うが、実は幸せには、何にもいらない。


絶対に、騙されてはいけない。何もしないことに対して、義務がある!責任がある!と叫んで、

君を幸せな状態から、引きずり出そうとしてくる。その彼ら自身を見てごらん。不安でいっぱい。

バカな連中だ。そのまま病気になるがいい。いいかい、人間は基本、本当に、何もしなくていい。

これが歴史上の聖者たちが見つけてきた「裏技」であり、真理だ。何もしないと、全て手に入る。

これを「禅(ぜん)」と呼び、ナンパ五輪の前段階である「ゼロ」にあたり、全てはここから始まる。

posted by 家元 at 11:58| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

ナンパの最大の目的は、ラクになること!

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                  (家元・近影)


もちろん、ナンパの目的といえば、多くの女とやりたい、または彼女が欲しい。

そうなるのは当然ですが、こちらは目的としては、あくまでも「陽」の部分です。

その隠れた「陰」の部分では、もっとラクしたい、ラクになりたいを目標とします。

だって生きるのって、面倒くさいんだもの。正直いって、弱者には、生きづらい・・。

競争に勝つパワーのある強者にとってはいいかもしれないが、弱者はしんどい。


仕事や恋愛に関わらず、日常生活そのものが、気を使ってばかりで、疲れます。

ただ道を歩くだけでも、疲れる。カップルを見たら目をそらしたり、女自体も怖くて、

女の集団がいたら遠回りしたりする。常に、人の目を気にして、ビクビクしている。

学校や会社でも、話の輪に入れず、ポツンと1人。いつも自分の殻に閉じこもって、

ただただ、時間をやり過ごすだけ。この不毛な人生を何とかしたい。ラクになりたい。





いまや、ナンパをやる人の多くが、この「ラクになりたい」を目的にしていたりします。

ところが、ネットや本のほとんどの情報は、多くの女をGET!か、彼女を作るという、

わかりやすい「陽」の目的ばかりなので、ほとんどが救われず、結果さえ出ません・・。

たとえ結果が出たとしても、それでも救われないため、さらなる新しい女を追います。

ところが、そこにゴールはない。なぜなら隠された、「陰」なる部分が盲点になってる。


そこで、このブログが登場です。なんせ、徹底して、「陰」なる部分をカバーしまくって、

生きることが「ラクになること」を主目的にしています。そしてラクとは、和することです。

男と女が和んで、和することだけでなく、自分自身が、何の葛藤なく、和して、安定する。

いやいや、難しい説明はいらない。要するに、ラクで気持ちイイ~!それが1番や~ん。

たんに、それだけ。それを求めて、和の道を歩むのが「和道」です。では、始めましょう!

posted by 家元 at 12:52| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

これで、本当に、おしまい。(THE END)

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来月、密かに作っていた「ナンパ脱出プログラム」をリニューアル発売します。

内容もバッサリ短くし、再構築した上に、強烈すぎる新ラストをつけて完結です。

それに伴い、ナンパというものをテーマにするのも終了させたいので、最後に、

しっかり簡単に、ナンパの基本、行き着いた結論をまとめておこうと思いました。





なにぶん、このブログは大量の記事があり、冗長すぎたり、間違っているところも、

多々あります。それは探究の過程として仕方なかったわけで、これから書くものが、

最終的に正しい結論です。まず、それを基準にして、過去の記事も、どうぞ参考に。

では次回より、極地まで到達した(arrival)、 家元からの最後の「メッセージ」です。

posted by 家元 at 13:40| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月15日

本当に、長い間、お世話になりました!

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さて、私の長い旅路は、ようやく、本当に、本当に、終わりを告げます。

そこで、来月より、『ナンパ脱出プログラム(完全版)』を配信することで、
この旅にケリをつけることにしました。以前のバージョンは、実は、未完。

以前のは、月まで到達することが、ゴールでしたが、今回はその先へと、
さらに、巨大ブラックホールの中心(特異点)まで行く、最後の冒険です。

いよいよ、そこまで到達するかと、自分でも腰を抜かす程、感動してます。





でも、それもこれも、結局は、音声プログラムを購読してくださった方々の
おかげです。本当に感謝しています。特に以前の「脱出プログラム」から、
「五輪プログラム(ヴァージョンアップ版)」まで購読された方には大感謝!

よくぞ最後までついてこれたと、心の底からリスペクトしています。そこで、
来月から配信の『ナンパ脱出プログラム(完全版)』は、最後のお礼として、
無料でお送りします。(「第五章(悟)」と「五輪プログラム」をお持ちの方へ)

これは、ある意味、「第五章(悟)」の続きである、「第六章(無)」になるので、
ぜひとも、まとめて、お楽しみください。詳細は、また後日、お伝えいたします。

(なお、「五輪プログラム(ヴァージョンアップ版)」などは今月で販売終了です)

posted by 家元 at 14:41| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月14日

ようやく、落ち着きました。

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最近、あまりにも感動的なことがあり、ここ数日はパニックでした。

本当に、うれしいことって、実感をともなうのに時間差がありまして、

少しずつ現実感が出てきてるが、いまだ、あっけにとられています。

例えば、大事な人が死んだ時、ショックが大きすぎ、なぜか泣けず、

後から遅れて哀しむみたいな、今回はその嬉しいバージョンでした。

posted by 家元 at 13:51| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

ついに到達しました。(夢か?幻か?)

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昨日のことですが、今まで生きてきて、もっとも嬉しいことがありました。

やはり、このセカイでは、まったく予想していない時に、新しい扉は開く。

その真理に、いまだ圧倒されており、もう言葉にならない。感無量です!

posted by 家元 at 15:44| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

I CAN NOT BELIEVE

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What's happened?

posted by 家元 at 13:25| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

僕らの最大の武器とは何か?(ネタバレ注意)





我々は勘違いしています。同じ人間だから、同じ日本人だから、コミュニケーションとれると。

ところが、普通に日常会話ぐらいは通じても、深い部分で通じあおうとすると、途端に難しい。

何となく通じてると思ったら、まったく通じてない。そして、どんなに理屈で伝えても無駄です。
しょせんは相手の狭い思考空間で処理されて、奥まで行かない。相手の中にそもそもない。

子供と話してる時は、理解力がないので、どうしても会話レベルを下げるように、大人相手
であろうと、「あ、この話、通じないな」と思ったら、途中から、話すのやめたことないですか?

特に、ある程度、つきあいが長い相手は、すでに、その人のキャパシティがわかってるので、
「ちゃんと話して!話せばわかる!」と言われようが、絶対にムリだと思うので、もはや話す
気力さえ生まれません。それ位、話が通じる、通じないという問題は、根深いものがあります。





なお今回、映画『メッセージ』を紹介したのは、あれこそがコミュニケーションの基本だからです。

その基本とは「伝わらない」ということ。あれはエイリアンと人間ですから、そんなの前提ですし、
何とかして疎通しようとしますが、しょせんは人と人も、日本人同士でも、伝わりっこないのです。

むしろ、ヘタに通じると思い込んでいるから、いちい会話が盛り上がらないだとか、誤解されたと
落ち込んだりしますが、もともとが誤解しかない。ほぼ誤解につぐ誤解です。それでいいんです。

路上に出ると、道場に入ると、そこはもう、ほとんど誤解しかないセカイです。その中で、懸命に、
意図を伝えようと、和合しようと努める、その姿勢こそが重要で、コミュニケーションの本質です。

意外に外国人との恋愛にハマる人が多いのは、言葉が通じにくいぶん、この伝えようする姿勢、
全身で知ろうとして耳を傾ける、会話の本質がたち現れるから。それなくして、真の交流はない。





ちなみに、映画『メッセージ』では、言語こそが武器である、という話でした。それも言語によって、
時制の認識が変わるという、究極の形を提示してきました。家元も、これには感心したものです。

確かに、言語は性格さえ変えます。よく留学していた女子に聞くと、英語では自己主張できても、
日本語になると、とたんに優柔不断になるらしい。これは主語の後にすぐ述語がきて、ハッキリ
している英語と、主語の後に幾らでも余計なことをつけ加えながら、最後に述語がくる違いです。

また他にも、荒っぽい言語を使うと暴力的になり、オネエ言葉を使うと、本当に仕草が変わるし、
わかりやすい変化ももたらす。しかし、この作用には、もっと深くて凄い何かが隠れていそうで、
研究の価値があるなと興味をもちました。言語というよりも、正確には認識の力でしょうけれど。

それはともかく、表題にある、僕らの最大の武器とは、もうおわかりのように、「伝わらない」こと、
これを徹底して知っていることです。ナンパをすることは、まずは「伝わらない」ことに凹みまくり、
だからこそ真剣にならざるをえなくなり、結果、コミュニケーション能力が伸びていく冒険談です。

知り合いばかりに囲まれ、そこで安心しきってブクブク太っている家畜とは違い、真の会話の力
を求めて危険に飛び込む、コミュニケーションの究極の探究者ですから。そして、そこで見つけた
感覚や認識が、普段の生活にも活きるようになり、知り合いとの会話も、より豊かになるのです。

posted by 家元 at 09:42| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

この人には話が通じない、と思われることの哀しみ





ちょっと前に、会話には、話し上手と聞き上手がある、と書きましたが、これはあくまでも、
簡単に分けただけのもので、本来、もっと深い意味があります。そう単純ではありません。

例えば、口下手な人にとっては、喋り上手と聞き上手ならば、聞き上手の方が簡単そうで、
「ただ真剣に聞いてりゃいいだけでしょ?」となりますが、そんな、表面的なポーズ以上に、
自分の器量そのものを試される。いわゆる精神的な空間の広さや深さがあるのかどうか?

はたして、あなたに、この深い話が通じるのか?共感できるのか?という問題は、実際に、
哀しいほど個人差があります。その人の経験だけでなく、感性の問題になりますから、もう、
数ヶ月とか、短時間で力がつくものでない。一年で、ほんの少し変わればいい程度でしょう。

それだけ聞き上手になるための第四段階<術>は、ナンパの中でも、最も難しい領域です。

ハッキリいって、喋り上手になる第三段階<芸>なんて、これに比べたら、屁みたいなもの。





ちなみに、これを映画で例えるなら、「第三段階<芸>」の映画とは、娯楽の王道になります。

美男美女が出てきて、ドンパチやらかして、展開も速く、派手なシーンが満載の刺激的なもの。

もちろん、こういったベタも楽しいのですが、「第四段階<術>」の映画になると、たんなる娯楽
とは別の、言語化する前の、もうちょっと深い部分をすくいとり、さらに感動して、忘れられない。

あー、そこ!そこを表現する!と気持ちよくなってしまう。言葉にしづらい感覚で胸いっぱいに。


ところが、「第三段階<芸>」しか理解できない人にとっては、あまりに退屈で「何?」ってこと
になりかねません。例えば、映画『メッセージ』なんかは<術>の映画ですから、絶賛する人、
非難する人とに分かれる。そして否定する人にとっては、深い所など全然、見えてさえもない。

いかに彼に、どんなにここが素晴らしいかと細かく語ろうが、理解できないのです。理屈でなく、
精神の深層部分が開発されてるかどうか?の問題ですから、もう絶望的なほど、通じません。

一方で、こういう個人的で繊細な感覚に共感してくれる人がいると、心が通じて嬉しくなります。

だから、話し上手かどうか?よりも、最終的には、この共感性によって、男女は惹きあうのです。

posted by 家元 at 15:26| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

自分だけの究極の「道」を求めて

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ナンパをするにあたって、最も大事なのは、自分だけの「道」です。

絶対に他人と比べない。他人には他人の道があり、無関係なのに、
キョロキョロと気をそらしてしまい、自分の道から外れ、迷ってしまう。

これが多くの他人の動向が知れる、ネットの弊害です。別に、焦らず、
他人の意見も参考程度でいられるならOKですが、もし自分のことを、
他者と比べてダメだと思い込んだりするなら、そんな情報は遮断する。

完全にカットして、自分のやるべきことだけをやる。これが迷わない道!





とにかく、最も身近な足元を大事にして、また同時に、一応の目的も持つ。

たくさんGETしたいのか?彼女が欲しいのか?どの場所でやるか?など、
いわゆる「戦略」を決めるのが「道」です。その目的によって、何をするか、
何を捨てるか、決まってきます。この切り捨てることの方が、より重要です。

あれもこれも、出来やしない。特に、弱者は、ほとんど何も出来ませんから、
1つや2つに絞って、潔く捨てます。ところが、この目的自体、稽古が進むと、
変わってくる。自分が予想していたのとは違う方向に進み、混乱してしまう・・。

実は、「道」というのは「未知(みち)」です。あまりにも意外な展開や結末が、
未来に待っています。また最終的に、出会う相手は決まっているので、もう、
何をしようが、なるようにしかならない、という達観や、サトリにまで到ります。

posted by 家元 at 15:18| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

会話の力は、両極端の中でこそ目覚める!

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何も持たざる一般人が、コミュニケーション能力を向上させるには、

見知らぬ婦女子に声をかける、いわゆる、ナンパをするのが一番。

なぜなら、会話に必要なコツや極意が、ぜ~んぶつまっているから。

特に、今、自分に足りない要素の稽古を重点的にやれば、なお良し。

例えば、あなたは今、以下の4つのうち、どの稽古が必要だろうか?


1、「型」: 声かけに問題がある場合は、不動心をつけるために「型」稽古。

2、「技」: 会話に持ちこめない場合は、柔軟性を養うために「技」の稽古。

3、「芸」: 会話が盛り上がらない場合は、魅力的に演出する「芸」の稽古。

4、「術」: 相手が深い部分まで心を開かない場合は、繊細な「術」の稽古。

(ちなみに、さらに上位である、5の「道」の稽古は特殊なので、ここでは省く)





なおナンパの稽古が面白いのは、1つ1つの稽古が独立しておらず、陰陽的に、

補完しあって、他の部分が伸びると同時に、相乗効果で共に上がっていくところ。

たとえば、1の声かけの「型」はストイックで固くて厳しいが、2の「技」は、柔らかく、

とてつもなくテキトウになる稽古で、まさに正反対。つまり剛と柔で補完しあってる。

ゆえに、どちらか片方だけでは偏ってダメで、両方やることで効果的に成長できる。


 「型」と「技」

 「芸」と「術」



また、3の喋り上手になる「芸」の稽古と、4の聞き上手になる「術」も正反対である。

「芸」を開花させるには、いろいろネタも仕込んでサービス精神を発揮していくのだが、

「術」では逆に、どんどん余計なことをやめていき、ほとんど何もしない引き算の稽古。

つまり、こうして「型」と「技」、「芸」と「術」という両極端の稽古をやるからこそ、伸びる。

これまでの歪んだコミュニケーションの偏りが正され、素直に戻り、無敵になれるのだ。

posted by 家元 at 13:48| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

あなたは話し上手タイプ?聞き上手タイプ?

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会話が上手くなりたいと思う人は多い。しかし口下手な人ほど、大きな勘違いをします。

それは、ペラペラと面白い、マシンガントークが出来るようになりたい!と焦ることです。

自分にないものだからこそ、憧れるわけですが、もしや、そっちのタイプじゃないのかも。

よく、話し上手と聞き上手と言われるように、会話の力は二種類に分かれます。自分は、

受けが得意なのか?喋りが主体なのか?と考えると、やはり口下手な人は受けを選ぶ。


そして、これもまた勘違いな場合が多い。自分に正直になってください。喋り上手の方が、

楽しそうじゃないですか?もし、少しでも興味があるなら、やってみると、案外できたりする。

ただし会話の目的は、上手に喋ることではありません。相手と打ち解けて、楽しむことです。

「会話」とは、心を開いて和する「開和」でもあり、緊張を解き、打ち解ける「解和」でもある。

あくまでも「和」することが目的で、面白いトークだとかは、たんなる手段の1つでしかない。





そういう意味で、相手と「和」するためには、使えるものは何だって使うぞ!の姿勢が正解。

だからナンパでも、相手を面白がらせるために喋ると同時に、聞き上手の稽古も両方やる。

この面白~く喋ることを、第三段階の「芸」と呼び、聞き上手を、第四段階の「術」といいます。

ここでよく勘違いするのが、「芸」の方が難しそうで、聞き上手なら出来そうだな、という感想。

てめぇ、ナメてんじゃねーぞ。そういう人には、この一言を送りたい。だって、すんごい難しい!


まるで芸人のように、マシンガントークで笑わせて惹きつけるのは、その力が、わかりやすく、

多くが納得できます。でも聞き上手の「術」というのは、一見、地味です。たいしたことしてない。

ところが、特別なことしてないのに、女子はあれよあれよと心を開き、気づくとハダカになってる。

いわば聞き上手というより、「開かせ上手」であり、もうね、「術」としかいいようがないんですよ。

ゆえに、マネしやすい喋りの「芸」よりも上位の「術」となりました。ぜひ両方とも磨いてください。

posted by 家元 at 13:28| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする