2017年05月19日

絶対に、声をかけ「よう」とするな!

0end.jpg



ナンパ入門者が、最もやってはいけないこと。

それは、声をかけようとして、止めることである。

別に、慣れてないのだから、地蔵でかまわない。

まったく声などかけなくていい。しかし、この図式、


 声をかけようとして ⇒ かけない


これをやってしまうと、すぐ自分を信頼できなくなる。

しょせん自分の意志など通用しないと、弱体化して、

これを繰り返すほど、負けを重ねて、無力感に陥る。

そんな最悪の状態にハマるのなら、そのほとんどを、


 声をかけようとしない ⇒ かけない


これを繰り返した方が、全然疲れないし、百倍マシだ。

これなら、自己信頼は失われず、パワーも保存される。

ナンパの「守り」とは、この安全地帯の確保のことをいう。

そして、これだ!という時だけ、突如として、指令を出して、


 声をかけようとする ⇒ かける


これを実行する。それも瞬間的に、ためらいなく決行する。

別に、最初は店員だろうが、高齢者だろうが、誰でもよくて、

声かけの台詞も道聞きだろうが、どんなに短いのでもいい。

絶対に外してはいけないのは、自分の命令に従わせること。





とにかく、自分の身体を操作するには、まずは簡単なものから、

手なづけていくのが一番。そうやって、主導権の所在を教えよう。

全然言うこときかないと、不信感だけが募り、ナンパだけじゃなく、

日常や仕事でも、自信を喪失して、最低限のことしかしなくなる・・。

これが怖い。人生がドン底へ向かう。ゆえに「1人革命」からやる。

posted by 家元 at 08:57| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

ナンパを10倍ラクにする方法(盲点!盲点!盲点!)

pic_i004.jpg



ナンパを修得するにあたって、最も過小評価されているのが、声をかけないことです。

これは言い間違えではなく、声をかけ「ない」ことで、声をかけることが「攻め」ならば、
声をかけないことは「守り」になります。この守りを固めない限り、あなたは挫折します。

なぜかというと、我々は最初、不自由です。恐ろしい程に、自分をコントロールできない。
普段の生活では、わりかし自由と思っていても、それは周囲と同じことをし、安全に生き、
枠にはまっているからです。その証拠に、そんなに実感はなくとも、妙な息苦しさがある。

試しに、1人でナンパしてみようとすると、途端に、動けない自分に気づきます。いやいや、
出来るっしょ!としばらく挑戦しますが、あまりの不自由さに愕然とするでしょう。そうして、
自分がいかに社会に飼い馴らされた家畜だったのか知ります。自由なんてなかった、と・・。

そこでまずは、自分自身に「主権」を取り戻すことから始める。これがナンパの第一段階。





まぁ「主権」とはいっても、簡単なことです。要は、自分の身体に命令して、動かすことです。

自分の身体は、結局のところ、意識の乗り物にすぎず、ペットみたいなもので、この動物に、
指令を与えてコントロールするのが、あなたの役目です。ところが、長年の怠惰な生活から、
この動物は、ちっとも言うことをきかなくなっている。実際、声かけさせようとしても動かない。

だから、あたかも芸を仕込むようにして、訓練しないといけません。それも最初は簡単なもの、
たった1人に声かける。ここから始める。そして、それは絶対に、言うことをきかせる。最初が、
もっとも肝心。なぜなら最初にナァナァですますと、その後も、言うこときかなくなるからです。

ゆえに、声かけようとして、やっぱり止める、という中途半端なスル―が、一番の害悪となり、
これを繰り返せば繰り返す程、この動物は、言うこときかなくていいんだなと、ナメてきますし、
あなたも、すっかり自信を失くします。指令を出しても動かないのでバカらしくなり、疲れます。

そりゃそうです。言うことをきかなくていい訓練をしてしまったのだから!しつけの大失敗です。





そうなるともう、わかりますよね?まず自分の身体には、絶対に出来ることだけをさせること。

そして、出来ないことはやらせない。つまり、無闇に、声をかけさせない。ところが次から次に、
ガンガンに声かけさせようとして、出来もしないのに焦らせ、かえって、自滅させてしまいます。

そんな「攻め」よりも、声かけなくていいと、何もするなと、身体を守ってあげる。何てったって、
声かけようか?どうしようか?と迷っている時が、一番疲れます。ハッキリと、声をかけること、
声をかけないこと、ONとOFFを分けていれば問題ないのに、その中間に、いつもいるのです。

これを「間」といいますが、この「間」は身体が一番弱体化している時で、ここに「魔」が差して、
結局、何も出来ずに終わったりする。だからこそ、できるだけ「間」を減らすように、心がけては、
身体が消耗しないように世話します。そうなると「声をかけない」という指令が重要になってくる。

声をかけよう、声をかけようと、ウロつくのではなく、ほとんどの時間を「声をかけない」状態にし、
安全地帯におく。そして、ここぞという時だけ、パッと命令を出して声かけさせ、ダメならば、すぐ、
止めさせる。このしつけをするだけで、あまりにナンパがラクになり、あなたは感動するでしょう。

posted by 家元 at 08:47| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

そのほとんどが、ナンパを挫折する理由・・。

photo0000-2281.jpg



まずナンパワールドの入り口には、狭い門がある。それが、ただ1人に声をかけること。

1人に声かけることさえ出来たら、もう君はナンパワールドの住人で、立派な修行者だ。

しかし、この1人にも、声かけれないなら、さっさとナンパなんか、あきらめるべし。つまり、
向いていない。ただの腰ぬけ。何と言おうが、たんなる外野にすぎず、発言権も全くない。


とにかく、アッという間に、1人に声をかけること。そのためには、外出してから現地までに、
テンションを高めていくのが有効。助走として「五輪プログラム」を聴いたりすれば、絶対、
声はかけられる。このプログラムはノウハウ以上に、戦威高揚のために作ったのだから。

他にも、あえてランニングして血流を高めたり、何か食べたり飲んだりして血糖値を上げる。

発声練習する。歌う。などなど、どんな手を使ってでも、アッという間に、1人に声をかける。

そこまでしないと、内向的な人間が、見知らぬ他者に声などかけれない。しかし逆にいうと、
ここまでするなら、それはそれは簡単に1人などクリアできる。あっけない作業にすぎない。





さて、ここまでは、ほぼ全員がクリアする入口だが、問題は、ナンパワールドに入ってから。

さらに10人以上に声かけて、結果も出していく段階になると、もう悲惨な程に次から次へと、
挫折していく。ナンパワールドには、石像がやたらゴロゴロ転がっているが、それらは以前、
地蔵のまま挫折し、息絶えた修行者たちの亡きがらである。彼らには、何が起こったのか?

一言でいえば、彼らは「間」というものに捉えられ、自滅していったのだった。声かけようとし、
声かけれず、周囲の視線を気にして縮こまり、ウダウダと中途半端な迷いの中にて、死んだ。


では、どうすれば、この「間」にハマらず、生き延びることが出来るのか?それは単純な話で、
「迷い」を徹底して避けること。つまり、声をかけようか?やめとこうか?なんていう優柔不断、
これを絶対にしない。この中途半端な状態が一番疲れ、エネルギーを恐ろしく消耗するので。

誰しも、ただウロウロ歩きながら、スル―ばかりしてたら、すんごい疲れた経験があるように、
あのどっちつかずの状態が「間」にハマった状態で、これを避けるためには、すぐに行くこと!

または逆に、声かけない!と完全にOFFることの、わかりやすい、二つの状態だけを心がけて、
修行すればいい。ところが、この「声かけない」というOFFが、声かけるよりも、遥かに難しく・・。

posted by 家元 at 13:50| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月13日

引きこもりながら、声をかける極意

fuan.jpg



ナンパをするためには、とにかく、フレンドリーで他者へと開いてなくてはいけない。

外向的にならなくてはいけない。そう思って無理している弱者は多い。これが最悪・・。

もともと内向的なのに、そんな不自然なことをするから、すぐに疲れて自滅するだけ。

そんなことよりも、逆に、内向的でいようと意識するべきだ。なぜなら、自分の中こそ、
安全地帯なのだから!隙あらば、ひたすら自分の中に閉じこもって、自分を守るべき。

むやみに、他者と関わろうとしないこと。実は、これがナンパの声かけの極意でもある。


いやいや、自分は、いつも内向的だぞ!と、だからこそ地蔵して、声かけれないんだよ。

そう言う人もいるだろう。頭の中でゴチャゴチャ考えてばかりで、内向してばっかだよ、と。

それが大きな間違いなのだ。本当に、君は内向してるのか?よく自分を観察してごらん。

まず声をかけようとする女子を見て、どんな反応するんだろう?と、無理そうだなー、とか、
いろいろ考えるのなら、君は外向している。さらに周囲の視線を気にするなら、もう完全に、
外向している。だって意識が外側に向かって、外部に関して憶測したりしているじゃないか。

内向するというのは、外部をシャットアウトすることだよ。そうして、自分の中に引きこもる!





実際、引きこもるとは、どういうことか?上の画像を見てほしい。手前のロケットが君であり、
離れたところにある発射場が、声をかける女子だとしよう。ただ、自分と相手がいるだけだ。

ところが両者の間には、霧のようにモヤがかかっている。なんだか不穏だ。これが「間」で、
ひたすら人を惑わせ、迷わせ、地蔵に陥らせる要因である。例えば、まず声をかけるには、
自分から相手に向かって、ただ一直線に進めば、短時間で確実に、すぐに声をかけられる。

ところが、ナンパに慣れていない者は、そうはいかない。ターゲットを見つけて、さぁ行こうか、
どうしようか、と迷う。いちいち考える。この時、すでにモヤの中に足を踏み入れてしまって、
視界が悪くなっている。すると見えないので不安になり、やはり止めようということになりがち。

自分と相手の「間」にハマり込み、そこに漂うケムリみたなものを吸い、酔ってしまうのである。
これが「間」に酔うことであり、「間酔い」といい、弱体化の原因だ。それだけ「間」とは恐ろしく、
「間」でグズグズしていると、すぐに「魔」が差し、動けなくなる。マイナスの思考が働いてしまう。

周囲の視線を気にするのもそう。いったん「間」に入ると、周囲のものが全て「魔」に見えてくる。


だからこそ、自分とターゲットにある「間」に対して、瞬間的にパッと一直線で進まなくちゃダメ。

グズグズしてると「魔」が差して、足がすくんでしまう。もちろん、このすぐ動くことの重要性など、
君は、すでに3秒ルールなどで、よく知っているだろう。ここで言いたいのは、そんな攻めでなく、
守りの方であり、それが自分の中に引きこもることだった。この安全地帯なくして、攻めはない。

結局のところ、もともと内向的ならば、できるだけ外部の情報を遮断して影響を受けないように、
内側に入りこむことこそが、最大の守りになる。だから声かける時も、まともに周囲など見ずに、
最低限、車にひかれたり、人にぶつからない程度に気をつけて歩けばいい。キョロキョロしない。

つまり、この状態は「声をかけない」、「何もしない」ことを意味する。ところが、常に声かけようと、
前もって何かしなくちゃいけない、と考えるから、ずーっと迷いの「間」にいることになり、そうして、
パワーを浪費してしまう。ドラクエなどのRPGで、道から外れて進むとHPを消耗するのと同じだ。

だから「間」に入ってはいけない。外部情報を最小限にして、セーフモードで歩くべし。それだと、
声かける相手に気づけない、と思うのも大間違い。大丈夫!勝手に、目の前に現れる。その時、
気づいた瞬間に、サッと前進して声かける。それ以外はスイッチをOFFにする。これこそが極意。

posted by 家元 at 12:08| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月12日

「攻め」よりも「守り」を忘れて、自滅する男達

pic_g357.jpg



本当のことを言ってしまうと、実は、声をかける程度のことなんて、めちゃくちゃラクです。

なんたって、パッと行って、発声するだけのことで、たいして、パワーも時間もいりません。

そんな本来は誰でも出来るような、素朴な事なのに、なかなか思い通りにいかず、苦しむ
人が多いのは、一体、なぜなのでしょうか?どこかやり方が間違っているのかもしれない。

そこで最も注目されるのは「勇気」のなさです。なかなか行けないので、さぁ飛び込め!と。

これは、その通りです。もう耳にタコだろうし、自分自身にも言いきかせていることでしょうが、
それでも、なかなか声かけれません。出来たとしても、少し声かけただけで、もうヘトヘトです。





そうして、たった10人に声かけることさえ出来ない男が続出し、彼らは結局、自滅してしまう。

別に誰かに邪魔されたり、倒されたのでもない。完全なる「自滅」です。そして、多くは単純に、
自分の勇気のなさを原因にしたがりますが、それは「攻め」の部分でしかない。そんな事より、
実際は「守り」が弱いのです。「守り」があまりにも弱すぎるので、連動して「攻め」もいけない。

そもそも、守ろうとさえしてません。さぁ行くぞ!声かけるぞ!と、「攻め」ばかりに気をとられて、
自分を守る意識さえない。そりゃあ、コテンパンにやられる。無駄な苦労ばかりで、自滅します。

まず一番大事なのが「守り」です。「守り」あっての「攻め」ですから、最初に固めておくべきで、
それが安全地帯の確保でした。とはいえ、安全地帯は、どこにあるのでしょう?答えは、簡単、
自分の中です。他者からの影響を受けないよう、完全に自分自身の中に、引きこもることです。

実際に、声かけの最中は、ほとんどが、このヒッキーの状態で過ごします。これで無敵になる!

posted by 家元 at 09:13| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月11日

失われた安全地帯への回帰・・・。

0calling.jpg



さぁナンパだ!と街に出ても、結局、なかなか声をかけられず、疲れ果ててしまう。

または、少しは声がかけれたのに、何回かスル―した後で、急にやる気が失せる。

こういうことは、よくある。気持ちだけ焦って、実際は思うように行動できず、苦しい。

ある時は、次から次へと声かけれて、無敵状態だったのに、違う日には、完全地蔵。

中には、根性だけで、ひたすら毎回声かけまくるが、もうボロボロで悲惨な人もいる。


いずれにせよ、多少なりとも、これら「声かけ」に問題を抱える者には、盲点があった。

それが何か、わかるだろうか?はたして、どこが悪いのか?なぜ無駄に苦しむのか?

実は、声かけで、最も盲点になりやすいこと。それは「引きこもる」ことの大切さである。

彼らは、まったくもって、引きこもっていない。苦しむのは当たり前で、無力感も、当然!

もっと積極的に、自分の中に、引きこもらないといけない。そこが、安全地帯なのだから。





では、引きこもるとは、どういうことか?これは我々、内気な者にとって、得意技でもある。

例えば、よく自分の殻に閉じこもってるとか、パーティーとかで皆で話してる時、1人だけ、

黙りこくって自分の世界に入ってる人かいるが、まさにあれ。他者など拒否して内向する。

なぜ、そんな風に閉じこもるかというと、外向しないで、関わらなければ、傷つかないから!

あれは、立派な自分を守るための防御である。ゆえに、まずは、この安全地帯こそを確保。


ところが、いざナンパしよう!となると、声かけよう、声かけようと、外へと出ていこうとする。

とにかく、安全地帯から出るためにやるのを目的とし、引きこもることが「悪」になってしまう。

すると、ずっと自分の中で戦いが続き、落ち着かずに、不安と焦りの中で、自滅していくだけ。

これが大いなる間違いであり、実は、自分の中に引きこもることを、メインにするべきなのだ。

つまり、普段は安全地帯の中にいて、声かける瞬間だけバッと出て、その後、すぐに戻ること!

posted by 家元 at 15:19| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月09日

声をかけること、その最大の盲点とは?

pic_c089.jpg



現在、日本男児の何万人、何十万が悩んでいることといえば、ナンパの声かけです。

どうしても声がかけれない。ゴチャゴチャ考えて、緊張で身がすくみ、自由になれない。

この最悪の原因は、「間」です。変に「間」をあけるから、考えてしまうし、逃げてしまう・・。

だから、いっそのこと「間」を殺します。まず現地に着いたら、瞬間的に、1人に声かける。

最初こそが全てで、これを習慣づければ、人生が動き出すので、「1人革命」と呼びます。


さらに今度は、「間」をあけず、次々と連続で10人に声かけるのが、「10人解放行」です。

声をかける対象を選ばないで行くことで、思考が働かず、加速が起こり、無心になれます。

普段ならビビって声かけれないような、超美人にも行けるし、逆に、見落としがちなタイプ、

縁がないと思っていた人が、意外に良かったりと、発見も多く、突然に成功したりもします。

それもこれも、加速することによって、「間」を殺し、思考に邪魔をさせなかったからでした。





ところが、話はそう単純ではありません。次から次へと声をかけることは、確かに簡単です。

しかし、夢中になって出来たかと思ったら、日にちが変わると全然出来なくなってしまったり、

「間」を殺そうとばかり思うため、焦ってばかりで疲れ果て、ボロボロになる人も多いのです。

そもそも、完全に「間」を殺すことは出来ない。相手との空間的な距離があるため、必然的に

「間」は生まれます。そこで、思いっきり加速することで、最小限に出来るだけという話でした。


では、自由になるためには、どうすればいいのか?その秘密を握るのは、やはり「間」であり、

この「間」をどう扱うかによって、まるっきり変わってきます。そこで、今度は、逆のアプローチ。

積極的に「間」を殺さず、「間」に介入しない、「間」を放っておいて、引き下がる方法があります。

これが恐ろしい程の盲点なのです。断言します。現在、地蔵で悩んでいる人の多くは、これで、

救われるでしょう。あまりに単純なことなのに、この視点を持っていない!(次回に、続きます。)

posted by 家元 at 08:41| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

10人連続で声をかける、巨大なメリット

p82361381.jpg



ナンパが、どれだけ男の人生全体に、良い変化をもたらすのか、多くの者は知らない。

たんにチャラチャラと、女遊びするだけの無駄なヒマつぶしに見えて、かなりの硬派だ。

まず単純に、たった1人でいいから、声かけてみたまえ。それも誰でもいいから、すぐに!

まず選んではいけない。けっして「間」を浪費せず、ナンパにかける時間も最小限にする。

すると君は気づくだろう。日常生活でも、苦手だった事に、すぐ着手できるようになるのだ。


どんな物事も、手をつけるのが最も難しい。それが1人に声をかける習慣だけで、身につく。

すると人生全体も、ジワジワと変わってくる。ゆえに、これを大げさでなく「1人革命」と呼ぶ。

ただ、この「1人革命」は、まだ変化もユックリで、気づいたら変わってる程度であり、もっと、

即効性があるのが、10人に声かける「10人解放行」である。これは「解放行」というように、

文字通り、心身が解放される。心の底からスカッとして、集中力もハンパなく、ついてしまう。





例えば、受験勉強をしてるとする。外に出るヒマなどないので、家で食事して勉強するのだが、

これが眠くなるし、あまり集中力が続かない。ところが外に出て、10人解放行をして戻ってくる。

すると不思議なことに、いくら勉強しても集中力がとぎれない。眠くならずに、バッキバキとなる。

「1人革命」は、物事をスタートさせる力をつけるが、「10人解放行」は直接、集中力を増強する。

グーッと入っていき、無心になるための稽古だ。なんせ没頭でもしないと、声なんてかけれない。


このように、ナンパの第一段階では、自らの能力を上げて人生をよくするためにも稽古を行う。

男が元気になれば、この日本も活性化する。そのために女達に協力してもらうのだ。もちろん、

「10人解放行」は結果も出やすい。なんたってスピードをつけて加速するため、その勢いから、

普段、声かけれないようなイイ女にも行けてしまうし、夢中でやるので、相手を巻きこみやすい。

自分の狭い枠から飛び出すため、想定外の事が起こる。その美しさに、君は圧倒されるだろう。

posted by 家元 at 08:58| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

なぜ迷いが生まれるのか?(迷いの正体)

katana6.png



あまり声をかけれない、ナンパ初心者が最も簡単に、地蔵を脱出できるのは何か?

それは意外なことに、次から次へと大量に声をかけることである。これなら、出来る。

考えすぎの人もそう。自信がない人もそう。皆、同様に、大量声かけなら楽勝だった。

なぜなら、そこには「間」がないから。「間」があると考えてしまい、グズグズしてしまう。

その結果、身がすくんで動けず、ウロウロして終わる。その全ての原因は「間」にある。


弱者にとって、「間」があるとロクなことにならない。マイナスのことばかり考えるだけだ。

だから「間」を殺す。「間」をあけないで、次から次へと声をかける。すると簡単に出来る。

ところが「間」をあけると、途端に臆病風が吹いたり、自分なんかダメだと落ち込むだけ・・。

よく「魔が差す」という言葉があるように、「間」があると、まさに、「魔」に魅入られてしまう。

いわゆる、マトリックスのプラグが脳に差しこまれて、パワーをごっそり奪われるのだった。





どうしてもナンパ初心者は、「間」があると、「間」に酔ってしまう。思考が働き出してしまう。

つまるところ、「迷い」とは「間酔い」であり、「間」に酔う、それも悪酔いすることを意味する。

結果、フラフラになって彷徨い、素早く動けず、気持ち悪くなるだけで、何も得るものはない。

だから、まずは、たった1人にさっさと声かけて終わらせる「1人革命」で、「間」を殺していく。

ナンパ入門者は、ここから始めるしかない。そうしないと、「間」に溺れ、からみとられるだけ。


とにかく、「間」こそが、最大の害悪であり、自らの「刀」で切り捨てるべき、最初の敵である。

我々が持つ「刀」は、自らを縛っている鎖を切るために、思考を切るためにある、と伝えたが、

正確には、「間」を切り捨てるためにある。思考が生み出させれる根源が、「間」そのもので、

思考という幻想自体と闘っても、無意味であり、大元の「間」を断ってしまえば思考は消える。

ゆえに「間」を切って、切って、切りまくる。それが10人解放行といわれる、連続の声かけだ。

posted by 家元 at 08:35| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年05月01日

「声をかけない」という、最も大切な決断

katana4.png



ナンパで最も悩ましいのは、最初の声かけである。どうしても、自由になど行けない。

日によって安定しないし、すごく疲れる。実は、ここには見落としがちな、盲点がある。

それが「声をかけない」という決断だ。通常は多くが、声かけることばかり考えている。

しかし実際は、結局、いい女が現れても、声かけれずにクヨクヨと悩み、迷うはめに・・。

そんなスルーばかりしている自分を無意識的に責めては消耗していく、この地獄絵図。


ここから脱するためには、声かけたくてもかけれない、という最悪の矛盾を除外すること。

いいかい、我々にとって問題なのは、声をかけないことではない。中途半端な迷いなんだ。

だから、むしろ声かけないことを決断しなくてはいけない。出来ないことは、一切やらないと。

要するに、ほとんどの状況では、声かけないと決めて、自分が最も出来そうな状況でのみ、

声をかける。残りはスッパリ切り捨ててしまう。これも「刀」を使った決断であり、「力」となる。





ナンパの第一段階は「型」の稽古といわれるように、すべてを、ハッキリさせないといけない。

そこにあるのは、声をかける、かけない、というON、OFFの二種類だけであり、中間などない。

むしろ迷いという中間を許してはいけない。それはバグとなり、我々をジワジワと蝕んでしまう。

だから、まだ、ほとんどの状況で声かけれない地蔵であるなら、堂々と、声かけないと決める。

そして、最も簡単にいける状況でのみ、声をかける。それだけは絶対にやるが、後は、捨てる。


あれもこれもとやりたがり、いつでもどこでも声をかけたい、というのは幻想にすぎず、毒となる。

弱者が出来るのは、せいぜい、1つだけ。だから1つだけを選び、そこに全パワーを集中させる。

それでも思考は、他にも出来る、いろいろ出来るとそそのかしてくるが、断乎拒否し、1つに絞る。

例えば、道聞きしか出来ないなら、まず街についたら、目についた女性に10秒以内に声かける。

そして、さっさと帰る。街の滞在時間は30秒でいい。何よりも毒なのは、迷いの時間なのだから。

posted by 家元 at 12:55| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年04月30日

結局のところ、決断力さえあれば、何とかなる。

katana5.png



現代の日本は、自信がない男が増えています。なんだか中途半端で、不安だらけ・・。

とはいえ、自信をつけたいと思っても、あまりに漠然としていて、結局、何も出来ない。

しかし本来、自信なんかどうでもいいのです。我々に必要なのは、実は、決断力です。

決断する力さえつければ、自信なんて、後から勝手についてくるので、考えなくていい。

とにかく、決断力。決めて断つ力だけを鍛えれば、面白いように、自由に行動できます。


この決断力を鍛えるのに最適なのが、ナンパの第一段階、声かけです。実際に我々は、

普通に生活していても、経営者とかでない限り、なかなか決断する機会さえありません。

そして使ってないから、さらに鈍っていき、ますます決断できなくなって、弱体化していく・・。

男がフヌケになったのは、結局、この決断力の欠如でした。自分では何にも決められず、

周囲をキョロキョロ見ながら、おとなしい家畜同然の奴隷。彼らに必要なのは、「力」です。





そこで、声をかけます。ハッキリいって、そんな行為など恥ずかしいし、怖いし、面倒です。

自分の思考は「やめよう」と囁いてくる。それを断ち切って行くことで、決断力がついてくる。

この決断は、あたかも「刀」でもって、奴隷の鎖をスパッと切り捨て、身を前に投げ出す感じ。

そして最初こそ、声かけるのは大変ですが、やればやる程に、慣れていき、簡単になります。

これは「刀」を研いでいくと、切れ味が増していくのと同じ。決断力は、研ぎ澄まされるのです。


どうしても初心者は、気が重くて、なかなか声かけれません。まだ「刀」に慣れていないため、

「刀」を持つだけでも、その重みで疲れてしまう。しかし慣れてくると「中心」が出来てくるので、

まず構えがよくなり、サッと「刀」を振れるようになる。さらに稽古を続けるとスピードが増して、

目にも止まらぬ速さで、決断してます。要は、自分の体が、無意識に動いているような状態で、

その時にはもう、自分の「刀」が、あまりに切れ味が鋭い、伝家の宝刀へと成っているのです。

posted by 家元 at 09:00| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年04月27日

GW直前!ナンパ遠征について

pic_b036.jpg



先日、とんでもない質問をもらいました。え~っ!ウソでしょ?と信じられなかった。

それは、ナンパ遠征先での地蔵の悩みについてで、簡単にいうと、こんな感じです。


 「観光に時間をかけて疲れてしまうからか、結局、殆ど声かけずに戻ってしまう。」

 「こちらが大荷物だったり、予期しないタイミングで現れて、スルーして落ち込む。」


そこで、スル―して落ち込んだ後の、気持ちの立て直し方を、教えてほしいとのこと・・。

これは驚きです。ナンパをナメてます。まったく真剣さがない。いや、当人は本気です。

しかし、真面目に頑張るのと「真剣」さは、まったく別。「真剣」というのは、刀を使うこと。

真剣で無駄なものをスパッと切り落とすんですね。上の例でいえば、もはや観光なんて、

一切やる必要ない。観光で疲れるなんて本末転倒。声をかける以外は、寝てればいい。





実は、こんな簡単なことが出来ていない人は、たくさんいます。あれもこれもとやりたがる。

せっかく行くんだから観光も、というのは普通ですが、パワーが拡散するので、あきらめる。

また上の例でいけば、「大荷物の時に、声かけられずスル―してしまい、落ち込む」なんて、

あまりに愚かです。なぜなら、大荷物の時なんか、疲れるから、声かけなくていいんですよ。

出来もしないのに、いつでもどこでも声かけようとする、その欲張りが、逆に、足を引っ張る。


弱者の戦略は、とにかく無駄を削ぎ落とすことです。自分のパワーが少なく限られてるので、

どこに一点集中させるか?を考える。荷物なんか、すぐロッカーに入れるし、観光などしない。

そして元気なうちにババッと声かけて、昼食に名物なんかを食べる。その消化熱を利用して、

食後にまた声かける。消化が進んで眠くなってきたら、ホテルにチェックインして、昼寝します。

そしてシャワー浴びて、回復した体力でもって、最後の声かけ。という風に、ちゃんと計画する。


それをダラダラと、いつでも声かけよう、なんて彷徨ってたら、結局、出来ず、全てが中途半端。

だからこそ、真剣に、戦略を練ること。戦略とは「略」すことですから、ほとんどを切り捨てます。

これもいらない、あれもいらないと、刀で斬るのです。そうして最も重要な1つに、全てを賭ける。

ナンパ師の「刀」は、瞬間に飛び込むだけでなく、研ぎ澄まされた「戦略」のためにもあるのです。

(ゴールデンウィークに短期集中する方のために、『五輪プログラム』も一日配信を始めました。)

posted by 家元 at 08:56| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年04月26日

日本刀の切れ味を保つために、ナンパせよ!

katana3.png



世間には、自分に自信のない奴隷ばかりです。彼らは中途半端で、ただの腰ぬけ。

周囲の動向ばかりキョロキョロ見ては、不満ばかり。かといって、その家畜状態から、

出ることはありません。何か新しいことをやるにも、出来ない言い訳ばかり言ってくる。


「いや、でも・・」

「いや、でも・・」

「その前に、質問があります。」

「いや、でも・・」

「その前に、質問があります。」

「その前に、質問があります。」


ナンパの第一段階(声かけ)において、すべての思考は、逃げである。そう、すべて!

なぜか声かけれないと質問してくる者は、どんなにその質問に答えても、地蔵のまま。

10年間は頑張って優しくしたが無駄だった。結局は、つべこべ言わず、行くのが正解。





奴隷には、欠けているものがある。それが決断力です。これがないから、家畜になる。

これがないから自信がない。これがないからモテない。不安ばかりでパワーが出ない。

この決断力こそを鍛えなくちゃいけないというのに、そこから逃げて見ないようにしてる。

他人に決めてもらうとラクだからです。自分で責任とらず、他人のせいにしたいからです。

そうしてるうちに、決断力は鈍りに鈍り、何も決めれなくなり、最後は病気になって、死ぬ。


つまり、この決断力を鍛えるのが、声かけです。もう声かけるのが苦手な人ほど、効果的。

いろいろ言い訳が出てきたり、やめとこうかな?と迷うところを、そんな思考を無視して行く。

つまり、思考との繋がりを、日本刀でズパッと斬って、前進するわけです。これが決断です。

そして、この決断を繰り返すほど、日本刀の切れ味もよくなっていく。これがしばらく使わず、

放置しておくと、錆びてしまったり、刃こぼれする。ゆえに定期的に使っては、刀を研きます。

posted by 家元 at 12:55| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年04月25日

ナンパ師は、現代のサムライである。

katana2.png



我々は、わりかし自由に、平和に生きていると思っていた。どころが、何かが違う。

どこか不満であり、おぼろげな不安がつきまとう。なぜならニセの自由だったから。

我々は騙されていた。ニセの自由だけが与えられ、牧場にて飼い馴らされていた・・。

試しに、たった1人の女に声かけようとするだけで、自分の不自由さに気づくだろう。

たかがナンパだろうと馬鹿にしていた、軽い行為の初っ端でも、身がすくんでしまう。





声をかけるというのは、ニセの安楽に囲まれた牧場から、外へと飛び出すことである。

その際、自分に繋がれた首輪や鎖を、断ち切らなくてはいけない。それも、すぐさまに!

マトリックス牧場への誘惑はしぶとい。どんなに遠くへ逃げても、それは追ってくるだろう。

しかし我々には、それを一刀両断できる「真剣」がある。何無派師にとって、最大の武器。

この腰に差した「刀」が、鎖を断ち切る極意。声をかける原動力。「刀」こそが「力」なのだ。

posted by 家元 at 08:34| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年04月24日

まずは「和」のナンパ入門者へのプレゼント。

katana1.png



これからナンパを始める者、それも、日本の風土に合った「和道」を愛する者へ。

安っぽいアメリカかぶれのナンパにウンザリし、心身を極限まで開くと決めた者へ。

やたらと他者の情報に縛られた「家畜」状態に辟易し、真の自由を求めたる者へ。

そんな「和道」の門をくぐる入門者たちには、すべからく最強の武器が贈呈される。

その武器とは、どんな思考や迷いもスパスパと切り捨てる「日本刀」、真剣である。





これから「和の道」を歩む者は、常に腰に、斬れ味バツグンの「刀」を差すことになる。

もうカタギじゃない。家畜ではない。自由を標榜する、立派な「何無派(ナンパ)師」だ。

もちろん、この「刀」は、実際に持つと銃刀法違反で捕まるので、想像上のものである。

しかし、これは「何無派師」ならではの覚悟を具現化した、ガチで使いこなすべき武器。

なぜなら、決断力というのは、決めて断つこと。余計なものは、すべて斬り捨てるのだ!

posted by 家元 at 08:48| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年04月23日

武士道を超える、ナンパの確立へ(和道建立)

iemoto_w1.jpg



あらためまして、私が家元です。当初は、半ばフザけて名乗っていた、この称号。

20世紀少年の「トモダチ」に対抗して、なんとなく「イエモト」にしていただけでした。

ところが、ここにきて、ガチで「家元」になろうとしている自分に、驚きを隠せません。

それだけ、たんなるナンパというものに、凄まじい可能性を見つけてしまったのです。

これは最後に、まとめておかなくては!と姿勢を正しました。だって他に誰が出来る?





私はナンパを、人と人とが和する道と捉え、「和道」として完成させようと決めました。

具体的な戦術としては、『ナンパ五輪プログラム』にまとめましたが、これとは別です。

あちらが宮本武蔵による「五輪書(ごりんしょ)」ならぬ「五輪音(ごりんね)」であるなら、

このブログは、もっと大きな概観としての書であり、新渡戸稲造の「武士道」になります。

それも、もはやパロディですまさず、ガチで「和道」を、武士道を超えたものにするつもり。

(日本の歴史上、かつてない程に、とんでもなく、カッコよくします。)

posted by 家元 at 08:47| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

ふたたび戦争の時代へ向かう今、何をすべきか?

pic_d026.jpg



引きこもりはラクで、楽しいです。全部、自分の思い通りにいくから、最高です。

ところが、ずっと1人だと、いつの間にか停滞します。皮肉にも、他者と関わり、

多少は大変な目にあった方が、1人でいる喜びが増大する。だから、ナンパ。

見知らぬ他者と、短時間でも交流することで、自分の世界を構築し、破壊して、

更新していく。それも自分の好きな情報で固めて、世界観を自由に創造します。


これをセカイ系のナンパと呼んでいました。ある程度、女性と関わるとはいえど、

自分勝手な趣味の世界に閉じている傾向が大きく、極めて内向的なナンパです。

私も、これで満足していたのですが、そこにある時、東日本大震災が起こります。

あの地震で足らぬ、津波に原発事故という衝撃に、私のセカイは、揺さぶられた。

命の危険を感じ、逃げようとまでしたし、強い「現実」によって、人生観が変わった。





つまり、自分の趣味的な世界観の構築など、大きな現実の前では、あまりに脆弱・・。

もろくも崩れ去り、アタフタと震災の現実の前で、右往左往したのです。しょせんはね、

平常時に、頭でこさえたものなど、吹けば飛ぶようなもの。これでセカイ系は、やめた。

そこで、さらに日本の伝統を勉強するようになった。より強固で安定した材料を使って、

自分の世界観を再構築しようとしたわけです。これが、自分の家を作る「家系」ナンパ。


まぁ結局のところ、自分の趣味的セカイで固める点では「セカイ系」と同じです。ただし、

多少は「私」的から、「公」的にシフトしてきています。特に、日本に昔から伝統している、

修験道から、落語や武術を取り入れることで、独特の安定感を持ったナンパが出来た。

ところが去年、私は本物の「死」に直面します。いわゆる臨死体験で、真理を見てしまう。

その結果、とんでもない変容が起こり、自分の使命も知った。それが「和道」の確立です。

posted by 家元 at 15:19| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年04月21日

さて、最後のメッセージは届いたかな?

22.JPG



本日をもちまして、『ナンパ五輪プログラム』の初陣の配信が完了しました。

50日間、本当にご苦労さまでした。しかし、究極に伝えたかった事は少なく、

実は、あのラストの数行こそが魂のメッセージです。だからといって、ここに、

今、それを書いても、何も伝わらない。あれは、音声だからこそ、伝わるもの。

というよりも、あれに到達するために、それまでの12時間半があったのです。





はたして、自由を求めてナンパに飛び込んで、12年半。どこに到達したのか?

その最終の答えは、『ナンパ五輪プログラム』にて完結しました。そしてお次は、

このブログです。今度は、その先へと向かいます。それがナンパの大系化です。

以前より、ナンパを日本の伝統で装飾してきましたが、あくまで趣味的な遊びで、

不完全でした。ところが、ここにきて、ついに結実し、大輪の花を咲かせたのです。

posted by 家元 at 14:47| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

世間にバカにされようと進め!我が道を!

0syuraroad.jpg



ナンパとは、世間から冷笑され、無視され、バカにされるための修行である。

我々が最初に相手するのは、女個人個人というよりも、集合としての世間だ。

そんな世間に穴を開け、突きぬけていくには、1点に集中しなくてはいけない。

意識を拡散させてはいけない。細~く小さく、意識を集中させ、とがっていこう。





我々は周囲の意見に左右され、いい格好ばかりしようと、動けなくされている。

でもバカにされるのが平気にならないと、仕事でも何でも自由に出来っこない。

しかもバカにされる痛みを超越した者は、必然的に、他人をもバカにしなくなる。

ナンパが「和の道」と呼ばれるゆえんは、ここにある。小賢しさよりもバカ革命!

posted by 家元 at 14:44| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2017年04月14日

戦後のナンパ教育の弊害(今こそ、スタンド使いへ)

pic_g190.jpg



弱者が、街で声をかける時、周囲の視線が気になります。臆病で内向的なので、仕方ない。

この恥の文化を中心とした日本で、街中で声をかけなくてはいけない、これは難しいことです。

ナンパというのは、和の道ですから、常に矛盾を抱えます。実際、声をかける時、周囲ばかり、
気にしていたら、恥ずかしくなり、まず声かけれません。これが無言の同調圧力というやつ・・。

なんたって、声かけないのが普通なんですから。そこから飛び出すのは、考え出したら、もう、
ムリです。だから同調圧力を突破するためには、意識を集中させないといけない。要するに、
周囲なんて除外する。声をかける標的に1点集中してパッと入る。この意識の「絞り」が必要。

これを「思考」からの離脱と呼んできましたが、さらに詳しく説明するなら、意識の「絞り」です。


意識にはズームインとズームアウトがあって、実は、普通の人はこの調節がサビついていて、
なんとなく生きています。スポーツや武道などで、よく使ってた人は、わりかし声かけれますが、
平和ボケして使ってきてない人は難しい。ゆえに、ここに最初から、個人差が現れるわけです。

言葉にすれば「集中と拡大」となり簡単ですが、普通の人にはその凄さが全く理解できません。

戦後のナンパ教育が間違っていたのは、ルックスだけ磨けばいい、という物質的アプローチと、
いやいや、トークこそが重要なんだ、という理知的偏重でした。本来、最も大事な内面問題は、
「ノリ」だ、「根性」だ、といった曖昧な言論しかなかった。そこを徹底究明していったのが、和道。

ここナンパ道場では、この内的操作の領域を「スタンド」と呼びます。スタンドとは、立つことで、
自立を意味しますが、同時に、蛍光灯のように、闇を照らすことも意味する。つまりナンパ師は、
一隅(いちぐう)を照らす者といえます。まずは自分が輝き、他者をも輝かす、日本の希望です。

posted by 家元 at 12:49| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする